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三遊亭円生の噺、「大名房五郎」

2014年11月28日 | 落語・民話

 三遊亭円生の噺、「大名房五郎」(だいみょうふさごろう)より
 


  房五郎と言うのは、下谷車坂に住む大工の棟梁。茶席を作らせると、この人の右に出る者が無いと言う。

仕事も上手いが、今で言う、設計も優れておりまして、頭がいい。歳は二十九で、九代目の市村羽左衛門に生き写しと言う、誠にいい男です。

まだ、女房を持ちませんで、お大名や旗本のいいお得意はあるので、かなりの収入はあったが、年中火(し)の車と言う。

それは、居候を置きまして「ま、い~やな、俺ンとこへ来ていろ」と、年がら年中貧乏すると言う誠に変わった人でございます。
 余技に書画骨董の目が利いておりまして、見ると「こりゃこう言うもんでございます」とはっきり断定した。

目利きの天才でございました。

「あれはどうも普通の人間じゃァないね、大名の落とし子かじゃないか」なんてぇ事を言う。

そこで「大名房五郎」と言う渾名(あだな)が付きました。
 十一代将軍家斉が、天明七年三月に、将軍職に就きましたが、その五月から、大変な飢饉がありました。

昔は小判を持って行き倒れていたなんと言う話がありました。

人間何が苦しいと言っても、あの腹の減ると言うのは実に辛いもので、『ひもじさと、寒さと恋を比ぶれば、恥ずかしながらひもじさが、先』と言う。ま、人間お腹の空くと言うのは一番嫌なものです。

 「今帰ってきたが、暑いのは我慢が出来るが、坂本で親子の餓死者を見たが悲惨ですね」、

「米の値段は上がるし、居候が増えて大変だ」。


 「新寺町で吝嗇の質両替屋の万屋万右衛門から茶席を作る話があったが、親方は請けないだろうな」、と話をしていると房五郎が帰ってきて仕事はするという。

金が無ければ施しも出来ないし、居候も置けないという。

それにどうせ万屋に行くなら、母親の形見の最後に残った掛け軸を買ってもらうと持ち出した。

万屋は大変ケチであったが、古美術品の収集癖があった。良いものは楽しんだ後に高く売れるから損が無いという。

 最後まで持っていた形見の軸は、岩佐又兵衛の絵で、遠山が在ってその下に橋が架かって、傘を提げた人が描かれている、さっぱりとした風景画であった。
 「手放したくは無いが、50両で如何ですか。その金で、二人の連盟で施しをしたい」、

「私はヤダね。昔から施しと塩辛が大嫌いだ」、

「それと茶席も結構なもので、小切れを使って、驚くようなものを造って見せます」、

「お前さんに生き方について、どうこう言われたくない。食う物も無かった時から一代で築いた私だ。人の恩はいただかないし、恩を掛けたことも無い」、

「いえ、人は持ちつ持たれつと言いますから」、

「この掛け軸は高くは無いが、この位の物は蔵にいっぱい転がっているから今回は要らない。それから茶席も木っ端で造られたら、たまらないから造らない」、

けんもほろろに追い返されてしまった。
 帰ってきた房五郎は悔しくて我慢が出来なかった。

 半月程経った時に、ある屋敷から谷宗作牡丹の目貫の鑑定を依頼された。
 弟子に万屋に行って、谷宗作牡丹の目貫が有りますから、明日返すので、涼風の出る頃お越し下さいと言い付けた。
 「今日は夕立があるだろうな」。
 万屋は好きな物は別物、大変喜んで出掛けて来た。
 小さな庭を持った部屋に通されたが、そこには先日ケチをつけた、橋の上の人が傘を提げている軸が架かっていた。

谷宗作牡丹の目貫を惚れ惚れしながら見ていたが、稲妻が走って夕立になった。

万右衛門、厠から帰ってくると先程の掛け軸の傘を提げた人が傘を差していた。

周りの景色も雨に濡れているように見えた

黙って観ていたが、急いで軸をグルグルと巻いて箱に納め、売りたくないという物を強引に「言い値で買うから」と、雨の中逃げるように持ち帰った。

 ビショビショになって戻ると、弟子が追いかけ訪ねてきた。

「売り物では無いので、お返し下さい」、

「言い値の50両に10両付けて60両で買いたいと、棟梁に聞いてきてくれ」。

 「ダメなんです。売り物では無いのでお返し下さい」、

「それではもう10両付けて70両ではどうか、聞いてきてくれ」。

 「やはり、ダメなんです」、

「それでは・・・」。

80両が90両になって、100両になった。

 戻ってきた弟子が「それでは200両で、びた一文欠けてもダメだと言います。『200両だったら買わない』と言うだろうから、もらって帰って来いと言われました」、

値切りに値切ったがダメで「足下を見やがったな」。

渋々200両渡して弟子を返した。

 良くできた絵は、魂が入って絵から飛び出すこともある。

橋を渡る人間が傘を提げていたが、雨が降ると傘を差すという素晴らしい絵で、この噂を聞いた大名が買いに来るだろうから、値が上がって1万両となる。

と皮算用をしていると雨が遠退いてきた。

番頭達を呼んで、急いで長屋の者を料理付きで接待した。この噂が広まるための撒き餌であった。

 岩佐又兵衛の絵が傘をつぼめる。

外の天気と連動して・・・、

「そろそろですよ」、

「外は明るくなりましたが・・・」、

いっこうに変化が無い、

「外は雨も上がって、セミが鳴いています」、

万右衛門、泣きべそを?きながら、今に閉じると言い張るのだが・・・。

 そこに房五郎が現れ、「200両でどうしても買いたいと言った絵は偽物で、2ヶ月ばかり居候をしていた絵師が又兵衛そっくりに作った物。

本物はここに有りますから差し上げます。

金の使い方が分からない旦那に教えるにはチョットきつかったかもしれない」。

 「雨が降った時はそれを掛け、晴れの日はこちらを掛けて楽しんで下さい。あの200両で下谷、浅草の貧乏人に施してやったらたいそう喜んでた。旦那も気分が良いでしょう」。

「大儲けしようと思ったが、あの金は全部米になったのか」、

「ははは、旦那があんまりにも欲が深いから、貴方の金を食い物にしました」。

 

 

 

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