非国民通信

ノーモア・コイズミ

好まれる政治家像

2011-05-20 23:19:51 | ニュース

 この頃の選挙や街頭演説なんかで各候補や現役議員の主張を聞いていて気になったのですけれど、猛々しく脱原発を説く人が多い一方で、直近の電力不足に向けて「節電せよ、我慢せよ」以外の対応策を説く人は極めて少ないのではないでしょうか。電力不足の可能性を認めることは、暗に(それが現時点のことであろうとも)原発の必要性を認めることになるわけで、脱原発の熱狂に水を挿すものとして世間からは快く思われない危険性もあるのかも知れません。しかるに、石原慎太郎のように「原発推進派だ!」と息巻くような例外的な少数派であっても、やはり差し迫った電力危機に対する感度は随分と鈍いものでした。反原発であろうが原発推進派であろうが、電力不足という住民の生活に密接に関わる分野への言及には乏しい――そしてこの傾向はメディアを賑わすような注目度の高い選挙戦ほど顕著であったように思います。

 たぶん、身近な問題に対処する政治家を国民は好まないのでしょう。なぜなら、身近で具体的な問題への対処は、直接的に利益をもたらす行為であり、言うなれば住民の「我欲」を満たしてやる行為でもあるからです。一部の住民が抱えている問題を解決するということは、一部の住民に対する利益供与であるとして、むしろ有権者から、とりわけ無党派層から嫌悪される要因ともなっているのではないでしょうか。ゆえに特定の誰かの利益には繋がりにくそうな、近い問題ではなく「遠い」理想を語る政治家の方が「公」にふさわしい人物として受け止められるわけです。とかく地方議員がムダ呼ばわりされるのも、実は真面目に活動している地方議員ほど住民の身近な問題に取り組んでいるからなのかも知れません。顔の見える身近な人のためではなく、もっと漠然とした「公」のためを主張する人が不偏不党にして公明正大と見なされる、だからこそ「遠い」理想を説く人が政治家として支持を集め、「卑近な」問題に対処しようとする人が蔑視されてきた、それが日本の政治風景ではないでしょうかね。


原発“中断”発言の橋下徹大阪府知事に福井県知事かみつく(産経新聞)

 大阪府の橋下徹知事が原子力発電所の新規建設や稼働期間の延長をしないための府民運動を展開するとしていることについて、原発14基を抱える福井県の西川一誠知事は13日の定例会見で、「関西の55%の電力が福井から供給されていることを、関西の自治体、消費者はわきまえてもらいたい」と反論した。

 西川知事は、原発はリスクや課題を伴っているとし「県、立地市町は犠牲を払いながら国の原子力政策に協力している」と説明。「日々、安定した電気の供給を受けているありがたみを消費者に考えてもらいたい」と述べた。

 これに対し、橋下知事は「(西川知事は)原発でやってきたのに今さら停止、廃止ってどやねんということなんでしょうけど、僕らは消費者サイドとして感謝しながら、福井のリスクを取り除くためにも行動を起こそうとしている」と話した。

 さて、原発関係では完全にイっちゃってる人も目立ちますが(参考)、流石にこの辺はネット上でお互いを慰め合っている人だけだと思いたいところです(でもネット上や週刊誌上で語られる原発像を真に受ければ、こういう結論に到るものなのかも知れません)。一方、ここに取り上げた橋下の場合は概ね最大公約数的なものとして、今日の世論を象徴していると言えます。震災後は石原と石原に反対している「つもり」の人とで主張の距離が縮まった、似通ってきたと何度か書いてきたものですが、それは石原だけではなく橋下についても当てはまるのではないでしょうか。

 昨今の急進的というより狂信的といった方がふさわしいかに見える脱原発の流れの中では必然的に電力不足という危機が我々に襲いかかる、「痛み」が生じるわけです。そして世論が一色に染まろうとしている時代ほど「痛み」に対する感覚が問われます。「痛み」を被る人々に配慮できるのか、それとも「痛み」を無視して己の信じる「正義」を押し通そうとするのか――いうまでもなく橋下は後者に属する人間ですが、世論はいかほどのものでしょう? そして橋下に反対している「つもり」の人は? 震災後に我々の社会を覆い尽くした節制ムードを歓迎する向きは少なくなかったはずです。街の随所から明かりが消え、「贅沢」と見なされるものほど自粛を強いられる、電車の本数が減ったりATMが使えなくなったりと不便なことも増えましたが、「今までが便利すぎたのだ」「もっと慎ましくあるべきだったのだ」とばかりに、これを賞賛する声も少なくありませんでした。人の欲望が抑えつけられることに快感を覚える人々は石原や橋下だけではなく、それに反対している「つもり」の人にも少なくないように思います。

 奇跡的に冷夏になるか、それとも運悪く猛暑になるかは定かではありません。「今年の夏が昨年のように猛暑になることはまずあり得ない」と広瀬隆は力強く断言しましたけれど、そんなものは確率の問題でしかないわけです。昨年のような猛暑になって、電力不足から深刻な問題が生じる可能性もありますが、そうなったときに「想定外だった」とでも言い訳するつもりなのでしょうか。もっとも電力不足から生じた問題の責任を電力会社を悪者にすることで済ませようという算段は、当然ながら橋下の頭の中にはあるはずです。橋下に反対している「つもり」の人の中にも電力会社を責め立てたくてうずうずしている人は少なくなさそうに見えるだけに、橋下的なるものはますます以て支持を広げていくことでしょう。

