Everyone says I love you !

毎日、泣いて笑って喜んで哀しんでる、かなりラテンの血の濃い、そんな宮武嶺のエブリワンブログです!

「個人の尊厳」ー日本国憲法の最高の価値。「世界に一つだけの花。もともと特別なオンリーワン!」

2016年01月21日 | 日本国憲法の先進性

 

 ♪ナンバーワンにならなくてもいい。もともと特別なONLY ONE~~

 というわけで、遅ればせながら、辛うじて今話題のSMAPに絡めてみました(わたくし、あの日のスマスマ、固唾をのんで全部生で見てしまいました)。

 でも、マジで、わたくし、槇原敬之くん(彼の歌手デビューと私の弁護士デビューが同期。今や、iPhoneで一番曲をダウンロードしていて大ファンです)のこの「世界で一つだけの花」を初めて聴いたとき、

「おおおお!まさに、これこそ憲法の個人の尊厳!」

と猛烈に感動したものです。

 その後、毎年、司法試験予備校や法学部やロースクールで憲法入門を教えるたびに、この曲を素材に、憲法の最高価値と言われる「個人の尊厳」(個人の尊重)を伝えたのでした。

 

なんか、僕にとってはスマップの歌じゃなくて、槇原君の歌なんだよな~

スマップ、今、イメージ微妙だし(笑)。

そして、槇原敬之も覚せい剤取締法違反で捕まるようなどん底の出来事がなければ、この歌は作れなかったんじゃないでしょうか。

 

 

 日本国憲法は価値相対主義と言いまして、ある価値観を人々に押し付けることがない憲法として知られています。

 この点、同じく枢軸国として第二次大戦を戦ったドイツの憲法が、ナチスドイツの全体主義をを猛省し、極右のナチス、そして冷戦時代を反映して極左という左右の両極端全体主義を否定しているのとは対照的と言われています。

 日本では思想良心の自由や表現の自由が、思想や表現の内容と無関係に認められているのに対して(だから、人種差別のヘイトスピーチの規制などが非常に困難な論点となっている)、ドイツでは例えばネオナチ的な言動を取り締まる法律は、むしろ合憲も合憲、積極的に肯定されています。

 もちろん、日本国憲法の三大原理というと、社会科の授業で習うように国民主権、基本的人権の尊重、平和主義という三本柱はあります。ただ、こういう考え方を固定して国民に押し付けるということはありません。

 そして、同じく国民にこうしろと押し付けるわけではないですが、この三大原理のさらに基本ともいうべき、日本国憲法の基調、基礎、土台として流れている思想が、個人の尊厳です。

 この個人の尊厳は、憲法13条前段に規定されています。なお、後段(二つ目の文章)は個人の尊厳を具体化する幸福追求権=プライバシー権や名誉権や環境権など新しい人権の源泉)とされています。

日本国憲法第13条

すべて国民は、個人として尊重される。生命、自由及び幸福追求に対する国民の権利については、公共の福祉に反しない限り、立法その他の国政の上で、最大の尊重を必要とする。

日本「国民」だけじゃなくて、世界中の誰もがね。



 憲法の授業では、すべて国民は尊重される、ではなくて、すべて国民は、「個人として」尊重される、と書かれているのがミソなんだとお伝えします。

 人はみな、生まれながらにして最高の価値を持っている。「もともと」特別なオンリーワン。

 人は、それぞれの個性があるからこそ素晴らしい。

 あなたは、あなたであるからこそ素晴らしい。あなたはあなただけの個性を持つ、過去・未来・現在を通して、この世にただ一人の人!

 世界に一つだけの花だからこそ素晴らしいんですよ!!

