『感動する脳』茂木健一郎さん著・PHP研究所
を読んでおります
大切なことがいっぱい、詰まっている本です
バーチャルでない”本物”に触れることの大切さ
”意欲”が創造性を生み、感動につながる、など。
ここで、あんまり内容に触れると、、
推理小説を読む前に、犯人を教えられる感じ
笑。
でも本当に、心を研ぎ澄ませてみると
世の中には、素晴らしいことがいっぱいある
心が震える感覚は、
なにものより、美味ですな
たいへんな、ご馳走であります
考えてみれば。わたしも
「感動できる何か」を、いつも探している様に思います。
それは、特別なことでなくてもいい。
道端に咲く、ちいさな花でも。
家族や友人の、明るい笑顔でも。
そして、もっと突き詰めていくと・・・
相対するものに、特別さを求めるんじゃなくて。
「わたし自身」が「スペシャルな目」をもてるように
なればいい
待てよ、、。と言うことは??
そうか、「スペシャルな自分」であることが
そのまま、感動に繋がってゆくのかな??
そうか、ということは。わたしはいつも
「スペシャルな自分」を探しているということ??
・・・・・
??
楽しき迷宮入り

ボサッっとしていても、きゃっきゃと喜んでも、
同じ一日。さぁ、どうしましょ
を読んでおります

大切なことがいっぱい、詰まっている本です

バーチャルでない”本物”に触れることの大切さ
”意欲”が創造性を生み、感動につながる、など。
ここで、あんまり内容に触れると、、
推理小説を読む前に、犯人を教えられる感じ

笑。でも本当に、心を研ぎ澄ませてみると
世の中には、素晴らしいことがいっぱいある

心が震える感覚は、
なにものより、美味ですな

たいへんな、ご馳走であります

考えてみれば。わたしも
「感動できる何か」を、いつも探している様に思います。
それは、特別なことでなくてもいい。
道端に咲く、ちいさな花でも。
家族や友人の、明るい笑顔でも。
そして、もっと突き詰めていくと・・・
相対するものに、特別さを求めるんじゃなくて。
「わたし自身」が「スペシャルな目」をもてるように
なればいい

待てよ、、。と言うことは??
そうか、「スペシャルな自分」であることが
そのまま、感動に繋がってゆくのかな??
そうか、ということは。わたしはいつも
「スペシャルな自分」を探しているということ??
・・・・・

??楽しき迷宮入り


ボサッっとしていても、きゃっきゃと喜んでも、
同じ一日。さぁ、どうしましょ











溢れているのに、人はそれを見る目を持とうと
努力せずに、幸せを探しまわります。
また、きれいな花や小さな出会いに感謝しようと
考えている人は本当に小さな幸せを感じられる事
の幸せに感謝していない。
毎日、寝る時間無く仕事に追われ、ストレスで
髪が抜け、息ができない位に闇に迷い込まれた時に
、人間に人間らしい感覚や理性を期待しては
いけません。
そんな人が小さな幸せが見れる
ようになるになった時、人間の恐さ自分の恐さ
を知るとともに、幸せは何かがなんとなくわかる
と思います。
花がきれい・・風がきもちいい・・
それが感じられる自分を幸せに思い、周りの
人に感謝できるのです。闇に迷い込んだ時
どんなにすばらしい本の言葉も、親しい人の
助言も心には届きません。
ただ一つ自分で悟れるか、その力をそれまでに
養ってきていたかです。
それまでにどれだけの苦境を超えてきたかが、自殺するか、人を殺すか、立ち直るかをわけるのではないで
しょうか?自分の小さな悟りから少しずつ闇が晴れて
いき、大きな悟りに生きている間ふくらんでいくん
です。
人の一生、たとえ死刑囚だろが死ぬ瞬間に
どれだけの事を悟れ、この世に生きた意味を
見つけられるかがその人の価値を決めるのでしょう。
おそらく人生は映画のようで、観てきてクライマックスのラストシーンは本人しか決して観る事ができない
のです。
なにげないストーリーでも、最後にジーンと自分で
してしまうような、シーンで終わる事ができれば
いいのです。どんな資産を残したか、どんな経歴か、、誰に看取られたなんかより、自分の人生に
感動できて、完。と幕を降ろせたら幸せです。
自分の人生を、どう描くのか。
どう演出して、どんな作品にしたいのか。
厳しい、ワンチャンスです。
これまでの経験や、人との出会いから
自ら貪欲なまでに、いろんなものを吸収して。
たくましく、歩んでいくしかないんだと思います。
自分の人生を代わってくれる人は、どこにもいない。
ここにいる、自分だけであります。
何万回転んでも、何万回でも起き上がる
そういう強さが、必要であると思います。
本当に、いのちを終えることも
悲しいことでありますが
いのちを続けてゆくことも、大変なことであります。
追伸:そういった意味で。わたしにとって、浄土真宗の「み教え」は死後のことではなく。「生の有り様」を問われる、厳しく&あたたかい支えです。押しつけではありませんので、安心してください☆わたしの、よりどころであります。