おふとおん。

ピアノ弾きによる今日のどたばたとありがとうな写真日記。
現在モスクワでピアノ修業中♪

Моя любимая кошка、ホム。

2007-05-18 00:55:38 | Weblog

エリツィンの話を書く予定が、なんかすっかり時間に追われて、
まだ書いていないわけですが。

5月17日、お昼ごろ、
我が家の愛するホムちゃんが母に会いに天に登っていってしまいました。

兄が高校一年生の夏休みに、
高校の剣道部の合宿中に高校の近くの側溝でおぼれかけてるのを助けて、
半ば強制的に先輩に連れて帰らされたのがうちに来たきっかけで、
そのときは3ヶ月~半年位の大きさだったので、
そこから数えると、もう14歳になるところ、というところだったのでしょうか。

そこからずっと家猫だったことを考えると、少し早いといえば早いのかな。
ここ2ヶ月前、ちょうど私が祖母のお葬儀で帰ったときは、
寄る年波で動きはゆっくりになってたけど、普通、だったから。

私が祖母のお葬儀が終わってこちらへ帰ってきたすぐ後、
急にふらふらとして、歩けなくなったんだそうです。
それで、急いで病院に連れて行ったら、
先天的に糖尿病を持っていて、血糖値が400にまであがっていたそうです。
(ちなみに人間の血糖値の正常値は80-100。)

そこで身体が弱ったところで、
これまたさらに先天的に持っていた腹膜炎を併発し、
一時は本当に危なかったようで、
そのときから父に「そのときはごめんな」とは言われていたのですが。

その後、さすがホムちゃんというべきか、一時回復したのですが、
糖尿病の治療の過程で、インシュリンを経口と皮下注射で投与していたのですが、
そのたびに低血糖で痙攣を起こして病院に運ばれたりしていて。

つい一週間ほど前に、
輸入物の薬から国産の薬に変えたときもまた低血糖を起こし、
病院に運ばれたのですが、それが少し落ちついたので、
父と兄で、ホムちゃんにインシュリンを皮下注射して、
投与して3時間くらいは低血糖を起こさないか様子をそばで見ていて、
落ちつくのを待って外出、とかしていたようです。

ちょうど今日も、様子を見て落ちついたので、
父が外出をして帰ってきたら、もうホムちゃんは冷たくなっていたそうです。

父は、自分がそばにいれば、とがっくり来ていましたが、
私は、誰もいないときにそっと逝ってあげるホムちゃんって、
やっぱりステキな子だ、と思ったりしました。

なんか、ワトちゃんは、ちょっとネコっぽくないって言うか(笑)、
生後一週間くらいのときから人の手で育てられているので、
ちょっと人っぽいところがあるのですが(笑)、
ホムちゃんはずっと、私はネコ、っていう、凛としたとこがあって、
最期もなんだか、飼い主に死に際を見せない、ってとこが、
すごくホムちゃんらしくて、しずかできれいで、
やっぱりあの子は最期までネコだったんだなぁ、とか、思ったりして。

ホムちゃんは父と兄がお墓を作って埋めたそうです。
正直なところ、私は遠くにいるので、
なんとなく父や兄より実感が沸いていないのですが、
もう帰ってもいないんだなぁ、と思うと、
どうしようもなく物思いにふけって抜け出せなくなったりして。

大事な人たちの最期を看取れなかったり、
大事な人たちが悲しんだり大変なときだったりしても、
ちょうどそんな時期に私はこっちに居て、
何も手伝うことも動くことも出来なくて、
なんでこんな思いをしてまでこっちにいるのかなぁ、と、
とてつもなく悲しくなったりします。

後悔、というものは、してないけれど、
これが自分の選んだ道、とはいえ、
酷なものです。

でも、ホムちゃんは、母の存命中は、母のことがだいすきで、
トイレまでついて回ってはぎゃーぎゃー騒いでたくらいだし、
母が亡くなるそのときは、母がいろいろされているのに殺気立って、
兄に噛み付いたくらいですから(今考えてもすごい光景だ)、
一足先に大好きな母に会いに行って、よろこんでるかも。
きっとまたついて回ってるのかな、と思うと、
少し微笑ましい、かな。

というわけで、今日はホムちゃんの懐かしいお写真。
この格好、ホムちゃんの十八番。だいすきです。
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