Cultural Creative
Re-turn's Blog
| goo ID | |
re-turn![]() |
| 2012年6月 | ||||||||
| 日 | 月 | 火 | 水 | 木 | 金 | 土 | ||
| 1 | 2 | |||||||
| 3 | 4 | 5 | 6 | 7 | 8 | 9 | ||
| 10 | 11 | 12 | 13 | 14 | 15 | 16 | ||
| 17 | 18 | 19 | 20 | 21 | 22 | 23 | ||
| 24 | 25 | 26 | 27 | 28 | 29 | 30 | ||
|
||||||||
| 散文/詩(110) |
| コトワリ(26) |
| Info(141) |
| ヒト(26) |
| コト(51) |
| モノ(21) |
| PATIKA/パチカ(8) |
| 小川社/未晒し蜜ロウワックス(11) |
| gunung/グノン(16) |
| RinPproject/リンプロジェクト(7) |
| ハクキンカイロ(11) |
| R.E.LOAD/リロード(11) |
| magno/マグノ(2) |
| ADBUSTERS/BlackSpot(16) |
| SWC/ハチドリ(8) |
| 非電化工房/コーヒー焙煎器(13) |
| CulturalCreative(159) |
| Books/Artist(271) |
| Other(211) |
| BEJ/NPO(125) |
| gooID: | |
| ブログの作成・編集 | |
|
![]() | 怯えの時代 |
![]() | 自分の生き方をさがしている人のために |
![]() | 美の呪力 |
![]() | 一万年の旅路 |
![]() | テクテクノロジー革命 |
![]() | 生きる意味 |
| よりよく生きるということ |
![]() | インターネット的 |
![]() | 暴走する文明―「進歩の罠」に落ちた人類のゆくえ |
| 愉しい非電化 |
| センス・オブ・ワンダー |
| カルチャー・ジャマーの挑戦 |
| ジャンピング・マウス |
| パパラギ |
| ハチドリのひとしずく いま、私にできること |
![]() | はてしない物語 |
![]() | これから働き方はどう変わるのか |
![]() | エンデの遺言―「根源からお金を問うこと」 |
| スモール イズ ビューティフル |
![]() | 仕事は楽しいかね? |
| ビジネスを育てる |
| ザ・コーポレーション |
| 病気にならない生き方 |
| 太極拳理論の要諦 |
| 気分爽快!身体革命 |
| Pedal |
| サイクリング・ブルース |
![]() |
| & MORE |
バイシクル エコロジー ジャパン/NPO法人

きく
内山節さんの話を1年ぶりに聞ける機会が土曜日にある。
わりあいと近所なので有難い。
去年からどのように変化し、想い、どれだけ聴きとれるだろうか。
==============
哲学塾東京分校(の・ようなもの)
テーマ「3・11以降を生きるー新しい価値の創造と共有―」
<場所> 東京都北区 赤羽エコー広場館
<時間> 6月9日 13:00〜17:00(セミナー終了後、懇親会もあります)
<会費> 1,000円(資料代、飲食代=休憩時にお抹茶席を用意)
懇親会費は均等割り、一人4,000円ぐらい
<定員> 定員50人程度
(参加御希望者は、懇親会参加の有無も含め
事前に世話人にご連絡ください)
<詳細> 哲学塾 チラシ(PDF)
<主催> 哲学塾東京分校(の・ようなもの)
==============
新しい本が出ているがまだ読めていない。
土曜日まで読めるかな・・・
![]() |
内山節のローカリズム原論―新しい共同体をデザインする |
| 21世紀社会デザインセンター | |
| 農山漁村文化協会 |
かくありたい
ほぼ日創刊14年特集。
これまでの様々な方と糸井さんとの対話特集がはじまった。
読んだ当時の記憶と、いま感じることの重なりと違いが楽しい。
ちょっとのつもりが延々とハマってしまう恐ろしいページだ。
昨晩、読み返したのが原丈人さん。
5回登場しているが、本よりこちらの対談の方が断然面白い。
書くより話す方が魅力的な方なんだろうなぁ。
同じ時代に、こういう人がちゃんと居るのだと思うと心強い。
============
原
まったく資金のないときには、
100万円のプロジェクトさえ、できない。
でも、まだ目に見えない大きな目標と、
いまの自分ができることとのあいだに、階段を‥‥。
目に見えない階段を、つくってきたんですよ。
糸井
一歩ずつ、一歩ずつ。
原
だれにだって、1歩めなら、かならず登れる。
で、1歩めを登れたら、
きっと2歩めを踏み出せるでしょう。
だから、やろうと決断したら、
途中でやめたことは、いちどもないんです。
ぜんぶやるんです、かならず。
============
糸井
そして、あたまで考えたら、
かならず実行に移してきたんですね。
原
そう、あたまで考えたあとは‥‥
「腹の底からやりたい」と思ってるかどうか。
これです。
あたまなんかはね、適当に使ってりゃ‥‥っていうのも
乱暴な話ですが(笑)、
わたしが使ってるのは「腹」なんですよ。
糸井
その「腹」は、どうやってできたんですか?
