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毎日、泣いて笑って喜んで哀しんでる、かなりラテンの血の濃い、そんな宮武嶺のエブリワンブログです!

東日本大震災・福島原発事故から4年 迫害を受ける福島に戻れない人々、出られない人々 誰か故郷を想はざる

2015年03月11日 | 福島原発事故

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1 福島から出られない悲劇と帰れない不幸。

 今日2015年3月11日で、東日本大震災と福島原発事故から4年が経ちました。

 いま、日に日に、震災と原発事故の体験は風化し続けています。

 人々の記憶から原発事故が急速に消えていく中、放射線の恐怖を感じながら福島から出られずに生きている方々と、政府が画一的に決めた「避難指示地域」以外から避難された「自主避難」の方々の苦難が続いています。

 福島原発事故以前は、福島は曇りなく美しく、自然の恵みに溢れた土地でした。

 しかし、原発事故により大量の放射性物質が空に海に拡散してからは、見えない放射能のために、どこにも完全に安全な場所はなくなりました。また、安全でなくなったのは福島だけではないのですが、それが東日本にとどまるものなのか、日本のどこまで安全なのか、それどころか国外にどれだけの悪影響を与えてしまったのかさえ、判然としない状況になっているのです。

 福島に残った方々。福島に戻れない人々。

 誰か故郷を想はざる。

 しかし、原発事故の記憶の風化、見えない放射線への恐怖心の低下が、彼らを苦しめています。

 

 

 福島に残った人の中には、そもそも原発事故のことなど全く気にしないという剛の者もいるでしょうが、多くの人は放射線の脅威に大なり小なり不安を覚えながらも、ある人は故郷から離れがたく、ある人は家族や経済問題などで家庭や職場のある福島を離れられなかった方々でしょう。

 放射線による被ばくの恐怖を感じながらも福島に残った人々に、日本や東北特有の強烈な同調圧力がかかっています。みんなここで生きているのだから人の嫌がる放射能の話などするな。外に「風評被害」が広がるではないか。ここで暮らさざるを得ない者に不安を与えるな。実は、多少なりとも放射線の脅威を感じている人ほど、放射線の脅威を他人が口にするのを許さないかもしれません。

 それでなくても、我が子を安全な場所に避難させてやれなかった親としての罪悪感に苛まれ、我が子にマスクをさせるだけで冷たい目で見る近隣の目と戦い、それどころか家族の中でも放射能への脅威の感じ方の温度差があって、共に暮らす家族間でもお互いに強烈なストレスになります。親戚からの何も言わせないという圧力もすごいものがあります。

 それもこれも、原発事故さえなければよかったのだ。あの事故さえなければ、こんな苦しみはなかった。

福島地方裁判所までの提訴行動

『生業(なりわい)を返せ、地域を返せ!』福島原発訴訟原告団・弁護団

 

 

 福島から避難している方々、とくに、政府が余り根拠もなく一方的に決めた避難指示地域外から自主的に避難した方々にも、苦難の日々が続いています。

 もちろん、故郷から遠く離れて暮らさなければならなくなったのはどの避難者も同じことですが、政府が避難しなくていいよ、いわば安全だよと太鼓判を押した地域から「わざわざ」「好き好んで」避難していると見られがちな自主避難の方々は、独特の肩身の狭さを感じているのです。

 政府が、福島県が、学者が評論家がマスコミが、放射能の危険はたいしたことがない、それも薄れつつあると言い募ります。どんなに著名な漫画家でもコミックで「福島では鼻血を出す人が増えている」と表現するだけで袋叩きに遭います。人気タレントが福島産の野菜、米、果物、全部安全です、福島は元気ですとテレビで福島の作物を丸かじりします。

 

 

 みんな、福島原発事故で、「原発安全神話」がでっち上げだとあれほど痛感したはずではないか。

 ところが、いつの間にか、福島原発事故による放射線の脅威を主張すると、「放射脳」だ「風評被害」だと言われてしまうのです。

 放射能で脳が侵されてしまったのは、原発事故はコントロールしている、原発は安全だと主張して、また懲りずに原発を再稼動しようとし、あるいは新設や輸出までしようとしている方ではないのか。

