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日本一有名な中学3年生。藤井聡太・四段棋士の、まったく報道されていない、でも、誰もが知りたい・・・・・疑問に感じている・・・・はずの、四段の余談アレコレ

2017-06-28 18:42:56 | ニュース

 もう、いまだにフィーバーが続いている、藤井聡太・棋士の快挙・・・と言って良いんだろうなあ・・・・・。

 公式戦限定ながら、将棋界史上初の29連勝

 苦戦の流れの中でも、終盤の詰めで、逆転勝利。んでもって、まだ中学3年生の、14歳。来月の19日で、やっと15歳を迎える。

 ワイドショーも、勝ち続ける限り、休憩時に、何を食べた? ソレ、いくらの値段した?まで、大きく取り上げて、神輿(みこし)をかついで、わっしょい、わっしょい、するはず。

 で、当方。

 次の対局期日は、久しぶりの日曜日、7月2日。

 されど。。。。

 日本将棋連盟の広報課に問い質したところ

 「彼の通う中学校からは、確かに、相談が申し込まれまして、なるべく対局は、週末の土日にして欲しい!という、申し出がありました」

 「なるべくそれに添うカタチには致したいのですが、対局相手の都合もあることでして・・・・・・・」

 で、日程調整の結果、現時点ながら、「竜王戦」など、全7タイトルと、数多くある冠戦に勝ち進めば・・・・という前提の日程は

 7月6日(木)、関西で対局。

 7月8日(土)、「竜王戦」を東京で

 7月11日(火)、関西で対局という流れ

 負ければ、日程はガラリと変わり、少しだけラクに通学・登校出来るスケジュールに代わる。

 ところが、聡太少年の「並外れた集中力」が、良くも悪くも、そうはさせない、というわけだ。

 で、大体、対局開始時刻が、午前10時。

  9時半頃には、会場へ到着し、9時43分前後に将棋盤の前に座り、カメラのフラッシュの嵐を浴びる流れ。

 対局の展開次第ではあるが、大体、相手がアタマを下げて「投了」するのが、午後の9時半前後。

 そこから、広報の合図とともに、聡太の周りに、ノートとボールペンと、録音機やカメラを持った記者たちが、ワッと取り囲み、感想を中心に質問し、答えるパターン。

 にしても、ずいぶん前から、疑問だったのが、会場に来る時はどうしているのか?

 東京、大阪と、現時点の会場は、新幹線が使える。

 一部報道では、タクシーで会場入りとか、随行員が1人、付いているとか、あった。

 そうかあ???????

 ソレは、疑わしい。

 今後は、地方の大旅館や温泉地などに徐々に、会場が変わってゆく可能性があるが、対局が終わったあとは、最終の新幹線に飛び乗っているのか? 宿泊か?

 まさに、藤井聡太・四段の余談だが。。。。。。

 取材した。

 (産経新聞 ネット記事より、写真転載)

 対局のある日。

 午前4時半頃、愛知県瀬戸市に建つ一軒家の実家で、目覚ましと母の裕子(写真右側)に起こされて、歯磨きと洗顔。

 母が早朝4時起きして手早く作った弁当や扇子などをバッグに仕舞い込み、身支度を整えて、自宅・実家のある瀬戸市から、名鉄と、地下鉄を乗り継いで、約40分ちょいで、名古屋駅に着く。

