青龍神界鏡

次はまた首相してみんかお前。
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七十八面目   難破船 その一

2012年10月03日 19時00分00秒 | 投稿

今から約八千年前、この地球という星から遠く離れた宇宙空間で大変な事故がありました。
宇宙船内部で爆発が起きて船の腹部に穴が開いたのです。
爆発の原因は貨物の誤配置による化学反応です。
約十二キロの巨大な船内には約九十人の成人のみが乗船していました。
スガウフガウスル星人です。
身長は百七十センチから百八十センチ、黄土色の肌に細い体躯、毛髪や眉毛は無く、尖った後頭部、目は大きく尖り、真っ黒い瞳孔に青の虹彩、への字の唇をした人達です。
彼らの全員は船内に響く警報で事態の深刻性をすぐに察知しました。
破壊の修復は不可能であり、後は船の隅に監禁状態となる事が分かったからです。
遭難信号を発信する暇もありません。
「ああ、もう終わりだ・・・・・・。
どうしよう、どうしよう、どうしよう。」
「小型船で脱出しよう。」
「無理だ。
今の状況下では出船動作を作動出来ないのだ。
それに大勢は乗れない。
どうやって乗船者を選ぶのだ。」
「誰か助けて。
私には子供がいるの。」
「いやあああーーーいや、こんなの嘘よ、嘘よ、嘘よ。」
右往左往する船内を絶望が急激に包みます。
そしてその早さよりも急激なのが宇宙空間への大気の流出です。
船底に開いた六十メートルほどの穴は船内のあらゆる着脱可能物を宇宙に吐き出していきます。
不幸な事に十数人はそれに抗する術も、宇宙服も無く極寒の宇宙に放逐され十秒で血液が沸騰し、体表は凍って命を失っていきました。
また、九人ほどは銃で自殺しました。
希望を失った船内で緩慢な死に殺されていくよりも、運命の引き金を引く事に命を賭け、緩慢な死を倒す事にしたのです。
その姿を見止めた他の人々は、自殺者の心情と状況の逼迫性を理解してはいましたが、自殺の勇気を発揮出来ませんでした。
その代わり、彼らの一団は貨物室の穴から離れた大きめの部屋に身を寄せます。
約四十人のスガウフガウスル星人がその一角に身を寄せました。
その他の仲間はどうなったか彼らは知りません。
広間の大気の供給と室内温度は問題ありません。
電力は当分の間は間に合います。
水や食料は人数を考慮すると僅かで、どこかにある食料置き場に取りに行く必要があります。
厠はありません。
生き残りを賭けた彼らの日々が始まりました。
意見は一致しました。
「遭難信号を発信しよう。」
信号の発信が可能なのは、避難した部屋から数百メートルも離れています。
入口の扉の僅かな隙間には物資が詰められています。
その物資を取り除き、腰に紐を付けた四人の男が遭難信号を発信可能か確かめに行く事になりました。
もし、発信可能ならば発信し、不可能ならば必要となる機材をまずは取って戻ってくる算段が立てられました。
空気マスクによる活動許容時間を考慮するとそれが適切と判断されたのです。
四人は遭難信号を発信出来る操舵室分室に向かいます。
既に極寒の船内は防寒服で包まれた彼らを絶句で包んで裸にします。
見慣れた船内の景色は省電力措置の結果、暗闇が支配しています。
そして携帯型電灯を灯して暗闇をかき分けながら操舵室分室に到着した彼らは画面に”不可能”の表示を見る事になりました。
遭難信号の発信は無理だったのです。
発信を可能にする機材も存在を確認するには至りませんでした。
収穫の無いまま帰還した四人は憔悴するばかりです。
直後に第二次、第三次と捜索隊が派遣されていきました。
しかし機材は発見されません。
その過程で何人かが酸素切れで命を落としました。
また、広間からの流出大気の圧力に負け、扉を閉じられなくなった際に向こう側の作業に当たった二名が中へ入れてもらえなくなった事もありました。