原
それもやっぱりね、
考古学をやってるときでしょう。
当時の中米では、内戦なんかもあって、
いかに自分で自分の命を守るか‥‥。
絶体絶命だっていう危機は
もう、なんどもありましたから。
糸井
そういう経験を経て「腹が据わった」と。
============
原
わたしの父は、
鉄道模型に時間もお金もエネルギーも、
すべて、注いできたんです。
糸井
ええ、しかもどれも、膨大な(笑)。
原
鉄道模型って、興味のない人からすると
財産的に無価値な「オモチャ」ですから、
「同じ投資をするなら、こんな機関車の代わりに
絵でも集めてたらよかったのに」なんて、
よくね、言われるんですよ。
糸井
儲かったのに‥‥ってことですよね。
原
でもね、やっぱり、そういうことじゃない。
鉄道模型に対する父の姿からは
「好きなことを徹底的にやること」の大切さを
学ぶことができたと思ってるんです。
そういう経験からすると、
ここをショートカットすれば最短距離だとか、
こうしたら、簡単に儲かるなんて考えかたで
仕事をやっても‥‥
あんまり、いいことはないだろうなって思う。
============
原
きれいごとを言っているわけではなくて、
それよりも、
わたしが「あったらいいな」と思う技術を
実現させたい。
そして、そういう情熱で取り組んだほうが、
結果として、
ビジネス的にも、うまくいくんですよね。
糸井
情熱を動機にしてるんですね。
============
原
うーん‥‥わたしの仕事について言いますとね、
いろんなところで
やはり「そもそもの原点」に立ち戻るんですよ。
糸井
つまり、考古学?
原
とくに「技術開発」について言えば、
考古学に使えないものには、あんまり興味ない。
============
糸井
そうなんですよね‥‥
成功ばかりじゃないんですよね。
当たり前かもしれないけど。
原
少なくとも、
成功した会社の5倍は、失敗してます。
糸井
そんなに。
原
まだ誰も手がけていない、
世界最新の技術に取り組むわけですから、
ことごとく成功してたら、
そっちのほうが、おかしいでしょう。
糸井
はぁ‥‥そうですよね。
原
ですから、失敗例だけあげつらえばね、
あの原ってヤツは
偉そうなことばかり言っているけど、
失敗ばっかりじゃないか、なんて思う人も
いるかもしれませんね。
まぁ、他人にどう見られようと
関係ないですから。
============
糸井
たぶん、何よりわからないのは、
原さんという人の「存在と動機」だと思う。
この人はいったい、どういう立場の人で、
なんで、こんなにいろいろ難しそうなことにばかり
チャレンジしてるんだ? ‥‥って。
で、その原さんの「存在と動機」って、
こうやって、何日もかけて知ろうとしないかぎり、
わからないと思うんです、なかなか。
それこそ「鉄道模型」あたりから始めないと。
原
わたしの原動力はね、「おもしろいから」。
ゼロからつくりあげていくことが、おもしろい。
れあ
ありふれたモノがじょじょに無くなっていく様に気がつく人は少ない。
「どの家にもあった」モノが、いつの間に一切見かけなくなる。
タネも仕掛けもない・・(少しはあるかな?)マジカルな現象に、誰でも遭遇している。
それは昔からあった事。
今にその速度が速くなっているだけのこと。
速度と言えば、生活全ての速度がもの凄く速くなっている。
これもじょじょに加速されているので気がつく人はほとんどいない。
こうしたコトは後から分かってくる。
未来をイメージし、自らそのイメージの中に立ち、そこから今まで振返える。
そんな特別な才能を持つものが稀にいる。
最近、そんな人が書いた本を読んだ。
Enjoy!
