DIARY yuutu

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谷川俊太郎(1931-)「十二月」 『谷川俊太郎詩集』(ハルキ文庫)(1998年)

2016-11-07 23:59:16 | 日記
 十二月

おかねでかえないものを わたしにください
てでさわれないものを わたしにください
めにみえないものを わたしにください
かみさま もしもあなたがいらっしゃるなら
ほんとのきもちを わたしにください

どんなにそれが くるしくても
わたしがみんなと いきていけるように

《感想》
①「十二月」には、サンタクロースからの贈り物を、受け取ることが出来る。
②ほしい贈り物の条件を、詩人は列挙する。

 (1)「おかねでかえないもの」
③「おかねでかえないもの」と詩人は言うが、実は、たいていのものは、「おかね」で買える。「おかね」がないと、本当に惨めである。
③-2 評者は、まず「おかね」で買えるものがほしい。この詩人は、不思議な人だ。きっと、「おかね」があるのかな?
③-3 そうではない、彼は《商品として売っていないもの》がほしいと、言う。

 (2)「てでさわれないもの」
④「てでさわれないもの」と詩人は言うが、物体は手で触れることが出来る。詩人は、《物体でないもの》が、ほしい。
④-2 後述((3)-2、(3)-3)のように、この「てでさわれないもの」は、《抽象的概念》である。《抽象的概念》は、イデアor類概念であり、「てでさわれないもの」である。
④-3 そうでありながら、《抽象的概念》は、それ自身をてがかりに、《具体的個物、具体的事態》を、指し示してもいる。
④-4 だから詩人は、「めにみえないもの」をほしいと言いながら、本当に彼がほしいのは、《抽象的概念》でなく、《具体的個物、具体的事態》である。

 (3)「めにみえないもの」
⑤「めにみえないもの」とは何か?
(ア)音声は、眼に見えない。
(イ)香りは、目に見えない。香りの源は、目に見える。
(ウ)空気は、目に見えない。
(エ)味は、目に見えない。ただし味をもたらす食物は眼に見える。
(オ)触れることが出来る物体は、目に見えるが、触れるという感覚自体は、目に見えない。
(カ)自分の頭の後ろや背中は、鏡がないと、あるいは写真やビデオに撮ってもらわないと、見えない。
⑤-2 だが詩人は、「めにみえないもの」で、感覚の問題を論じているわけでない。

 (3)-2 抽象的概念、すなわちイデアor類概念そのものは、「めにみえないもの」である。
⑤-3 抽象的概念(=言葉が指し示すもの)それ自身は、「めにみえない」。抽象的概念は、イデアor類概念であるから、「めにみえない」。
⑤-4 他方で、抽象的概念は、それを手掛かりに、具体的個物、具体的事態を指し示す。
⑤-5 詩人がほしがる「めにみえないもの」は、抽象的概念である限りで、イデアor類概念として、「めにみえないもの」である。

 (3)-3 抽象的概念は、それ自身をてがかりに、《具体的個物、具体的事態》をも指し示す
⑤-6 しかし、抽象的概念は、それ自身をてがかりに、《具体的個物、具体的事態》を、指し示してもいる。(④-3参照)
⑤-7 だから詩人は、「めにみえないもの」をほしいと言いながら、本当に彼がほしいのは、《抽象的概念》でなく、《具体的個物、具体的事態》である。(④-4参照)

 (4)「ほんとのきもち」
⑥詩人は「かみさま」に、「ほんとのきもち」をくださいと言う。
⑥-2 「ほんとのきもち」は、確かに《商品として売っていないもの》という意味で「おかねでかえないもの」である。((1)参照)
⑥-3 ただし「おかね」がないため、“恥欠く義理欠く人情欠く”という状況に陥り、「ほんとのきもち」を失うこともある。

 (4)-2 「ほんとのきもち」とは《人と人との愛や信頼》である
⑦ そもそも「ほんとのきもち」とは何か?
⑦-2 それは「みんなと/いきていける」ために不可欠のものである。
⑦-3 それは、《商品として売っていないもの》という意味で「おかねでかえないもの」だろうが、「おかね」で色々な財・サービスを購入して条件を整えないと、失われてしまう心配もある。
⑦-4 「どんなにそれが/くるしくても」、「みんなと/いきていける」ために不可欠の「ほんとのきもち」とは何か?
⑦-5 おそらく詩人は、《人と人との愛や信頼》をイメージしているのだろう。

 (4)-3 「ほんとのきもち」は「てでさわれないもの」か?
⑧「ほんとのきもち」は、《抽象的概念》である限りで、「てでさわれないもの」である。((2)参照)
⑧-2 ただし抽象的概念は、それ自身をてがかりに、《具体的個物、具体的事態》を、指し示してもいるから、
「ほんとのきもち」(=《人と人との愛や信頼》)は、具体的人、具体的状況の全体でもあり、この限りでは、「てでさわれないもの」ではない。
⑧-3 「ほんとのきもち」は、《手でさわれる》具体的人、具体的状況でもある。

 (4)-4 「ほんとのきもち」は「めにみえないもの」か?
⑨「ほんとのきもち」は、《抽象的概念》である限りで、「めにみえないもの」でもある。((3)参照)
⑧-2 「めにみえないもの」の場合も、「てでさわれないもの」の場合と、事情は同様である。
⑧-3 すなわち、抽象的概念は、それ自身をてがかりに、《具体的個物、具体的事態》を、指し示してもいるから、
「ほんとのきもち」(=《人と人との愛や信頼》)は、具体的人、具体的状況の全体でもあり、この限りでは、「めにみえないもの」ではない。
⑧-4 「ほんとのきもち」は、《目に見える》具体的人、具体的状況の全体でもある。

 DECEMBER

Please give me a thing that I cannot buy by means of money.
Please give me a thing that I cannot touch by means of my hands.
Please give me a thing that I cannot see.
God, if you would exist,
Please give me a true heart,

In order that though it brings me much pains,
I can live with all other people.
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