非国民通信

ノーモア・コイズミ

第三の道/雇用編

2010-07-16 23:01:31 | 非国民通信社社説

 現時点での主流派を第一とし、その対抗馬として第二の選択肢が挙げられる中で、新たなる軸として「第三~」が登場することがあります。言うまでもなく字義的に見れば「第三~」は何か新しいものを指さなければならないはずですが、しかるに日本で「第三の道」とか「第三極」などの触れ込みで登場するものは、往々にして既存路線を忠実になぞっていたりするものです。菅の語った第三の道も、あるいは第三極だなどと持て囃される政党も、新しさを主張しこそすれ、実際にやろうとしていることは小泉以降の路線から外れるものではなかったり……

 経済政策における従来路線への批判としては、それがサプライサイドに偏りすぎているというものがあります。需要と供給の「供給」の側ばかりを見て需要の側を見落としている、いわゆるブードゥー経済学ですね。これが日本の経済事情を悪化させてきたのは無理からぬところですが、では雇用政策面ではどうなのでしょうか。雇用主は職を「供給」すると同時に求人「需要」を作る、労働者は労働力を「供給」すると同時に職への「需要」を持つ存在でもありますから、どちらを供給側に位置づけるかは解釈次第です。ただ、どちらを供給側もしくは需要側に位置づけるにせよ、昨今の雇用政策が片方の側にのみ著しく偏ったものであることは間違いないように思われます。

 端的に言えば、仕事を「供給」する側の論理でしか考えられていない、労働者側の仕事への「需要」が無視されているわけです。最も顕著なのものとしては、規制緩和によって増加に拍車のかかった非正規労働、とりわけ派遣労働が挙げられるでしょうか。しばしば構造改革/規制緩和路線の追従者は「派遣で雇用が増えた」などと言い出すものですが、ここには最低でも2つの誤りがあります。まず一つは、派遣が雇用を生んだのではなく、景気回復や経済成長によって生まれた雇用を、間接雇用に置き換えただけでしかないという点ですね。労働力需要が高まったときに、より雇用主が責任を負わなくて済む雇用形態(間接雇用)が可能になったことで間接雇用が選ばれるようになっただけ――つまり派遣が雇用を生んだのではなく、生まれた雇用が間接雇用に置き換えられるようになったに過ぎないわけです。こうした現状を追認できるとしたら、それは雇用側のことしか見ていないからとしか言えません。

 戦後最長の景気回復局面に生まれた新たな求人は、しばしば派遣雇用など非正規に置き換えられてから求職者の元へ届けられるようになりました。これは、労働者側の「需要」に沿ったものと言えるでしょうか。別記事でも触れましたが、自ら非正規雇用を望む人もいます。ですから非正規雇用でも十分な、あまり稼ぐ必要に迫られていないであろう一部の人の需要には応えているでしょう。しかし非正規雇用では困る、継続的な収入を必要とする大多数の人々の需要には、全くもって反する方向へと雇用政策の舵が切られてきたわけです。経営側の望む雇用(使い捨てにできる雇用)を生み出すことには熱心でも、求職者側の望む雇用を増やすことには甚だ無関心である、これが現行路線と言えるでしょう。

 職を失った人々に対して介護や農林業を勧める声もあったものですが、この辺も労働者側の「需要」を無視した考え方の一つです。労働者側が「就きたい」仕事ではなく、単に「空いている」かに見える仕事を勧める、これもまた片手落ちの議論でしょう。似たようなものとしては就職が決まらない新卒予定者に対して「中小企業なら空いている」と語る人もいます。現役の失業者からすると、人目に触れる場所に求人を出している限りどんな小さな会社でも応募が殺到しているようにしか見えないのですが、とりあえず大企業よりは中小企業の方が求人倍率が高い=競争率が低いですので、就職先として中小企業を勧める人も出てくるわけです。ただこれが労働者側の需要を満たすものかと言えば、もちろんそんなはずはありません。所詮は労働者側がどんな仕事に「就きたい」のか、そこを無視して仕事に「就かせる」ことだけを考えた議論でしかないのです。

 「雇用を創出する」といった類の主張をする政治家がいます。雇用を増やすことにはもちろん賛成するのですが、どういった雇用を供給しようとしているのか、そこは注意してみる必要があるでしょう。介護や林業などの、元から不人気の仕事を増やして「雇用を増やした」と自画自賛するとしたら、それは同様に不人気の非正規雇用ばかりを増やして「雇用を増やした」とふんぞり返った小泉/竹中時代の繰り返しでしかないと言えます。まぁ介護や林業も現在の3~10倍くらいまで給与水準が上がれば人気職種になれるかも知れませんけれど、ともあれ経営目線で「就かせたい仕事」ばかりを増やして、労働者側にとっての「就きたい仕事」を目減りさせるばかりだとしたら、それは紛れもなく片方の側にのみ偏ったものとして批判されるべきです。

 そこで「成長産業」などと特定産業を名指しするケースがあるわけです。中には、どう見ても無理のあるものも多いです。まぁ未来を知る予言者でない以上、政府が選択する「成長産業」の基準は希望的観測に則ったもの、恣意的なものにならざるを得ません。政財界が政財界なりに知恵を絞って、政財界が「育って欲しい」「育つだろう」と思う産業が選ばれるのでしょう。ただ、どうせ恣意的に重点を置く産業を選ぶなら、もうちょっと別の視点もあり得るはずです。たとえばほら、労働者から見て、「就職したい」産業を成長産業として肩入れしていくなんてのもあり得るのではないでしょうか? 

