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[ リアル 芸能 ルポ ] やっぱり、平尾昌晃が、亡くなったか。実は、今から4か月前に・・・。あのヒット曲を共に歌った畑中葉子は、今日、千秋楽の舞台に立つ

2017-07-23 17:34:07 | 真偽を求めて・・・こころ旅

 昨夜、パソコンを開いて、ニュースのところをひょいと見たところ、「作曲家・平尾昌晃氏が死去」との文字。

 ああ・・・・・やっぱり、か・・・・・・・。

 速報によれば、亡くなったのは、7月21日、金曜日、午後11時40分。都内の病院で、肺炎のため死去、と。

 肺気腫が、死因病名との報道も、今日になって、みられた

 記事を当たっていくと、病院は、慶應大學病院と思われた。

 入院したのは、8日前の、7月13日。最期に賭けた治療むなしく、というところか。享年79。

 近親者や、事務所のスタッフに見守られて、息を引き取ったとのこと

 2チャンネルでは、真偽不明なのに、むちゃくちゃ叩かれている息子・勇気がおり、近日中に「家族葬」としてひっそり執り行われ、いずれ、「お別れの会」や「音楽葬」のようなものが、今秋にも実施されるとのこと。

 あの容体では、そう長くは生き延びられないのではないだろうか。そう想っていただけに、すんなり、受け止められた。

 なんだか、後出しジャンケンみたいだなあと、後ろ指さされそうな書き出しになってしまった。

 実は、3か月前に集中取材はして、記事を打ち出し始めはしたが、・・・・・・途中で止めた

 以前、死を、ある有名人が亡くなることを予感しての取材記事を書いて、何度か掲載。

 関心のある方が読んで戴いていて、それなりの検索数があった。病状、容姿の激変、仕事場に出られなくなってきたなど、その推移に関する取材はキチンとしていたので、自信はあったが、少し、胸中複雑なものがあった、

 それが、ある日の朝、パソコンを開いたら、いきなり、1本の記事に4000人以上の検索があり、それまで順を追って記事化していたものすべてが、ズラリと並び、数万人が一夜で読んでいたことを知った。

 ええっ、どういうこっちゃと、ニュースのトコロを開くと、

 「平尾誠二氏、死去」

 ああ・・・・・・・・・・・・・・

 そういうことか。

 その数日間、200何十万人のブログ中、1位や3位にランクイン。

 一瞬、嬉しかったが、いかんせん、人の死。

 すぐ、なんだかなあ・・・・・と、複雑な想いだけが、胸を渦巻いていた。

 偶然にも、その、同じ「平尾」という姓。

 平尾誠二の方は、直接会ったり、会見等、何回か取材も重ねてきており、個人的にもさまざまなことがあったので、書くことには当初、ためらいはまったく無かった。

 だが、同じ平尾でも、平尾昌晃の方は、面識すら無かった。

 なお、昌晃というのは、あくまで芸名。産まれた際の本名は、違うことを申し添えて置く。

 そんな平尾昌晃の、歌う姿を久しぶりに見たのは、今年の3月16日の夜の、テレビ歌謡番組。

 その、余りにも変わり果てた姿を見て、のけぞった。

  色艶の良い、まだ健康的な、こんなだった顔が、

   

 見るからに、げっそりとやせ細り、頬どころか、顔全体の肉が削げ落ち、こけていた。

 番組は、BS・TBSだったように想う。

 歌った曲は、自らが作曲して、大ヒットした「霧の摩周湖」。音域が広く、布施明ですら、声を張り上げて、熱唱せざるを得ない、いささか歌うにはむずかしい曲。

 それを、まさに、を振り絞るように、平尾昌晃は、マイクを握りしめ、歌い上げようとしていた。

 だが、声量はか細く、音程は激しく揺れ動き、写真で見てもお分かりになるように、苦しそうに、のどから、少ない声を吐き出していた。

 凄惨とも思える、歌い上げ方。

 熱唱というより、さながら「絶唱」といってよかった。

 これは、一体・・・・・・。

 その後、調べていくと、49年前の、まだ30歳の若い時、肺結核になり、2年前には、さらに、肺がんをわずらっていた

 経営して、何人もの人気歌手を世に送り出した、現・「平尾昌晃ミュージックスクール」には、顔を出すことも無くなり、以前は行なっていた、全国各地に本人が赴いて、直接、特別歌唱指導することも、今はしていない、今後する予定も無いという。

 また、スクールの有力歌手を引き連れて、全国各地へ飛んで、「チャリティ・コンサート」を実施していた。

 それもまた、2、3年ほど前に、鼻に細いチューブを差し込んで、そのコードを酸素吸入器につなぎ、伸ばし、キャリーバッグのようにして、自ら引きずって、ステージに現われ、歌ったのが、チャリティでは最期になった。

 その歌を聴いた人は、感動し、胸が詰まったとブログに書き込んでいた。

 芸能界やスポーツ界の友人・知人を、平尾がまとめて行なわれた「チャリティ・ゴルフ大会」も、平尾昌晃欠場、催しの旗、不在に。

 若い頃は、モテモテ。俗に言う、「入れ食い状態」だったという評判

 噂も、その昔された小柳ルミ子が、平尾が受賞しためでたい席上、声でコメントを寄せて

 「平尾先生、おめでとうございます。まだまだ今も、可愛い女の子と遊んでるって聞いてますよ。もう、そろそろ、お年なんですから、控えたらいかがですか」 と、チクリ。

 その後、小柳が歌手として再起を期す新曲を、平尾が作曲し、提供。

 で、いつの間にか、小柳、その類のコメント控えるようになっていた。アレレ・・・・・・。

 どうしょうかなあ、平尾誠二のこともあるし。

 そう想いつつも、スクールや、あれやこれやに取材。

 翌、4月に入ってから、一番身近で、平尾の仕事をサポートしている個人事務所の男性に、取材を試みた。

 ---先月、テレビ番組を観てましたら、平尾さんが、とても苦しそうに歌っているのを見ましてですね

 「ああ、BSでの「霧の摩周湖」のことですね」

 スタッフも、気にしていたんだ。

 ---どこか、さらにカラダを悪くされているような

 「いえ。もともと、若い頃に、肺結核をわずらい、近年でも、肺がんになったりしたこともありまして。決して、健康的に問題ないというわけでは、もちろんありませんが、大丈夫ですよ」

