非国民通信

ノーモア・コイズミ

それを日本では改革と呼ぶ

2012-01-14 23:04:01 | 社会

 さて、俄に発送電分離案が活気づく昨今です。発送電分離というと世界的には失敗例も少なくないようですが、世界中で失敗が相次いだ代物を模倣して「改革」と称するのが日本の政治というものなのかも知れません。今の日本だったら他国の教訓を活かさず、第二、第三のエンロンを産み出したとしても不思議ではないとすら思えてきます。

 そもそも日本の現行の電力供給体制は完全無欠ではないにせよ、世界的に見ても極めて高水準の安定性を誇っているわけで、ここへ下手に政治が干渉すれば単に混乱を招くだけ、品質低下を招くだけではないかというのが率直なところです。上手く機能しているものを何故いじろうとするのか、まぁ政治が干渉して物事を無茶苦茶にした挙げ句、責任を官僚なり電力会社なりに押しつけるのが政治主導というものなのでしょう。なにやら愚かな球団オーナーの所行を思い起こさせるものがありますが、でも今の政治家を選んだのは国民なのです。

 国内レベルのチンケな競争が引き起こしてきたものは、消費者に提供される製品やサービスの価格低下と品質の低下、そして働く人の賃金の低下です。前々より私は国内での不毛な競争を抑え、他の国との競争に専念できるよう産業の集約化を進めるべきと主張してきたわけですが、今に至るも国内レベルでの競争を煽る論者が幅を利かせており、それは電力事業に関しても同様と言えます。電気料金が下がっても、品質(安定性)が低下し、工場などでは自前の発電設備をフル稼働させなければ安心して操業できなくなれば元も子もありません。そして当初は特定業界に限った話であろうともコストカットのためと称して人員削減や賃下げが進められれば、必ずや日本全体の雇用に波及してくるものです。こうした愚を犯して欲しくはないのですが、まぁ今の政権に期待できるものはありませんね。

 発送電分離の必要性を説くべく色々と理由付けはされているにせよ、その根底には悪の権化たる電力会社を弱体化させるためとか、電力会社の最も嫌がることをみたいな感情論があって、それで発送電分離案が持ち上げられてはいないでしょうか。電力会社=悪であり、そうであるからには可能な限り電力会社を否定するような方向性に改革していけば世の中は良くなるのだと、幼稚にもそう信じ込んでいる人は少なくないように思います。こういう考え方は、公務員/官僚叩きにも外国人排除にも通じるところであり、別に目新しくはない構図ですが、反原発論の盛り上がりの中で結構な勢いを得てしまっているわけです。

 発電も送電も、実質的に今の電力会社が継続してくれるなら大きな不安はないですけれど、新規参入が促された結果として信用できない会社が乱立したらどうなるでしょう。たとえばJR送電とか言ったら、基本的に計画通りの送電は需要の少ない時間帯のみで2日に1回は止まる、復旧後の送電がとにかく不安定、止まった原因は非公開が一般的で、たまにアナウンスがあっても不正確で「罠」と呼べるレベル、送電が止まった結果として生じた損害については全て自己責任みたいな目も当てられないことになりそうです。他には新規顧客の獲得にばかり熱心だけれど、被災地で最も繋がらなかったことで有名な携帯電話の会社とかも、やっぱり電力事業に参入してきたら怖いですよね。

 東京電力がリストラや年金切り下げを政府から要求されていたとき(後に事故を起こしたわけでもない中部電力までとばっちりを食らったり)、東京電力がJAL化しそうだと以前に書きました。JALに突きつけられたリストラ要求には反対の声を上げた人でも、同じ要求が東京電力に突きつけられたときには沈黙したり、あるいは賛同するなど人も少なくなかったりしたものですが(たぶん犯罪者に人権はないとか言っている連中の同類なのでしょう、会社が社会的な非難を浴びるようになったなら、労働者としての権利が否定されるのも当然と考えているのですから)、ともあれ今となっては別の理由から東京電力がJAL化するのではないかと思えてきます。

 つまるところ、安定供給の責任はどこが負うのか?と言うことです。JALの赤字が膨らんだ原因を思い出してください。不採算路線をも維持し続けた結果として、経営が圧迫されてきたわけです。もしJALが「採算の取れる路線」もしくは「儲かる路線」だけに運行を絞ってきたのなら黒字化は容易だったことでしょう。ただ、赤字路線を躊躇なく切り捨てて、黒字の路線だけで営業する、これは社会的責任としていかがなものでしょうか。JAL以外の会社であれば、そのような判断も許されるのかも知れません。赤字路線はJALに任せてしまえば済みますから。採算をとることが難しい路線はJALに任せて、自分たちは採算の取れる路線に専念する――こういうことが可能なら、二番手以降の会社は楽なものです。しかし、そうするわけにはいかなかったJALが危機的状況に陥ったのは記憶に新しいところです。

