無理しないでボチボチ

ジョークとニュース間違え無いように  

全てNETのコピペで出来ています。不都合なものは連絡ください。

三遊亭円生の噺、芥川龍之介原作「お富の貞操」

2014年12月12日 | 落語・民話

 

三遊亭円生の噺、芥川龍之介原作「お富の貞操」(おとみのていそう)によると。
 

 明治元年五月十四日、「官軍は明日の夜明け、寛永寺に立て籠もる彰義隊を攻撃する。上野界隈の町家の者はそうそう立ち退け。」と達しがあった。下谷近辺の住民は雨の中、避難するのでごった返していた。午後の事、古河屋政兵衛の立ち退いた跡には、台所の隅に三毛猫が一匹うずくまっていた。
 戸を閉め切った家の中は真暗だった。勝手口の戸を開けたのは濡れ鼠になった乞食だった。彼は、人気のないのを見定めると、台所へ上って、後手に障子を閉めて顔の手拭をとった。膏薬も貼ってあったが、眼鼻立ちは立派だった。「三毛公。どうした。誰もいない所を見ると、貴様だけ置き去りにされたな。」
 乞食は独り笑いながら、猫の頭を撫でながら古浴衣から短銃を出し、引き金の具合を調べ出した。面ずれの顔から尋常でない素性が見て取れた。
「明日になるとな、三毛公。雨のやうに鉄砲の玉が降って来るぞ。そいつに当たると死んじまうから、明日はどんな騒ぎがあっても、縁の下に隠れていろよ。お前とも永い馴染だが、今日がお別れだ。明日はお前にも大厄日だが、おれも明日は大厄日だ。」
 今度は短銃へ、丹念に弾を装填している。

 乞食は人の気配を感じ、短銃をしまうと咄嗟に身構えた。入ってきたのは裸足に大黒傘を下げた、まだ年の若い女だった。女は勇気をだして台所の薄明りにじっと乞食の顔をのぞきこんだ。
「何だい、お前は新公じゃないか。」、「どうも相済みません。あんまり降りが強いもんだから、ついお留守へ入り込みましたがね、空き巣狙いでもないんですから。」、「驚かせないでよ。いくら空き巣じゃないと云ったって、厚かましすぎるよ。さあ、出ておくれ。わたしは家へ入るんだから。」、「へえ、出ます。姉さんはまだ立ち退かなかったんですかい。」、「立ち退いたよ。立ち退いたんだけれども・・・」、「何か忘れ物でもしたんですか。そこでは雨がかかりますぜ。こっちに入りなさい。」
 彼女は板の間へ腰を下し、泥足へざあざあ水をかけ始めた。乞食はじろじろその姿を眺めていた。彼女は色の浅黒い、田舎者らしい小娘だが、召使いに相応な手織木綿の一重物に、小倉(こくら)の帯、パッチリした眼元や、堅肥りの体つきには、どこか小娘らしい美しさがあった。
「この騒ぎの中を取りに返るのじゃ、何か大事な物を忘れたんですか。何です、その忘れ物は。え、お富さん。」、「何だっていいじゃないか。新公、お前、三毛を知らないかい。」、「三毛? 三毛は今ここにいたんだが、どこに行きやがったのだろう。」
 猫は棚の上にいた。「大事な忘れ物って猫ですかい。」、「猫じゃ悪いのかい。三毛、さあ、下りておいで。」、「三毛かぁ・・・」新公は突然笑い出した。
「何がおかしんだい。家のおかみさんは三毛を忘れて来たって、気違いの様になっているんじゃないか。三毛が殺されたらどうしようって、泣いて騒いでいるんだよ。私もあんまり可哀そうだから、雨の中をわざわざ帰って来たんじゃないか。」、「分かりました。もう笑いはしません。まあ、考へて御覧なさい。明日にも戦が始まろうと云うのに、たかが猫の一匹どうなったって・・・、おかみさん位、しみったれのわからずやはありませんよ。」、「お黙り。おかみさんの讒訴(ざんそ)などを言うと承知しないよ。」
 乞食は彼女の権幕には驚かなかった。雨に濡れ、ぴったり肌についているだけ、体の線が浮き彫りになった若々しい肉体を見ながら話し続けた。
「第一、三毛を探しに、お前さんをよこすのでもわかっていまさぁ。ねえ、そうでしょう。今じゃもう上野界隈で立ち退かない家はありませんや。して見れば町家は並んでいても、人のいない野原と同じだ。まさか狼も出まいけれども、どんな危い目にあうかも知れないと、云ったものじゃありませんか。」、「そんな余計な心配をするより、さっさと猫をとっておくれよ。戦も始まりやしまいし、何が危い事があるものかね。」、「冗談云っちゃいけません。若い女の一人歩きが、こう云う時に危くなけりゃ、危いと云う事はありませんや。早い話がここにいるのは、お前さんと私の二人っきりだ。万一私が妙な気でも出したら、姉さん、お前さんはどうしなさるね。」
 新公はだんだん冗談だか、本心だか、わからない口調になってきた。
「新公、お前は私をおどかそうって云うのかい。」、「おどかすだけならばいいじゃありませんか。肩に金切(きんぎ)れなんぞくっけていたって、タチの悪いやつらも多い世の中だ。まして私は乞食ですぜ。おどかすばかりとは限りませんや。もし本当に妙な気を出したら、お前さんどうしますね」
 お富は近くにあった傘を取り上げ、新公の頭にしたたかに打ち下ろした。「生意気な事をお云いでないよ。」
 お富は又、力一ぱい傘を打ち下したが、咄嗟に身をよけた。この騒ぎに驚いた猫は、荒神(こうじん)さまの棚へ飛び移った。新公は打たれながらも、傘を投げ出すが早いか猛然とお富に飛びかかった。新公は打たれても、引つ掻かれても、お富をねじ伏せようとした。やっと彼女を組みふせたと思うと、突然水口の方へ飛びすさった。お富にはいつのまにか剃刀(かみそり)を逆手(さかて)に握っていた。殺気を帯びていたが、妙に艶(なま)めかしい。二人は相手の様子をうかがい合ったが、新公は一瞬の後、懐(ふところ)から短銃を取り出した。「さあ、いくらでもジタバタして見ろ。」
 短銃の先はお富の胸のあたりへ向った。新公は彼女が騒がないのを見ると、短銃の先を上の猫に向けた。
「いいかい。お富さん。この短銃がドンと云うと、あの猫が逆様に転げ落ちるんだ。お前さんにしても同じ事だぜ。いいかい。」、「撃っちゃ可哀そうだよ。三毛だけは助けておくれ。」、「じゃ猫は助けてやらう。その代り。その代りお前さんの体を借りるぜ。」
 お富は憎しみ、怒りがこみ上げてきた。新公は茶の間の障子を開け放った。彼女の顔にはいつの間にか、さっきと少しも変らない、いきいきした色が返っていた。しかし新公は狼狽したように、又、猫へ短銃を向けた。
「いけないよ。いけないってば。」 お富は手の中の剃刀を板の間へ投げた。
「いけなけりや、あすこへ行きな。」、「ん、いけ好かないよ。」

