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「高校野球100年」の裏で起こっている衝撃ルポ。君の母校の硬式野球部員0人に成る日は近い!<第4弾>

2017-07-17 13:27:42 | スポーツ

    [ 2015・8・17 初掲載記事 ]                      

  [宮城県]

  宮城県といえば、どうしたって思い起こされるのが、2011年3月11日、午後2時46分に発生した大地震後の、すざまじい、すべてを呑み込んでいった大津波だ。

 先に書いた「岩手県」の高校でも、実は、野球部そのものが、部員が散りじりバラバラになり、事実上の廃部、出場辞退、学内で助っ人をたのんで県内の予選に出場していた硬式野球部も、あった。

 まだまだ、津波のもたらした影響は大きい。

 そして、この夏の宮城県内予選の前に、その被災地である「気仙沼」の高校の、それも硬式野球部で「事件」が起こっていた。

 「気仙沼向洋」。全校生徒数、348人。うち、硬式野球部員、28人。4年半後の今もまだ、第二運動場に建てた「仮校舎」で授業中だ。珍しく、ラグビー部員も、21人いる。

 そんな野球部に、部員の起こした事件が襲った。

 5月に、2年生部員も混じった男子4人が、校内で女子生徒のスカートの奥を、スマホで隠し撮りしていた。そのことを、6月29日、誰かが学校側にタレこんだ。すぐさま、真偽を聴き取り調査。

 7月1日、当事者を含む2年生部員のみを、夏の大会に参加させない処分で、日本高野連に報告し、県の高野連も、そのむね了承。その夜、「保護者会」を緊急開催。事情説明し、謝罪。

 ところが、コトはそれだけで納まらなかった。4人のうち1人の野球部員が、喫煙と飲酒までしていたことが発覚。

 さすがに、苦慮した挙句、7月6日、すでに決まっていた試合の出場そのものを辞退。6日後の相手校、「東北」は、不戦勝というカタチで勝ち上がって行った。

 その「東北」。偶然か、本日8月17日、そこ出身の斎藤隆・投手が、今シーズンでの現役引退を発表。大リーグ帰りで、日本球団で大活躍した、もしくは、している選手は、ただの1人もいないことを、また実証する結果をもたらした。

 ファンには申し訳ないが黒田や松坂の、今のぶざまな姿を見るにつけ、現役引退を決めた際の、松井秀喜の、いさぎよい言葉が、想い起こされる。

 「正直、まだやろうと想えば、ソコソコはやれるでしょう。日本からも、誘いは、ありました。しかし、そこに戻ってまでして、やりたいとは思いませんでした。自分の、かつてのチカラを知っている日本の野球ファンの前で、ああ、あんなにチカラが衰えてしまって・・・・・と思われるプレイを見せたくはなかった」

 余談ながら、黒田も松坂の妻も、日本人。なのに、家族は帰国せず。2人とも、日本で単身赴任生活という、奇妙なおかしさ。実態は、こころ冷えた別居

 危惧は、その事実を知った直後から感じていた。堕ちたチカラを、高く買いかぶり過ぎとも。

 さて、不祥事は、「気仙沼向洋」だけではなかった。

 「東陵」。気仙沼にある、この高校。過去、春夏と、計2度の甲子園出場した、いわば強豪校。専用球場を持ち、部員も80人いる。主な選手は、寮住まい。24時間、否応なく、先輩後輩の関係を、強要される。

 かつての、PL学園がそうだった。

 中村・監督が、当時、私の取材に応えて、「出来れば、その制度は、私としては、止めさせたいんですけどねえ」と言っていた病巣。

 清原和博が、橋本清をびびらせ、アゴでこき使い、橋本”日焼けサロン”清もまた、自分の「お世話係り」に、いたずらをはるかに超えた、歴代の数々のいじめを強いた。

 その係りは、いまもって気を遣い、恐がりながら、告白する始末。

 この「東陵」寮で、2年生部員が、1年生部員に、「態度が悪い」という理由で、暴力をふるった。

 その事実が発覚し、野球部は、この8月21日まで、「対外試合禁止処分」を喰らった。

 つまり、この夏の大会には、一切出られない、という訳だ。

 野球は続けたいが、「寮」生活は嫌だ、と言う選手は多い。病巣は、ぶっ壊した方が良い。

 強ければ、ナニを強要しても構わないという時代ではない、ということを、上級生も指導者も、強く自覚、自戒して欲しい。

 選手は減ることはあっても、増えることは、絶対に、無い!

 宮城県内に、高校は109校あるが、この夏の参加校、73校。ここでも、7割だけ。

 36校が、さまざまな「事情」で、不参加ということだ

 「南郷」は、部員3人。陸上部に18人、卓球部に13人もいながら、だ。

 ココでも、助っ人を頼み込み、やっと出場。だが、2-15で惨敗。しかし、そうまでして出たい!という気持ちは、分かる。出られないことで、悔いを残したくないという想いも、分かる。とりわけ、3年生にとっては。

 「加美濃」は、部員ギリギリ9人。ココも、バレーボール部27人、陸上部18人、テニス部18人もいながら、だ。

 やっとの切実な想いを胸に、出場。0-7で、球場に散った。

 野球というより、野球部離れは、想像以上に広がっていた。

 甲子園で繰り広げられる、汗と涙の青春、感動、はたまた歓喜の声を押し潰すほどに・・・・・・。

 

 

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