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三遊亭円楽の噺、「赤垣源蔵」

2014年08月13日 | 落語・民話

三遊亭円楽の噺、「赤垣源蔵」(あかがきげんぞう)によると。

 

 芝の汐留に塩山伊左衛門が住んでいたが、この人赤垣源蔵の実の兄であった。

名字が違っていたが養子に出ていて兄弟であった。

 源蔵は雪の降りしきる中、伊左衛門の屋敷に徳利を下げて訪ねた。

伊左衛門は脇坂淡路守様の屋敷に行ってて留守であったが、奥方はまた金の無心かと仮病を使って居留守を決め込んだ。

 それならと、兄の居間に上がって、下がっていた兄の紋付きと酒を酌み交わした。

酒飲みの源蔵が珍しく酒を残し、着物と思い出話をして帰っていった。

 遅くなって伊左衛門が帰ってきた。

弟のことを聞くと奥様の応対の悪さを悲しみ、その夜は好きな酒も飲まずに布団に入ったが、寝酒無しではなかなか寝付かれなかった。

明け方にウトウトしたが眠れずに朝になった。

 その頃、源蔵は本所松坂町で吉良の首を取っていた。

 明けて、元禄15年12月の15日のこと、朝から街中が騒がしかった。

 赤穂の浪士達が吉良邸に討ち入り、仇を討ったと騒いでいた。

隊列は今、仙台様の屋敷前で休んでいると言う。

兄・伊左衛門は引き上げる隊列に源蔵を確認したかったので、下働きの市助を呼び確認に走らせた。

 隊列に追いついた市助は源蔵を見付け労をねぎらった。

その時、吉良を見付けた時にならす呼子を兄への形見だと渡し、大石良雄から、もし討ち入りの時体調が悪ければこの薬を飲めと渡されていた薬を病弱の奥様に、所持金の5両を市助にと渡した。

「お言付けは」と、問えば「無い」と言う。重ねて聞くと「未練なものだなぁ。兄上に逢えなかったのが無念だと伝えてくれ」。

 伊左衛門は、市助の帰りを待っていた。

隊列の中に源蔵がりりしい姿でいたことを報告。

昨夜、最後の別れをしに来たのに、自分も女房も逢ってやらなかったことを深く後悔した。

 源蔵を偲んで、昨日飲み残した酒を飲んでいたら、同輩が噂を聞きつけて、徳利を見せてくれと集まってきた。

あやかりたいと一口ずつ飲んでは帰っていった。

酒も無くなり、水を足して供応した。

その噂を聞きつけた脇坂の殿様が見たいとご所望。

桐の箱に入れられ貧乏徳利も福徳利に出世。


 赤垣の徳利の別れの一席でした。

 


  

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