 経営目線からすれば、「就かせたい仕事」を増やすことが自然と選択されるものです。あるいは一介の市民ですら「趣味」の影響もあって、とりわけ多いであろう製造業原理主義者であれば製造業で雇用を増やしたい、自主独立自給自足論者であれば農業で雇用を増やしたいと願う場合が多いかも知れません。しかるに諸々の人々が「増やしたがっている」雇用が、労働者にとって「就きたい」仕事なのかは、改めて考える必要があるはずです。製造業が栄えて欲しい、農業が栄えて欲しいと願っている人は多くても、二次産業、一次産業で働きたいと思っている人がそれに対応するだけ多いのかどうか、その辺は問われねばならないですよね。

 そこで敢えて「成長産業」を選ぶとしたら、労働者が「就きたい」と思っている産業、職種こそ成長産業に選ばれてもいいのではないでしょうか。経営者目線の「育てたい産業」で雇用を増やすのではなく、労働者目線で「就きたい職業」の求人を生み出す産業に力を入れていくのもまた、従来にはなかった路線すなわち正真正銘の第三の道としてあり得るように思います。現首相は「最小不幸社会」とも語りました。では経済合理性よりも幸福度といった類にも重きを置くつもりでしょうか。ならば政財界にとって望ましい雇用を増やすことよりも、労働者にとって望ましい雇用を増やすことも視野に入れて欲しいものです。今までは企業側が最大限の利益を上げられるような形へと規制緩和が勧められてきましたが、今後は労働者側が自らの望む職種に就けるようにすること、求職者に人気のある産業を後押しして雇用を増やしていくこと、そうした方向性で検討することも求められるはずです。

 

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供給される仕事の質と価値 (さら)
2010-07-17 16:17:38
先日取り挙げた橋下や阿久根市長ほど有名ではありませんが、兵庫県の加西市では市役所業務の7割を民間委託(非正規化)できるとして、企業向けの説明会まで開かれたそうです。

加西市の中川市長は、阿久根市と同様、議会と対立の上失職し、再選を経ているわけですが、氏の説では市長と極少数の幹部職員が市政の方針を決定し、委託している民間企業の責任者に指示すれば、企画立案から政策執行に至るまで円滑に行われ、且つ退職金なども必要なく低コストで市政が運営できるらしいです。
更に低賃金で勤務し、入札結果によっていつ首になるかわからない不安定な身分となる職員(従業員)は、どうなるのかというと、市役所で働いたキャリアは生かせるから、同様の仕組みを取り入れる自治体にきっと採用されるだろうというものでした。

この包括民間委託は、市長と東洋大学が共同で推し進めているもので、橋下知事も倒産がなく競争のない公務員はダメ。実現できればすばらしいと支持しています。

以前、長時間労働の市営バス運転士が、時間外勤務手当も含めて高収入を得ていると批判が出ていた時に、その的外れな批判の一方で公務員が労働のあり方と価値を守る最後の砦に感じたものですが、市民の妬み感情は、その財産をついに切り崩しにかかっています。全体の奉仕者として法に従い勤務する公務員ではなく、クライアント(為政者)に従いクライアントのために働く者が自分たちの生活を守ってくれると判断したのでしょう。

人が働き対価として収入を得る。その価値を直接的に利潤を生まない公務について当てはめる時、価値を下げる事はサービスの価値を下げる事につながり、更に社会一般の労働のあり方と価値についてモラルの低下を導くと考えます。公務員批判と民間信奉者の人たちは、その辺りをどう考えているのでしょうか。

業績が下がって、派遣切りをしても経営者は億単位の報酬を得るのが民間です。そこに努力という価値判断は有効に作用しません。
公務の進捗がどうであろうと経営不審の名の元に倒産という最終手段を有しているのも民間です。そして、公務員を敵視する某政党や首長連中も公務を減らすことは主張せず、むしろ増える事ばかりを訴えています。

民間主導、規制緩和の下に進められた建築審査制度についてもどうだったでしょう。
当たり前のように利益と利潤を追及した結果、耐震偽装問題がでたわけですが、マスコミを始め世間の論調の最後は、民間に対する行政の監督責任という形での追及に至りました。求めに応じて民間に移し、規制を緩和し、公務員の規模を縮小したのにです。

要は、公務を民間に委ねるからには、相応のリスクを甘受する覚悟が必要なのに足らなかったという事でしょう。つまり、公務員制度は執行から雇用、労務管理に至るまで市民インフラのとして安定的なものとして機能しているわけで、安定した公の機能を不安定な雇用とシステムで求めるというのは虫が良すぎるというものだと思います。

