宮地真緒「なでしこジャパン」の愛称に疑問(アメーバニュース)
女優の宮地真緒(24)は、自身のブログでオリンピックにまつわる素朴な疑問を投げ掛けている。
中国に関する報道や、日本柔道不振が報じられるなど、いつにも増して注目の集まる北京五輪。宮地もブログで「なでしこジャパン勝ちましたね。よかった(´・ω・`)一切触れてなかったけど、けっこう見てますオリンピック」とコメントしており、北京オリンピックに注目しているようだ。
そのブログ上で「なでしこジャパンってどうしてなでしこジャパンって言うの?柳本ジャパンとか。オシムジャパンとか。星野ジャパンとか。みんな監督の名前+ジャパンなのに、女子サッカーはなでしこジャパン。ちょいと疑問に思ってみました」と素朴な疑問を投げ掛けている。
私もこの「なでしこジャパン」というネーミングには大いに疑問がありますね。出来れば部外者からではなく、選手自身からこの疑問を口にして欲しかったところではありますが。「私はナデシコじゃない!」とね。男子チームに使われる「サムライ〜」も同様であります。
この「なでしこ」という表現に込められた意味は非常に曖昧でもありますが、基本的には男子バージョンである「サムライ」と同義の、イデオロジカルな押しつけを伴う言葉です。つまり「こうあるべき」を伴う表現、日本女子は「なでしこであるのが当然だ」という価値判断を込めた表現ではないでしょうか。「なでしこ」から外れた生き方は認められないの?
日本独自の観念である「社会人」を英訳するなら「Samurai」だろうと、以前に書いたことがあります。これは「社会人」と「サムライ」が同じニュアンスで用いられるから、つまり選択されうるものの一つとしてではなく、排他的に優れたものという意味で用いられるからです。成人たるもの社会人であるべきであり、社会人でない人は二級市民と見なされるのと同様に、日本人ならばサムライであるべし、サムライでない者は道徳的に劣った輩だと、そうみなされるところに「社会人」と「サムライ」の同質性があるのです。
もちろん、嗜好の一つとしての「社会人好き」「サムライ好き」は尊重されるべきものですが、それが排他的な優越意識を伴うようなら害悪でしかありません。たとえば「阪神ファンであること」それ自体は尊重されるべきことですが、阪神ファンは他球団のファンより優れている、他球団のファンは劣った存在であると考えるようなら愚かしいことです。しかるに「社会人」「サムライ」は? 「社会人」が「社会人たり得ていない人」に、そして「サムライ」を自認する人が「サムライではない人」に、どのような視線を向けているでしょうか? そこに排他的な優越意識、道徳的に蔑む意識が介在するようであれば、もはや「社会人」「サムライ」は選民思想として機能しているとすら言えます。
そこで男子サッカーの「サムライブルー」などは「日本人はサムライであるべき」という価値観の押しつけ、「サムライ」という言葉に込められた選民意識、及び異なる価値観への否定を見事なまでに象徴しています。サムライではない者はその場に相応しくないのですから。そして「なでしこジャパン」です。男子代表に「サムライなんざ糞喰らえ」と語ることが許されないのと同様に、女子代表にはこの「なでしこ」を否定することが許されていないとしたらどうでしょうか? 少なくとも、この「なでしこ」に疑問を感じたのは部外者であって、選手ではありませんでした。
そもそもなぜ日本を代表するものが「なでしこ」、あるいは「サムライ」でなければならなかったのかどうか、随分と恣意的な選択ではないでしょうか。女子代表がナデシコの集団だったから「なでしこ」? 選手の特徴から考え出されたネーミングであればとやかく言うことはないのですが、それにしても曖昧な観念をつけられたものです。むしろ本当の理由は「女性はナデシコであるべき」という価値観の支配であり、それが日本代表にその名を与えたのではないでしょうか。サムライこそが日本に相応しい(サムライでない者は認めない)と考えるのと同じように、「なでしこ」こそが女子代表に相応しいと……
現代を唯一の例外として、日本では農民が圧倒的多数派であり、武士なんて端役に過ぎません。ならば「サムライブルー」なんぞより「百姓ブルー」の方が日本を象徴するものとして相応しそうなものですが、そんなものは認められません。「サムライ」は他の何よりも優れたものと、そう位置づけられているわけですから。そして「なでしこジャパン」も同様、もうちょっと他に相応しいネーミング、日本代表の実態に即したネーミングもあり得るわけですが、「ナデシコであるべきだ」という価値観の押しつけがある限り、それは覆されないのかも知れません。











