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なんとなく書いたり、ちょっとした議論をする

Brand new world.

2009年03月06日 | 議論・ニュース
「なぁ〜んとあの有名ブランドのバッグが10万円を切っているんですよ!」






・・・・・と、テレビで聞いた。
ブランドって何?






予てから、服やバッグに対してブランド意識は無い。
だって、着れればいい使えればいいっていう考えだから。

だから、シャネルとかの名前がつくだけで0が一つ増えそうなものには全く興味がない。





とはいえ、ブランドものに全く興味がないのかというとそうでもない。
携帯電話、ミュージックプレイヤー、楽器などはまず間違いなくメーカーを見る。


なぜメーカーを見るのか。
理由は簡単。保証がついているから。


歴史がある企業や大きな企業になると販売したもの一つで会社の存在を問われることもある。
一つの品物が会社に対して与えるものというものは、決して大きくはないかもしれないが小さくもない。


例えばソニーがウォークマンを出している。
その製品はウォークマンというブランドを掲げて既に30年にならんとしている。
『そのウォークマンがまさか機能的には劣らないだろう』という暗黙的なものが、一般的には存在している。
そして、『何かあってもソニーはだったら対応してくれるだろう』という安心感もある。

すると、ミュージックプレイヤーの選択肢の中にウォークマンという機種が無意識に浮上してくる。
結果として、それが家電を作らないメーカーであるにもかかわらず、このご時世で名前と中身が残っている。



しかし、ヨドバシで機能を確認し、メーカーが提示しているスペックが十分自分の要求を満たしていると購入したものがある。
使用するには不便ないが、録音する際に雑音が入るという仕様があった。
これはメーカーが公にしていないものであった。

同じ悩みを抱える人が全国におり、情報交換の場で皆一様にその雑音の不良に関して意見を出していた。
それをメーカーに問い合わせてみたところ、メーカーではその異常を確認していながらも一切対応はせず、謝罪もない。

『これ、おかしいんじゃないですか。そちらで確認しているのであれば、しかるべき対応・告知をするべきではないのですか』
「はぁ、そうですね・・・。で?なにか?」

みたいな?w




同じことをソニーがやった場合、ソニーの被るダメージは大企業だけに大きい。
売るものは企業の売り上げから比べれば小さいが、その被害は見えないところでも進行しかねない。

だからこその保証がある。







携帯電話の場合は、機種を作ったメーカーと通信会社の2社が対応する。
その2社により、DoCoMoやauというブランドが存在しえるわけだ。

機能のDoCoMo、価格のau。
ダブルオープンスタイルのパナソニック、スマートフォンのシャープ。

これらの2種の選択肢からそれぞれを選ぶことにより、
「高水準でスマートフォンを使いたい」
「ダブルオープンスタイルだけど、携帯は短いスパンで買い換えるかな」
という選択ができる。
これも一種の保証である。
安全に使えるサポートと機種の方向性の両方を保証している。

※メーカーの売りはそれだけにとどまっていないため、こういう基準でなくても購入促進する工夫がなされている。
そのため、上記はその一種の選択方法であると考えて欲しい。

余談だが、ナンバーポータビリティのもたらした効果は非常に大きく、各企業の工夫というものは日進月歩であることが、最近よくわかってきた。





そして話は大きく戻る。

自分のブランドに対するこだわりのあるものの多くは、本物である保証もついているためである。


シャネルで10万、けど偽物だったから実際には5千円。
まぁ〜よく聞く話でw


しかし、携帯はDoCoMoやauは「ショップ」という形でサポートし、ある種の直販を行っている。
電気屋や街中の携帯ショップも同様のことが言える。
つまり、本物であることがすぐにわかる。
契約後につながらなかった場合、詐欺である判別が直ちにできてしまうだけに嘘はつけない。