と日本国憲法は言っています、と、そう、憲法入門の第一回でお伝えするのが長年の私の第一回講義でした。

 


 ところで、昨晩、事務所からの帰り道、その日の出来事を思い出しながら

「ああ、オレは、本当に人に大切にされてきたなあ。人に酷い目にあわされたってことがないなぁ~」

とつくづく思いました。

 法律事務所にいらっしゃる相談者、依頼者の方々は、苦境にあることが多く、人生の土壇場ということも多いわけです。

「自分の子どもがバスの転落事故で、死んでしまった!いや、殺された!」

ということさえあるわけです。

東日本大震災直後の母子。



 社会は多数の人が共存して生きているわけですから、お互いにある程度迷惑をかけながら生きていますし、長い人生(短く終わる場合もあるのが悲しいのですが)の中で、他人から多かれ少なかれひどいことをされるという経験のある方の方が多いだろうと思います。

 わたくしは子どもの人権、なかでも少年事件がライフワークと思い定めているのですが、少年事件(いじめとかカツアゲとか傷害とかもういろいろ!)の被害者の方々の心の傷は本当に深い。

 そして、ほとんどの場合、いや、私が今まで手掛けてきた100件以上の少年事件のすべての場合に、加害者の少年も家庭で、学校で、社会で「酷い目」に遭わされています。例えば、酷いいじめをしてきた子がかつて物凄いいじめの被害者だったりします。


 何が言いたいかというと、私のように、人に愛され、人に許され、人に迷惑をかけるばかりで、自分がひどい羽目に陥るのはいつも自分が原因、という人間もいれば(わたくし、こう見えても本当に、人には味あわせたくないという経験も多いのですが、全部自業自得、自分が悪い)、自分の責任ではないことで、苦労して、苦労して、そして育ってきた人、生きている人もたくさんいるわけです。

 わたくしが弁護士として初めて雇っていただいた法律事務所のボスの弁護士は、九州から苦学して東京に出てきた方でしたが、それはそれは貧困のどん底で育った方で、6畳一間になんかもう家族や親族が5人も10人も暮らしているというような、辛酸をなめつくしてきた方でした。

 そして、その弁護士さんは、ご自身の人生の苦労を生かして、本当に貧しい人、困っている人のために、最善を、全力を尽くす方でした。

 彼は、しかし世のため人のために生き抜き、力尽きるように、まだ還暦にもならないお歳で亡くなられました。もうお葬式で私は哀しくて哀しくて、号泣したのを今も思い出して涙ぐんでいます。

 そういう方もいらっしゃいますし、わたくしのように人に酷いことをするばかりで、誰の被害者・犠牲者になることもなく、許されてきた人生もある。

 そして、誰もが自分のもともと持っているものや、自分だけの人生で培った個性を生かして生きることができるのです。

 どれが良いとか悪いとか、望ましいとか望ましくないとかない。誰もが、その人だから、世の中にたった一人のあなただから素晴らしいのです。

 自分の持っているもの、経験してきたもの、抱えている問題(とどうしても思えること)もすべて、その人の財産なのです。

 そして、日本国憲法は、その自分の「持ち味」をどう生かすかは、それはあなたの自由ですよ、と言っています。

 



 さすが、自分のブログ名に

Everyone says I love you !(誰もが「愛してる」って言ってるよ!)

という能天気な名前を付ける人間の言いそうな、この世知辛い世の中では綺麗ごとみたいな話なんですが(あんまり呑気すぎて腹が立つ!という方もいらっしゃるかもしれません)、でも、基本的に私たちの国の憲法って、そんなことを言っている国の根本法なんです。

 だから、憲法は不磨の大典ではない、改善の余地があるなら改正して!と自ら憲法96条で改正条項も持っているのですが、いやいや、なかなかどうして、手を付ければかえって憲法を台無しにしてしまうような、そんな憲法「改正」案ばかりが溢れていると、わたくしは思っているわけです。

 そうですねえ、日本国憲法は何も価値観を押し付けていないのに、私は欠点も含めてこの憲法に惚れ込んでいて、生き方の指針にさえなっているというのかな。

 

 

 そんな思いで、私は生きていきたいなと思っていますし(しかしよく忘れます。特に自分にも個人の尊厳があるということをすっかり忘れ、自分を責めて、「死ねばいい!」(笑)と思うことさえしょっちゅうです)、

誰もに、

「あなたはあなただからこそ素晴らしい。あなたには個人の尊厳がある。世界にたった一つだけの花。もともと特別なオンリーワン。」

と伝えていきたいなと思っているのです。

 まあ、そんなです。

 最近、ブログを更新していないなと思って、何が書きたいかなと思ったら、帰りの電車の中でこんなことがふと浮かびました。

 皆様の人生が、この地球に暮らすすべての人々の生活が、個人の尊厳を尊重された、素晴らしい世界になりますように。

 良い一日を。

 


 

だからそんな思いで、新しく始めるメルマガにも、個人の尊厳という言葉を入れたいんですよね。

ああ、でも何も準備が進んでない!

