ただいま妄想中

夢、かつリアルな頭の中身をどこへ。

信じるということ

2017-04-19 09:22:03 | Weblog
先日の新聞記事を読み返して
思う。「信じるということ」

について

わたし個人に関して言えば
誰のことも自分のことも

初めから信じていない。

幼少期からの確かな絶望は
遠い昔に、振り切れている。

そんな悲しい人間であるのと
同時に

『自分から信じる必要のないもの』
にすでに出遇っている、強さがある。

何も信じられない自分が
そのまま抱きとめられる世界。

深い闇は、闇のまま
おおきな光に包まれている。
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2 コメント

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「信」は、難しい。 (釈康成)
2017-04-20 13:15:33
信心や信は、難しいです。私が、何かを信じるではなく、信は、阿弥陀様から頂くもの、という逆の考え方は、ちょっと違うんですよね。
究極の教え (まゆら)
2017-04-20 17:11:01
>釈康成さん
他を否定する意味でなく
私にとって『究極の教え』です。

人間の信じる信じないは
コロコロ変わるものですが
如来様より賜りたる『信心』は
疑う必要がありません。

この私を目あてに
完成されたものを頂くだけです(^-^)

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