 たとえばデンマークとか、風が吹いて風車が回って、それで発電できたら外国に電気を販売して、普段は周辺国から電力を輸入するような国もあります。まぁ、国境を越えた送電が容易なヨーロッパだからこそ可能な芸当ではありますが、自国では風車を回し、その一方で他国の火力や原子力で発電された電気を購入する自然エネ先進国って何なんだろうと思わないでもありません。電力が輸出商品であるなら、売った金額が買った金額を上回れば大成功なのでしょうか。ある種の人の脳内では電力の輸出額が輸入額を上回りさえすれば(ただし自国の原発による発電をも含む)、隣国の原発に依存などしていないことになるようですけれど、他国から輸入しなければならないことに変わりはない、どこかの国が安定した電力供給体制を確保しなければならない状態は続くのです。まぁ、フェアな対価が支払われる限りにおいて分業はむしろ望ましい、別に自足する必要はあるまいと私は考えていますけれど、問題はそれを日本で真似するわけにはいかないと言うことにあります。

 つまり日本の場合、隣国からはおろか東日本と西日本との間の送電すらもが難しく、電力は地産地消を強いられる形となっているわけです。これから新規参入が促され、将来的には「自然エネ」を看板に掲げる業者も増えるのではないかと予測されますが、電力を安定的に供給する責任は誰が負うのでしょう。発電できたら発電できただけ自動的に買い取られることが保証されている――そういうシステムは新規参入のハードルを下げるものではあるのかも知れませんけれど、「発電できなかったとき」の責任は誰が負うのか考えるべきです。二番手以降の会社は発電できた分だけ利益を得て、東京電力は安定供給を担保すべく設備の維持に努めなければならない、このような状況になればいずれ東京電力(に限らず既存の電力会社)はJAL化するものと思われます。

 既存の電力会社に責任を押しつけることに精神的な満足感を覚える人は少なくなさそうですが、電力会社を信用しないなら尚更のこと、安定供給の責任を一社に求めるような体制には否定的であるべきです。電力会社の責任能力は、そんなに高いと思いますか? まぁ、既存の火力発電所等の設備容量目一杯の電力をフルに供給し続けられるとの前提に立って原発がなくとも電気は足りると説くなど、電力会社の能力を異常に高く評価している人も少なくありません。そういう人にとっては、既存の電力会社とはいくら責任を押しつけても大丈夫な存在なのでしょう。私はそこまで電力会社を信用できないので、そんなに無理を強いたら危ないことになるだろうと不安でいっぱいですが。

 既存の電力会社の能力を過信せず、その上で安定供給を担保するためには、新規参入事業者にも一定の責任を求める、主力が風力であろうと太陽光であろうと、発電量のノルマを課すような取り組みが望まれます。ただ作りさえすればいい、作った分だけ売ればいいみたいな制度の下では、日本の農業よろしく補助金を必要とするばかりで自主的な発展を望みにくい世界になってしまうでしょう。新規参入の電力事業者に(既存の電力会社に対する)競争力を付けて欲しいなら、多少なりとも厳しい注文を付けることだって必要です。それでも結局は既存の電力会社が不利になることを、既存の電力会社が嫌がりそうなことを、という方向に話は進みそうな気がしてなりません。公務員をやっつけること、中高年をやっつけること、社会保障受給者をやっつけること、それが「改革」と呼ばれてきた国では、電力会社を痛めつけることもまた改革と呼ばれるでしょうから。

 

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8 コメント

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Unknown (リンデ)
2012-01-15 11:48:30
近頃は原発をとにかく無くすのが未来の世代の幸せを守るのと同等のように言われていますが、電力供給の不安定な状況が当たり前になれば、これからの世代にとってはそれこそ大きな負担になるでしょうね。
もし、放射能の脅威を残すなと言いつつ、一方では電力供給の問題は知恵と努力で克服してくれるだろうなどと後の世代に勝手な期待をかけているのだとしたら、それは勝手な思い上がりでしょう。
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Unknown (非国民通信管理人)
2012-01-15 15:46:28
>リンデさん

 後の世代に期待をかけるにしても、原発の安全管理みたいな選択肢だってあるわけですが、勝手に選択肢を奪った挙げ句に解決策を求めるような、そんな身勝手さがありますよね。電力不足で製造業(工場)にシフト勤務が広がり、化石燃料の輸入量は増えるばかり、こういう未来は決して好ましいものではないように思うのですが、原発という「悪」をやっつけるべく盲目になっている人も多いのでしょう。
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Unknown (amanojaku20)
2012-01-15 19:13:06
原発が使えなくなって火力で穴埋めしようとしたら大赤字の現状を見ると、同業他社が何らかの原因で長期間十分に電力を供給できなくなった時に、不足分を穴埋めするとなると、かなりキツい経営を強いられるのは間違いないんでしょうね。