今回も非常に勉強になりました。
私は今回の宮地真緒さんの言葉を目にするまで、「なでしこジャパン」のネーミングに何の疑問も持ちませんでしたが、確かにおかしなネーミングですね。
>サムライこそが日本に相応しい(サムライでない者は認めない)と考えるのと同じように、「なでしこ」こそが女子代表に相応しいと……
確かに我々には、このような封建的な価値観が根強く残っている気がします。そして、ここにも「純潔カルト」のにおいを感じます。
蛇足ですが、産経のイタい社説をご紹介しておきます。
【主張】臨時国会召集 給油延長できる会期幅を:
http://sankei.jp.msn.com/politics/policy/080820/plc0808200323000-n1.htm
私は過去に「産経は天然なのだろうか?」とコメントしたことがありますが、もうこれは天然というレベルではありませんね。
産経は共和党の御用新聞なのでしょうか?
さて、この「なでしこ」という言葉を「goo辞書」で調べたところ(実際に調べたのは「大和撫子」という項目ですが。このなでしこが花の「撫子」を表しているようには見えませんし。)「日本の女性の清楚な様子をたたえて言う語」とのことです。
しかし、失礼ながら私としてはサッカーというスポーツをする女性の方々はそうには見えませんね。むしろ「なでしこ」の枠に縛られず活躍している方々の代表格のように見えます。何かの枠に当てはめようとする考えはもちろん賛成しませんが、そもそもこの表現がサッカーをする女性達を指す言葉として不適切な気がします。もちろん「サムライ」と称される人々も含めてこれからもその枠からはみ出して活躍していただきたいです。
あと、個人的に「星野ジャパン」などの呼び方も気になりますね。なんだか「このチームは監督が主で、選手達は監督の指揮下で試合をしなくてはならない」といった「軍事的制度」で統制されているように見えまして。「サッカーを戦争というという奴は本当の戦争を知らないんだ。」とおっしゃる方がいますが(もちろん正論ですし、戦争のようであってはならないのですが。)この呼び方を見ると日本のスポーツはある意味軍事なんだと思えてしまいます。考えすぎかもしれませんが・・・。
一口に「なでしこ」と言っても辞書的な意味は色々とあるのでしょうけれど、イメージとしては「大和撫子」なんでしょうかねぇ、そういうものを理想像として押しつけようとする、純潔カルトと似たようなノリと言っても過言ではないでしょう。
ちなみに産経、死に体に近いブッシュ政権と心中するつもりでしょうか、相変わらず日米同盟=国際社会の扱いですが、そのアメリカにしても今年が転機だということを理解したくないようですね。
>GXさん
スポーツマンですから、むしろ枠から外れた存在であるべきですよね。大和撫子であるよりもまずアスリートとして、新しい価値を創造すべきだと。男子チームにしても「さぶらうもの」であろうとしているからこそ殻を破れない、破格の選手が出てこない気すらしてきます。野球の「星野ジャパン」も結局はそうなのでしょうか、あくまで選手は「さぶらうもの」であって、誰かの下に仕えるものである、そんな発想が選手を縛っているとも……
主に日当たりの良い草原や河原に生育するが、路傍や山地の斜面、海岸の砂浜等でも生育する(Wikipedia)
そうです。たしかにどこかの河原で見た記憶はありますが、そんなにどこにでもあるという花でもないですよね。なぜ、古代にそんなにモテた花だったのか不思議です。
と思っていたら、こちらには薬効作用が
http://www.e-yakusou.com/yakusou/112.htm
>むくみ(水腫)のときの利尿に、1日量3〜6グラムの瞿麦子に、水0.3リットルを加えて、煎じながら約半量になるまで煮詰めたものをこして、3回に分けて服用します。
顕著な利尿作用があり、塩化物の排出量が増加します。「むくみ」のときの利尿に用います。
通経薬として、月経不順に利尿剤と同様にして服用します。しかし、通経堕胎の作用があるので、妊婦には用いないようにします 。
もしかして女性に縁のある薬草だったということでしょうか?