 夕日がさし出したのか、薄暗かった台所も、だんだん明るさを加えて行った。新公は茶の間の気配に聞き入っていた。小倉の帯の解かれる音、畳の上へ寝たらしい気配。新公はためらった後、茶の間へ足を入れ、お富が袖に顔を隠したまま、じっと仰向けに横たわっていた。その姿を見るが早いか、逃げるように台所へ引き返した。それはなぜか。操を捨てて自分を捨てて女の健気さ、覚悟を極めたもののふを見たここちがした。彼は板の間へ出たと思うと、突然苦しそうに笑い出した。
「冗談だ。お富さん。冗談だよ。もうこっちへ出て来ておくれ。早く出てきておくれ。」
懐に猫を入れたお富は、もう傘を片手にしていた。
「姉さん。私は少しお前さんに、聞きたい事があるんですがね。」、「何をさ。」、「まあ、肌身を任せると云えば、女の一大事だ。それをお富さん、お前さんは、その猫の命と引き替えに、お前さんにしちゃ、乱暴すぎるじゃありませんか。そんなにその猫が可愛いんですか。」、「そりや、三毛も可愛いいけど・・・」、「お前さんは、近所でも評判の主人思いだ。三毛が殺されたとなっちゃ、この家のかみさんに申しわけがない。と云うことなんですか」、「ああ、三毛も可愛いしね。おかみさんも大事に違いないんだよ。けれども、ただ私はね。あの時はああしないと、何だかすまない気がしたんだよ。」
 お富が出ていった後、一人になった新公は、ぼんやり台所に坐っていた。「村上新三郎源の繁光、今日ばかりは一本やられたな。」

 

 

          面白かったら、「ブログランキング」 

              

          人気ブログランキングへ↑↑↑↑↑↑↑↑       

        

ジャンル:
きいて!きいて!
コメント   この記事についてブログを書く
この記事をはてなブックマークに追加
« 遅刻のわけ | トップ | 家事 »
最近の画像もっと見る

コメントを投稿

ブログ作成者から承認されるまでコメントは反映されません。

コメント利用規約に同意の上コメント投稿を行ってください。

数字4桁を入力し、投稿ボタンを押してください。

あわせて読む

トラックバック

この記事のトラックバック  Ping-URL
ブログ作成者から承認されるまでトラックバックは反映されません。