応募条件「コネのある人」宣言 岩波書店が縁故採用(共同通信)
応募資格は“コネ”のある人―。老舗出版社の岩波書店(東京)が、2013年度定期採用で、応募条件として「岩波書店(から出版した)著者の紹介状あるいは社員の紹介があること」を掲げ、事実上、縁故採用に限る方針を示したことが2日分かった。
同社の就職人気は高く、例年、数人の採用に対し千人以上が応募。担当者は縁故採用に限った理由を「出版不況もあり、採用にかける時間や費用を削減するため」と説明。入社希望者は「自ら縁故を見つけてほしい」としている。
岩波書店の13年度採用は、大学の新卒や経験者らを対象に実施。書類審査後、4月に筆記試験や面接を行い、若干名を採用する
ある問題に関心を持つ人からすれば常識の範疇に属することでも、日頃は全くの無関心な人からすれば驚くべき事柄に見えてしまうケースは珍しくありません。昨今であれば原発作業員の待遇などが典型的でしょうか、多重請負の結果として現場で働く人の取り分が大きく目減りしたり、求人の時点で説明されたものと業務内容が異なるとか、こんなのは日本中いたるところで野放しにされてきたものであって決して原発に限ったものではなく、労働の問題に少しでも関心がある人にとっては何を今さらと言えます。しかるに労働の問題に全く関心のない人が原発作業員の待遇をセンセーショナルに伝えるメディア報道に接したりすると、今さらながらに「とんでもないことだ、東電許すまじ!」と拳を振り上げたりするのですから苦笑するほかないわけです。いやいや、それは日本の雇用においては普遍的なことですから。
これと同じことが、上記に引用した岩波書店の「『コネのある人』宣言」報道には感じられます。本気で出版業界、とりわけ岩波のような老舗でお堅い出版社への就職を考えている人なら、別に岩波の採用方針に驚くことはないでしょう。しかし、出版業界の採用事情や、岩波書店と同規模の会社即ち中小企業の採用事情、より大きく言えば民間企業の採用事情に全くの無知であったり無関心であったりする人からすれば、割とショッキングな代物なのかも知れません。現に結構な話題を呼んでいるようで、間違いなく民間企業の採用事情に全くの無知もしくは無関心であろう小宮山厚労相は調査に乗り出す考えを表明したそうです。
老舗出版社の岩波書店(東京)が2013年度定期採用で、事実上縁故採用に限ると「宣言」していることをめぐり、小宮山洋子厚生労働相は3日、閣議後の記者会見で「早急に事実関係を把握したい」と述べ、調査に乗り出す考えを明らかにした。
出版社と言ってもピンキリで、実は半数は自費出版系の書店に並ばない出版社なのだとかも聞きますし、よく電車に広告を載せているビジネス本の会社みたいな怪しげなところもあります。ただ、内容の是非はともかくとして真面目に本を作っている出版社であれば、そして老舗であればあるほど、「一見さん」が入社するのは難しい、それが出版業界というものではないでしょうか。料亭と一緒です。何のツテもない人が容易く入れる業界ではない、学生のうちにアルバイト(これだって簡単なことではありません)などを通して足がかりでも作っておけないと入り込むのは難しい、出版社とはそういうものだと認識していますが、どうも世間は違った常識を持っているようです。
そうでなくとも、従業員数が200人かそこらの岩波書店みたいな中小企業であれば、求人を一般公開しているとは限らない、この辺は出版業界に限らないわけです。継続的に人が辞めていくブラック企業であればまだしも、そう頻繁に離職者が出ない中小でも優良な企業ともなれば求人の機会は多くありません。わざわざ求人に金をかけることはせず、地元の高校から就職希望の生徒を紹介してもらうとか、あるいは自社従業員の大学や高校時代の後輩を当たってみるとか、一般公募することなく社員を補充している会社はいくらでもあります。幅広く人材を集めたい大企業ならいざ知らず、中小企業が身内のツテに頼るのは当たり前の話で、これが問題に見える人はあまりにも中小企業というものに対して無知が過ぎるというものです。
まぁ、民間企業における採用とは完全なブラックボックスが常識、採用基準は絶対の秘密です。その機密の一端を明らかにしてしまった岩波書店に、他社の採用関係者から協定破りだと非難されるならわからないでもありません。しかるに、大阪では橋下知事が現業公務員の採用過程をオープンに云々と喚いていて、それが結構な支持を集めたりしているわけです。とかく「民間では〜」と言われる時代、民間では不透明な採用こそ当たり前なのに、ともすると採用の内幕は第三者にまで公開されるのが当然みたいな「民間企業では通用しない」常識が世間には少なからず浸透しているのでしょうか。
コネ採用否定もその文脈からきていて、コネのない「公平な」競争が当たり前だと、そう信じ込んでいる人が多いのかも知れません。そんな発想もまた民間では通用しないのですが、ともあれ公平な競争こそ正しいのだと信じ込んでいる人にとって、コネ採用をオープンにした岩波書店の姿勢は衝撃的に写ったのでしょう。とはいえ、近年のコミュニケーション能力重視の採用であれば「コネを見つける能力」=「コミュニケーション能力」と言えなくもありません。従来であれば面接官にしてだけコミュニケーション能力を示せば良かったものを、少し対象を広げただけと見るのが岩波書店に対する客観的な評価であるように思います。