集団をひとくくりにして、1つの目的に向かって進行させるのはどこか軍事的かもしれませんね(オリンピックの場合は金メダル)でも、大勢いる選手の中には目的が金メダルではなく、記録だったりマイナーな競技を広めたい、とか目的が必ずしも同じではないと思うのですが…(皆が同じ事しか考えてないのって気味が悪い;)それは許されないって言う雰囲気があるような気がしてます(非国民って事かな?;)
昔ネットの「好みのタイプ診断」みたいなのをやったときに、タイプに一番近い女性タレントとして出たのが宮地真緒さんで「???」となったのですが、このエントリーを見てわかりました。ものごとにしっかり疑問を言える人は好きです。
そういえば女子サッカーリーグの愛称も「なでしこリーグ」なんですよね。「なでしこ」でなければサッカーはできないみたいなことでしょうか。そもそも女子の代表はサッカー以外も
ホッケー=さくらJAPAN
新体操=フェアリージャパン
という監督名以外の愛称で呼ばれています。監督の知名度の問題かとも思いますが、何かあるのでしょうか。ただ非常に「女性的なもの」で表現されているように感じます。
ところで、御記事と関係ない話で恐縮ですが、今回のオリンピックの実況「日の丸」って多くないですか?いや、私の「日の丸」って言葉への認知がここ数年で変化しているだけだとは思うのですが…。
自然発生的に使用されるようになった通称であるのに対し、
「なでしこジャパン」は公募によってきまった正式な愛称です。
2004年に日本サッカー協会によって愛称募集が行われ、
約2700通の応募の中から選ばれました。
しかし、スポーツの世界は「勝てば官軍」の色彩が非常に強いです。特にオリンピックの場合、日頃「柔の道がどうこう」とうるさい柔道ですら「メダル!」となってしまいます。
他方サッカー日本女子代表は4位と大健闘し、結果を残しました。そのことがむしろ「なでしこジャパン」が美称として機能する一因になる気がします。結果を出した者に対する疑問は封じられる傾向にある様に思うからです。私の個人的感想ですが、「サムライブルー」が一時期ほど言われなくなった気がする要因としてそれがよく使われていたドイツワールドカップで日本代表があまり芳しい結果を残せなかったことも大きい気がします。
「なでしこジャパン」はこれからもしばらくは「なでしこジャパン」であり続けるでしょう。それが彼女たちの頑張りによって生み出されている気がするのは皮肉といえば皮肉に思われます。
監督名プラス、でないのはホッケーのさくらジャパンや新体操のフェアリージャパンもありますね、と宮地さんにコメントした上で。
「なでしこジャパン」の愛称は公募の後選考委員会を開いて選ばれたもので、その選考委員には現役の澤穂希選手も含まれていました。
その際の経緯については、wikipediaのサッカー日本女子代表の項目が詳しいです。
(その際の澤選手の声が示せればよいのですけれど)
あと、「サムライブルー」はドイツW杯本大会限定のCMコピーで、男子サッカー代表の愛称ではありません。
今までなんの疑問もなくなでしこと呼んでいたのでエントリー拝見し目から鱗でした。
過去Lリーグ立ち上げとその失敗を受けて、女子サッカー立て直しのため、キャッチーななでしこという名前をつけたものだと思ってました。
戦略は成功して何々ジャパンや女子サッカー代表と呼ばれたりして、他のマイナースポーツに埋もれないで済んだので、一サッカーファンとしては、良かったなと思ってます。
確かになでしこという名前には大和撫子の意味が込められたかもしれないけど、今後の選手達には大和撫子から離れて女子サッカーを表す「なでしこ」というブランドを作り上げていって欲しいなと期待してます。
失礼しました。
日本の現状に関して正鵠を射る指摘に感服しています。
オリンピックは4年に一度の「ナショナリズムの饗宴」といった類なものだと思います。
開催国をはじめ、各国が競い合って、いかに国家意識(ナショナリズム)を高めるかに腐心しているというのが、オリンピックを巡る現状だと思います。
