霊犀社2

第2霊犀社(元祖第一は、田中逸平主宰の私塾)@霊際社@P。ネタ帳・メモ書きなど、まあガラクタ。嫌疑76件わざと表示拒否中

安岡孝一ら:コードの文化的背景説で電話番号。ダイヤル入力の物理は、5ビット電信コード制約文化にも似て

2010-01-08 22:36:44 | LinkRecords
オーソリティの地位にあろうとする者と、雑学本エッセー作者とでは、期待されている発信情報の質がちがう

yasuoka (21275)氏「5年ほど調べ続けた」http://slashdot.jp/~yasuoka/journal/497458だとか、大量の引用文献を挙げ(安岡孝一ら『キーボード配列QWERTYの謎』http://raycy.seesaa.net/article/96327199.html)、で「私の知る限り」http://b.hatena.ne.jp/raycy/20100120#bookmark-18694888だとか、かなりの調査リソースをかけてて相当に信頼できると期待させた人の言と、――またそういう自負もお持ちな場合、カヴァー守備領域、縄張り…。だからこそ、土足で踏み込んできてhttp://na-inet.jp/weblog/archives/001312.htmlとか…
雑学本とかエッセーでの、たいして調べていないんだろうな、と、もともとあまり期待されていない人の言とでは、
まったく重み責任が違う。リソースをかけたといえばいうほど、示せば示すほど、。そして、他人は踏み入れさせまい、また、その必要もないでしょ、安心して任せろって宣言してるんだし…。
それがどうだ、
アップストライク式タイプライターでは、http://slashdot.jp/~raycy/journal/497628
  • 「アーム」までなかったと思わせたり、だとか、
  • タイプバーの衝突インシデントを疑がわせ、never 絡まない、絡んだりしないとまでいったり、
  • キー配置とタイプバーの配置には自由度があった、タイプバー配置だけを独立にたやすく変更できた、だかといったり、
  • 文字組出現頻度との関係性を、真っ赤なウソと思わせたり、
  • ポール・デイヴィドの主張訳出でもなんか変な箇所があったなあ、http://blog.goo.ne.jp/raycy/e/a2a3f8f3d862cfe26305ac12845eb4ce
  • タイプ(ハイフンまたは分かち書き)ライターねた での論駁論法における、ロゴ表示時点、TYPEWRITER文字そろった時点と俎上に載せるべきセールスの時期の時点間すれちがい、など。http://www26.atwiki.jp/raycy/pages/192.html
これは、ただ見過ごしとくわけには行かない、見過ごさなかった。このこととは別として、当ブログは安岡孝一氏から著作権侵害嫌疑をかけられておりhttp://www6.atpages.jp/raycy/suspicion.htm、現在は、「係争中」未満な状態にある。看過できない。関連分野は多方面にわたる。
  • 方法論、作法系 : 主張の一貫性・統合性、論証作法規範、論文作成要領、著作準備作法、、ネット作法、、
  • ツールの理解適用 : 論理学、確率・統計・頻度分析、幾何学、機構学、機械設計、英文和訳、命題の定式化、言語力(特に語義定義や包摂関係かな)
  • 対象言及分野 : 技術史、歴史学、経済学、経営学、
 彼の論は、ときに突飛な展開をみせ、ひとりかってに怒ったりかと思えばひとり得心したりと見受けられることもあったような気がする。
 たとえば、いったい安岡孝一氏の経済学は、どのような経済学なのだろうか。あるいは「人間の経済学」なのだろうか。
 なにかと批判されることの多い正統…いわゆる経済学だが――経済学には心がないだか は宇沢弘文だっけ、都留重人が 市場には心がないだっけか、
それはいわゆる経済学の前提が、近代は、近代合理主義で、算段で人の行動が決まると想定されているからで、
だから、すべての行動を経済データ数理統計を素に説明しようとする態度こそが、ストイックに思惑とか作為とかに原因を帰する説明をむしろぐっとこらえて、その行為を決めさせるさらに大元にある合理的なデータ数理をもって答えようとすることこそが、近代合理主義的な経済学の伝統的作法掟とされてきたのではなかったのか。(ラジオで聞いた宇沢弘文がこんな具合にいってたぞ、そして宇沢弘文の場合は、やっぱやぁめた、人情要素を入れるべきじゃないかってな立場に鞍替え遷移したってな、、。http://blog.goo.ne.jp/raycy/e/6c2d6eaaeecd40026848ac9cfcd5c9d5)
 それを、説明の根本が結局、だれだれの陰謀だとか、、。で、足れりとする。
その陰謀をも画策させようとした、数理データが示せるはずだ、てなのが、近代合理主義的な行動を仮定した者の態度であるべきなのではないか。
以下のカッコ内別途要検討。
(経済学に対して、陰謀論やカルテル徒党論をもって論駁できたとするのでは、筋違いか不充分ではないのか。ってか、カルテルが市場の失敗ってことなら、近軽が扱えないはんいってことになるのだろうか、限定合理性?この辺わかってません、ちがってるかも。まあ、ラジオで聞いた宇沢弘文もけっこう陰謀論がかってたというか、広瀬隆的な大富豪の強欲経済ってな、投資銀行のそしてその投資家の強欲?ってな感じもあったかな。)
多分、部分最適化だかの話で、ある空間領域を維持できるならば、それはそれで、最適解が得られる?
たとえば、本件を、彼氏にお任せしておけば、最善解としての『QWERTYの謎』が得られた。そしてこの境界領域設定を維持し続ければ、今後とも彼による最善解が得られ続けるであろう。
この領域分割設定が、彼の領域と、その他の世界との区分で、調査言及分担領域区分が、維持され続ける限りにおいて、彼から提出されたもののみが解でありそれが唯一の最善解でありつづけるであろう。