「頼む、中へ入れてくれ。
凍え死にそうだ。
お願いだ。」
「済まない、今開けたら詰め材が外に吸い込まれてしまい、広間の全員が外に投げ出されてしまう可能性があるのだ。
もうしばらく耐えてくれ。」
二人からの扉越しの無線の最後の言葉はこうでした。
「家族に・・・頼・・む・・・よろ・・・し・・・」
「ゲンキナカオミターイ」
一人は極寒の影響で精神に異常を来たしていたのです。
「元気を出せ、おい、おい。
諦めるな、おい・・・
済まない・・・済まない・・・」
希望の無い広間には更に沈痛な雰囲気が立ち込めます。
”爆破で出来た穴からの爆出空気に吸い込まれていったのだろう。”
機材について生き残りはそう結論付けました。
小型船の起動は不可能でした。
爆発の影響で機能が欠損していたのです。
彼らは定期的に水や食料の捜索と確保を強いられていきました。
部屋に帰還する度に捜索隊の収穫は貧しくなっていきます。
スガウフガウスル星人の残りは別の三カ所の広間にそれぞれ同様に避難していました。
彼らも同じ事に思考を巡らせ、遭難信号の発信、水や食料の捜索、小型船の起動を試みていました。
そういう訳で船の方々から水や食料は消費されていったのです。
方々に散っていたスガウフガウスル星人はその状況を推測していました。
食料は減っていくばかりのさらなる理由です。
それぞれの部屋は嗚咽と絶望、神への哀願に満たされます。
日々増していく拭えない疲労、他人との摩擦、隅の厠からの悪臭は彼らの絶望を増していきます。
スガウフガウスル星人達が願っていたのは同胞や異星人による偶然の発見でした。
彼らはただそのためだけに水と食料の確保に勤しむようになっていました。
そしてついに、彼らの一部にこう後悔する者が出始めました。
「なあ、あの時さっさと自殺した連中って先見性あるよな。」
「ああ・・・俺もそう思う。
あんまりこんな事考えるものじゃないけど、苦痛も無く全員を即死可能な兵器があったらいいよな。」
「俺もそう思う。
本心でな。
どうすればいいと思う。」
「分からない。
銃が無いんだぞ。
だから、首を絞め合うが代わりかな。」
「・・・そうだ。
銃だ。
銃を取りに行こう。」
「外へ行くにはまとめ役達の許可が要る。
不可能だ。」
「どうにか説得しよう。
やってみろよ。
無理だと思うぞ。」
説得は無理でした。
”そんな馬鹿げた考えは許可しない。
規律が乱れる。”
との事でした。
そこで同調者を募る事にしました。
自殺志願者を広間の一定以上に増やせば、まとめ役は圧力に屈し、許可せざるを得なくなる。
そして許可しないとしても、扉の隙間を埋めている詰め物資を無理やり動かして不安を煽れば、強硬策に屈するだろうと見たのです。
人数が増えてもやはり許可は降りませんでした。
そこで扉の監視役の籠絡です。
強面が暴力的態度で脅したのです。
高齢のまとめ役は大抵別の間取りで相談事をしています。
その内に詰め材の物資を少し動かすのです。
極寒の宇宙空間に冷やされた冷気が轟音と共にすぐさま広間に流入してきます。


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七十八面目   難破船 その二

2012年10月03日 19時00分00秒 | 投稿

「何だ、何なんだ。
何故扉をそんな風に開けるのだ。
何のためだ。」
「おい、何をしているのだ。
止めろ。
空気が冷えるではないか。」
「外に行くにしても許可が必要だろう。
あるのか。」
大して自殺志願の反乱一派はこう怒鳴ります。
「うるせーよ。
意味があるんだよ。」
「そうだ、意味があるんだ。
あのジジイ共の目を覚ますんだ。」
いぶかしがる周囲は質問します。
「どういう事だ。」
一派は扉を閉じました。
「ある物を取りに行きたいんだ。
