ウツとネガポジな日常

鬱と癌と共存中のオバサンの日記

再構築~親と私

2016-12-28 14:06:27 | 日記
生まれ育った環境や親の在り方で形成された人格が、歪んでいたり間違っていて、それを“普通”と信じこまされ大人になってしまった。

社会に出て働き始めた時、他人と自分の違いに戸惑ったものだった。

ほんの5年前カウンセリングを受けるまで自分が虐待されて育った子供だとすら知らなかった。

いや「ウチって普通じゃない」とはうっすら感じてはいたのかも。

ただ、とても幸いな事に幼稚園にあがるまで祖父母に溺愛されて育ててもらえた。

もしも祖父母が居なかったら、多分私は生きていられなかったと思う。

誤った自己認識を修正し、人格の再構築に費やし今に至るのだけど、なかなか身に染みこんだ自己否定や低い自己評価は、何かと顔を出して邪魔をする。

特に恋愛に関しては、親が離婚して呪いのように父親の事を悪く言い、私の大嫌いだった30年以上付き合っていた親の彼氏との思い出を聞かされる度に嫌悪感でいっぱいだった。

この彼氏、親が居ない時に合鍵でウチに来て私は襲われそうになったり、なつかなくて可愛くないと叩かれたり最悪な奴だった。

子供心に“コイツが一緒に住むなんてことになったら絶対家出する”とか“居なくなればいいのに”と何度も思った。

結局、30年以上付き合っても相手が“姉に問題があって結婚出来ない”と言われたらしく、一緒に住むでなし“今のままで付き合っていたい”と言い続けたみたいで、結局親から別れたみたいだった。

だからか、私の恋愛が上手くいっていると不機嫌になり恐ろしく意地悪になった。

親じゃなく、ずっと女だったんだと思う。

そのせいかどうか自分でも分からないけど恋愛には極度に奥手な人になってしまった。

人生やり直し、生き直し、全ての再構築は今も継続中です。

時々、自分でもビックリするくらい子供みたいな部分が現れたり“アナタ幾つなの?”って思うくらい乙女なこと思ったりしてる。

だけど、自業自得は言え1人また1人と恋人も友達も親戚すら離れていってしまった親は可哀想だと思う。

でも、一緒に居たら現実を知ってしまった私には、もう耐えられないと思う。

同居なんてしたら多分、狂うか生きてけない。

親はなんて可哀想な人生を選択したんだろう。

だけど、彼女は悪いのは全て自分以外だと思ってる。

そして見返りを常に求める人。

誰かに食事をご馳走する、何かをプレゼントしたら“優遇してもらう”“自分の言うことをきく”のが当然と思う。

友情、愛情は“モノ”や“お金”ではかる人。

自分以外の人の話しで必ず出てきた言葉が「~してあげたのに」「~してあげたでしょ?」 彼女にとって自分が絶対正義だと思ってる台詞だ。

だから、言うことをきくのが当然、お礼をして当然なのだ。

私が居ることで悪い部分は全て私に吐き出し外では“良い人”を演じ続けることでバランスをとってた親。

親もまた、人生の再構築をしてるのかも。

あのネガティブの塊のような呪詛のような感情を、どうやって解消してるんだろう?

怖かったのが私の顔を見ながら「私の目って~でしょ?」と、私の顔や私のした言動、行動を自分の顔や自分がしたり言ったりしたかのように話すようになったこと。

その話しをして以来会ってないけど怖かったよ・・・


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