そんな中、経営者目線は公務にまで侵食しつつあります。不安定な雇用モデルを公のものとして実践し、民間が行政を担った結果、民間では当たり前にありうる最悪の結果になった時、為政者はどう責任を取るのでしょうか。橋下知事の盟友である中田元横浜市長の行動を見ればよく分かると思います。
Unknown (非国民通信管理人)
2010-07-17 18:51:45
>さらさん

 そして、その手の民間委託=非正規化を推し進める首長が、住民からは喝采を浴びがちですから困ったものですよね。誰もが「働かせる」側でしか物事を考えないから、経費削減に繋がると諸手を挙げて歓迎しているけれど、実際は自身の働き口を損ねているはず、もうちょっと「働く」側に立って物事を考える人が増えて欲しいところです。
趣味の露悪 (看板当て本塁打)
2010-07-17 22:58:24
子供向け教育誌や就職情報誌、若者向けライフスタイル誌、ビジネス誌、ナントカの夜明けなどのテレビ番組、ファッション雑誌やポップスの歌詞まで「競争」や「努力」「前向きであること」を(暗に)強要しているけど、みんながそういったことに本当に飢えるほど求めているとも思えない。

それに、誰かが言っていたが、他人に向かって努力や競争とか言う人自体、自分は競争をしなくて良い立場だったりするから…いやらしい。

子供向け教育誌や就職情報誌、若者向けライフスタイル誌、ビジネス誌、ナントカの夜明けなどのテレビ番組に出ている「成功者」や「若くしてセミリタイヤメント生活に入った人」も、表に見えない『疲弊の度合い』や、その地位に就くための手間・隙・金のかけ方や経歴を考えると、無批判に賞賛できないし、見る人によっては『たとえ成功して勝ち組と呼ばれても、賃労働なんてろくなものじゃない』と感じる人もいると思う。

そんな環境下で、労働において人の疲弊を少なく、かつ能力をきちんと発揮させるはには、まず給料と待遇。そして「競争」や「努力」を過度に煽って「○○ハラスメント」などで荒れた職場の雰囲気を何とかしないことには……
(というときに、みんながかつて一度は羨んだw公務員の仕事スタイルは、何らかのヒントになると思うんだけど…)
Unknown (非国民通信管理人)
2010-07-17 23:22:29
>看板当て本塁打さん

 たとえば財界筋でも、「下」に向けては競争を煽りますけれど、たとえばホリエモンのように本当に競争力のある相手が闖入してくれば排除に走ったわけですし、国際競争を口実として自分たちに有利な法改正を求める、つまり競争からの保護を求めるような気運も強いように思います。そして「庶民」の価値観も似たようなもので他人に向けて競争を煽るのが大好きなようですが、自分は競争したいのかどうか、他人に望むもの(もっと働け!)ではなく自分の望む雇用(そんなに働きたくない?)を考えるべきではないのか、そんな気がしますね。
労働ビッグバンというヤツですが・・・ (凡人69号)
2010-07-18 21:25:25
人件費の削減や労務管理の派遣会社への事実上の丸投げというホンネを「多様な雇用のため」と称したおためごかしに雇用側がしてしまったことが問題なんでしょうね。
>「成長産業」
そういえば、森元シンキロー時代はイット(IT)関連が成長産業としてもてはやされましたが、こと労働環境に関しては、前時代的なまま現在にいたるまで何も変わっていないのではないでしょうか?
>本当に競争力のある相手が闖入してくれば排除に走った
余談ですが、プロ野球のオリックスと近鉄の合併問題を思い出しました。日頃規制緩和を口うるさく言っているオリックス宮内が、(最終的には1リーグ化を目論んだといわれる)自分の描いたプランをホリエモンの登場によって壊されたくないためか、天敵であると言われたナベツネとグルになってライブドア参入阻止に走ったなんて噂もあったと記憶しています。
Unknown (非国民通信管理人)
2010-07-18 23:40:11
>凡人69号さん

 ITも産業自体は成長したように見えますが、労働環境は甚だ微妙なところのようですね。非正規雇用の増大も言わずもがな。「マトモな雇用」を生み出せる産業の模索をも視野に入れて貰いたいところです。

 ライブドア参入の一件は、自由競争を煽っている連中の本音がどこにあるかを端的に表している気がします。他人に向けては競争を煽っておきながら、自分の地位を危うくするような競争相手が現れたときには……
Unknown (HANAKO)
2010-07-21 18:15:31
努力や競争が好きな庶民のそういうのって自分達より勝手に彼らが劣っていると思う人間(何らかの援助を受けてる、ホームレス、周囲のちょっと変わった人間など)を探して攻撃し排斥する競争や努力のような気がします。そういう素朴なイジメを喜ぶ感性がマジで怖いです。
Unknown (非国民通信管理人)
2010-07-21 23:39:14
>HANAKOさん

 努力にせよ競争にせよ、上から下に求めるのが通例ですからね。自分より立場の弱い相手に向けて、その力関係を正当化するために努力や競争云々を振りかざすケースが多いような気がします。

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