しかしあいつらが許可を出さないんだ。」
「何をだ、食料をか。」
「違うんだよ、ばーか。
銃だ。」
「何のためだ。
誰かを殺すのか。」
「ちげーよ。
セルフで死ぬんだよ、こら。
分かってんのか、この状況を。
もうどうしようもねーだろが、こら。」
「もうええべ。
諦めたわ俺ら。
さっさと逝くべ。」
「だからよ、ここでのんびり飢え死にか凍死を待つより一気呵成に銃の捜索だ。
それが辿るべきあの世への道だ。」
「お前らも悟れ。」
「・・・・・・・・・・・・・・・」
「諦めたのか。
もしかしたら異星人が発見してくれるかもしれないではないか。
この空域は・・・」
「来ねーよ。
数学的統計分析で確率はもう分かってんだろ。
惑星間往来に影響し得る政治力の突発的変化の発生可能性は、超長航路が可能な惑星文明にとって無いに等しいのだ。
この船が難破している空域の往来は通常は全く無いんだ。
やおらいきなり気が変わってこっちに来たりもしないんだ。
もうどうしようもないんだ。
うっうっうっ・・・・・・」
激論を交わす気力も無い両者を包むのはさらなる摩擦による疲労の推測と、自殺という非日常的希望です。
この疲労の推測と新たな希望は何と両者に奇妙な起動力を与えました。
「もうこれしかない。」
絶望の中の決心です。
勢いを増した一派はまとめ役に談判に向かいましたが、今度は驚きと共に却下されました。
一派の一人は無言でまとめ役の胸を押しました。
”力を行使できるのだ。
言う事を聞かないから思う通りに本当に力を行使するぞ。”
という政治的意味の伝達です。
自殺希望派は勢力を微増させながら、意思の表明と権勢の誇示、まとめ役への撹乱のため扉の開閉を何度も繰り返して行きました。
すると奇妙な雰囲気が生まれ出しました。
言葉を交わす事も無く全員が全員の意見の一致を感じ出したのです。
”私達は死にたいのだ。
希望が無いからだ。
しかし死ねないのだ。
銃という自殺の術が無いからだ。
死ぬにも希望が無いと言える。
扉の開閉によって自殺希望派は勢いを増した。
しかし一定以上にはならない。
その他は気力が無いのだ。
自殺を希望するにも気力が足りていないのだ。
自殺の恐怖と現状維持本能が自殺を希望する気力を相殺してしまっているのだ。
まとめ役が外出許可の方向に動かないのは、自殺希望派と無気力派の絶妙な権勢具合の結果だ。
食料は減るばかりだ。
広間を支配するのはただ絶望だけだ。
扉の開閉はまだ続く。
絶妙な権勢関係の結果、食料確保の主導権のために自殺希望派もそうせざるを得なくなったのだ。
おかしなことだ。
自殺を望む者がそれまでの食料のために、扉を開け閉めする。
扉からの冷気の流入が私達の生の感覚を無理やり呼び覚ます。
いずれ必ず死にゆく私達の生を無理やり呼び覚ます。
死の川を緩慢に流される私達は急激な水流にいちいち驚かされるのだ
絶望しか残っていない私達に膝を抱えるだけの怠惰な着座すら許さない。
一体何をしろというのだ。
宇宙の無限の冷気は、絶望は、私達に一体何をさせようというのだ。”
生き残りのスガウフガウスル星人達は扉の向こうの宇宙空間に、無言の絶望を広間の空気に含ませて返すのみです。
そして自殺派の一部はついにまとめ役を無視し、うち約二十人が扉を強行的に開けて外出しました。
戻ってきたのは僅か四名だけで、銃は手にしていませんでした。
残りは皆、酸素切れや道に迷うなどで凍死していったのです。
結局、広間のスガウフガウスル星人達の約四十名全員が死亡しました。
扉を開けずに広間で座り続けた人達に待っていたのは餓死でした。
彼らの乗っていた船は宇宙空間を漂うこと八百年を経て、宇宙を回遊している異物の捜索に当たっていた異星人によって発見されました。
広間に集まった干からびた大勢の死体、船底の穴、物資捜索の形跡からして異星人はすぐに起きた事態を確信しました。
