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【桂米朝さん死去】「何ちゅうええ空間や…」後進うならせた落語家の理想形

2015年03月20日 | ニュース

【桂米朝さん死去】

「何ちゅうええ空間や…」後進うならせた落語家の理想形

 5年前の秋、文化勲章受章を記念したDVD発売会見でのこと。桂米朝さんは車いすで登壇したが、質問に的確に答えられる状態にはなかった。

 高座姿の米朝さんを見たのは平成14年、旧サンケイホール(大阪市北区)閉館前の独演会での「厄払い」が最後。でなければ、遡(さかのぼ)ること約30年。一門伝統の京都・安井金比羅宮の勉強会での凛とした姿だ。「老い」に凌駕(りょうが)されつつある大看板に、内心ショックでいっぱいだった。

 5年ほど前だったか、ラジオ局ではこんなこともあった。司会者が差し入れた大阪の十三・喜八洲(きやす)総本舗のまんじゅうを、米朝さんはほおばっていた。「私ね、甘辛ですねん。ここのまんじゅうに目がおまへんのや」。その振る舞いは希代の落語家ではなく、ごく普通の好々爺のそれだった。

 

 一門でも、晩年の米朝さんが表舞台に出ることに反対する人がいたと聞く。だが、米團治さんは「本人が『引退したくない』と言ったんです。ならば、素のままを見ていただこうと」。

 ある時、米朝さんが舞台に現れるだけで、会場全体がえもいえない心地よい“空気”に満たされることに気づいた。居合わせた笑福亭鶴瓶さんもこうつぶやいた。「何ちゅうええ空間や…」

 その時の感覚を、私は早世した筆頭弟子の枝雀さんが生前、理想とした高座姿に重ね合わせた。「こちらが黙ってニコッとしているだけで、お客さんも機嫌よくニコッとする。そんなんがよろしいなぁ」

 極めた者だけが醸し出す存在感。少なくとも最晩年の米朝さんは、愛してやまなかった筆頭弟子が語る落語家としての理想形を、本能的に体現していたと信じてやまない。(豊田昌継)

 

 

 

 

 
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