で、そうなった時に税金で発電会社を支援する事や電力料金を一時的に上げる事が容易ならば、発送電分離をやればいいとは思います。

ですが、巨額の賠償金を支払わせつつ、事業を継続させる為に電力会社を税金で支援したり、料金を上げようかと言っているのを、社員のボーナスを維持させるためにやっているのだと勘違いしている人が多い現状を見ると、発送電分離のハードルは高いのではないでしょうか?
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原発に思う (通行人T)
2012-01-15 21:14:01
ある学者(社会生態学者)によると、日本の電力消費の内訳は、日本の製造業が海外に移転していることに伴い、分散型電力の需要が増大することが予測されるので、電力は原子力ではなく、火力とその他の電力で賄えるようになるとのことです。
もっともらしいと思いました。確かに、これなら危険な原発など建設しなくて良いということになります。
でも、自分は、ならば、製造業が移転した先の国には原子力発電は必要なのではないかと思いました。そして、反原発というのは、そういう必要性に対して目を背けているような気がして、何か臭いものに蓋をしているような感じがして胡散臭く思います。
1月2日の朝日のオピニオンにも、地球温暖化防止の観点から原発の必要性が説かれていました。もっと総合的に、そして実証的に原発の是非について議論しないと、「あるべき」論からは脱しないと思いました。原子力が何か事故があれば非常に危険なものであることは、今回の事件で嫌でも確認出来たと思います。原子力発電=安全というのは、やはり間違いだと思いますし、それに乗るような議論は良くないと思います。でも石油に頼れないし、環境的にも石油より良いわけですので、安全性との兼ね合いで、出来るだけ安全に運転しつつ、稼動を容認するのが現実的であると思います。
いずれにせよ、国民的な、市民的な議論というものがもっとしっかり行えないと、やはり危険かなと。問題が解決されないように思えます。東京電力に関していえば、やはり誘致方法含めて反省するべき点は多々ありますし、あまり酷い企業は潰すのは仕方ないというのも、これは労働運動ではたまにある話です。ですので非国民通信さんがおっしゃられるように、必ずしも東電倒産を願う=左翼の腐敗、とは思いません。原発の必要性と東電の運営方法、国関与の仕方などは是々非々で検討するべき問題だと思います。
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Unknown (プチ左派)
2012-01-15 21:43:41
私は多少なりとも航空業界と縁のある仕事をしていますが、JAL赤字の原因をマスコミは国鉄の時と同じく、組合や労働者の責任に押しつけていますが、実際は不採算路線にあることなど職場では常識となっています。
JALは政治的な判断で路線を持たされていたわけですが、私はそれ自体を悪いとは思いません。鉄道や高速道路の未整備な地域には必要なこともあるからです。
航空路線に限らず、そんな衰退しそうな地域の命綱も「無駄をはぶく」の一言で切り捨てようとしているのが民主党政権でもあります。

公的機関や公共性の高い企業は不採算でもやらなければならないことがある、言われるとおり二番手以降は営利だけ追求すればいいんですから楽です。マスコミなどはその責任の大きな一番手のセーフティネットを「無駄が多い」と、これもまたお気楽な批判を繰り返しているだけなのです。
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Unknown (非国民通信管理人)
2012-01-15 22:41:18
>amanojaku20さん

 むしろ発送電分離が進んだ国ほど、大規模停電などは多いようですからね。むしろコントロールが難しくなるところが大きいはずですが、(既存の)電力会社憎しで色々と勘違いしている人が少なくない、そうした国民感情に政府が迎合しがちな中では、まぁ不安になることばかりです。

>通行人Tさん

 そりゃ日本から産業がなくなれば電気の需要も減りますからね。もっとも産業が外に出て行く背中を押すことで割を食うのは労働者であって、それを気にもかけていないのはまさしく左派の腐敗と言えます(ましてや脱・製造業を説いてきた私が言うのならまだしも、製造業こそ善とばかりに語りがちだった人が製造業の国外移転を歓迎する、御都合主義にもほどがあります)。東京電力だって問題はないとは言えませんけれど、その責任を一般労働者にまで押しつけている、それを気にかけていないのもまた左派の腐敗に他なりません。

>プチ左派さん

 利用者が少ない路線でも、それがなければ困る人がいる、採算性を理由に路線が減らされることで切り捨てられる人もいるわけですからね。立場上、JALには赤字でも維持しなければならなかったものがあるのですが――この辺が理解されていない、政府も説明しようとしないのですから呆れてしまいます。せめて電力業界で似たような失敗を繰り返さないで欲しいと思うのですが……
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Unknown (昼行灯)
2012-01-16 18:16:22
独占利益を不採算事業への内部補助に向けるモデルは悪、という風潮ですね。
本来は日本的ノブレスオブリージの一種であったはずですが。

まあ独占や寡占を嫌い、国内で小規模多数の組織がひしめき合う現実に疑問を持たないのは日本人くらいですし。
先進国の主要産業がグローバル競争のために寡占化されて
失業者が暴動起こすような状況を見ても
嫌悪感しか湧かないようでは民度も知れていると思いますよ。
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Unknown (非国民通信管理人)
2012-01-16 23:05:44
>昼行灯さん

 大方の日本人にとっては、各企業がコスト削減(人件費削減、下請けいじめ)に励んで値下げ競争を続けては不毛な消耗戦を繰り返すのが「当たり前」になっていて、公共性みたいな発想は馴染まないのかも知れませんね。そして消耗戦から免れている企業を、社会的責任を果たしていてさえ「悪」と見なすのですから、日本の社会や経済が立ちゆかなくなるのも必然と言えそうです。誰であれ「我が身を削る」というパフォーマンスを披露しないと国民に認められないのですから。
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