転妻よしこ の 道楽日記
舞台パフォーマンス全般をこよなく愛する道楽者の記録です。
ブログ開始時は「転妻」でしたが現在は広島に定住しています。
 



リンリン(上野動物園のパンダ)が、死んでしまった
……というニュースを、主人から知らされたとき、
私には最初『インリンが』と聞こえて、物凄くうろたえてしまった。
インリン様っ、申し訳ありませんでしたっっ。

と、それはともかく、パンダのリンリンは、
以前から病気だったそうで、パンダとしては既におじいさんでもあり、
報道に見る限り、安らかな最期だったようだ。
北京に生まれ、生涯の三分の二を日本で暮らしたリンリンは、
パンダ的に言って、幸せな思いの多い一生だっただろうか。
彼のために力を尽くした人間が、中国にも日本にも
たくさんいたことは間違いなかったし、
リンリンに楽しい思いをさせて貰った人たちも数え切れないほどいた。
日本国籍としては、現状では最後の一頭だった。冥福を祈りたい。

パンダは、確か、その愛らしい外見よりも、ずっと大きな動物で、
結構どう猛だと聞いたことがある、等々と思って、調べてみたら、
大人のパンダは立ち上がると170センチほどの背丈があり、
オスだと体重は約100から150キロだそうで、
ちょうど、数年前のうちの主人くらいの大きさだとわかった(爆)。
中国では、野生のパンダを捕まえようとした人間が襲われた、
という事件もあったそうで、やはりイラストやぬいぐるみのように、
大人しいイメージの動物だとは言えないようだ。

私は72年にカンカン・ランランが中国から来日したのを
テレビや新聞で見て、とても興奮し喜んだ世代なのだが、
実際には、パンダを生で見たことが一度もない。
東京に住んでいた頃に、いつでも行けると考えたのが失敗で、
結局、上野動物園には全く足を踏み入れずじまいだった。

考えてみると私は、神戸でもパンダとは入れ違いで、
こっちも今のところ、会えないままになっている。
2000年4月に私たちは神戸から今治へと転勤したのだが、
その直後の7月、神戸市立王子動物園に、
中国から二頭のパンダが貸し出されてやってきたのだ。
コウコウ(オス)とタンタン(メス)のカップルだった。

私たちが引っ越す直前に王子動物園に遊びに行ったら、
もうその頃にはパンダを正式に借り受けることが決まっていたので、
『もうすぐパンダがやって来る!』とゲートにはイラストが飾られ、
園内にはポスターや垂れ幕などがあり歓迎ムード一色だった。
そして、園に入ってすぐのあたりではパンダ舎工事の真っ最中、
以前からいる、ほかの平凡な動物さんたちが、
ちょっと狭めな臨時の飼育小屋に移されていたのが可哀相だった。
あのあと、おそらく、全部の工事が終わってからは、
彼らの住環境も改善したのだろうとは思うけれども。

このコウコウは、来日してしばらくしたら、
オトコとしては未発達で云々という理由で離縁され中国に返され、
あとで、実はメスだったと判明した、という出来事があった。
顔や性格や行動が男にしか見えなかったので間違っていた、
という臆面もない発表があった。
人間だったら凄く怒っただろうと思うが、そこはパンダなので
今は中国の碧峰峡基地に住み、錦竹(ジィンズゥ)と呼ばれ、
既に双子の娘を持つ母親にもなっており、幸せであるようだ。
なので、今神戸にいるコウコウは、
あとから来たロンロンというパンダが襲名した二代目だ。

このほか、日本でパンダが見られるのは、
和歌山のアドベンチャーワールドだけになってしまった。
ここは、エイメイ(オス)・メイメイ(メス)夫婦を筆頭に、
全部で六頭という大家族がいて、とても賑やかな様子だ。
しかし、この一見幸せそうな一家も、ウィキペディアによると、
内情はなかなか大変なのだった。
というのは、コウヒン・アイヒン・メイヒンという二男一女は、
確かにこの夫婦の実子なのだが、一番上の、長女のラオヒンは、
実は母のメイメイが来日前に身ごもっていた子で、父親は中国在住、
夫のエイメイのほうも、かつて妻の双子の姉である蜀蘭との間に、
人工授精で息子をもうけたことがあるのだそうだ。
人間だったらかなり配慮の要る家族関係だ。

ちなみにこのほど死んだ上野のリンリンは、
ここの夫のエイメイの叔父だそうで、
日本在住パンダの世間は、案外、スモール・ワールドなのだった。

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