ミュージックプレイヤーも最近では電気屋に各社の社員などを派遣し、商品の販売促進を務めているところが多い。
このことから逆に質問攻めにすることによって、商品の内容やサポートも判別することができる。
(ヨドバシなどの場合、メーカー保証2年に加えて販売店保証として5年保証を行っている企業が多い。これも携帯電話と同様、二重の保証制度を持っていることにより、安心をも販売の道具にしていることがわかる)

楽器も然り。
しかも楽器店では実際に試奏することもできる。
ものがものだから音を聞かないとわからない、と言う考えは、実は保証制度の原点に近い感覚であると思う。






最初のブランドって何かと言う問いに対して、私は『安心』であると考える。
各々の業界で存在している保証制度は、高い買い物であればあるほどに効果を発揮する。

保証があるから買える、保証してくれるぐらいのものだから買える。

人の着眼点は十人十色とはいえ、この点を見ている人は結構多いと思う。
あるいはそれを前提としているか。


それを今後どのように昇華していくのか。
その点が楽しみだったりもする。
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[日記] Sendai Izumi Premium outlet "TAPIO"

2008年10月17日 | 日記
タピオカパンではない(懐かしー)



というわけで、うちの近所にできたアウトレットに行ってきました。
目当てはバイト募集がないか・・・。
万年募集の本屋さんが移転したからオープン直後でも可能性があると踏んだわけですよ。


しかし無惨に散りました・・・。


前からそうなのですが、バイトを始めようとすると近所のお店は募集を下げるんですよねー。
最初はタイミング悪いと思っていたけど、最近では『オマイラ、狙ってるだろ・・?』と思うようになってきましたw。






んでアウトレットですが、しばらく暇をしなくて済みそうです。

フォーマル系の取り扱いも近所で済みそうですし、本屋、家具・インテリア、古着、楽器屋と、僕が廻る店のほとんどがここで揃うわけです。
あと電気屋も入れば文句は無かったのですが、それは少し自転車で走れば行けるんでおk


タピオ内はオープニングセール中というのもあって、すごく人がいましたね。
まさに、人がゴミのよ(ry

各店舗がその人を客にせんと努力をした結果が50% offという文字のようでした。
本当にこれが多くて、ネクタイ一本800円とか普通にあったし。


道路を挟んでアウトレット館とタピオに分かれている感じでしたが、エレベーターに列ができるは通路内は片側一方通行ですとか、通常見ない聞かない光景が多くて笑えました。
まぁ正直「大人げのあるディズニーランド」という感想。
お客も分別のある方が大変多かったので、素直に楽しめる賑やかさだったのが好印象でしたね。

暇があったら遊びに行きたいところです。








んで、こっからが本題!

楽器屋ですよ、楽器屋。
こいつが若干痛いところ

一通り各分野の楽器は取りそろえている感じでしたが、いずれも中途半端“過ぎる”。
DTMはFL STUDIOの他はACID系のものしか無く、ミキサー類はベリンガーが主力。
まさかSONARはおろか、Singer Song Writterすら無いとは夢想にも思っていなかったもんで愕然。
シンセやキーボードはKORGモノしかなく、好印象とは言い難い。
(なぜかボコーダーが一列占拠していたのが笑えた。でも全部KORG)

ここでも50% offの商品があり、アンプが30000円のものが15000円になっていました。
ベーアンのミニサイズが無いかなーと見てみると、ARIAのAB10Xが2000円引きになっていたので欲しかったのですが、通販でも同等の価格で売っているので先送り。
お金が入ったらまともに練習しやすいものを買おうかと思います。


音楽系の本も取り扱っていたものの、クラシックとポピュラーピアノが大半。
残りはギターが多くを占めていました。

楽器の取り扱いを見ると、ギター:ベース=1:1ぐらいなのに、ベース関連の本が少なすぎて泣けたよ、パトラッシュ・・・
キーボード関係の本は一冊も発見できず・・・。

スコアでは押尾コ−タローのスコアが多数平積みに。
ぱらぱら見てみると、TAB譜を見て吐き気がしました。
こんなの弾ける奴がそうそういるもんじゃねぇぞ!