 そこからも、独りで、午前10時開始に間に合うように、新幹線に乗車し、各会場に向かっているとのこと。

 その座席で、やっと一息ついて、自販機で購入した飲み物か、家から持参した飲み物を脇に、母の裕子(47歳)手作りの弁当を食べるという。

 対局終了後、囲み取材に応じ、先日は新記録を飾った29連勝後の記者会見にも応じた。

 その後は、無理せず、いつも日本将棋連盟や、同関西連盟が予約してくれたホテルに宿泊している。

 その宿泊代は、各連盟が支払っている。

 往復の新幹線の乗車料金や、指定席代は、将棋連盟が、後払い。本人請求後、対局前に、全額、支払っています。 

 さすがに、実家からの名鉄や地下鉄の合計片道料金、630円までは支払われず。四段が余談ですが、自腹を切っております。

 対局のあった翌日が平日ならば、やはり、先の実家で起床しているのと、ほぼ同時刻に目覚ましと、モーニングコールで起きて、始発の新幹線に独りで乗り込む。

 翌日が、中学校が休みになる土日であれば、ゆっくりと帰ることにしている。

 東京泊だった場合、午前6時発の「のぞみ1号」。

 名古屋には、同7時34分着。

 遅くとも、その30分後には乗り込む。

 ガッコの登校時刻、8時25分までと決められているから。

 大阪から名古屋へ戻る時も、ほぼ同時刻の始発の新幹線に乗り込む。

 名古屋駅到着後、いったん実家に戻ってから登校すると遅刻になるため、駅の大型コインロッカーに前日、詰襟の制服と、教科書を入れたバッグや、タオルや洗面具一式を入れて置く。

 到着後、ソレを取り出して、洗面と身支度を整えて、軽く、大好きな「味噌煮込みうどん」など、麺類やパンを、駅構内にある食堂や、コンビニやレストランで、あわただしくクチに入れてから、登校しているという。

 いやあ・・・・・大変だわさ。

 慣れ始めてきているらしいが、やっぱり、大変だ。

 とはいえ、この先、中高一貫校の国立「名古屋大学 教育学部附属中学校」から、同高校にそのまま進学せず、別の東京や大阪の高校へ単身進学し、独り暮らしを始める意向。。。。などという一部ネット報道がみられた。

 そうすれば、平日の対局がラクだろうという、いわば、おかしな「飛ばし記事」

 だが、大阪の高校通学にすれば、東京での対局には、さらに早い時刻の新幹線に乗り込まなければならない。

 東京の高校にすれば、やっぱり大阪まで行くため、今より早朝の新幹線に乗り込まなければいけなくなる。

 ましてや、今の、中学生にしては、メチャクチャ多忙を極めるスケジュールのなかで、新たに受験勉強に取り組む時間的余裕は無い。

 母の裕子は、「せめて高校までは卒業して欲しい」と言っており、独り暮らしに賛成するわけもない。

 むしろ、幸いにも、東京と大阪の中間にある名古屋の今の高校が、厳しいスケジュールと日程のなか、最適の地といえる。

 母の目の届く範囲内で、生活。

 大手の会社でサラリーマンをしている、48歳の父・正史や、4歳上の兄に囲まれて、時には、わずらわしい想いもするときもあるだろうが、今の環境が一番良いのではないか。

 なお、父・正史が、彼を取り上げたテレビ番組などにに映り込まないのは、実家に暮らしていないからだ。

 別居?

 そう、別居。妻の裕子によればだが、去年から、東京本社の方に単身赴任をしているとの説明。

 父は、4社が統合合併吸収された、大手の住宅設備機器の総合会社に勤務。

 40代の働き盛りの年代の会社員には多い例といえる。

 すでに広く知られていることだが、彼が将棋を指し始めたのは、5歳のとき。

 母方の祖母の育子から、「スタディ将棋」という、子供向けの将棋セットをプレゼントされて、見よう見まねで始めた将棋がキッカケ。

  小学生の時には、大会で優勝し、賞状も手にした。

  自筆の夢は「名人、こす」(越す)こと。

 もう、実現してしまった。

 実は今通っている中学校は、その名の如く「名古屋大学 教育学部」の同じ構内に建っている。

 附属高校も、むろん、構内の中にあり、名古屋大学への進学も、在学中の学業成績が考査され、他の高校から、共通一次入学試験を受ける受験生より、有利。

 すでに、「プロの棋士」なのだから、高校や大学へ進学なんかしなくても良い、などという、何ともおかしなアンケートを採った記事を見かけたが、藤井聡太には、「将棋バカ」には成って欲しくない。

