「長命丸(上)」柳家喜多八の場合
柳家喜多八師匠の「長命丸(ちょうめいがん)」という噺を、ご紹介します。
ちょっと、艶っぽいというか、破礼(バレ)噺です。
でも、やっぱり、この、人間てなぁね、何か、この辛い時ってなぁ、
溺れる者は、藁にも、藁をもを掴むじゃないけど、すがるじゃないけど、
何か、そういうのに、こう、手ぇ出しちゃうんですな、思わずねぇ。
何もねぇ、これ、今だけじゃないっすよ、昔っから、そういうね、
何か怪しげな薬ってなぁ、あったんですよ、実は、えぇ。
江戸時代にも、あったんですな。
ことに、これはねぇ、両国にねぇ、四つ目屋という店があった。
これ、屋号ですよ、四つ目屋、うん。
で、間口は広いんだけど、地べたまで、こう、暖簾が、
深ぁく垂れ下がってましてねぇ。
何を売ってるなんてことは、何にも書いてない。
なんとなく、薄暗っくて、ただ、ただ、暖簾に、白く、四・つ・目・屋と
こう、染め抜いてあります。
で、買いに来る人が、なんとなく、堂々と入ってこねぇんですな。
なんか、こう、世間のね、様子を気にしながら、
......... すっと、入ってくる。
すっと、店の方は、店の方でね、
「えー、いらっしゃいまし。
まいど、ありがとう存じます。」
なんてなことは、決して、言わないんですねぇ。
ただ、ただ、目で合図するだけなん...。
「.............。 あ、あれ、もらおうかな。」
そういう商売、うん。
ここでは、いろんな薬を売ってたんだけど、...。
もちろん、ご婦人も、買いに来たんですよ、うん。
ご婦人でも、特に、後家さんなぞは、大変な、ご贔屓だったってますけども、...。
まして、ご婦人ですからな、男みたいに、なおさら、なおさら、
それより、もっと、堂々と入ってこない。
顔なんぞ、分かんねぇように、ぐるぐる巻きにしてね、えぇっ、
なんか、ここしか、開いてないような格好(かっこ)して、
「あれ、ください。」
えぇ、ここで、だから、その、売ってた薬で、ことに、その、有名だったのに、
長命丸なんてなぁ、あったんすなぁ。
いぃい名前ですな、この、長命丸、ねっ。
字で書くってぇと、なにしろ、長い命の丸薬(がんやく)という意味ですから。
江戸見物に来た人が、これ、長生きする薬だと思って、
間違って、買ってったって話がありましてね。
「ちょっくら、ごめんくだせやぁっ。
ちょっくら、ごめんくだせやぁっ。」
「い、いらっしゃいやし。」
「あの、聞いてきたんだけんどよぉ、四つ目屋っての、ここの、こときゃぁ？
あぁ、そうきゃぁ。
あんで、あのなぁ、長命丸とかいう、結構な薬が、あるってなぁ。
ははっはぁ。
あっかぁ？」
「もう少々、お静かに願いたいんでございますが、えぇ。
えぇ、ございます。」
「あぁ、そうきゃぁ。
見してもらいてゃなぁ。
ぇえ、どの薬だ、ぇえ。どの薬だ。」
「ちょいとお待ちを、えぇ。
こちらんなっております。」
「ああ、この薬きゃえ。
えかく、まぁ、ちっけぇもんだなぁ、これ、なぁ。
で、いかほどだい？ ぇえ。
値は、いかほどだ？
ぇえ、あんだ。
あんだってぇぃ？
たった、これっぱかりで、そぉだにたけぇけ。
えっかく、また、たっけぇ薬だなぁ、こりゃぁ、なぁ。
ぶったまげたなぁ、こらぁなぁ。
まぁ、もっともなぁ、おらが、長生きできりゃぁ、これ、文句は言えねぇねなぁ。
かえって、安い買いもんだ、こらぁねぇ。
じゃ、もらいますよ、これ、ねぇ。