 しかし、福島出身者であればなおさら、自主避難者も残った人々も、放射能の脅威を口にするのが困難になりつつあります。

 かつて、福島県のナンバーがついた車が県外のガソリンスタンドに来ているというだけで、「放射能が移る」と言って傷をつけて嫌がらせをした人々が、今度は放射線なんてない、放射能なんて怖くないと言っているのです。

自主避難者の福岡での提訴

 

東京電力福島第一原発事故で避難を余儀なくされたとして、福島から関西に避難してきた被災者たちが、国と東京電力を相手取り損害賠償を求めて集団訴訟を大阪地裁に起こした。(2013年9月17日 大阪地裁前にて)

 

 

 放射線による被ばくの影響は何年、何十年と経たないとわかりません。

 原爆症集団認定訴訟で明らかなように、放射線被曝の後障害はよく知られているガンや白血病や白内障だけではなく、脳・心臓・骨・内臓・筋肉・血液など人体のありとあらゆるところに、しかもいつどんな形でやってくるかわかりません。

 また、今の科学では放射線の脅威を予防することも、治療することも困難です。正直言って、どんな機序で内部被曝が人体に影響を与え、ガンをはじめとする疾病・障害を引き起こすか、解明したとさえ言えません。

 だから、まさに、「ただちに健康に影響を与えるもの」ではなくても、「いつどんな健康被害が生じるかわからない」と表現するのが最も科学的なのです。

 だから、誰も、福島に生きながら放射線の脅威に怯える人々、福島どころか東京から東日本から日本から遠く海外までも避難する人々の心配や不安を杞憂だと言い切ることは誰にもできないのです。

 せめて、もう安全だ、心配し過ぎだと決めつけないで、ニュートラルに福島原発事故の被害者の方々を見守っていただきたいと思います。

 私たち全員が、もうすでにヒバクシャなのですから。

 

 

2 福島原発事故から4年

 阪神大震災は地震と火災、東日本大震災では津波と地震で多くの方がなくなりました。東日本大震災で、これまでに死亡が確認された人は、12の都と道と県の合わせて1万5891人、行方不明者は6つの県の2584人となっています。

 津波や地震や火災は発生時には激烈な被害をもたらしますが、終わってしまえばそれ以上死者が増えないはずのものです。

 ところが、避難後の体調の悪化などによるいわゆる「震災関連死」は10の都県で少なくともおよそ3200人に上り、「関連死」を含む震災の犠牲者は2万人を超えています。

 そして、仮設住宅や賃貸住宅などで避難生活を余儀なくされている人は、本年2月12日現在の復興庁のまとめでおよそ22万9000人で、避難先はすべての都道府県に及んでいます。

 確かに大きな地震ではありましたが、4年も経って、まだ20万人の方々が帰れないって、余りにひどいのではないでしょうか。

 そして、23万人の避難者のうち、福島県からの避難者が12万人と半分以上を占めています。

 そう、東日本大震災が阪神大震災やほかの自然災害と決定的に違うのは、福島第一原発がレベル7という史上最悪の事故を起こし、いまだに事故が収束していないからなのです。 

 ときどき、原発事故で死んだ人はいないなどと馬鹿なことを言う政治家や評論家が現れますが、福島県の震災関連死が飛びぬけて多いことが、原発は人を殺すことを如実に証明しているのです。

 

 

 

 今も福島第1原発周辺の10の市町村には避難指示が出され、自主的に避難している人も含めると、福島県全体ではおよそ12万人が避難生活を続けており、うち約4万7000人は県外46都道府県で暮らしています。