全体的に良いところは
・楽器を始めるに当たり、価格帯が良い。
・初心者向けの本が多数取り扱われている。
・店内がよく整理されている上に、明るい感じを保っている。
・楽器や音楽グッズが良い感じー
・ミキサーも一つ一つがきちんとテストできるように設定されている。
・FL STUDIOの実演をやっている(仙台ではSONARしかやっていないため)。
・MacでDTMを起動している(!!?)



悪いところは
・趣味から一歩でも踏み込むと途端に居場所が無くなる。
・楽器ごとの取り扱いの差が激しい。
・スタッフの意識が低い(声を掛けてきたので質問してみると対応・内容ともに現状よりも良いものを提供したいという気が感じられず)。





MacでDTMを動かしているお店は仙台には無かったので驚いた。
あとはMTRにもきちんと録音されて再生されている店はあまりなかったため、そういった細かいところの気配りに感動。

店員は(表面的な)知識はあるものの新商品に対する貪欲さがないし、声が小さい・・・。
客に話しかけるときぐらいはきちんとしゃべろうね、ボクー?



総じて、ギター(アコースティックとエレキ)とピアノ、音楽初心者には優しいお店ですね。
ただ、音楽本とベース関連でお世話になることが今後ありそうです。

ちなみにスタジオも借りられるようなので、経営難でつぶれることは少ないんじゃあないかなと。
これでバイト募集と書いてあれば文句は無いんですけどね。
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[日記]音楽がしたい

2008年09月29日 | 日記
前々からそうだったのですが、音楽がしたいです。


ただただがむしゃらに、貪欲に無邪気に。



けれど、音は手から滑り落ちていく。
練習する時間が合わない(練習条件:兄の不在かつ夜間以外)

やる気があればできるだろう。その通りだ。
しかしそうでは無い。


求めているのに、求められていない


この矛盾が自分を苦しめる。




ぬぐえない不安がある。
抱えている悩みがある。

けれどそれは誰もが同じことだ。


ではそこで何もできない自分は何者か。

ただ意志の希薄な人間という事実が浮き彫りになる。

それを認めたくがない故に人に愚痴る。
自分が望むことのそれを免罪符に変えんと欲するかの如く。




もはや自分がわからない。
やりたいことが見えているようでそうではないようで。

全ての事象を集約すると、極限に残るのは“やった”か“やらないか”のいずれかの事実。
理由は全く何の意味もなさない。



何がしたい?という問いはあまりにも酷だと思う。
自分が好んで使っていた極限を求める質問は、今の自分には辛すぎる。

解決法はわかっている。
けれど、自分にはそれを出来る度胸も無い。
何よりも恩を反故にすることを、“自分”が許してはくれない。



今の大学に入ったことを無性に後悔している。
何も生産することの出来ない自分にと追いやった、その選択の根源はこれより後の分かれたことである。
しかし、今の大学に入ることで出会えた自分の人生を左右した人たちの存在は一片たりとも後悔など出来るはずもない。

あらゆる葛藤と矛盾の狭間で何かを選ばなくてはならない時間も、もはやそうは残っていまい。
自分の我が儘か、自分の業か。




休暇が休暇ではなく、自宅が自宅ではない。
安らぐことを忘れた自分は一体本当に何がしたいのだろうか。

したいことの一つには音楽が含まれているのだろう。
だが、それは音楽を形にしようとしている友人達を見ているから思うことなのだろうか。
羨望と願望は必ずしも等しいとは限らない。



自分に対するアンチテーゼ、それは近しい人と思えてしまう自分は一体何なのだろうか。
今や自分をもアンチテーゼとせんばかりに大きいもの。




休みたい。
それは怠惰だ。

楽しみたい。
それは眩惑だ。

興じたい。
それは逃避だ。



すべてが一致しない自分に対して、何ができるかを考えたい。
急くべき時期に急かずを選ばんとする自分は何か
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[考察]蒼い衝動

