超富裕層、税負担減る 05年申告分、証券優遇税制で(朝日新聞)
05年に5000万円を上回る申告所得があった富裕層の所得税負担率が、所得が3000万円超5000万円以下の層より低くなった。逆転は10年ぶり。03年から上場株の売却益や配当への税率が軽減されており、株価上昇に伴う恩恵が富裕層にもたらされたとみられる。税の所得再分配機能が低下していると言える現象で、今後本格化する税制改革論議に影響を与えそうだ。
それによると、05年は申告所得の合計が5000万円超の層の税負担率は平均21.8%。一方、3000万円超〜5000万円以下の層では税負担率は22.7%で、こちらの方が重かった。高額所得層での逆転は95年以来となる。
この恩恵は少数の富裕層に集中し、05年に個人が株式売却などで稼いだ所得として確定申告した額の65%を、人数で4%にすぎない総所得5000万円超の人で占めていた。
収入が増えれば増えた分だけ税金も高くなるのが常識のはずでしたが、一定の水準を超えればむしろ税率が低下するようです。高度経済成長期には所得税の最大税率は70%有りましたが、今は上限は40%、上限だけが下がり続けることで富裕層への税負担を軽減(そのマイナス分は消費税と国債で穴埋め)してきたわけですが、それでも一応は累進制が保たれていたはず、不思議な現象です。
トリックは証券から得た利益と、給与所得などによる利益が別枠で計算されているところにあります。給与所得などは累進課税で、所得が増えれば僅かながらも税率が上がるわけですが、証券から得た所得は一律10%―――本来は20%であったものを、一時的な措置として10%に半減させ、それが継続されている―――に固定されており、利益が1万円であろうが1億円であろうが、その税率は常に10%なのです。
10%と言ったら年収300万以下の低収入層に課される税率と同じですが、証券取引によって儲けた利益はそれが300億であろうと10%なのです。このため年収5000万以上の場合、これが全て給与所得であればそれなりの課税がされますが、証券所得が占める割合が増えれば税率は10%に接近するわけです。年収5000万円超の層の税負担率は平均21.8%と、それ以下の年収の層よりも税負担率の平均が低いのですが、それだけ高所得者が証券取引によって利益を得ているということですね。
何も汗水流して働く給与所得者だけが尊いとか、他人の労働の世界である証券価格の上下動で儲けることは卑しいとか、そういうことを言うつもりはありませんが、税制面で証券所得だけが特別に優遇されているのはいかがなものでしょうか? 証券所得への課税は本来の20%から、特例措置として10%に変更され、それが引き延ばされ続けているわけですが、税率を一気に半減とは景気のいい話です。この減税によって減少する税収は全体の2%に当たる1兆円程度と推定されていますが、その減税を維持し続けるとはよほど財政に余裕があるのでしょう。
富裕層への課税負担を増やすと富裕層がやる気を失って経済活動から活気が失われると、根拠のない断言が繰り返されています。優秀な人が税率の低い海外に流出すると信じている人もいます。しかし、70%の所得税が課されていた高度経済成長期に日本人は税率の高さによってやる気を失っていたでしょうか? ヨーロッパ諸国では概ね日本より累進課税が強いですし、役員報酬はアメリカに比べると格段に低いですが、そんなもので経済が破綻した事実はありません。カルロス・ゴーン氏は日本とフランスの両国で会社経営に当たりましたが、日本よりも税負担の重いフランスに戻ったことでやる気を失いはしませんでしたし、日本に戻ろうともしませんでした。
現実に目を向けなければなりません。実際にやる気を失う可能性があるのは減税の恩恵を受け続けている富裕層ではなく、税制上の優遇から全く見放されている貧困層です。証券所得に限ってみても、その65%を得ているのは僅かに4%の人たちです。逆に言えば、残る96%の人たちが得たものは35%ですね。この65%に対して税負担を強めれば4%の人がやる気を失うとして、逆に35%に対して税負担を強めれば96%の人がやる気を失うと仮定されるわけですが・・・果たしてどちらが有効でしょうか?
日本に所得税の前身である「富裕税」が導入されたのは明治20年のことでした。これはその名が示すとおり、富裕な人、一部の高所得者に対してのみ課せられた課税だったわけです。この富裕税を課されることは国から高所得者として認められたことを意味し、一種のステータスシンボルでもあったそうで「名誉税」との別名すらあったそうです。「俺は金持ちとして、国家財政に特別に貢献しているのだ、どうだ、立派なものだろう」といったところでしょうか。
今の日本には、そういう考え方はありませんね。高所得者が納税を誇ったりはしません。逆に税率を下げるように政府に働きかけるばかりです。戦後レジームの脱却云々が口癖の首相がいるようですが、この高所得者の納税観については是非、戦後レジームを脱却させていただきたいものです。











なんで昭和初期に財界人がテロられたか忘れてしまったのかな(; ̄_ ̄)=3
そう言えば、財界のトップがテロの標的にされたケースが最近ではなかなか思いつきませんね。経団連などは右よりの発言が多いので思想的な対立が少ないのでしょうか? でも金銭トラブルが発展するのであれば市長よりも企業役員相手の方が金を持っている分だけ可能性がありそうなものですが、裏で癒着してるのでしょうか? いずれにせよ昨今の財界人の独善ぶりには「天誅!」という気にもなりますね・・・
それより新自由主義が身分の固定化を決定的にされるものと考えた方が良さそうだ。どう考えたって、機会の均等もなくなってしまうよ。
身分の固定化が進んでいますね。再配分機能が弱まり、富裕層が減税の恩恵でより富裕に、莫大な資産を元手に証券市場でなおさら儲ける一方で、中流以下は置いてけぼり・・・
社会における資本というものは、人の体に例えると血液のようなもので、きちんと循環させないと生命が成り立たないのと同じことでして、特定の箇所に資本が集中すると、資本の総量が変わらない以上、循環される資本の量が減って
デフレが生じ、デフレがデフレを生む日本のような情況が生まれるのは必然なのです。
ですから、所得の再配分とは資本主義というシステムの役割をきちんと機能させる仕組みであり、これは資本主義を存続させたいならば積極的に行わなければならないことなのです。
金持ちに有利なルールを作れば、金持ちはより金持ちに、貧乏人はより貧乏になるわけですね。さしずめ今の新自由主義は、特定の集中箇所と別の集中箇所を結んで、集中箇所同士で循環させようとするものでしょうか。当然、これで歪みが拡大されるわけですが・・・