【計画と無計画のあいだ】2012年 本の記録#24
昨日のエントリー「生物と無生物のあいだ」に続いて読んだのがこの「計画と無計画のあいだ」。
あとがきを読んで判明したこの2冊の関係に驚き、引きの強さを感じ、宝くじを買いに走った。
かたや2007年5月もう一方は2011年10月と4年5カ月の時差を、リスペクトして付けたタイトルの本がボクの読者歴で偶然繋がった。やはり宝くじの期待が高まる。
著者の三島さんの考え方、生き方に共感する人は多いはずだ。
企業で働くうちバラバラになっている自分に気がつき、天の声が聞こえる。その声に従い今に至っている。同じようにバラバラでもがいている人から見れば、同じような状況から見事に抜け出し、華やかに仕事をしている身近な成功者と映りそうだからだ(見えるだけかもしれないけど)。
映画やゲームのように要所で出会うステキな人物や人とのつながりに胸が熱くなる。
個人的には、著者の実家が自営業を営む家庭だったため収入の波を幼いころから感じていた。そのため自営だけはするもんか決意していたそうだが、ボクは逆で、自営するのが普通で勤務する方が特殊だと思っている。
本は好きだが出版社に興味はわかない。それでも明治から昭和初期の出版事業創立者たちの熱き想いには興味がある。この作者は業界の想いを伝承した現代版かもしれない。
なにはともあれ、これから起業する人だけには薦められない、いい本だ。
![]() |
計画と無計画のあいだ---「自由が丘のほがらかな出版社」の話 |
| 三島邦弘 | |
| 河出書房新社 |
【生物と無生物のあいだ】2012年 本の記録#23
福岡伸一さんを初めて知ったのはソトコトという雑誌の巻頭コラム。
狂牛病が話題のころ目にとまり、理科系の内容だが詩的な文章のうまさを感じてから、この人の本を読みたいと思った。ちなみにソトコトは2007年原発アンケート結果の胡散臭さから遠ざかっている。
この本は図書館で偶然見つけたもので、著者以外情報はないままにパラパラと読み始めたが一気に読み終えてしまった。2007年5月発行され、アマゾンによると著者の中で一番売れている本だそうだ。ということは代表作の1つといって差し支えないのだろう。
福岡さんは、京都大農学部卒業後、ロックフェラー大学ハーバート大学の研究員として3年間アメリカで過ごす。その後、京都大学から青山大学の教授となる。
この本はアメリカ時代を中心にしながら「生物とはなにか」という問いに迫っている。
メインスト―リーから逸れるが、ロックフェラー大学研究員の先輩である野口英世の日本とロックフェラー大学での評価の差を知り驚いた。彼はヘビードランカーでプレイボーイ、業績で今日意味のあるものはほとんどないと同大学機関紙で結論付けているそうだ。
アメリカでの研究員の生活やその業界の話も面白かった。知らない社会の内情を知るのは、情報ろ過に役に立つ。
そして「生命とはないか」の問いに、科学者が陥る認識の浅はかさ、単純化を痛感している。これは藤村さんが言う<物事を単純化しないと法則化できない。法則化していくとだんだん謙虚さを失ってしまう。科学者だって、多様なものを自分が単純化して法則化してみただけで、法則が自然を支配しているわけではないということを、入口のところではわかっていたはずなんです。でもそれを続けていくうちに、自然を支配できるような気持になっていくのではないかな。>
そして出した答えが
<生命という名の動的な平衡は、それ自体、いずれの瞬間でも危ういまでのバランスをとりつつ、同時に時間軸の上を一方向にたどりながら折りたたまれている。それが動的な平衡の謂いである。それは決して逆戻りできない営みであり、同時に、どの瞬間でもすでに完成された仕組みなのである。>
という哲学的な言葉で締めている。
違う本も読んでみよう。
![]() |