2008年09月16日 | 日記
自分の中で決して侵さぬと決めた領域にも、時として何の前触れもなくその領地を侵されることはある。

大抵の場合は取り返しのきくこと、あるいは開き直りでどうにかなるものなのだが、その領域を一つ間違えることによってそれこそ取り返しの付かない事態が発生する。


衝動は一瞬だが、堪えるのは一生とも言える。


一瞬たりとも気は抜けない。抜けば終わり。終焉以外の何者でもない。
あるいは終焉以外の何者かもしれない。
何があるかはわからない。

しかしまず確実なのは、何か重要なものを欠落させてしまう結果がある。
引き金は重要ではない。



待ち受けるものが何であるかは非常に興味が絶えないところであるが、そこを侵してしまうと自分ではなくなる。
常にその境界に立っている、その意識は重要だ。


己が何かの要因一つで何にでもなれる。
その要因が困難極まりないものであったり、反対に至極つまらないものだったりする。

それがただ何気ない衝動であったことが何よりも恐ろしいこととして認識しなくてはならない。
その衝動に駆られた自分が何も感じていないことに恐怖を覚えなくてはならない。


因果なものだと思う。
けど、どちらにせよ先に進む必要がある。義務がある。
悲観することは何もない。
諦観の積み重ねは人をツクル。




この先がどうなるか、全く予想が付かない。
けれども何が起こるかを考え得る範囲を超えて考える必要がある。
考えることが救いであり、忘却でもある。

いろんなものをつきあわせて見えてくる結果。
因果としか見えない。
いや皮肉か。



さてさて、果てなどあるのだろうか。
考えずにはいられないが、それもまた救いだと近頃痛感して仕方がない。
これが人生なんだろうな
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[日記]インターンシップ

2008年07月18日 | 日記
なんか今日聞いた話では、僕のインターンシップを無くす方向で大学事務が話を進めているようです。






・・・・・・・・ほんと何なの、あの大学さぁ。。。。





入ってから後悔することは多かったけど(こういうと失礼だけど、月1ぐらいは確実)、ここまでくるとねぇ・・・・。




いや、確かに大学には大学のルールがあると言えばそうだけど、何もそれでそこまでやる理由がわからない。

カリキュラムで必修だったから出席してましたーで良いわけないだろって。
それができないから、他方面からアプローチ掛けるなり何なりでがんばっている奴はなかったことにされる大学・・・・。


『おーい、頭の中の人入ってますかー?』


まぁ何言っても結局は休んでいた僕が悪いんでしょうけどね。




あー、テンション下がるわぁ・・・

契約不履行だったお金が手にはいることが見えてきたとたんにこれだよ・・・。




やっぱし僕が悪いんすね
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[日記]How do you FRRL?

2008年07月12日 | 日記
なんかいろんなことが空回りしているなぁとここ数ヶ月(数年間?)。




どうも、若干HNを換えてみた人です。
モニタと僕の間は1mくらいありますが、普通に文字読めている辺りが自慢です(視力がいいw)。
というか限界に挑戦したいんだけど、キーボードのコードの長さのほうが先に根をあげましたw




さてさて、まぁ何でしょうか?
いや、相変わらず鬱々しているんですが、そろそろ状況を換えようと思っても結局次から次へと状況を見事に悪くしてくれるために、どんどんどつぼにはまっている感じです。

いや、気にしてメールくれる友人たちにかなり励まされているのですが・・・
というか泣きそうなぐらいにうれしくて狂喜していたりします。



それで、その友人たちに夏休みお礼も兼ねて遊びに行こうと思っていたのですが、いわゆる契約違反にあい、現在7万円弱の赤字をしょっていたりします。
つまり夏休みはどこにも遊びに行けないことになります。

あと、帰省する友人たちよ!!
今回は完全に宅のみで押し通すぞ!!!!