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17 コメント

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Unknown (バードストライク)
2016-01-21 11:17:47
メルマガ、頑張ってね~ U+2661
世界で一つだけのブログ (からしだね)
2016-01-21 12:45:44
私は基本的にクラシックしか聞かないので、この曲を通しで聞いたのは、いつだったかSMAPが紅白で歌っていたのを聞いた1回きりです。でも、歌詞が素敵だなあと思ったことは覚えています。
今回の記事は、恐らくこのブログを読ませていただいた中で一番心に響く内容でした。しばらくトップに固定されても良いのではないでしょうか。
きっと、宮武さんの心の深いところから生まれた言葉で書かれているからですよ。自分の周りの人たちにも読んでもらいたいと思います。
ありがとうございました。
田中慎弥氏 (バードストライク)
2016-01-21 14:08:22
純文学は、頭を使って読まなきゃならないから苦手だ。実験的手法に驚いたり、文体を味わったり、構成の妙に感心したりしなきゃ、読み手とは言えん。ストーリーの展開を楽しむものではないのです。

で、年に一度くらい純文学を読もう、下らん特番ばかりやっている正月に(もっとも年中下らないから、もう見ない、でも今日BS11で午後9時「報道ライブ」に蓮池透氏が出演、見なきゃ)それを課すことにし、去年は、吉村萬壱「ボラード病」と、セシウム汚染された牛糞を両手に乗せて視察に来たアイドル出身国会議員に突き付け、逃げる彼女を「これはいのちの塊なんですよ~」と叫びながら追いかける話(タイトル、作家名失念)を読んだ。

今年、2年目にして早くもコケる予感。5年日記を3日で放棄した過去がありますから。でも今、ようやく読了。田中慎弥のエッセイ「これからもそうだ。」と、「宰相A」。

田中慎弥をご記憶ですか。3年前だったか、芥川賞受賞会見で、石原慎太郎に悪態をつきながら、
「貰っといてやる。」
とスピーチした作家。酔っ払っていたそうだが、多くの日本人の溜飲を下げてくれた。

「宰相A」は、ある日、母の墓参りをしようとした作家が、もう一つの日本に紛れ込んでしまう話。そこにいる「日本人」は、白い肌金髪の欧米人の風貌で、日本語でない言葉を話す。彼らこそが日本人。作家らもともとの日本人は、「旧日本人」と呼ばれていた。作家はかつて旧日本を独立させようと志したJに瓜二つなので、旧日本国エリアの独立戦争の旗手にとまつりあげられたのだが・・・。

文中に出てくる「宰相A」の描写が、あの方そっくり(笑)。皺の多いたるんだ皮膚、「何か果たさねばならない役割があるのに能力が届かず、そのことが反って懸命な態度となって表れている感じで、健気な印象さえある」
「人間の眼球がこれほど純粋に輝くものかと驚いた。真っさらな地面に湧き出る泉の一滴。(略)目には、何かを見ようとする意思が綺麗に欠けている。何も見ようとしていない目がこれほど純粋とは意外だ。」

演説。「我が国とアメリカによる戦争は世界各地で順調に展開されています。いつも申し上げる通り、戦争こそ平和の何よりの基盤であります。戦争という口から平和という歌が流れるのです。(略)健全な国家には健全な戦争が必要であり、戦争が健全に行われてこそ平和も健全に保たれるのです・・・」

