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田村隆一(1923-1998)「秋の山」『緑の思想』(1967年、44歳):「国家と文明と人類」が、「はっきり見える」ことは「悲哀」だ

2017-01-03 13:30:52 | 日記
 秋の山

遠くのものが近くなる
夏が沈黙の喊声をあげて飛び去る時

この透明度には危険なトリックがありそうだ
遠くのものが近くなる時

近くのものは見えなくなる
国家と文明と人類は

近いものか
遠いものか

それに
はっきり見えるおれたちの悲哀は

《感想》
 「秋の山」は、一方で、空気が澄み、「透明度」が深まり、「遠くのものが近くなる」。
その情景は、「危険」である。夏はわかりやすく、遠くのものは遠いのに、今や「遠くのものが近くなる」という「トリック」。
明瞭で安全な夏は、「危険」を察知し、押し黙って逃げ去る。「沈黙の喊声をあげて飛び去る」。
 他方で、「遠くのものが近くなる」と、「近くのものは見えなくなる」。
 さて、主題は、「国家と文明と人類」。
 これらは、「近いものか/遠いものか」?
《「遠くのもの」》が近くなって、それらが、はっきり見えるのか?
「近くのものが見えなくなる」はずなのに、《近いまま》、それらが、はっきり見えるのか?
いずれにせよ、「おれたち」には、それらが、「はっきり見える」という「悲哀」。
「国家と文明と人類」が、「はっきり見える」ことは「悲哀」だと、詩人は、思う。
だが、その「悲哀」は、実は《遠い》ものにすぎないのか、それとも、あまりに《近い》ため気付かれないのか?

 MOUNTAINS IN AUTUMN

Distant things become near, when summer flys away giving the war cry of silence.
This transparency seems to have a dangerous trick, when distant things become near.
Near things become invisible.
The nation and civilaization and mankind——Are they distant or near?
In addition, our sadness that we can see them clearly——Is it near or distant?
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