DIARY yuutu

yuuutunna toki no nikki

(1) 心、(1)-2身体、(2) 理解、(3) 言葉(物に対象化された心)、(4) 理解(続)、(5) 言葉(人工物)、(6) 共体験、(7) 意味(体験・出来事等の共通の重なり) 

2017-06-15 18:48:37 | 日記
(1)身体の向こう側に心がある
 相手の目(身体)の向こう側に心がある。
 「目は心の窓」だ。
(1)ー2 厳密には身体も感覚の内にある限り心に属する
 ただし身体が相手の感覚の内にある限り、身体も心の一部である。
 身体を含む物の世界とは、私の感覚(心)と相手の感覚(心)の直接の出会い・接触を始原・根源・根本として、連続的広がりにおいて共通の世界(物世界)となる。
(2)相手(の心)の理解
 ところで相手の心について何かが分かるとは、どういうことか?
 つまり相手(の心)を理解(了解)するとはどういうことか?
(3)言葉は心そのものである(ただし物に対象化された心)
 指図に従うというケースを取り上げよう。
 相手の心は言葉で示される。
 相手は「ある行為をせよ」と指図する。
 相手の心の見える部分は、言葉である。
 言葉の背後に相手の様々の感情・意図があるにせよ、言葉は心そのもである。
(4)相手の心の理解:①言葉が指示する内容(言葉の意味)が分かること&②相手の感情・意図がわかること
 では相手の心を理解したとはどういうことか。
 ①まず、言葉の意味がわかることである。ここでは、言葉が指示する「ある行為」の内容がわかり、「せよ」という相手の感情・意図(意図は一種の感情)が分かることである。
 ②つづいて相手の感情・意図に、こちら側が反応する。ふつう相手の意図に同意し「従う」との言葉が表明されることが、相手の心を理解したことだとされる。
 ②ー2 この場合、①が成立していれば、相手の意図を拒否しても、相手の心の理解(①の水準)は成立している。
 かくて理解とは、①の出来事をさす。
(5)《言葉》:物世界に対象化された心or心の対象化である物orいっさいの人工物
 ここで言葉とは物世界に対象化された心、言い換えれば、心の対象化である物のことである。心の対象化である最広義の言葉は、普通の言葉のほか、身体の動き、表情、痕跡、建築物等、いっさいの人工物からなる。
 相手により語られた言葉とは、相手により産出されたいっさいの人工物である。その言葉の指示する意味(繰り返される体験・出来事・事態・対象・物等の共通の重なり)が分かり、相手の意図・感情がわかれば、相手の心を、相手を理解・了解したことになる。
(6)直接の出会いのうちでの共体験
 相手の言葉の指示する意味が分かるとは、意味(繰り返される「体験・出来事・事態・対象・物等」の共通の重なり)を共に体験することが、根源or始まりor基礎において、なければならない。相手と私はまず現在、この場に、相対して、共にいなければならない、そして共体験しなければならない.
 この状況こそ、相手の言葉の意味が分かるための、つまり相手の心を理解するための根源、始まり、基礎である。
 そして相手の感情・意図が、言葉(物世界に対象化された心or心が対象化された物orいっさいの人工物)から分かる為には、感情・意図が直接の出会いのうちで共体験されねばならない。
(7)《意味》:繰り返される「体験・出来事・事態・対象・物等」の共通の重なり
 なお意味とは、繰り返される「体験・出来事・事態・対象・物等」の共通の重なりのことである。
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