 また、12万人のうち放射線量の高い(とされる)10個の「避難指示区域」からの避難者が7万9000人で、4万1000人は自主的に避難する人たちです。

 あの福島原発事故以来、福島県人口は震災以降、約9万人減少し、200万人の大台を割り込んだままです。

 そこで福島県は2012年から県外の自主避難者を対象に、県内の放射線量が低い市町村にある家賃無料の借り上げ住宅を提供し、帰還を促していますが、復興関連事業に携わる作業員が県外から多数流入し、住宅供給はひっ迫しており、賃貸物件不足で支援策は有効に機能していません。

 もちろん、福島県からの避難者が故郷に戻れない最大の理由は、なにより放射能の脅威です。

 安倍政権が避難指示区域にある7町村の約1万6600世帯を対象に、2014年度に実施した意向調査では、

「放射性物質による健康不安」

「原発の汚染水対策の遅れ」

などを理由に48%が帰還しない意向を示しています。

 ところが、避難者に対する東電の賠償は微々たるものですし、自主避難者は原則、東電からの賠償金を受け取れず、生活再建の見通しが立てられない状況にあります。

 

 

 また、NHKと関西学院大学災害復興制度研究所では、原発から10キロ圏内にあり、全域が原発事故の避難区域になっている大熊町、双葉町、富岡町、浪江町の4つの町の住民5000人を対象に、去年11月から12月にかけて生活再建の状況などについてアンケートを行い、このうち1154人から回答を得ました。

 このうち、ふるさとの町に戻るかどうか決断したか尋ねたところ、「決断した人」は659人で、このうち「ふるさとに戻る」と回答した人は165人、「ふるさとに戻らない」と答えた人は490人でした。

 つまり、「戻らない」と決めた人は回答者全体の42%に上り、戻るかどうか決断した人の中でも74%を占めています。

 この「戻らない」と決断した時期については、原発事故後1年以内が18%、1年から2年が20%、2年から3年が25%、この1年が33%で、時間の経過とともに増えていて、この1年で戻らないと決断した人が3人に1人に上っていて、アンケートでは

「放射性物質の影響がまだ残っている」「復興の将来像が見えない」という声も相次いでいるそうです。

 地震と津波は自然災害です。しかし、福島原発事故は人災です。人が起こした事故は人の手で食い止めることができますが、その方法はすべての原発を廃絶することしかありません。

 原発と放射線は人類の手に余るからです。

 原発はなくさなければならない。

 そして、原発事故と被害者のことは忘れてはならないのです。

 

 

あなたの近くにも福島からの避難者が必ずいるはず。どうか優しくしてあげてください。

 

 

 

「福島の復興なくして日本の再生なし」とは本当はこんな意味。

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誰か故郷を想わざる(たれかこきょうをおもわざる)は、昭和15年(1940年)発売の戦時歌謡曲。旧仮名遣いでは「誰か故郷を想はざる」と書く。作詞:西條八十、作曲:古賀政男、歌:霧島昇で、1940年1月20日、日本コロムビアから発売された。

福島に残られた方々、避難された方々のことを思う時、なぜかいつも私が生まれる遥か前のこの歌が思い出されます。

 

 

追伸


 甲状腺検査

 2014/12/24 02:00   【共同通信】

 福島県の全ての子どもを対象に東京電力福島第1原発事故による放射線の影響を調べる甲状腺検査で、事故直後の1巡目の検査では「異常なし」とされた子ども4人が、4月から始まった2巡目の検査で甲状腺がんの疑いと診断されたことが23日、関係者への取材で分かった。25日に福島市で開かれる県の検討委員会で報告される。

 甲状腺がんと診断が確定すれば、原発事故後にがんの増加が確認された初のケースとなる。調査主体の福島県立医大は確定診断を急ぐとともに、放射線の影響かどうか慎重に見極める。

 1986年のチェルノブイリ原発事故では4~5年後に子どもの甲状腺がんが急増した。

 