 「福井のリスクを取り除くためにも行動を起こそうとしている」とも橋下は語ります。原発所在地から「汚れ」を払ってあげようと言わんばかりの「お為ごかし」が今時の脱原発論には顕著ですが、橋下もその系統ですね。むしろ補助金を受け取る地元自治体が「利権が~」として悪者にされがちで、遠く離れた都市部から、原発所在地の住民を更生させてやるのだ、これはおまえのためなのだ、みたいな傲慢さが溢れています。まぁ、橋下や都市部の住民にだって意見を述べる権利はありますけれども、それが地元自治体や住民を悪者にしているフシはないでしょうか。福井の西川知事には電力を供給する側の責任を考えての逡巡も感じられますけれど、一方の橋下には迷いが見えません。非難するだけで済む立場は楽なものです。関西電力や福井県サイドが近畿圏の住民生活や産業を支える責任感から原発を稼働させたとしても、その時は脱原発論者として猛々しく振る舞い、原発を稼働させる福井県なり電力会社なりを非難すれば橋下はより一層の支持を集めることでしょう。関西地区のために発電所を稼働させれば、「福井のリスクを取り除くため」という橋下の好意を踏みにじったものとして詰られる、原発所在地にはさらなる重荷がのしかかります。ただ嫌われ者を罵っているだけの人もいれば、結果に責任を感じる人もいる、そして有権者が好むのはいつも……

 

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Unknown (3A0169)
2011-05-21 11:17:52
なんのことはない、この手の政治家は往々にして、自分はちゃっかりと安全圏に位置を確保して、適当な憎まれ役をチョイスして、責任も負担も汚れ役も全部誰かにおっかぶせて、「俺は正しい!」と喚くばかりですね…

ハシゲに関しては、責任を持つべき張本人でありながら、あからさまな外野のお客様気分の言動も、枚挙に暇が無いですし。

実際に「痛み」を被った怒れる市民の前に本人が立って叩かれる覚悟はさらさら無く、毎度のごとく物陰に隠れ、憎まれ役はこの上なく最適な、哀れな役人にやらせるのは目に見えてますし。

で、「政府の/電力会社の/公務員の/せいで市民が怒っている」と、相変わらずのせいぎのみかた気取り。

受けのいいスローガンを深く考えることもなく、理矢理現実に持ち込んで、押し付けられ・切り捨てられて迷惑する人々や、意に沿わない見解を持つ人々は、「社会の敵」としか思っていないのでしょうかね。

他人を踏みにじろうが、失敗しようが、案の定不都合が出ようが、「奴らは敵だ」「カイカクが足りんから」と言っとけば、何故か未だに拍手を浴びせられがちですし。

この国の有権者諸氏は、もはや「現実」と下品な政治ショー番組の区別すら付けられなくなってしまったのでしょうかねぇ…
Unknown (非国民通信管理人)
2011-05-21 18:55:28
>3A0169さん

 とりわけ今のように、わかりやすい「悪者」がいるときは、何も考えずに悪者を叩いておけば大喝采ですからね。その結果は有権者にも選挙権を持たない住民にも覆い被さってくるものですけれど、そうなる「原因」には何の反省もなく、新たな「悪者」を探そうとするばかりなのですから呆れるほかありません。
Unknown (毛)
2011-05-21 21:15:50
結局、物事を単純化してくれる人が好まれるんではないですかね。これは似非科学がつねに一定の支持を集めることにも似ているように思えますが。昨今の政治家(橋下とか)も、似非科学も本来は複雑であるはずの物事をスパスパと綺麗に切ってくれますからね。原発を急いで減らすことによって生じるマイナスを影響を一切無視して考えれば、急進的な反原発派の主張はまさに「正しい」でしょう。でも実際には節電による負の影響、電力不足によるリスク、代替発電が形になるまでの期間・投資額などなど、複数の問題が複雑に絡み合っていて、1つの要素だけ見れば済む話ではないわけです。しかし、そこをちゃんと考えるとそう簡単には明快な結論は出せないし、聞いてる側も理解はしにくくなるでしょう。かくして、「簡単でわかりやすく、自分を納得させてくれるもの」を求めて、極めて一面的で安易な解釈へと流れていくという面があるのでしょうね。

似非科学に騙されないようにするための心構えにも共通しますが、「物事というのはそんな簡単ではないよ」ということを意識することの重要性も感じます。

ところで参考として挙げられた某氏のツイートですが・・・、見ているだけでクラクラしますね。オカルトとか(マガジンでやってた)MMRの世界あたりにまで飛んで行って(逝って?)ますね。
Unknown (非国民通信管理人)
2011-05-21 23:02:45
>毛さん

 複雑なものは複雑なものとして受け止めた上で色々と考えていかなければならないと思うのですが、安易に結論を下したがる人ばっかりなのでしょうね。ある意味「答え」を与えてくれる人ばかりを、その真偽を問わずに持ち上げる様は宗教的とすら言えます。

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