まぁあれですね・・・

学部の人から誰も連絡来ないんですがwww
友達いねぇなぁwwwwwwwwww
浮きまくりだぜ!

これで大学に復学しても、わが道路線が貫けるぜ!!
今度は何してやろうかしらw
またお偉いさん方の委員会刺激してやろうかしらwww







どこをどうとってもいい方向にはまだ遠いようです。

でも自分にとって何をすれば今のつらさを乗り越えられるかはわかっています。
その分、いらいらも多いんでしょうね。
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[日記]記憶の欠落

2008年07月03日 | 日記
今日はTaK.とあいました。




すんごい久しぶり〜♪


何でも仙台に帰ってきたのは6割が僕のためだとか?

うれしいこといってくれるじゃな〜い




残りは?



若干気になったw



スピリタスのアルコール96%、残りの4%は?ってのと同じくらい気になったwww




うそうそ(笑)
他人の事情はいろいろなモンです。僕は詮索しないっす
普通に気にもかけていないんで、ホントに(汗





>残り4割=優しさでできています。





さてさて、彼と話をしているときに気付いたことなのですが、

どうやら僕には6月の記憶がないようですw




全く覚えていない。
何をしていたのか覚えていない。
ってか今が7月ってことさえ今朝気付いたようなもんです。



完璧に感覚がおかしくなっていますw
どしよ〜?





>追伸to TaK.

ごめん、今日のカキコは無理ぽ
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[日記]大学休学を決意

2008年07月01日 | 日記
・・・つっても1〜2週間程度だけどw
無論、親にはその話を伝えてるわけないし、伝える気もありませんが


どうも、お久しぶりです。
だいぶ気分も晴れてきました。
いやはや、心配をお掛けして申し訳ないです・・・(-_-)





ですが相変わらず悪夢に苦しまされている日々です。

土曜日に前のバイトの飲み会があり、どうしても来い!みたいな流れだったので行ってきました。
かなりテンションが一人で低かったのは言うまでもなくw

んである人の家に泊まったのですが、夜中にうなされるわ汗だくになっているわ起こしても起きないわで・・・。



翌日は強風と大雨だったのでもう一泊。
そこでいろいろと相談に乗ってくれたので、これからのことも考えながら話を進めていきました。

晩の様子を生で見ているだけに、迷わず「休むべき」と言う結論を出してくれましたが、もう休めない現状を説明すると教員たちへのメールを連絡を提案してくれました。

・・・・・・・おお、その手があったか(馬鹿w)

んで先程そのメールも打ちました。
単位の計算もして見ると、前期の単位をある程度落としても十分すぎるほど修復が付くことも判明。


すっぱりと休んで治すという心構えができ、今は少しリラックスできるようになりました。
だけど、今はまだ人の多いところに行くと結構精神的に不安定になります・・・


あと、近況としてはバイトをやめることを決めました。
そして手伝いに行っていたNPO法人の方に集中し、そこでの勉強や仕事をやった方が、これからの自分には良いことがわかりました(大学に関しても私生活に関しても)



少しずつであっても、前進する。

でも逃げることも実は前進だと今回思いました。
逃げたりすることで今までが見えてきて、その意味ではいい機会だったと思います。
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賽は投げられた

2008年06月23日 | 日記
賽は投げられた。




投げられた賽はどのように思うだろう?




あるいは投げられたことに気がついているのだろうか




人生は常にその応酬である。
賽が手元を離れ、地面に付くまでにいろいろ目をかえる。
地上についてもまだ目をかえることもある。

しかし決まっていることがある。
それは最終的には必ず目が出ること。
あたり目、はずれ、丁、半・・・

様々な目は結論を表している。
それもまた人生然りである。

つまり、人が一つのことを終え、為し得た結果は実は選択の幅がそう大きくはない。
仮に6分の1の事象が現実だとして、その6分の1に宿る賽もまた6分の1であって、その更に新しい賽もまた6分の1。