通常、子どもの甲状腺がんは、100万人に1人。未成年の甲状腺がん年間発生率も100万人に2~3人とされていました。2006年の統計で、甲状腺がんと診断された20歳未満の人は、【全国で46人】でした。これは【未成年2250万人に46人】であり 【100万人に2.0人】ということになりますが、2014年の福島県では【37万人に58人】も甲状腺がんと診断されています。

日本の人口の1.5%ほどの福島県で、通常の全国の発生数よりも多い58人が甲状腺がんになっているという異常な増加です。原発事故当時 0歳から18歳までの子どもたちは、この3年間で84人が甲状腺がんとなり、「がんの疑い」の28人を加えると112人になっています。

福島 子どもの甲状腺がん

中村隆市ブログ 「風の便り」 より

 

 

 

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 福島県の農林水産物をPRしようと、同県は夏野菜や桃、コメのCMを東京や大阪で新たに放送する。佐藤雄平知事が5日、CMに出演している人気グループ「TOKIO」の山口達也さんや長瀬智也さんらと東京都内で発表した。

 原発事故による風評を払拭するための「新生!ふくしまの恵み発信事業」の一環。

 5月に福島で田植えを行い、秋には収穫のために再訪する計画を立てているという山口さんは「まず食べる。そして行ってみる。体を使ってそのことを表現したい」と力強く語った。

 CMは7日から、それぞれの農産物の出荷時期に合わせて放送される。

2014/06/05 17:11   【共同通信】

 

原発事故の避難区域の住民 「戻らない」決断増

3月11日 7時23分 NHK
 
東京電力福島第一原発の事故で、全域が避難区域になっている原発周辺の4つの町の住民に、NHKなどがアンケート調査を行ったところ、「ふるさとに戻らない」と決断した人が40%を超えていることが分かりました。この1年で戻らないと決断した人は3人に1人で、復興の遅れなどが影響しているものとみられます。
 
震災と原発事故から4年がたちますが、今も福島第一原発周辺の10の市町村に避難指示が出され、自主的に避難している人も含めると、福島県全体ではおよそ11万9000人が避難生活を続けています。

NHKと関西学院大学災害復興制度研究所では、原発から10キロ圏内にあり、全域が原発事故の避難区域になっている大熊町、双葉町、富岡町、浪江町の4つの町の住民5000人を対象に、去年11月から12月にかけて生活再建の状況などについてアンケートを行い、このうち1154人から回答を得ました。

このうち、ふるさとの町に戻るかどうか決断したか尋ねたところ、「決断した人」は659人で、このうち「ふるさとに戻る」と回答した人は165人、「ふるさとに戻らない」と答えた人は490人でした。

「戻らない」と決めた人は回答者全体の42%に上り、戻るかどうか決断した人の中でも74%を占めていました。

「戻らない」と決断した時期については、原発事故後1年以内が18%、1年から2年が20%、2年から3年が25%、この1年が33%で、時間の経過とともに増えていて、この1年で戻らないと決断した人が3人に1人に上っていて、アンケートでは「放射性物質の影響がまだ残っている」とか「復興の将来像が見えない」という声も相次いでいて、復興の遅れなどが影響しているものとみられます。

アンケートの結果からは、避難の長期化に伴い、今後、避難先への移住などが増えることが予想され、国や自治体に対しては、復興をさらに加速させるとともに、ふるさとの将来像などを住民に分かりやすく示していくことが求められています。
 
 
 

2015年03月09日 毎日新聞

 おばあちゃんの原宿として知られる東京・巣鴨の地蔵通り商店街近くに、福島県からの避難者らが集う小さな憩いの場がある。「巣鴨さろんカモノス」だ。

 豊島区民社会福祉協議会が震災7カ月後に開設した。ここには福島の地元紙2紙が1日遅れで配達される。話題になるのは、福島第1原発の事故処理だ。「汚染水は大丈夫か」「本当に廃炉にできるのか」。そんな不安が日々語られていると、相談員の今野喜美子さん(77)は言う。