で、どうすっだ、これ、ねぇ。
おらが、飲みゃいいかねぇ、これ。
飲むだきゃねっ。」
「あっ、これねぇ、んんっ、これ、の、飲むんじゃないんですよ。」
「あっ、飲むんじゃねぇっけ。
どうすっかい？」
「え、ですから、あの、んんっ、あの、ぬ、塗っていただくんで。」
「あぁ、塗るっけ。
へぇえ、どこさ、塗っかねぇ。」
「え、でござんすからね、あの、つまり、その、この、
つまり、その、んんっ、あぁた様のねぇ、その、んんっ、
倅(せがれ)さんの頭に塗っていただくんで。」
「あんだぁ？
倅の頭に塗るってぇと、効くってか？
はぁ、不思議な薬があるもんだなぁ。
そうけぇ、じゃ、もらいますべぇや。」
この人は、国へ帰るってぇと、
「倅ぇ、倅ぇ。」
「おぉ、とっつぁん、よく、けぇってきたな。
どうだった、江戸見物は？」
「いや、えかくぅ、面白かったぁ。
おめぇ、江戸ってなぁ、てぇしたとこだなぁ。
やぁ、えかく、面白かった。
でなぁ、土産、買ってきたぁ。
あっ？
おらのための、薬だ。
んー、見ろや、これだ。
ひっひぃ、これ、長命丸っつってなぁ、はっはっはぁ。
おらが、おめぇ、長生きできる薬だぁな。」
「ありっ、良かったねぇ、とっつぁま、えぇ薬があってよぉ。
やぁ、とっつぁまが、長生きしてくれりゃぁ、
俺、ますます、こりゃ、親孝行できるで。
そうけ、そりゃ、良かった。
じゃ、これ、はえぇとこ、飲んでな、長生きしておくんなせぇな。」
「んっ、それがなぁ、倅。
この薬はなぁ、飲むではねぇだ。
塗るだな。」
「あぁ、塗るって、どこさ、塗るかねぇ？」
「よく、聞けや。
これをなぁ、我の頭に、塗るてぇと、おらが、長生きできるだよ。」
「......。
ふっ、ふん、ふんがっ、... な、何、馬鹿なこと、言ってるだぁに。
なんだって、おらに塗って、とっつぁまに、効くだねぇ。」
「いやっ、そこが、この薬の、ありがてぇとこだ、なぁっ。
じゃ、親孝行のためだ。
頭ぁ、貸せや、あっ。
頭ぁ、出せや。」
「あ、そうかねぇ。
そりゃ、親孝行のためだかんねぇ。
貸さねぇことねぇけんどねぇ。
なんか、まちげぇてねぇべかなぁ。
そうだな、馬鹿なこと、ねぇと思うけんど。」
「ぐつぐつ、言うんでねぇど。
早速、塗っから、いごくなやぁ。
だけど、なんだなぁ、われの頭、鉢がでけぇからなぁ、
これっぱかりでは、すぐに、なくなっちまう。
もったいねぇやなぁ、こらなぁ。
えごくなっつっだよ。
塗りにくかんべぇなぁ。
えごくなっつのが、分かんねぇか、この野郎は。」
「ちょっと、待ってくれ、とっつぁま。
なっ、なんか、変だ。
なんか、まちがいてねぇべかねぇ。
いや、おかしいって。
いや、なんだかしんねぇけどねぇ、
おら、頭、かっかかか、かっかかかしてなぁ。」
「ぐずぐず、言うでねぇってよ、なぁっ。
こんなもんで、よかんべかな。
あはっ、よしっ。
これで、済んだ、済んだ。
あっ、これで終わった。
あぁ、これで、おらが、長生きできるだぁ。」
その場は、それですんだんですがね。
ぐっすり、寝込んだ真夜中、何故か、倅さん、
頭だけが、むっくり、起き上がってたってんで、...。
.......。
それだけの話で、ございます。
http://raku5kobanashi.seesaa.net/article/188046073.html より
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