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三遊亭円生の噺、「長崎の赤飯」

2015年05月16日 | 落語・民話


三遊亭円生の噺、「長崎の赤飯」(ながさきのこわめし)によると。
 

 日本橋金吹町金田屋(かねだや)金左衛門宅では親父が、

勘当した息子・金治郎はその後、

家を出てそれっきりになってしまった、

と愚痴をこぼしていた。

母親は、私は勘当した覚えがないので、この様に手紙が来ております。

見ると親子の情が溢れていた。

 勘当となったので、母親は息子を伊勢の伯父・弥左衛門の所に預けた。

その弥左衛門は九州長崎に商用に出掛けるのに金治郎を共に付けた。

長崎では一番という回船問屋「長者屋」に世話になったが、

そこの一人娘・お園に”恋患い”されてしまった。

勘当の身であったので伯父が親代わりになって祝言を挙げ、

今では子供も出来るまでになった。

 番頭・久兵衛を呼び、京屋島屋の赤紙付きで、長崎に手紙を出した。

金治郎は手紙を開けると、「父親が大病で、取り急ぎ帰って欲しい」という文面。

女房に話せば2~3日は延びる、それでは死に目に会えないかも知れないと、

手文庫にこの手紙と書き置き2通を残し、江戸に旅立った。

 江戸に着いてみると、親父は元気、商売繁盛している。

安心してみると長崎の事が心配になって、帰りたいと懇願した。

 親父は番頭と相談すると、親子の情は深いもの、

一度帰ってしまえば戻ってくる気はないでしょう。

留めておくにはお嫁さんを世話をして、所帯をこちらで作ってしまいなさい。

特に逃げないように美人の嫁さんを探しましょう。

と言う事で探すと、背負い小間物屋重兵衛の話で、

八丁堀岡崎町・町方取締り与力渡辺喜平次様の娘でお市様が良いと思います。

町家でも良いというので、父親は挨拶に出掛け会うと歳は十七、絶世の美女。

 息子に話をすると長崎のお園がいると納得しない、

しかし反対すると長崎には行けない。

早急に一緒にさせたいと回りは動き始めた。

 長崎のお園さんは、亭主が居ないので方々探し、部屋の手文庫を開けると手紙が出てきた。

「親父が重病で江戸に帰るが、落ち着いたら戻ってくるので、その間身体には気をつけるように」としたためられていた。

その話を婆やに相談すると「もう、お帰りにはなりません。故郷はいいもの恋しいもの。貴女が迎えに行けばいい事で、親に相談すれば反対するが道理。

女房は殿御に付くのが幸せです、私もお供しますから、直ぐに旅支度をして出掛けましょう」と相談が決まった。

 江戸に向かったが、当時の女の旅はそんな簡単な事ではなかった。

途中バカンにされて、モジモジしながら、

悪さをする男達に騙され婆やと離ればなれになってしまった。

 これでは旅が続けられないと、お園さん美人では男が寄ってくるのは当たり前と、

乞食に頼んで衣装一式を買い求め着替え、

着ているものはコモに巻き込んで、背中に背負った。

顔には梅干しのタネを抜いたのを貼り付け腫れ物のようにし、

黒い膏薬状のものを貼った。

どこから見ても天刑病で顔が崩れ乞食をしているように見え、

近づくのもはばかれた。

 しばらくして江戸に入って来た。

日本橋金吹町はと道案内を請うとここだという。

質両替商金田屋はと言うと、その前に立って尋ねていた。

400里もの距離を来たので嬉しさのあまり前後を忘れてしまった。

お園さん、今では八月の身重、どう見ても良い格好ではない。

ここで着替えて店に入れば良かったのだが、会いたさ一心で前後を忘れ飛び込んでしまった。

飛び込まれた方は驚いた。

 丁稚はけんもほろろ。

番頭が堀ノ内で遊んだ女だと丁稚に言われて会ったら、

園だと挨拶を受け、驚く番頭。

五十位のスゴい女だと主人に御注進。