 東日本大震災からまもなく4年。原発事故で広大な地域が放射能によって汚染された福島の状況は特に過酷だ。政府による避難指示は今も10市町村に及ぶ。

 ◇避難者は全都道府県に

 避難者はなお12万人を数え、うち5万人近くが県外避難だ。全都道府県に散り散りになり、東京では最も多い約6100人が生活を営む。

 遠く離れていても故郷が直面する原発事故との闘いに心を痛める避難者たち。その現実を私たち一人一人が改めて直視したい。

 実は今野さんも避難者だ。自宅は同県南相馬市原町区にある。事故後、警戒区域に指定され、娘2人が住む東京に避難した。地元の避難指示は解除され、賠償は打ち切られたが、避難生活を続ける。

 やはり「カモノス」に顔を見せる小畑善昭さん(65)は、全町避難が続く楢葉町の出身だ。96歳の母親は一昨年、脳梗塞(こうそく)を起こした。東京では週3回介護施設に通い、訪問看護や医者の検診も受ける。もし、楢葉に戻ったら介護は継続できるのか。二重生活が頭をよぎるという。

 東京都江東区の公務員宿舎で避難生活を送る富岡町出身の40代の主婦は「毎日がいっぱいいっぱいです」と言いつつ、東京での学校生活に慣れていく中2と小5の息子を複雑な思いで見つめる日々だ。

 避難の理由はさまざまだ。避難指示に伴う避難のほか、自主避難や避難指示解除後も帰還しないケースがある。それぞれ家族構成は異なり、自宅再建、仕事、医療、子供の教育など抱える課題や優先順位も違う。

 帰還や移住への考え方の違いが、時間の経過とともに浮き彫りになってきた。福島の被災地で暮らす人を含めて、あらゆる立場の被災者を固別の事情に応じて支える態勢を取り続けなければならない。

 1日、首都圏と宮城県を結び、福島県を縦断する常磐自動車道が全線開通した。安倍晋三首相は「復興の起爆剤になると確信している」と述べた。こうしたインフラの復旧はもちろん重要だ。ただし、それは復興の入り口に過ぎない。

 政府や県、地元自治体は一体となって、被災者の被害実態をきめ細かく把握し、その将来展望に辛抱強く耳を傾けてほしい。

 そうした地道な作業が、賠償など難しくなりつつある問題を解決する糸口になるのではないか。

 大熊、双葉両町が中間貯蔵施設の建設を受け入れる一方で、放射線量が年間20ミリシーベルト以下の「避難指示解除準備区域」がほぼ全域の楢葉町では、「今夏にも指定解除か」との声が聞かれる。だが、住民帰還へのハードルは高い。

 ◇放射能への不安根強い

 戻る住民が住むはずの住宅は荒廃が進む。解体しての建て直しやリフォームが必要だが、国が財政負担して進める家屋の解体ペースは遅く、今月末で目標の3分の1が終了するにとどまる。修繕も業者の人手が足りず進んでいない。

 楢葉町民が住むいわき市内の仮設住宅で世話役を務める小松岳生さん(58)は「除染は進むが空間線量が高い場所はまだある。水や食べ物も不安だ。原発事故の影響については、本当のことを知らされないできたから疑心暗鬼が残る」と言う。

 放射能への不安が高いことは、県民への世論調査から明らかだ。

 住まいや安全、健康といった足元の不安を払拭(ふっしょく)する努力が先決である。環境の激変に伴う精神的なケアもこれからが重要になる。前のめりで避難指示を解除しても、住民は戸惑うだけではないか。