「我々は戦争の中にこそ平和を見出せるのであります。戦争を通じてのみ平和を構築出来るのであります。平和を掻き乱そうとする諸要素を戦争によって殲滅する、これしかないのです。これこそが至高の方法なのであります。最大の同盟国であり友人であるアメリカと共に全人類の夢である平和を求めて戦う。これこそが我々の掲げる戦争主義的世界的平和主義による平和的民主主義的戦争なのであります。」

小説の最後の皮肉な終わり方。このままいくと、田中さんの結末もこうかもしれない。

「これからもそうだ。」のタイトルは、収録された一番最後のエッセイの結びから来ている。芥川賞受賞後に寄ってくるマスコミ、自分たちが書けない慎太郎への不満を自分に言わせようとしているのか。電報や花を贈ってくる政治家は文学に興味がある訳ではなく、芥川賞を権威あるものと勘違いし、その受賞者である自分と関係を持つことで、自分の箔付けに利用しようとしているだけなのではないか。

「お前こそ偉そうに言いやがって、と非難されて構わない。私は言いたいことを言う。言いたいことを隠して私に近づく人たちは一見頭が低そうで、実はこちらを見下ろしている。そういう人たちはたいてい、組織に属している。私はアルバイトさえ一度もしたことがなく、組織がどういうものかが分らない。これからもそうだ。」

このお方は母子家庭出身なのだが、高校卒業後一度も就職はおろか、アルバイトもしたことがなく、洋品店に勤める母の収入で暮らしていたそう。

ついこの間亡くなった車谷長吉氏は、最後の文士と呼ばれていて、あの延々とルサンチマンを書き連ねた小説には精神的に参るが、田中さんはまた違うタイプの「最後の文士」だと思う。かれの背水の陣の張り方は、清々しい。書くことが命、だからこそであろう。彼にとって書けなくなったらそれは「死」なのだ。

芸術家が尊敬される理由の一つに、まだ一般の人間が気付いていない物事を形にして差し示す能力を持つ点が挙げられるかと思うが、この本の上梓は去年の2月だから、際立って予言的な作品ではないが、彼のアイロニカルな視点が発揮された、面白いけどおもしろがれない作品だった。
こんな風にならないよう、阻止しないとね・・・。

なお、図書館で借りて読んだ。田中さんには一円も入らない。申し訳ないです。
個人として (masaki)
2016-01-21 15:15:50
すべて国民は「個人」として・・・。個人ということばの意味、こんなに重たかったのですね。みながこんなふうに教わったら、一人ひとりが、また、一人ひとりの考えが、もっと尊重されるようになるんじゃないかと思います。
この歌は、本当にいい歌だと思います。一人ひとりが頑張ってこられたSMAPのみなさんとともに、愛され続けてほしいものです。最近は、この歌を聴くと、SMAP、どうなっちゃうんだろうと悲しくなります。まきはらさんにもまたみんなを元気にする歌、つくってほしいです。♪遠く、遠く、離れていてもっていう歌も、人を大切にする思いがあふれていて、いいなあと思います。
素敵ですね (kei)
2016-01-21 19:29:50
清志郎は「(ジョンレノンの)イマジンはまるで憲法9条みたいだ」と書いていました。

夢かもしれないけど、その夢を見ているのが大勢になれば、現実となる可能性が有ります。

ただ、その前に横たわる世界の現実の悲惨なこと。

綺麗ごとだけでは済まないのもまた事実。

自分に何が出来るのか、何がしたいのかを問いかける日々です。

尊厳ねぇ…。私の場合は…。 (リベラ・メ(本物の))
2016-01-21 20:09:39
確かに一番大事で、一番重要で、一番必要で、一番肝心な事で、一番壊れやすいもので、一番見落とされ易くて、一番見えにくいけど、一番儚い、身内同士では一番守られない…etc.…って分かっているけど、私の場合は、尊重された記憶がありません。一番忘れられないのが、阪神大震災で仮設住宅に居た時に言われた「あんたは動物より頭が悪い!」で(言ったのは母で、当の本人はケロッとしている。私は20年苦しんでいるのに。)、もう1つがIraq戦争時の「あんたは共産党か!」です。こんな人と暮らした40年、尊重された記憶も尊厳を守られた事もありません…(涙)。これからも、ずっと守られることはないでしょう…(涙)。人生は未だ未だ続く…(涙)。
Unknown (むう)
2016-01-21 21:02:49
誰もが誰からもありのままに受け入れられるとしたら、なんて幸せなんでしょう。
そういうところで生きたいですね^^