そしてことは、この、境界設定、分担お任せ領域の縄張り設定のクローズド設定、その合理性の可否やら、適正やらってな部分での、合理性が、、
なぜ、合理的な境界設定が、なされなかったのであろうかとか、ってな話になってくる?あるいは、その縄張り設定が正しいとすれば、なぜその担当者はその最善解を提出したのか
 この合理的経済人の仮定が、本当に成り立っているかどうかは、また、別の問題である。
別の仮定に立てば、それは、近代合理主義的な経済学とはいえまい。それはまた別の経済学ということになろう。たとえば陰謀合理主義、陰謀本主義?謀本主義、。鞍替えした宇沢弘文の場合は、人情本主義、情本主義かな、、いわれているのは社会的共通資本主義とかだっけかな、、。

携帯電話のダイヤル・キーに関しても、陰謀説の示唆開陳がみられた。http://slashdot.jp/~yasuoka/journal/494792
では、近代合理主義ではどうか。まあ、どうかな、少なくとも単なる陰謀ではない説。http://slashdot.jp/comments.pl?sid=476771&cid=1699972 <補足>ダイヤル時間の関係です。あと、既存ユーザ・カスタマーの既得権益保全。
「すでに多くの人がそれを使っているから」で、プッシュホンのダイヤルキー配列が持つべき性質が規定されてくると説明しうる。その際、電卓から携帯電話に連なる?中間メディアを求める必要もない。
も少しくわしく、、
電話番号は符号、回線とのコード変換表ってか回線コードそのもの?であって、可算数としての意味は数の表示が順序連続してたほうがいい以外にはあまりない。ところで商売に有利な番号ってなのがあるだろうか。覚えやすいってなのもある。であるが、ダイヤル電話の物理的性質から決まってくることもある。

若い番号ほど123順に、ダイヤル所要時間が短かくてすむ。

そして、時は金なり、時間資源制約説

 企業のダイヤル電話番号では、「1」が末尾に付くことが多かったようにも思う。電話がけでさっと短く感じさせて終わるし、また、いったんダイヤルから指を離すとためらう間を与えずすぐにかかってしまう。
 あるいは、企業然とした番号を押えているってなことが、企業イメージ信用アップのためにも、求められていたってなことではないかな。