 それでも楢葉町の町民アンケートでは、「戻る」「条件が整えば戻る」という回答が4割を超す。

 将来が見通せないことの深刻さに一層直面しているのが、放射線量が年間20ミリシーベルトを超える「居住制限区域」や「帰還困難区域」の住民だ。

 復興庁が実施した意向調査では、福島第1原発周辺の浪江、双葉、大熊、富岡の各町で帰還の意向を持っている人は1〜2割にとどまった。

 帰還をあきらめて他の地域への移住を決めた人がいる一方で、その決断をしかねている人もいる。

 将来的に戻らない意向の人たちの生活再建を急ピッチで進めることが肝要だ。住宅や雇用など生活の柱の政策を一層手厚くすべきだ。

 戻る希望を抱き続ける人もいる。まず地域のつながりを保つ町外の復興拠点作りに全力をあげたい。その先故郷に戻った時、日常生活が成り立つ町づくりをどう展望するのか。行政の責任は重い。

 福島の人たちのために何ができるのか。原発事故の影響が続く限り国全体で考えていかねばならない。

 

 

 原発事故という未曽有の災禍によって日常を壊された福島の人に十分な賠償や支援がされてきたとは言い難い。福島の苦悩を忘れてしまってはいないか。

 原発事故収束のメドすら立たない福島県では、いまだ十二万人が県内外での避難生活を余儀なくされている。五年で二六・三兆円の復興予算の多くは道路や港湾などのインフラ整備が中心だ。目に見える部分の復興は進んでも、肝心な人々の生活の復興・再建は大幅に遅れている。

 賠償責任果たす義務

 古里に帰れず、先の暮らしを見通せない人々の苦悩は、時の経過とともに逆に深まっている。

 新たな土地で生活の基盤を築くにはきちんとした賠償が必要となる。しかし、東京電力はこの間、賠償に誠実だったとは言えない。国の指導もしかりだ。

 町全体が帰還困難区域に指定された浪江町では二〇一三年春、町民一万五千人が月十万円の精神的慰謝料の増額を求める集団申し立てを原発ADR(裁判外紛争解決手続き)で行い、一律五万円増の和解案が示された。だが和解案には強制力がなく、東電は受け入れを拒み続けている。

 申立人には高齢者も多く、すでに大勢の人が亡くなっている。

 原発ADRは被災者に裁判という重い負担を負わせず、早期に賠償問題を解決するために導入されたものだ。その趣旨に照らして出された和解案だ。東電はこれ以上解決を遅らせてはならないし、国はADRの仲介に強制力を持たせる仕組みを作るべきだ。

 ADRだけでは金銭賠償の解決が期待できないと、裁判所に訴える動きも相次ぐようになった。

 「生業(なりわい)訴訟」と呼ばれる集団訴訟がそのひとつ。「故郷を返せ!生活を返せ!」と、北海道から福岡まで十七地裁・支部で精神的慰謝料の支払いが訴えられている。

 広がる生業訴訟

 「かながわ訴訟」の原告は、南相馬市小高区から横浜に避難した村田弘団長(72)ら百七十四人。七割は国が避難指示区域に指定した地域の人だが、三割は福島市や郡山市など避難指示区域外からの、いわゆる「自主避難者」だ。

 国の線引きによらず、自らの判断で避難を決めたこの人たちには、たとえ被害の実態が同じでも避難指示区域の人に支払われる精神的慰謝料はない。避難生活費は自己負担、夫は福島に残り妻子が避難する二重生活者が多い。

 賠償も慰謝料もなく、経済的に追い詰められる人々を「自らの選択だ」といって放置していいのか。村田さんらは自主避難者も含めた一律賠償を求めている。

 「原発事故の時、どこに住んでいたかで国は賠償に差をつけた。でも日常生活や地域のつながりを突然奪われた痛みはみな同じ。被災者を分断してはならない」

 国が定めた五年の集中復興期間の終了に歩調を合わせるように、東電は商工業者に対して支払う営業損害賠償も来年二月に打ち切る方針を示した。だが、避難指示区域にある事業者のうち、業務再開できたのは約半分。事故前の水準に戻ったのは皆無だ。原発禍からの回復の困難さは想像を絶する。

 国や東電は一刻も早く賠償を終わらせ、復興の実績を作りたいようだが、一定の時間がたったというだけで賠償を打ち切るのは、現実を見ていない。被災者の切り捨てというほかない。