「わが日本国」としては「撫子」「サムライ」といった表現で、お上が期待する「人間像」を鼓舞したり、「星野ジャパン」、「柳本ジャパン」と言った表現で、家=国家意識を定着させるのが、オリンピックにおける戦略というところでしょうか。
現在の日本の状況を俯瞰すると、あと10年ほどすれば、オリンピック代表団のことを「アキヒトジャパン」なんて言い出すようになるのではないか。
そんなことを思っています。
「なでしこ」の起源はどうなんでしょうねぇ。「サムライ」が明治以降に大きくイメージを歪められて現代に至るように、「なでしこ」もまた、伝統的な「なでしこ」の意味よりも明治以降に作られたイメージが伝えられているのではと、そんな気もします。
>貝枝五郎さん
サムライ信者は痛いですね。人口の面では少数派でありながら、多数派であるはずの呑百姓よりも優越した地位に置こうとする、これを選民意識でなくて何と呼べばいいのかと問いたいところですが、まるでカルト信者のように聞く耳持たず、サムライを讃えるばかりの人が多いようで。
>うろこさん
集団が「まとまる」のではなく集団を「まとめる」意識が強いとも言えるでしょうかね。その人達の希望を応援してやると言うより、自分達の希望をその人達に代行させようと、そんなところでしょうか。それだ外から与えられたネーミングに至るのかと。
>いるか缶さん
花の名前であったり、日本に限れば非常に女性的なイメージの強い「フェアリー」ですか。周りが女性選手に何を期待しているか、実にわかりやすい…… オリンピック実況の方は、ほとんどテレビを見ていないので何とも言えないのですが、でも「日の丸」をアピールして歓心を買おうとする人が増えたとしても不思議ではないでしょうね。
>tanakaさん
だったらどうだというのですか?
>ノエルザブレイヴさん
日本的な一本を狙う柔道ではなく、ポイント差で勝ち逃げして金メダルを取った人もいましたが、非難などされませんでしたからね。まさに「勝てば官軍」です。一方で「なでしこ」、予想を上回る検討で「なでしこ」の名に良いイメージがついてしまった結果として、尚更その押しつけから逃れるのが困難になるとしたら、何とも皮肉なことです。
>宮嶋陽人さん
だったらどうしたとしか言いようがないのですが、じゃぁ澤以外の選手はどうなんですかね。wikiなんぞ持ち出されても、自分の情報源がいかに乏しいかを宣伝しているような印象しかありません。ちなみに「愛称」というのは公式名称のことを指すものでもなければ、CMコピーとして使われたことがあれば愛称とは違う、なんてものでもありませんよ。
>まっきーさん
サッカーに専念できる環境作りのためにもキャッチーな愛称で商業的な成功を狙うのはアリですが、それが選手を縛るようだと逆効果ですからね。仰るように従来の「なでしこ」のイメージを破壊して「なでしこ」の概念を新たに創造できるくらいであれば、それは期待したいところですけれど。
>水中メガネさん
自分のことを棚に上げて隣国を非難している人も多いですが、日本も負けず劣らずナショナリズムを煽っていますからね。選手が自ら前に出るよりも、御上の意思に選手が応える、この傾向は強まりそうです。「アキヒトジャパン」ならずとも、お偉いさんを名前に掲げる可能性は否定できない、「さぶらうもの」として自分達ではなく自分達の「主君」を看板とするのが当然視されていくのかも知れません。
ところで↓のサイトでこちらのエントリーが散々ないわれようです(苦笑)。まったく、どっちが頑ななんでしょうね…。
http://d.hatena.ne.jp/inumash/20080822/p1
inumash氏は似非左翼というか、その筋ではブラックネームですからねぇ。拠り所がwikipediaというのもアレですが、選考委員に監督と女子選手が含まれているからと、それでアリバイ作りが出来たような気分になっているのも、私なんかはどうかと思うわけですが。与えられた名前が一人歩きする可能性までは想像力が回らない人なのでしょう。
エセ左翼ってある意味ネウヨよりタチが悪い…。