大坂格子から店先を覗くと、化け物のような女乞食が居た。

親戚には御披露目が出来るような容姿ではないので、金治郎は出掛けているのを幸いに、死んだ事にしようと話が決まった。

菩提寺の霊巌寺に葬ったとの嘘に、

お園さんビックリするやら落胆するやらしている所に、

本人の金治郎が帰って来た。


 嬉しさよりも悔しさが先に立って、胸元にかじりついた。

「誰が死んだ? 何だお前、長崎のお園じゃないか、

 まァどうしたんだそのなりは、まァまァとにかくまァ、・・・

 大丈夫だよ、あたしは逃げやしません離しておくれ。

 苦しいから離しておくれ」、

(オチ)、「離(話)したいけれども、あんまり長うなるによって、今度の会でまたゆっくり話します」。


<前半ここまでが円生通常の切れ場>


 上図「東海道五十三次之内 原」広重画部分 ホコリ除けに着物の上から揃いの浴衣をはおり赤いしごきで結んでいる。

 

 (前段オチを飛ばして)若旦那はお園さんを抱きかかえるようにして裏の湯殿に案内し、

旅の汚れと膏薬を洗い流し、

髪も結い直し持参した着物に着替えて御菩提所から帰った母親と父親の前に出た。

がらりと様子が変わったお園さんにみんなビックリ、大喜び。

 そこに重兵衛さんが婚礼の日取りを相談にやってきた。

二重の嫁に金左衛門も困って「釣り合わざるは不縁の始まり。

武家と商家では釣り合いませんでしょうし、将来にもめ事が起こるでしょうから、この話は無い事に・・・。

もし、怒ったって付き合いをしなければいい」と番頭に言いつけた。

不実な応対に怒った重兵衛さん、番頭の頭を殴り付けておいて渡辺喜平次に取り次いだ。


 渡辺喜平次、金田屋に出向き、お園さんを召し捕ると言って駕籠に乗せて連れて行ってしまった。

 驚いたのは金田屋、200両の金を持って、丁重に詫びを言って返して貰うように使いに出した。


 渡辺喜平次は、長崎から来るには関所を通らなくてはならない。

今回江戸に来ているのは関所破りの疑いがあるので大罪、取り調べる。

また、今日は日柄も良い、よって今宵にお市を輿入れさせる。その様に申し伝えよ。


 金左衛門、邪が非でもと言うのでは仕方がない。

お市さんが来るので、それなり以下の婚礼料理を用意し、待つより仕方がないであろう。

金治郎にはお市さんを迎えてから、釣り合わないからと言って追い出せばいい、

それまでの我慢だと納得させた。

 その晩、松屋橋まで出迎えると、駕籠の脇に渡辺喜平次が付き添っていた。

部屋に入り着座すると、渡辺喜平次は丁重な挨拶をして、「ここでお引き合わせをいたします」と言って、娘の綿帽子を取るとお市さんではなくお園さんであった。

驚くみんなであった。

料理を変えるように指示する親父であった。


 渡辺喜平次言うには「話を聞いた時は怒りがこみ上げてきたが、お園殿の話を聞くと『夫恋しさのあまり、艱難(かんなん)辛苦やって来た』と、・・・まるで貞女。

わしも娘を持つ身、その心は分かる。

しかし、関所破りの件があるので、お園殿を我が家の養女とし、市の名で嫁入りさせた。

娘は剃髪して尼になると言う、これも天命と思う。

長崎の長者屋は跡取りが無いというので、最初の子を長者屋に出して跡を取らせよ。

また、当家は金治郎と市で跡を取ればよい。

これを渡辺喜平次の寸志として受け取って欲しい」。

誠に目出度いと舞いを舞った。

家内の者涙にくれるのであった。

 月が満ちて、最初の子は男の子が産まれ金太郎と名を付た。

乳母と屈強な男3人を付けて長崎に送った。

初節句に十間店の武者人形を贈った。

そのお返しに長崎から赤飯が届いたであろう。

 

     

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