 復興庁が発表した住民意向調査では、大熊、双葉、富岡、浪江の原発周辺四町で、避難指示解除後に「地元に戻りたい」と考えている人は一~二割にとどまった。飯舘村でも三割だ。

 古里に帰りたいと願う高齢者の思いは尊重すべきでも、除染に限界があることもわかった。放射線量はどこまで下がるのか。仕事はあるのか。人口減少した町で経済、医療、教育は成り立つのか。不安な場に戻ることは、子育て世代には考えられなくなってもいる。「帰還ありき」の復興計画にこだわるには無理がある。

 今立ち返るべきなのは、大震災の一年後に全国会議員の賛成で成立した「子ども・被災者支援法」の理念だ。

 「避難する権利」こそ

 チェルノブイリ法をお手本にした同法は「避難する権利」を認めていた。地元を離れて移住した人にも、個別のニーズに沿って、生活や医療、教育、就労などの支援を行うことを求めていた。

 仕事がなくて働く意欲を失ったり、妻子との別居で夫婦の不仲や離婚に直面する人も多い。子どもの心も傷ついている。

 苦境を乗り越え、みんなが安心して暮らせるようになった日が福島の復興の日だ。一人一人の生活再建を息長く見守る覚悟がいる。私たちはそのことを忘れてはならないはずだ。

 

東日本大震災と原発事故発生から4年 風化を懸念

3月11日 4時20分 NHK
東日本大震災と原発事故発生から4年 風化を懸念
 
東日本大震災と、東京電力福島第一原子力発電所事故の発生から、11日で4年となります。全国でおよそ22万9000人が避難生活を余儀なくされていますが、復興がなかなか進まないなか、被災した人の間では震災や原発事故への関心が薄れていく「風化」を懸念する声が強まっています。
4年前の平成23年3月11日午後2時46分ごろ、東北沖でマグニチュード9.0の巨大地震が発生し、高さ10メートルを超える大津波が東北や関東の沿岸に押し寄せました。直後から東北と東日本の各地で激しい揺れの地震が相次ぎ、余震活動が続く東北沖では2月も津波を伴う地震が起きています。
警察庁の10日までのまとめによりますと、これまでに死亡が確認された人は、12の都と道と県の合わせて1万5891人、行方不明者は6つの県の2584人となっています。また、復興庁や各県のまとめによりますと、避難後の体調の悪化などによるいわゆる「震災関連死」は10の都県で少なくともおよそ3200人に上り、「関連死」を含む震災の犠牲者は2万人を超えています。仮設住宅や賃貸住宅などで避難生活を余儀なくされている人は、2月12日現在の復興庁のまとめでおよそ22万9000人で、避難先はすべての都道府県に及んでいます。
自力で住宅を再建できない人のために建設される「災害公営住宅」は、2万9900戸余りの計画に対し、ことし1月末現在、半数余りが着工しているものの、完成したのは5582戸と、19%にとどまっています。
一方、3基の原子炉でメルトダウンが起きるという、過去に例のない事故が発生した福島第一原発では、増え続ける汚染水が依然として深刻な問題で、東京電力は当初、3月末までとしていた処理の目標を断念しました。40年かかるとされる廃炉に向けて、溶け落ちた核燃料の取り出しなどの遅れも懸念され、今後の情報公開の在り方も含めて東京電力の対応が問われています。国や自治体が進めている除染は、福島県をはじめ、東北と関東の合わせて81の市町村で完了しておらず、最も遅いところでは完了の目標が再来年の3月となっています。さらに、除染で出た土などを保管する中間貯蔵施設への搬入の完了や、放射性物質が一定の濃度を超える「指定廃棄物」の処分なども、まだめどは立っていません。
国が「集中復興期間」としている5年の節目まで残り1年となりましたが、復興がなかなか進まないなか、被災した人の間では震災や原発事故への関心が薄れていく「風化」を懸念する声が強まっています。
 
 
 

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