DIARY yuutu

yuuutunna toki no nikki

永遠のもののために生きる修行者が、自分を持て余す

2017-05-15 08:30:50 | 日記
(1)
永遠のもののために、生きる。
それが何かは未だ不分明。
しかし永遠のものの存在の予感はする。
修行者として生きる。
つらい道だが、矜持を持っていきたい。
この世を超えたもの、永遠のものに、あこがれる。
それは、エミリー・ディキンソンの「不滅の生(immortality)」に、似る。
この世は嫌いだ。

(2)
実は、自分が何なのか、よくわからない。
自分とは、形式としては《感覚の揺らぎ、感情、欲望、意図》である。
だが自分の内容の根拠は、相当程度、自分の外にある。
「不確かなのに、頑固で、コントルールがなかなかきかない、ここに今、出現する《感覚の揺らぎ、感情、欲望、意図》」、その内容こそが、自分である。
全く、持て余す。
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