ならば3つの賽からなる結果は216通り見いだされることになる。


しかし、この216通りに対して、結論が一つの可能性もある。
双六のように一本道である場合だ。

課程は無数にある。
ゴールまで一直線で行く場合、ゴールに近づくがいつまでもゴールに辿り着けない場合。
そこに至る確率もまた、賽によって決められることだ。




曲を作る人ならばこれをこう表してみたい。

どのような曲にするか、どのようなメロディーをとらえるか。
これが最初の選択、道の設定、方向確認。
この確率は恐ろしいほど多い。

次に曲を作り上げる。
一小節でも悩むところがある。
4分音符にすべきか、8分音符で刻みを入れるか、トリルにするか。
その葛藤が目的地への道を作る。
目的地は曲の完成、しかし道は多い。





道を行く人なればこれをこう表してみたい。

どこに行くか、近所なのか、遠方なのか。山か川か海か。
旅にするか日帰りにするかだけでも大きな内容だ。

ではそこにどうのように至るか。
徒歩、自転車、自動車、あるいは意表を突いて三輪車でもいいかもしれない。本人が良ければ。
道はそこから始まり、終着点まで寄り道しても構わない。





ものごとはそのように動いている。






しかし賽が投げられたことに気がつかないことなど往々にしてあることだ。

結果、自分の動きに伴った結論を逃してしまい、不意の結果に戸惑いを覚えることもある。
だからこそ人は多くの課程に気付かなくてはならない。
その賽に意味を見出さなくてはならない。
賽の目は結論であり、課程でもある。
終着点でもあり、通過点でもある。

共通しているのは賽は賽を呼ぶということ。
終わりはない。
自分に無関係なところにも賽は飛んでいく。呼ばれてくる。



刮目せよ。
終わりなど課程に過ぎない。

心に留めよ。
自分は既に投げられている存在であることを、今もまた投げられ続けている存在であることを。




現実感の見いだせないこの世界こそが現実であることを忘れてはならない。
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[日記]それでも明日はやってくる

2008年06月14日 | 日記
どうも、前回は盛大に(自分の一部分を)ぶちまけてすみません・・・


あのあと友人からコメントや電話、メールをいただき、少し回復しました。足跡を見ると毎日チェックしてくてる人がいたりと、うれしいです。

けど、やっぱり楽しいことを楽しいと感じなかったり、何もせず、あるいは無意味な動作を何時間も繰り替えしたりといった感じです。
現実逃避にとゲームに走り、気がついたら6時間なんてこともざらです。

いかんなぁと思いながらも、こうして文章を書こうという気が起きているということは、少しは前向きになってきているようです。



結局、金曜日は大学は休みました。
インターンのこととかもあるのですが・・・



とても親しい人間との間でしかメールしなかったり、それでもやっぱりこちらから送るということはできなかったりと、やっぱり精神的には不安定ですね・・・。
返信はしますが、新規でメールはまずないです。

正直、人と会うこともつらいです



それではまずいので、水曜日にカウンセラーの人と会ってきました。
無論、そのこと自体家族にも話していませんよ。

本来、一時間くらいの予定だったようですが、ツボに入ってしまったので2時間くらい話をしていました。

話してみて、やはり自分は結構追い詰められているみたいですね・・・泣



本来は僕ではなくて当事者たちが解決する問題なのですが、立場上僕も渦中にいなくてはならないのです。
その結果として、大学生活の自由は殆ど無くなりました。




もう疲れた。

正直人生やめたいと思ったことは数知れないよ

でも、自分のことじゃなくて巻き込まれただけなのに、そういう結果を招いたら悔しい、ひどく悔しい。

だから泥をすすっても、まだ生きていようと思います。
相変わらず先は見えませんけど、けどいつかは良くなると信じるしかないんですよね。


明けない夜はないと言いますが、朝のない夜は日に抱かれることもまたありません。
明日のかたちがいびつなのは、すでに諦観でしかないと
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