 この先、そう遠くないうちに、連勝が間違いなく途絶える。

 そうして、2連敗でもしたものなら、今まで騒いでいたマスコミは、潮が引くように去って行くはず。

 その後は、勝負を重ねながら、将棋しか知らない「将棋バカ」になる人生は、かつて、谷川浩司をインタビュー取材した者からすると、避けられるものなら避けて、普通に学生として、一般常識も植え付けていって欲しい。

 記憶によれば、谷川は中学生の時にプロ棋士になり、進学せず、将棋一筋の人生を歩んだ。

 すでに記事化したので、読んで戴いた読者も多いと想うが、驚き、あきれ果てたのが、将棋のこと以外、な~んにも知らなかったこと。

 それでいて、年齢だけは、まだ20歳台前半の若さ。

 一芸にひいでた者は、二芸、三芸を持ちうるなんてことは、とても、むずかしいことは分かる。

 分かるが、将棋バカを目の前にして、あ然とするほか無かった。

 現時点でも、藤井聡太は、ソレに成りかけている。

 だから、マスコミが引いていったあとは、文武両道ならぬ、将棋・常識・若者ならではの関心と興味を自然に持つ、両道の道を歩んでいって欲しい。

 先の谷川浩司については、ソレに、母の、マザー・コントロールと、溺愛が重なった。

 浩司には、兄の俊昭がいた。 俊昭もまた将棋は、やっていたが、こと、将棋に関しては、浩司がまさっていた。

 母の注ぐ愛情とまなざしは、浩司のみに注がれ、兄の俊昭は、かやの外に追いやられた。

 偶然か、藤井聡太にも4歳年上の兄がいる。

 年齢からすると、すでに大学に進んでいる・・・・と想われるが、まったく母・裕子のクチからその兄のことが出てこないのも、気に掛かるし、その兄も取材にまったく応じていないのも気にかかる。

 それ、谷川浩司と、俊昭の、当時の微妙な関係に、酷似しているからだ

 その俊昭は、将棋をコツコツと続けながらも、勉強に熱意を注ぎ、かの、勉学の名門の灘(なだ)中学、灘高校へと進み、そして東京大学に合格。

 一般会社員として、アマチユアの棋士界では強く、今も、有名な存在になっている。

 その兄弟間の、心の中に渦巻く溝はとても深い。もはや、永遠に越えられない深さ。そういって良いほどだ。

 そして、・・・・・昨年、将棋界に巻き起こった「三浦弘行 将棋ソフト 冤罪事件」。

 三浦に降りかかった嫌疑は、弁護士9人による綿密な調査により、すべて晴れた。

 だが、当時の日本将棋連盟の会長であった谷川浩司は、その責任をとって辞任という意思は・・・・まったく見せなかった。

 そのまま、何食わぬ顔して、うやむやに、やり過ごそうとした。

 他の幹部、専務理事や理事全員も、だった。

 そこで立ち上がったのが、なんと、実兄の谷川俊昭であった。

 全国の棋士に呼び掛け、谷川浩司・会長以下、幹部全員の総退陣を求めたのだ。

 むろん、正義感から始めた行動であったとは思う。

 だが、実の弟の首をかっ斬る行動でもあった。

 兄の呼びかけた気運は、全国各地にいる棋士に伝わり、弟の浩司は、仕方なく、辞任したくはなかったが、詰め腹を切らされるカタチで辞任せざるを得なくなったのは、記事化した通り。

 そして、その後。

 幹部全員も、居残りは許されず、マスコミ非公開の中、総会は紛糾を極め…全員が辞任した。そうせざるを得なくなるように、旗を振り続けたのは、他でもない、兄の俊昭であった。

 両兄弟の実母は、すでにこの世にいない。居ないから出来たコトかも知れない、

 兄弟の付き合いは無く、さらに遠のいたままだ。

 藤井聡太の母・裕子は、報道によれば「聡太に深く関わらず、ほおって置いて、遠くから見ている」教育とのこと。

 ソレが事実・真実であれば・・・・それに越したことは、ない。

 本当に、そう想う。

 谷川浩司の二の舞には成って欲しくはない。

 将棋バカには、決して成って欲しくはない。

 バカにすらなれなかった、1人の記者が言うのは、なんですが・・・・ 

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