生物と無生物のあいだ (講談社現代新書) |
| 福岡 伸一 | |
| 講談社 |
いいことだろ
ボブ・ディランや吉田拓郎、井上陽水といったリアルタイムでは知らない時代の唄に惹かれる理由が、前回と前々回のエントリーを書いていて府に落ちた。
大きな存在に対して、怒りと憂鬱が似ている時代の中から誕生した唄だからだと。
ジャンルは変わるが植木等、石原裕次郎、加山雄三は、暗さを吹き飛ばす笑いと明るさで、重苦しいだけの社会ではない部分で引っ張っていた、そこに尊敬と興味がわく。
とくに井上陽水は、小学低学年の頃に兄貴のラジカセから流れているのを横耳で聴いていて、なんのこっちゃ分からない歌詞がずっと記憶され残っている。それが現実とリンクしながら理解できてきたのは21世紀を10年すぎた位から。
作詞:井上陽水
作曲:井上陽水
都会では自殺する若者が増えている
今朝来た新聞の片隅に書いていた
だけども問題は今日の雨 傘がない
行かなくちゃ 君に逢いに行かなくちゃ
君の町に行かなくちゃ 雨にぬれ
冷たい雨が 今日は心に浸みる
君の事以外は 考えられなくなる
それはいい事だろ?
テレビでは我が国の将来の問題を
誰かが深刻な顔をしてしゃべってる
だけども問題は今日の雨 傘がない
行かなくちゃ 君に逢いに行かなくちゃ
君の家に行かなくちゃ 雨にぬれ
冷たい雨が 僕の目の中に降る
君の事以外は 何も見えなくなる
それはいい事だろ?
行かなくちゃ 君に逢いに行かなくちゃ
君の町に行かなくちゃ 雨にぬれ
行かなくちゃ 君に逢いに行かなくちゃ
君の家に行かなくちゃ 雨の中を
行かなくちゃ 君に逢いに行かなくちゃ
雨にぬれて行かなくちゃ 傘がない
むかう
ひねくれ屈折した社会により一層拍車をかけているのが、原発事故で露出している国家の本音だ。被害者である住民の救済もままならぬまま、加害者仲間の電力会社救済は先に打ち出すというダブルスタダード。放置が1年以上続き、あからさまな行動がエスカレートしている。
様々な不満と不明な未来に憤りを感じながら怒りをぶつける相手が見えない。
バーチャルから引き出す無限の情報でますます混沌として憂鬱になる。
こうした中では、うす暗い未来をイメージしやすくなる。
刹那的生き方に逃避する傾向が増えて要因が多すぎる。
うっぷんを晴らすために小さなきっかけを待ち、負けない手段を行使する。
なんだか、古谷実の漫画の世界にジワリと現実が追いつてきたような感じだ。
TSエリオットの詩「うつろな人間たち」も思い出す。
<われわれはうつろなる人間
われわれは「はく製」のごとき人間
ただ藁のつまった頭を
一緒に寄せ合わせているだけだ。
ああなんということか
形状なき形骸、色彩なき影なのか
力は麻痺し、ゼスチャーには動きがない>
うつろなる人間は文学やニュースの世界にいるのではなく身近に感じる。
なにより自らがうつろなる人間になるかも、いやなっているかも知れない。
そんな社会で光を放ちヒントとなりえる人たちも、同じくらいいるのだ。
うつろな人間になっていくなんて真っ平なら、そっちに向かおう。
どうするか
車が子どもに突っ込む、肩が当たったと刃物で襲う。
そしてすぐ近所で子どもを虐待死させた事件が起きた。
なんとも荒んだニュースが続く。
昔から金属バット殺人事件やコインロッカーベイビーなど衝撃的な事件はあった。
今回はそれらと違うインパクトを感じる。
事件現場が馴染みの場所というだけでない。加害者について詳しくないが、暴れん坊ではなくどちらかといえば大人しい感じに見える。そんな空気感を3月21日のエントリーに記した。
大人しそうな人がキレれるのは、絶対的な安全圏にいる場合や強力な武器を持ていたり、または法に守られていると勝手な安心感からくる正義からだと思う。
小田嶋隆さんのコラム「日本代表のキープレイヤー・本田圭佑の非サッカー面での貢献」が面白かった。