「個人の尊厳」というものがどういうものか、すごく伝わる記事なので、メルマガの紹介のときに今回の記事を一緒に紹介するか、もしくはメルマガ購読第一回の記事をこちらにすると、rayさんがいつもどういう視点で物事を見てるのかが、メルマガを読む人にすごく分かりやすいと思います。

メルマガでも月一くらいで今回のような語り口で記事を書かれるのも親近感がわいて読みやすくなるんじゃないかなと思います。
表現の自由 (ii1920)
2016-01-21 21:51:01
表現の自由

宮武さんは、ここで
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「日本では思想良心の自由や表現の自由が、思想や表現の内容と無関係に認められている」から個人の尊厳を否定するような言論が可能だ(から規制する必要がある)


------------------------------------------------
と主張されているようです(間違ってたら指摘してください)。

憲法では認められている(難しい憲法論議は別として)ようですが、例えば公序良俗に反する言論は(憲法でなく)別の法律で禁止されていると思うのですが・・・。

卑猥な表現などは別として、個人の尊厳を傷つけると(被害者が)感じた場合は謝罪や慰謝料を請求できるはずです。そういう縛りで「何を表現してもよい」ということにはならないわけです。釈迦に説法ですが、素人の私が専門家のあなたに疑問を呈したいと思います。

ヘイト・スピーチなどを念頭に置いておられるかもしれませんが、誹謗・中傷であっても普通の批判であっても尊厳を傷つけることはあり得ます。
「誹謗・中傷」と「批判」の区別は非常に困難です。批判のつもりでも、される側では「誹謗中傷」と受取ることがあります。
だからこそ提訴する権利があり裁判所が判定するわけです。(これも釈迦に説法)。

例えば沖縄で「ヤンキー ゴー ホーム」と叫ぶのは批判ですか、誹謗・中傷ですか?

もう一つ・・・
「世の中にたった一人のあなただから素晴らしい」とおっしゃるが、これはかなり危険な考え方です。
それは「個」と「集団」のバランスを欠いているからです。

私は教師をしていましたが、教育というのはある意味「個」の否定なのです。極端な例ですが「○○をすれば病気は治る」と固く信じている「個」に対し、そうではないよと教えるのが教育です。(個の大切さを否定するばかりではありません。誤解のないように)。
私たちは国とか、県とか、何々会などという集団の中に生きています。そのためには集団の一体性を維持できるような生き方や考え方が必要になります。
そういう「集団」を重視する姿勢と「個」を大切にする姿勢とのバランスが大切なのです。

集団には埋没しないものの人が「素晴らしい」と思うような「個(性)」こそ尊重さるべきではないかと思います。例えば覚せい剤に手を染めるような「個(性)」は矯正の対象であり、SMAPのような才能は多くの人に称賛されます。(私はこのグループのファンではありません)。

たいていの人はそんな並外れた才能はなく、人並みに平凡に生きているわけで「たった一人」ということに重要性を感じているとは思えません。
The Prisoner (とら猫イーチ)
2016-01-21 21:59:18
 私が、未だに忘れられず、何度見ても新鮮なテレビ・ドラマのシリーズがあります。 

 私のみでは、有りません。 世界には、沢山のファンが居て、未だにファン・クラブがあるのです。 

 それは、1960年代の英国のテレビ・ドラマ「プリズナーNo.6」(The Prisoner)です。 

 パトリック・マクグーハン(Patrick McGoohan)扮する、The Prisoner 。 情報機関に勤務していた彼は、何事かに憤激し辞表を提出し帰宅した途端に、正体不明の者に、所在が不明の「村」(Village)に拉致され、情報を提供するように求められるのですが、彼は拒否し、脱出を試みます。 しかし、その度に失敗に終わるのですが、彼は、諦めず、不服従を貫き、抵抗します。 