デジタル化されてしまった現代では、ゼロの地位は格段に向上しているように思う。
であるが、なるべくダイヤル時代の数字間の若い数字123からゼロに至る厚遇冷遇感分布をできるだけ引き継いだ形での移行でないと、既存上顧客の納得が得られにくかったであろう。ゼロがいきなりいい番号になってしまうなんてゆるせない、せっかく「1」をおさえているんだから、てな。
つまり、
アナログ式、機械式時代に培われた付随した社会関係を切り捨てるか引き継ぐか、で結局切り捨てきれない、デジタル化移行時に少しは引き継がれ感を与えたかったってな説ですね。

<追記>ダイヤル番号末尾「01」も多いような気がする。大事業所観の演出効果。それと、「0」ゼロはダイヤルに手間どるので、間違いフィルタリング効果があるという説があったような気がした。http://b.hatena.ne.jp/raycy/20100110#bookmark-18465168冷静に、ちゃんと意図してでないと「ゼロ」しにくいってな説かな。プッシュ式でも、数字以外キーと接していたり、他のボタンから一人ぽつんとある感じなので、より狙って打たないと、数字列が構成されなくなるような、フィルタリング効果を、「0」に持たせているような気がする。

近縁な説があった。ってか、だいぶ遠いか。緊急電話説だなあ。http://www.authenticbar.com/kqz/days/archives/001631.html
あと、思いつきメモ カステラ一番電話は2番 ゼロいちにいさん よいーふろ
 末尾、代表大代表「11」「111」てなのもあったかな、。
『当世電話番号事情』、ダイヤル、プッシュ、携帯、各時代での栄枯盛衰、はやり廃りとか、、で、本出てるかな?なければ一冊、、
結論が陰謀論に傾きがちだとしたならそれは、思考経過で捨象してしまったことのなかに、実はなにか顧慮すべき点があったことを示唆してくれているのではないか。


以前安岡孝一氏らは、コードには社会的背景があるとかいっていた。
文字コードの世界 安岡孝一 安岡素子 (1999/9)http://raycy.seesaa.net/article/49274200.html
各国の文字コードは
コンピュータ上での約束事であると同時に
それぞれの文化的背景を投影している

・・・まだまだ文化的背景を語るための資料としては不十分だが、まずはこれを第一歩としたい。(P.201)
と、安岡孝一氏らが記した、一般各国語社会文化と同様ななことが、、
その社会文化的背景をひっくるめて、コードがそれを引きずりつつ継承されていくって言うようなことが、ダイヤル電話回線コード社会文化においても、あてはまってたってことでしょうかね。
つまり、各国語の文化的背景を知らねばならないのだとしたならば、同様に
ダイヤル電話回線コード社会の文化的背景をも、語れるほど知っておく必要があるってこと
そういうことでもあるのでしょうね、ご標榜なさってらっしゃてたことには、、前世紀末に。

コードを取り巻いて、周囲の社会に形成されてしまっている、背景に形成されている社会文化、、
社会がコードを作る場合もあるが、
電話番号回線コードの場合には、社会からの方向はどうかってなのもあるが、回線コードのほうが社会関係を作っていくのか、、
どっちがどっちだ?どっちもどっち?