<仲良しで、優秀で、足並みが揃っている彼らは、実は、チームの中にひとりかふたり、「ウザ」くて、「イタ」くて、「ヤバ」い誰かがいないと、うまく機能することができない。
というのも、「イタ」さとは、孤立を恐れない魂の力であり、「ウザ」さは、あからさまな向上心の別名であり、「ヤバ」さは、リスクそれ自体を指し示す言葉だからで、結局のところ、そういう火花が無いとエンジンは動き出すことができないのである。
サッカーでは、誰かが無理なプレイを選択しないと得点は生まれない。
戦術は、合理的であるべきものだし、パスは理性と理性が合致しないと通らない。
でも、90分のゲームの中で何回か、誰かが無理なドリブルや、無茶なパスや、無駄なスライディングを仕掛けないとゴールは生まれない。で、そういう非合理なプレイを持ち出すことのできる選手は、技術的な意味ではなく、人格としての素養として、ひどく限られているものなのである。
結局、イタい男じゃないと、イタいプレイはできない。そういうことなのである。>
ほとんどが平均を目指し、出る杭にならないように育ちながら、憧れではなく、自分の本質は本田圭祐だと投影する人が多いのもこの国のユニークさだ。
続く
よみかえす
内田樹さんが藤村靖之さんの記事に興味をもちこの本をポチリしたと、ツイートがあった。その批評があるのか、ないのかわかないが思想は共通するところは多いであろう。展開が発展したら楽しみだ。
そんなきっかけで本棚にあるこの本を読み返した。
読み返すにはタイミングが重要だ。
こないだ出会った本が大変面白かった。返却まで時間があったので読み返そうしたが読めない。全くページが進まないのだ。これは無理に読み返したら面白さが消えてしまう、と感じた。
この本は2008年9月に発行されているが、いま読み返すと当時は残らなかった言葉が響く。
<人間の英知と自然が調和した状態を愉しい、としてみたんです。それが知性だという言い方もできますね。
自然を動かしているのは、日本語で言うと、摂理です。先住民族にとってはこの摂理が神です。
科学が、この摂理を認識して、解きあかしたものを法則と呼ぶのです。けれど、けっして法則は科学者が生みだしたわけではなくて、自然の摂理を、ただ人間が部分的に認識して表現したものにすぎなんです。>
<物事を単純化しないと法則化できない。法則化していくとだんだん謙虚さを失ってしまう。
科学者だって、多様なものを自分が単純化して法則化してみただけで、法則が自然を支配しているわけではないということを、入口のところではわかっていたはずなんです。でもそれを続けていくうちに、自然を支配できるような気持になっていくのではないかな。>
お話を聞きにそろそろ行きたいなぁ。
![]() |
テクテクノロジー革命―非電化とスロービジネスが未来をひらく (ゆっくりノートブック) |
| 藤村 靖之,辻 信一 | |
| 大月書店 |
イメージ
1970年6月1日にエレックレコードから発売されたよしだたくろうのデビューシングル。
オンタイムでは知らないし、カラオケでは唄えないけどが最近のお気に入りの曲だ。
その理由ははっきりとわからないが歌詞にうたれているのだと思う。
『イメージの詩』 よしだ・たくろう
作曲:吉田拓郎
作詞:吉田拓郎
これこそはと信じれるものが
この世にあるだろうか
信じるものがあったとしても
信じないそぶり
悲しい涙を流している人は
きれいなものでしょうネ
涙をこらえて笑っている人は
きれいなものでしょうネ
男はどうして女を求めて
さまよっているんだろう
女はどうして男を求めて
着飾っているんだろう
いいかげんな奴らと口をあわせて
おれは歩いていたい
いいかげんな奴らも口をあわせて
おれと歩くだろう
たたかい続ける人の心を
誰もがわかってるなら
たたかい続ける人の心は
あんなには 燃えないだろう