 オープニングの最後に彼が叫ぶ言葉、「私は、番号ではない。 私は、自由な人間だ。」は、現代のこの国に住む者にも、共感を呼ぶのではないでしょうか。

The Prisoner*#2 Opening Sequence HD [1.85x1]
https://www.youtube.com/watch?v=tra3Zi5ZWa0

 ただし、このイントロは、第2作目からです。 第1作の全編を下に挙げます。 

The Prisoner 1967 - Episode 01 – Arrival
https://www.youtube.com/watch?v=y-BE8iicBkg

 何度見ても、考えるのです。 作中にあるあの箇所では、何を言いたいのだろうか、と。 

 または、主人公のあの叫びは、何を意味するのだろうか、と。

 一作、一作、完結せずに、不条理にも似た幕引きを迎えるのです。 

 終幕で、英国的なユーモアで終わる一作もあり、余韻を残すこともありますが、多くは、色々な解釈が可能で、大団円で終わることが無いのです。 

 私なりに、見た視角は、個人の生き方、思想、好悪、等々、人の自由は、誰にも犯されたくはない、と云う個人主義的思想から、人としての生涯を自己の意思で全うしたい、と云う人間の根源的な意思を貫く哲学を観るように思うのです。 

 今の政治を憂うのもその延長ですが、それ以上に、一度限りの命が有る限りは、この意識がある間に、この社会のみならず、この世界そのものの成立ちと行く末が知りたいのです。 

 人の一生は、正しく不条理です。 何が不条理、と言えば、自分が無くなることを知りつつも、日々、生きて居ることです。 たった一人の人間でも、居なくなれば、それで終幕が降りるのです。 

 自分一人に限れば、死ねば、世界は終わりです。 

 掛け替えのない自分が尊重されない世を誰が望むでしょうか。 

 The Prisoner を見ていて、何時も思うのですが、このテレビ映画は、自分を見詰めるためだけではなく、世界を見るためにも重要な視角を提供してくれている、と。 未だに、ファンが多い筈です。
「残念」 (三角四角)
2016-01-22 03:46:32
正しく、日本国憲法は世界に誇るべき日本の宝。  古風に言うのならば
玉と申せましょう。  しかし、惜しむらくは、日本国の自主独立を阻んでいる
憲法9条が、玉に瑕と申せましょう。・・・・「うーー・・・残念」
Re:表現の自由 (raymiyatake)
2016-01-22 10:13:31
すみません、確かに、表現の自由は思想・良心の自由と違って絶対無制約ではありません。
同じく基本的人権である名誉権やプライバシー権を侵害しない限りです。
これが13条後段などに書いてある公共の福祉の意味とされてます。
書きたかったこととちょっと関係ないので舌足らずでした。

個人と集団と教育のことに関しては同意できません。
私は相手にも個人の尊厳があるから、その人も尊重するという形で、少年たちに社会性を伝えていきたいです。
皆さんの暖かいお言葉に励まされます! (raymiyatake)
2016-01-22 10:22:26
続編も書こうという気になれました。
昨日、千人の方に読んで頂けました。
光栄です。

そして、リベラ・メさん、実はこの記事はリベラ・メさんのことをも思い浮かべながら書いたの。
リベラ・メさんを象徴として、少数者の苦しみのある方に、そのままで良いんですよと言いたかった。リベラ・メさんは個人として尊厳がある。そう、私は言い切ります。憲法もそう言ってます。

また生保を受けてる人に書けないような目に遭わされたバードストライクさんのことも思い浮かべてました。

とにかくコメント常連さま、読者さまのおかげで書けた記事でした。
ありがとうございました。
蛇足です。 (とら猫イーチ)
2016-01-22 13:48:01
 この世で、たった一人の自分には、何ものにも代えがたい尊厳性があります。 

