re-tokyoの業務日誌

(株)東京住宅センターの店長が、日々の業務や出来事を心の赴くままに綴ります。

御巣鷹の尾根

2017-07-23 18:46:33 | 旅行
先日、休みを利用してある場所へ行ってきました。


群馬県上野村にある「御巣鷹の尾根」です。

改めて説明も不要かとは思いますが、1985年8月12日に東京羽田発、大阪伊丹行きの日本航空123便ジャンボ機が墜落、

お盆の時期で折しも満席であり、

乗客乗員合わせて500名を超える方が一瞬にして命を失いました。


当日の夜7時過ぎ。家族でテレビを見ている時に「日本航空機がレーダーから消えた」とニュース速報が流れます。

私はまだ小学生でしたが、この数年前にも日航機が羽田で墜落しており、そんなにたびたび墜落などするのかとショックを受けました。


ジャンボ機の墜落地点がはっきりせず、その日の深夜までテレビ各局が報道番組を流し続けたこと。

翌日の早朝、カメラが写す「JAL」と書かれた翼。

お昼に「生存者がいた」と臨時ニュースが流れたこと。

夏休みだったこともあり、よく記憶に残っています。


以前から一度訪れてみたいと思っていたのですが、ようやく行ってくることが出来ました。

涼しい時間に着くように、ナビに目的地を設定して午前3時に出発。小6の次男が同行してくれます。

246号から環8を通り、練馬ICから関越自動車道を北上します。

群馬に入って藤岡JCTから上信越道を通り、下仁田ICから目的地のある上野村を目指して南下します。

北から上野村へ抜ける長いトンネルが出来て、今はこれが最短ルートの様です。


さて目的地である御巣鷹の尾根ですが、想像以上に山奥にありました。


下仁田ICからは約1時間強。

今でこそご遺族のためにそれなりにアクセス道路が整備されていますが、以前であればここを目指すのさえ大変だったことでしょう。

しかしこの道路でさえ路上にはゲンコツ大の落石や木の枝などが散乱していました。

恐らく夏のお盆の時期以外はあまり人が訪れることが多くないのだと思います。


到着は午前7時前。自分たちの他には誰もいません。

駐車場に車を停めて尾根にある慰霊碑を目指します。看板によれば時間にして約30分、高低差で約180mあるようです。



(後でよく考えたらこの場所でピースサインなど不謹慎も甚だしいのですが、子供のすることですのでどうかお許しを)


ここからがまたキツイ登り坂が続きます。

登山道のように階段が整備されているのですが、なにしろ急です。

一生懸命に登ったのですが、日頃の運動不足のせいでしょう。

途中で足が攣ってしまい……



残念ながらリタイアしました。

わざわざ来た場所なのに情けない限りですが、帰り道も私が自分で車を運転しなくてはいけませんので無理も出来ません。



しつこいようですが、本当に山奥です。

周辺には観光になるような場所もほとんどなく、どこかを観光したついでに行ってみようとはならない所です。

(「ついで」に行くのも失礼な話でしょうが…)

上野村を東西に貫く国道299号線からも車で山道を約30分。さらに慰霊碑まで徒歩で30分です。

現在の様な道路も無かった事故当時、地上からの捜索隊あるいは報道関係者がよくもこんな所まで来れたものだと思います。

きっとそれぞれに必死の想いがあったのだろうとしみじみ感じました。



(駐車場から次男が撮影)




事故については様々な書籍にもなっていますが、機体のアクシデント発生から墜落までは約30分の時間がありました。

その間に何名かの方が家族に宛てて書いた遺書が事故現場から見つかっています。

あるいはもっと多くの遺書があり、燃えて無くなってしまったのかもしれません。

不安定に揺れる機内でどんなにか、不時着ができてその遺書が無駄になることを祈っていたことでしょうか。



私も車の運転をする限り人の命を奪ってしまうことがあるかもしれない。

どんなに大切な人でも、失われた命はゲームの様には還らない。


そんなことを考えながら現地を後にしました。
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