傷つけあうのがこわかった昔は
遠い過去のこと
人には人を傷つける力があったんだろう
吹きぬける風のような
おれの住む世界へ
一度はおいでョ
荒れ果てた大地にチッポケな花を一つ
咲かせておこう
おれもきっと君のいる太陽のあるところへ
行ってみるョ
そして きっと言うだろう
来てみて良かった 君がいるから
長い長い坂を登って
後ろを見てごらん 誰もいないだろう
長い長い坂をおりて
後を見てごらん
皆が上で 手を振るサ
きどったしぐさがしたかったアンタ
鏡を見てごらん
きどったアンタが映ってるじゃないか
アンタは立派な人サ
激しい激しい恋をしているおれは
いったい誰のもの
自分じゃ 言いたいのサ
君だけのおれだと 君だけのものだと
裏切りの恋の中で
おれは一人もがいている
はじめから だますつもりでいたのかい
僕の恋人よ
古い船には新しい水夫が
乗り込んで行くだろう
古い船をいま 動かせるのは
古い水夫じゃないだろう
なぜなら古い船も 新しい船のように
新しい海へ出る
古い水夫は知っているのサ
新しい海のこわさを
いったい
おれ達の魂のふるさとってのは
どこにあるんだろうか
自然に帰れっていうことは
どういうことなんだろうか
誰かが言ってたぜ
おれは人間として 自然に生きてるんだと
自然に生きてるって
わかるなんて
何て不自然なんだろう
孤独をいつの間にか
淋しがり屋と かんちがいして
キザなセリフをならべたてる
そんな自分を見た
悲しい男と 悲しい女の
いつものひとりごと
それでも いつかは
いつものように 慰めあっている
yell
共通の友人が何人かいて、大きい猿と書いて「大猿/だいえん」という珍しい名前の奴がいると聞かされたのは10数年前。会ってみると立派なサル顔だったので、かなりの時間そういう名前だと思っていた。
会ったときはすでに修業のために京都から東京に移り住んでいた。
顔はサルに似ているけど、寺の息子というのを影響しているのだろうか、本当にいい奴なのは話してみてすぐにわかった。
そんなサル顔のいい奴、大猿ではなく大円がお店を今月から始めた。
「整体」と読み方は同じだけど「正體」と書く。(骨が豊かと書く字は「体」の旧字だそうで、そちらの方がいい字だ。)
ようはマッサージ店。と書くと違和感があるので詳しい説明を本人のWEBから。
<「リラクゼーション」ではなく「コンディショニング」で身体メンテナンス
新宿の医療法人社団丹伎会 丹羽クリニックの正體治療の協力機関である「ASCLEアスクレ」に11年間勤務し、数多くの症例を経験をしてまいりました。
筋骨格のゆがみやねじれにより起こる様々な症状。コリをほぐすのではなく、その原因となるゆがみやねじれを整えることで、痛みや不快な症状を改善していく「正體(せいたい)術」。
萎縮した筋肉を伸ばし、それによって引っ張られていた骨格を元の位置に戻していきます。
骨盤のバランス、脊柱(背骨)、頸椎(首)を整え、本来あるべき姿勢を目指します。
リラクゼーションではなく、コンディショニングで身体機能がより発揮できる状態をつくりだしてまいります。動きが良くなるだけでなく、気持ちもスッキリするので、仕事や日常生活の作業効率がアップします。
コンディショニングで身体メンテナンスはじめましょう。>
東久留米という東京に住んでいてもピンとこない場所に、
友人知人も少ない土地で、
お店を開くという根性は凄いもので、
それでも、いい奴が一生懸命に手当てをするのだから、
きっと繁盛するだろう。
そんな繁盛店(予定)はこちら。
大円正體
〒203-0053
東京都東久留米市本町3-12-7
TEL/FAX 042(459) 3588
■E-mail
daienseitai@jcom.home.ne.jp
■受付時間
9:00〜19:00
■定休日
日曜祝日 第2月曜
Enjoy!