 それを認められない社会は、全体主義に犯された社会であり、長い時間を重ねて人が戦い取って来た人権の歴史を尊重しない桎梏に過ぎません。

 たった一人の人間でも、その自分自身の価値に気付けば、不遇の境遇に在っても、立ち直ることが出来る、その事実に気付くのに、猫の手助けを得た人もたくさん居ます。 

 最近では、英国の野良猫(street cat)ボブ(Bob)がそうです。

 薬物に溺れた一人のホームレスが、同じく野良猫として生きていたボブに出あい、猫の手助けを得て再生した、との実話です。 

 一人と一頭の実話を読み、私の場合と比べて、相互に類似性を発見するのに時間はかかりませんでした。

 我が家のボブは、今年で、19歳です。 一人暮らしを
精神的に支え、他の保護猫たちの面倒をみて来た長男猫ですが、四年前に腎臓病罹患が分かり、そして最近では、日々の輸液(点滴)が要るようにもなりました。 
 気難しい飼い主に左右されず、飼い主を自分の意のままに出来るようになったとら猫は、飼い主にとっては、良き理解者であり、よき支持者であり、最早、飼い猫ではなくて、相棒です。

 獣医さん二人の診療を受けつつ、自宅輸液をしながら、この先、例え、一日であっても、長生き出来るようんに支えて行きたい、と思っています。 

 蛇足ですが、リベラ・メ(本物の)様には、猫を相棒にされては如何でしょうか。 犬とは違い、猫は、自然界では、群れを作らず、一頭で生活していますので、気紛れに観えますが、愛には、愛で答えてくれます。

 犬と違い、命令は無効ですが、愛のある者の呼びかけには答えてくれます。 上下の関係は猫の世界にはありませんので、飼い主を主人とは認識しませんが、愛を感じることは出来ます。 

 その証拠に、我が家の次男猫と末娘猫は、幼い時に、私の呼びかけに答えて、初対面の私の胸に飛び込んで来ました。 

 ただし、生体販売で、猫を買うのはお止め下さいね。 保護団体から保護猫の譲渡を受けて下されば幸いです。

A Street Cat Named Bob - short documentary
https://www.youtube.com/watch?v=MePaWG7g5FA
個人の尊厳 (ii1920)
2016-01-22 21:56:04
個人の尊厳

ブログ主やコメントを見ると次のような表現が散在する。(記述者は省略)

○ すべて国民は、「個人として」尊重される

○ 相手にも個人の尊厳があるから、その人も尊重するという形

○ 誰もが誰からもありのままに受け入れられるとしたら、なんて幸せ

Aという人が「尊重される」「受け入れられる」という場合、必ずAを取り巻く人(複数)が前提になる。しかも身近な人が、である。
しかもばらばらの「人々」ではなく何らかのつながりのある「集団」がAを「尊重する」主語である。
私はこういう人々と個人との関係を「表現の自由 (ii1920)2016-01-21 21:51:01」で書いた。

つまり個人といってもその人を含む集団の存在が前提になる。だから両者のバランスが大切だと書いたつもりだ。
個人をないがしろにし、全体(集団)を重視すると「全体主義」だと非難される。

左派には、集団よりも個人重視だという意見が強いようだが、根底には「個(人)」と集団は「対立関係にある」という考え方があるように思える。
これに対し私は「対立」関係ではなく「相互依存」の関係にあると考える。
左派の「個人重視」は、実は強い集団があるからこそ保証される。
個人の尊厳が踏みにじられたとき、そのいわば名誉を回復するのは裁判である。
しかし韓国における「慰安婦問題」でみられるように、韓国の裁判所は世論に振り回されているようだ。
法や秩序が守られない社会では、個人の尊厳も守られない。

もちろん集団が強すぎて(北朝鮮や中国のように)個人の権利がないがしろにされてはならない。これは全体主義である。
しかし「個人主義」が幅を利かせすぎ、集団がないがしろにされればその集団は混乱し、結果的に個人も損害を受ける。(今の中東を見ればわかる)。

つまり、先に述べたように、個人(の尊重)と集団とはバランスをとり、相互に依存することが健全な集団なのだ。

------------------------------------
順序が逆になったが
Re:表現の自由 (raymiyatake)2016-01-22 10:13:31 に関連してブログ主さんは