それはさておき、「岩波書店(から出版した)著者の紹介状あるいは社員の紹介があること」との応募条件ですが、これはハードルとしてどうなのでしょうか。自分の場合を鑑みると、余裕です。あくまで新卒時点での話ではありますが。だって、大学の先生ともなれば岩波から本を出したことがある人、岩波の出版物に寄稿したことがある人くらい、いくらでもいるわけです。ちゃんと勉強して教授から顔を覚えられている学生であるなら、こうした岩波執筆者から紹介状をもらってくることぐらい朝飯前です。本気で岩波書店への就職を考えるような人からすれば、別に門戸を閉ざすような応募条件ではなさそうに見えるのですが、そうでない人にとっては違うのでしょうか。まぁ、大学から離れて久しい今の私にとっては厳しい条件ですけれど、それよりも年齢制限の方がずっと高いハードルですし……
ともあれ、岩波の採用方針は業界的にも企業規模的にも「普通」と言うべきものであって、周りが騒ぐようなものではありません。これを大問題のように語るのは、それこそ業界や民間企業の採用事情に対する無知ぶりを披露しているだけでしょう。コネ入社はダメとか、いやコネ入社は悪くないとか、そういう論点で語っている人は、とりあえず私が採用担当者だったら「常識に欠けている」として不採用にしてしまいますね。にも関わらず、小宮山厚労相は調査に乗り出す考えだとか。このことが示すのは、厚労行政のトップが雇用の実態について無知もしくは無関心であることと、そういう無知か無関心な人を責任ある立場に起用する現政権の性格、そして無知に起因する騒ぎに政治が迎合するポピュリズムの根深さです。もっと他にやるべきことはあるはずですが。











>だって、大学の先生ともなれば岩波から本を出したことがある人、岩波の出版物に寄稿したことがある人くらい、いくらでもいるわけです。ちゃんと勉強して教授から顔を覚えられている学生であるなら、こうした岩波執筆者から紹介状をもらってくることぐらい朝飯前です。
私もそれを思ったんです。岩波は出版数も多いし、紹介状の類をもらうのはけっして難しくはありませんよねえ。ましてや岩波書店に本気で就職したい学生は、それなりに優秀でそれなりの評判の大学に在学している人が多いでしょうし。事実上「象徴的」なものにすぎないんじゃありませんかね?
何をいまさらって感じ、
特にテレビ局、マスコミなんか普通では
入れない、
形式的に広く募集しているが
採用はしない。
指定大学以外は採らないけれど形式的に
その他の大学も募集しているように見せかけている、
そんな企業より正直でよろしいと好感が持てるのですが。。。
縁故採用なんて前々から小さい企業なんかじゃ当たり前であって、今更感はありますね。
岩波書店の新採用方針への、この今更感を感じる厚労相の対応を見ると「厚労行政のトップが雇用の実態について無知もしくは無関心であることと、そういう無知か無関心な人を責任ある立場に起用する現政権の性格」を示しているんでしょう。
今、理系の学生も「就職活動」なんぞしないといけないのでしょうか?
ちょっと、沖縄防衛局長の「講和」を思い出しました。特定候補の応援はしていない、というのが形ばかりだということは誰でもわかっているけど、「形式的に」問題視されている。(看過していいというわけではないけど、カマトトな対応だと思う)
就職のコネだって、どの会社でもあることだけど、「それは言わないお約束でしょ」みたいにニュースになる。
学生時代には、みんな「コネHK」とか言っていたなあ……。
「学問の自由に抵触する」って言ってもよさそうなもんですけどね。
芸能人や特定の人気作家の本ばかり出している出版社ならともかく、大学の先生が出している本も多い出版社ですからね。ある意味、普通に教授の推薦をもらうのと大差ないレベルなのですが、まぁ出版業界の採用慣習も含めて、状況を理解でいない人も多いのでしょう。
>イチゴミルクさん
マスコミの類は岩波なんかより桁違いに規模が大きいわけで、縁故採用だけじゃ追いつかないと思いますが。まぁ、どこも大学で絞ったりと裏で色々やってますからね。本文でも書いたように珍しいことがあるとしたら、採用の内実を自ら明らかにしたことだけです。
>amanojaku20さん
岩波に是正勧告でも出すというのなら、日本中の企業にだってメスを入れなければならないですからね。むしろ岩波にだけメスを入れるというのであれば、それこそ不平等と言えるくらいです。それでも有権者向けのポーズを優先する政権は、こんな当たり前の採用にも反応してみせるのですから呆れるばかりです。
>あるみさん
一昔前の理系はそうでしょうね。文系だって、私の両親はともに教授のコネで会社に入っていますし。そんなの民間では当たり前なんですが、まぁ「民間」のことを知らない人が多いこと。
>kuronekoさん
冒頭で例示した原発労働者の待遇みたいに、実は当たり前のことでも何かを叩いたり非難したりするのに好都合となると、あたかも新たに発覚した問題のように持ち上げられる、そういうものなのでしょう。問題意識とは異なる別のモチベーションでこそ我々の社会は動いていると言えます。
>プチ左派さん
学会はそうですよね。教授になるのだって色々と人脈が不可欠ですし、政治家になるのだってどうなんだろうと思わないでもありません。岩波のそれを問題視するのであれば、岩波だけの問題ではなく、社会全体の問題として考えて欲しいところです。
なお、「私にも話させて」では、批判のうち、後者の方を持ち出していました。
http://shutoken2007.blog88.fc2.com/blog-entry-39.html
http://electric-heel.cocolog-nifty.com/blog/2012/02/post-2423.html
岩波書店に個人的な恨み辛みがあるにしても、元・岩波関係者であるなら中小出版社の採用が「元から」どういうものであったかは心得ているはずなんですけれどね。それでも恨み骨髄の岩波書店を叩く機会を逃さずにはいられなかったというのが「私にも話させて」なのだろうと思います。これって、憎き原発を叩くためならデマや誇張も厭わない人と似ているのかも知れません。