中間玲子のブログ

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「あんよ」の謎

2010-04-18 10:01:18 | 心理学こぼれ話
私にはとても優秀な後輩がいるのですが、
先日、彼女から教材DVDが送られてきました。

まずは、彼女の家でも見せてもらった衝撃映像の1つ、
ボリビアの「スウォドリング」と呼ばれる子育てを改めて見てみました。


ボリビアのある地域では、
赤ちゃんは、シュンピと呼ばれる布にぐるぐる巻にされ、
顔だけ出したような、ロシアのマトリョーシカみたいな状態で、
ほとんど1日中を過ごすのだそうです。

*これが「スウォドリング(Swaddling)」と呼ばれます。
*swaddle: [動]1 ((古風))〈新生児を〉布でくるむ. 2 …を(包帯・毛布などで)くるむ, 巻く. 3 …の手足をしばる. ━━[名] 1 ((米))うぶ着, おむつ. 2 包帯

お母さんは、その布ごと大きな布にくるんで背中に背負って
農作業などに出かけるのです。
シュンピを外されるのは、おむつを替える2時間ほどだとか。


そんな状態で1年を過ごすのです。


この1年の間、通常の赤ちゃんの場合、

・上から下へ:
  まずはくびがすわるようになり、上体を支えることができるようになり
  そして最後に足で支えられるようになる。 
・全体から部分へ:
  まず、胴体部分の運動ができるようになってから、手足の運動、
  そして指先の運動ができるようになる。

の方向に沿って、運動能力が発達していくことが観察されています。

なので、

・寝返り→上体起こし→おすわり→はいはい→つかまり立ち→あんよ

という過程をたどる、というのが一般的な理解です。
この過程はだいたい1年くらいかかります。


ボリビアの赤ちゃんの場合、この過程をたどる1年間、
ずっとシュンピでぐるぐる巻にされているのですが・・・

1年経って、シュンピを外された赤ちゃんは・・・

なんと、、、

ゆっくりと立って、歩き始めるのです
それまでずっとぐるぐる巻にされ、手足の自由もなかったのに


これはとっても衝撃的でした。

これについては、赤ちゃんの運動の発達は
このようにあらかじめプログラムされているのだ、と
説明されていました。
つまり、ある時期に来たら、あることができるように
プログラムされている、というわけです。
逆に、それ以前に何かをさせようとしても、
無理な場合もあるということですね。
子どもの発達には、やはり、時機というのがあるようです。


ただ、2つの点で、私は多少混乱いたしました。
以下については、もう少し調べていかねば、と思っています。


1つは、「歩行」というものが、それ以前の運動の発達過程を
スキップして成り立っていたということ。

先に示した、
「寝返り→上体起こし→おすわり→はいはい→つかまり立ち」の過程が、
シュンピを外された瞬間に、大急ぎにたどられるというわけではなく、
それらが全部スキップされて、突然、ゆっくり立ち上がり、歩き出す、
という行動が観察されていたのです。
つまり、それまでの段階を全速力で駆け上がったのではなく、
ひょいと突然あんよの段階までジャンプしちゃっていたのです。

ということは、歩くための準備だと思っていた過程は、
絶対に必要なものではなかったのか、ということです。


そしてもう1つは、発達がプログラムされていることは
十分理解できるとしても、その発達における
働きかけは必要なかったのか?ということです。

通常、発達に際し、適切な働きかけが重要であることは知られています。
たとえば、生まれてからずっと真っ暗な状態に置かれたサルの赤ちゃんは、
視神経になんの異常もないのに、その環境下にあって、
視覚を司る脳の神経細胞が発達することができなかったために、
視力を獲得することができなかったことが報告されています。

運動能力の場合、子どもが自ら行動を開始するにしても、
シュンピでぐるぐる巻にされていたら、
筋肉は発達しないのではないでしょうか?
つまり、手足が動かせない環境下にあって、
なぜ自分の身体を支えられるほどの脚力を
つけることができていたのでしょうか?

シュンピの中で、秘かに赤ちゃんは
何らかの筋力トレーニングをしていたのでしょうか?
それとも、映像の示し方で、突然歩けるように見えたけれど
それなりにちょっとタイムラグがあったのでしょうか?

あるいは、実は民族の知恵で1年後くらいにシュンピを外しているから
無事に発達しているだけで、あのまま何年もぐるぐる巻にしていたら
やはり歩けなくなってしまうのでしょうか?
→これは「臨界期」(=発達の締切日)に関わる問題です。


まあ、このような疑問を喚起されたりもしたわけですが、
それらはまたおいおい調べていくこととして、

まずは
「赤ちゃんは発達のプログラムをもって生まれてくる」ということについては
十分すぎるほどに納得させてくれる映像でした。


特に教育に携わる人は、環境の働きかけを絶対視してしまうことが
多いように思いますが(これは私見です)
そういう働きかけも、相手のもっているプログラムに支えられている
(あるいは規定されている)ところがあるということを
十分に自覚しながら、なおかつ、教育の可能性を探る、という姿勢が
重要なのではないかと個人的には思っています。
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