【日本では思想良心の自由や表現の自由が、思想や表現の内容と無関係に認められているのに対して(だから、人種差別のヘイトスピーチの規制などが非常に困難な論点となっている)、ドイツでは例えばネオナチ的な言動を取り締まる法律は、むしろ合憲も合憲、積極的に肯定されています。】
と述べ、ドイツのナチ賛美禁止を称賛しているようだが、これぞ左派の真骨頂といえよう。

本来はナチ賛美といえども言論の世界で論破していくべき課題であって、法律で禁止するのは間違っている。
にも拘らずこうしているのは、こうしなければドイツがヨーロッパで周辺国などと共存できないからだ。
(ブログ主さんの意見は)こういう歴史的背景を無視した、トンデモ見解である。
管理人様 (バードストライク)
2016-01-23 09:08:38
お心遣い、痛み入ります。
「IQの高い人はEQも高い」説を信じたくなります。

以前雑誌で読んだ
「IQの高い男とIQの低い男の絶望的な差」(というようなタイトル。この場合、「IQ高」は有名大卒、大企業勤務、高収入、を指していると思われる)

例えば、「自分は料理が得意だ」とアピールする男がいるとする。
「高」な男は、洒落たイタリアンを何品か手早く作り、美しく皿に盛り、さらにそれに合うワインも用意して女性をもてなす。
「低」な男は、料理の概念からして違う。彼らの得意料理は、目玉焼きとかチャーハンだ。なかにはカップ麺にお湯を注いで、「ハイ、自炊」と言っているのもいる。
オンナなら、どちらを選ぶか自明でしょう。

・・・最近のオンナは、贅沢で生意気だ。こんなことを言っているから、「低」の男に結婚できない者が増え、少子化が進むのだ。オレがオンナだったら、女だったら・・・・・・どっちを選ぶか、決まってるよね(笑)。

しかし、この話はそもそも都市伝説ではないか。年収高い男は1日12時間以上勤務、頭の中の仕事専有率無限大、休日は寝てるか休日出勤、せいぜいデパ地下でイタリアン惣菜を買って帰る程度では。

もっとも、「低」系のニイチャンがでかいタッパーに茶色一色のチャーハンだけを詰めこみ、「オレ料理得意」と言いながら掻き込んでいたのを見て、悲しい気持ちになったけど・・・。
ありがとうございます (茶碗を洗う人)
2016-01-23 23:43:24
ますます自分の国の憲法が好きになりました。
「個人の尊厳」無くしては「公共」もあり得ないと思う (洲蛇亜林)
2016-01-24 11:13:25
>そして、その弁護士さんは、ご自身の人生の苦労を生かして、本当に貧しい人、困っているいる人のために、最善を、全力を尽くす方でした
>彼は、しかし世のため人のために生き抜き、力尽きるように、まだ還暦にもならないお歳で亡くなられました

「個人の尊厳」を尊重するという日本国憲法の精神を体現されたようなお方ですね。
そして、その「個人の尊厳」尊重ということが「世のため人のため」になるという公共の福祉というのか公共性につながっているということだと思います。
いくら国や社会が大切だと言ったところで、その根幹にはひとりひとりの「個人の尊厳」というものが基礎にないと無意味なものになってしまうのではないかと思います。
「個人の尊厳」を基礎におかない国家社会の「公共性」なんて幻の楼閣に過ぎないだろうと思うのです。

>「No1にならなくてもいい」「もともと特別なOnlyone」

『世界で一つだけの花』が流行っていた頃に街角のカラオケ喫茶でヤクザ風のお兄ちゃんが唄ってましね。
その少し前までは、「BIGになる」「成り上がる」の永ちゃんが人気あったと思うのですが、そういう「上を目指す」時代があの頃に終わったのだと今にして思うところです。
まあ、音楽業界でヒットしたかどうかなんて、その曲の良し悪しとは全然関係ないものですね。
売れる売れないに関係なく、素晴らしいものは素晴らしいわけです。

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