【悲から生をつむぐ】2012年 本の記録#22
東北で新聞といえば朝日読売ではなく仙台に本社をおくため河北新報である。
そのため東日本大震災ではほとんどの社員が被災者であった。
そうした人たちが取材し言葉にした内容は、当事者としての1次情報と取材者としての2次情報の間を揺れ動いている、そんな不思議な距離を感じた。
なにより、被災した普通に暮らす生活者の声が詰まっている重要な本だ。
<東北に生きる新聞社の一人ひとりが日常生活を、そして古里を、肉親や大切な人を津波や原発事故に巻き込まれ、取材者でありながら被災の当事者となった。>
<「われわれのような純農村は『お金の世界』では最終ランナーだが『命の世界』『心の世界』でならいいところにいける。高度経済成長の大量生産効率主義の最後の遺産が原発であり、結果が今回の事故だった。『足し算』から『引き算』にお金が転換するチャンスになってほしい。でないとわれわれの体験があまりに空しく、悲しい。」>飯館村菅野村長
<戊辰戦争で負けたと東北は、明治政府から山をも取り上げられた。共有財産であった山林のほとんどは国有林とされた。その山林に「使用を認める方針に決めた」とは、あまりに他人事。国有林の除染は林野庁の予算で取り決めた問題>
経済、理論のような計算や確立で片付けられない事がたくさんある。数字や地図上の線で分けれないコトがあるのは誰でも知っているはずなのに、一体いつからルールが最優先させるようになったのか。
震災20日後の、あの風景が蘇った。
![]() |
悲から生をつむぐ 「河北新報」編集委員の震災記録300日 |
| 寺島 英弥 | |
| 講談社 |
173年ぶり
明日は「金環日食」
東京では173年ぶりに見られるというので盛上っている、異常なくらい・・・
天体ブームは2001年の「しし座流星群」からなのか、それ以前はあまり記憶にない。
ひねくれた見方かもしれないけど、消費が冷え込み続けるなかで少しでも感触があると、なだれを打って展開するようでさもしい。
それにしても東京で金環日食が観られたのが173年前といわれるが西暦で1839年、天保10年。
天保の飢饉が終焉を迎え、14年後にペリー黒船、明治維新の約30年前の年だ。
維新の立役者たちが子ども、青年の時代でもある。
井伊直弼が24歳、勝海舟16歳、松平春嶽11歳、吉田松陰9歳、徳川慶喜2歳。
北斎や十返舎一九、滝沢馬琴、 間宮林蔵らが老年としても輝いていた。
天体観測を通じて、そんな時代とリンクできのるも面白い。
鶴見修輔がいう「200年のうねり」の想いも重ねてみる 。
明日の東京は曇り予報・・・
Enjoy!
| « 前ページ |



