 ---今は、入院されていらっしゃるとか

 「いいえ。しておりません」

 ---入退院の繰り返し、とかは

 「ありません。そりゃあ、精密検査のために行くことはありますけどね」

 ---コンサートやイベントなどで、歌う予定は

 「いまのところ、予定はまったくしておりません」

 --ーでは、是非一度、平尾さんにお目に掛かって取材したいのですが

 「それは、出来かねます。そういう趣旨でしたら」

 いかんせん、個人情報の最たる、病状のこと。無理も無いが。同じ平尾姓の以前のことが、思い浮かび、さらに矢を放つことに、ためらわれた。

 入院してますよ、ハイハイ。告げられています余命はですね、医師は・・・・・などと言うスタッフは、100%いない。

 うーん・・・・・。

 書く手が、止まった。

 5月、やはり、観る人の比較的少ない、BSの日テレの歌番組で、またも平尾が出た。

 出るには出た。しゃべりに、おかしさは感じられない。

 だが、布施明とともに、番組後半で、「霧の摩周湖」を2人でデュエットするシーン。

 ところが、容姿はやせこけたまま、変わらなかったが、平尾、マイクを握ってはいるものの、声がまったく出していないように見え、その声をマイクは拾っていないまま、デュエットは終わった。

 んんんん・・・・・・・・・。

 もう、出すのも厳しくなりつつあるのだろうか。

 良くなってはいない、肺。大型酸素吸入器を携帯歩行しなければいけないという状況では、歌うのは厳しいのであろう。

 翌、6月下旬。

 観劇した際に、もらった小劇団公演予定のチラシの束のなかに、珍しい名前を見つけた。

  あれれ、左端の本を手に目線を向けた女性は、どう見ても、畑中葉子

 今は、演劇、舞台女優を目指しているんだろうかと、首をひねりながら、チラシをひっくり返すと、やはり、あの畑中葉子、その人だった。

  平尾昌晃と言えば、この畑中葉子とのデュエット曲「カナダからの手紙」の、大ヒットも欠かせない軌跡。

 なんと、今から39年も前の曲ながら、今もデュエット曲の定番であり、1970年代ヒット曲集のなかには、よく組み入れられているほど。

 このとき、まだ畑中。18歳。

 その後、19歳で入籍結婚、あっと言う間の離婚などを繰り返して・・・・・。

 ソロのアイドル歌手としては、失敗。再起を願って、際どい水着、セミヌード。 

  曲名も、付けも付けたり、「後ろから前から」。

  フルヌードから、ロマンポルノへ。

 イクところまで、イク、道筋を歩んでしまった。

 フト、あの人は今的に、どうしているんだろうか・・・・と想うこともあったが、今回調べてみると、2人の子供がいるとか。

  すでに、58歳にもなっていた。

  4年前からは、この写真の様に、ギターの伴奏者と並び、ライブ活動もしているとか。

 今度は、8月に行なうらしい。

  その一方で、自分の男女1人づつの子供の年代の若者たちや、同年代に近いベテラン舞台俳優ら9人とともに、今回の舞台に臨んでいた。

 下北沢にある、客席数、わずか130の劇場で、今日まで5日間、計7回の公演。

 平尾がこの世に別れを告げたのは、21日の夜7時半からの公演を終え、自宅に帰り着いて、一息ついたころか。

 本日は、午後2時からの最終公演を終えてからの夕方、取材記者に囲まれて、改めて平尾昌晃との熱い想い出を語っていたかも知れない。

 人の人生って・・・・・・。

 やはり、あの「霧の摩周湖」は、まぎれもなく、「絶唱」であったように想う。「現役の歌手」としても。

  本日の、摩周湖。

 第一展望台からのライブカメラの、上記掲載映像。まさに「霧の摩周湖」そのもの。湖は、霧に包まれ、何も見えぬまま、時を静かに刻んでいた。

 ♪ 霧に、抱かれて、静かに眠る・・・・・・・

 永遠に歌い継がれる名曲の「絶唱」を残し、まさにそのように平尾昌晃、この世に、別れを告げ、眠った。

 79年と7か月、波乱万丈と、50年余りの肺の病と共存の人生。

 お疲れ様でした。 

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 [ 2017・7・24 追記 ]

 平尾の次男らしい、勇気が朝のワイドショーにナマ出演。

 36歳にして、金髪ヘア。

 歌手、及び、作曲家として仕事をしている・・・・・らしいのだが、まったく知らない。

 ヒット曲も、聞いたことはない。

 一方、畑中葉子

 記事中に書き置いたように、舞台の千秋楽の公演後、マスコミの取材に応じていた。

 しっかり、厚化粧してからのご登場。

 やはり、化粧しきれない、のどもと、首筋、58歳なりの顔立ち。

 平尾とは、2年前に五反田の劇場の控え室で、久しぶりに再会したのが、最後となった。

 その平尾の容姿を見て、いずれ、そう遠くない時期の、永遠の別れは、覚悟していたとのこと。

 その訃報は、一般人と同様、他界した翌日の夜に、知ったという。

 久しぶりに、マスコミの脚光を浴びたカタチとなった。

 

 

 

 

 

 

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