安岡孝一ら:コードの文化的背景説をダイヤル電話番号に適用すると、入力装置の物理的性質にも気付かされる

ダイヤル電話回線コード文化社会、、 ダイヤル式電話機の物理的性質にも結構依存、、

てことはだ、現代のこの世界は、現用キーボードの物理的性質と人間操作の関係に引きずられた、QWERTY配列ワールドだってことでもあるわけだなあ。
そして、でぃふぁれんとな、アナザーワールド、オルタナティブなパラレルワールドってなのもあったかもしれないのだな、Dvorak配列ワールド など。あるいは、
TRONキーボードワールド、、

ベルリンの壁崩壊、日本バブル崩壊、のころが画期だったかもだなあ、、
てのは、ちょっとトロン超漢字やらに身びいきに過ぎるか、、
今となっては、アジア圏東アジア圏キーボードを目指すべき?
まあ、やまと言葉は大和言葉で、ひらがな系で、かもだな、、異論はあろうが、
TRONキーボードのキーの物理配置に、中国語やら、ピンインとかだっけか、アジア圏入力は、対応状況はどうなのかな。多国語入力、、って使ったことないからなあ、、。仁坂さんの数式入力かなんかで試したことあったんだっけか、、。
あっ、超漢字Ⅴ、インストールしてあったんだった、このマシンにも。
でも、よくわからんなあ、世界文字入力か、、。ってのは、QWERTYみたいだな、QWERTYモードで使えってことかな。
そのまえに、中国語がわからないけれども。


この、ダイヤル電話の、数字キャラクターごとの差別待遇の件は、
タイプホイール式タイプライターにもあった。
手動タイプホイール式タイプライターの難点は、実にこの点にあったのだ、というのが、私のいう、文字キャラクターごとでの印字エクセルギーの頻度順差別待遇問題、ってなことと同根である。
入力しやすい文字としにくい文字があると、それが、文字の並びにまで影響してくる。並べやすい文字列を書きたくなる、そのような記述形式が発達する。
でも、それじゃ、タイプライターの機能としては失格だろう、多分。発信したいメッセージ内容こそを優先すべきで、タイプライターの変な制約は余計だ。
どの文字にも、同等の印字エクセルギーとなるようにしておく条件の確保こそが、タイプライターに求められいた。と思う。
手動式でそれを実現するためには、タイプバー・プリンシプルこそが、優越していた、と。
タイプホイール・プリンシプルでだと、出現頻度の低い文字印字に対して、いつもより余計に回さなけりゃならないですからね。
いわば、アルファベットの出現頻度順にキャラクターが並べられた電話ダイヤル式入力、、を考えてもみたまえ、、


まてよ?書きやすい文字、書きにくい文字、、漢字の画数、、
キャラクターごとに、入力エクセルギーの差が、手書き漢字キャラの場合には、はっきりとあったわけだなあ、
もちろん英語のアルファベットにもあった。
するとこの、画数やら筆記所要時間の傾向を継承する、てな、手書きでの入力条件を継承するってな、そんなアイディアも、ありかな。ダイヤル電話での条件を引き継ごうとしたように、、

アルファベットの画数でいったら CLVJOrSU
印刷体での画数じゃなくって
筆記体での書きやすさ順、筆記所要時間順、、かな、、eℓ

インクの濃さの問題でいくと、タッチタイプで左小指が担当する a はキャラの線分が長くてこちゃっとしていて、印字が薄くなりがちだったという。
初期タイプライターは大文字だから、aはないけど、閉領域のあるちんまりした文字は、印字が薄くなりがちだなあ、ってな関係は、なんかないかな、
ABEGRMQW、線分が長くて、高密度な活字、、閉鎖部のある文字、深く入り組んでいる文字
逆に、ピリオド、コンマ、アポストロフィー、などでは、紙に穴が開きやすい、インクリボンにもダメージになるはてな



安岡孝一ら:コードの文化的背景説でダイヤル電話番号をみよ。入力装置の物理的制約は∽安岡孝一「テレタイプの呪い」?安岡孝一「紙テープの呪縛」?5ビットコードの文化制約?
安岡孝一ら:コードの文化的背景説でダイヤル電話番号。入力装置の物理的制約は∽5ビットコード文化制約?
安岡孝一ら:コードの文化的背景説で電話番号。ダイヤル入力の物理は、5ビット電信コード制約文化にも似て?
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電話番号の経済学 ダイヤル電話番号コードの文化に至る物理学と自然制約 (霊犀社2)
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