そして宇宙海賊による襲撃の形跡の有無を入念に確認した彼らは規定に従い、船の爆破処理を決定します。
船の発見についてスガウフガウスル星への連絡を済ませ、亡くなったスガウフガウスル星人達への弔いの儀式を丁重に執り行った後に船は爆破されました。
楕円形の青白い爆炎が音も無く宇宙に描かれ、縮小していき最後はゆっくりと揺らめく線となり、スガウフガウスル星人達を襲った悲劇を宇宙空間に美しく吸い込んでいくのです。
スガウフガウスル星人は無言でしょうか。
そんな事はありません。
宇宙を遠く離れた地球という惑星の一人の民、纜冠讃の霊能力によって出来事の一部始終を彼らは雄弁に語る事が出来るのです。
広間のスガウフガウスル星人は銃を発見出来ませんでした。
他の区画に逃げ込んでいた人達に持ち帰られていたのです。
広間の彼らを待っていたのは緩慢な死の恐怖と不可思議な拮抗権勢による絶望の増大刺激でした。
最後は広間の全員が銃を望む事となりました。
止めを欲しがり出したのです。
止めを欲しがり出すまでは、自分が止めを欲しがるかどうか分からなかったのです。
希望の無い確実な死を前にしても尚残っていた生への執着が結局は、確実に訪れてきた死の直前での恐怖や絶望を増大せしめてしまったのです。
躊躇による未来の苦境をその時は分からなかったのです。
そのような論が成ってしまう状況があったのです。
私は自殺を肯定しません。
与えられた生を出来る限り生き抜くべきと考えます。
スガウフガウスル星人に訪れた不幸には私達に想像、経験し得る教訓が含まれています。
忸怩とした態度で、確実に訪れる破滅を回避し続ける事で、結局は破滅被害の総量や回数が増大してしまう事です。
精一杯努力しての不合格の屈辱や恐怖から逃げ続けると、結局は何年も受験浪人してしまうのです。
逃げずに努力していれば予定以上の浪人もせずに済んだのです。
受験日や合格発表日が分かり切っているのは誰にとっても仕方が無いのです。
スガウフガウスル星人にとっての浪人回避の術は一気呵成の銃の確保でした。
広間に押し込められたスガウフガウスル星人達を待っていたのは希望か絶望か分類が困難な奇怪なまだら模様です。
もし彼らが銃の代わりに死を超越する生命科学技術を船の一室で手に入れ、拮抗状況の超克を時間に任せていたらどうなっていたでしょうか。
船が発見されたのは八百年後です。
八百年も絶望と飢餓に苦しむ事になるのです。
銃はありません。
彼らが手にするべきは一体なんだったのでしょうか。
遭難信号の発信が無理ならば、死を超克する生命科学技術ではなく、死の恐怖を克服する強固な意志だったのです。
自己の死のみを超越するためだけの生命科学技術の秘密開発で、操舵室が混乱している政治家や国などは、港で人夫を実験に誘拐していずれ難破していくのです。
後は寄港を断られ続け、永遠の生命の奇怪な形象の咆哮が甲板で唸るのです。
そして他者を犠牲に生きてきた怪物は永遠に空腹です。
贖う機会がない罪は永遠に幽霊船と共に漂っていくのです。
こんな船の船長が脅してきても船から飛び降りて、今のうちに港に泳いで辿りつくべきなのです。
緩慢な判断は緩慢な死を招く事があるのです。
船で秘密の人体実験に明け暮れる政治家や国をさっさと滅殺するのは悪い事でしょうか。
彼らはいずれ苦痛をさまようのです。
その事を分かってもいないのです。
そんな政治家や国の船から飛び降りろと促すのは悪い事でしょうか。
そんな政治家や国の船の行状をしろしめす私は、港の経済発展への反逆者でしょうか。
スガウフガウスル星人の陥った運命は不幸でした。
スガウフガウスル星人の乗る船の難破が分かっているなら、乗船を避ける事は幸せです。
私ならそう勧めます。
船を難破させていく海賊がいるのなら、滅殺は善行です。
私はそう認識します。
難破した船の中でスガウフガウスル星人の運命が人々を襲うからです。
海賊には海賊の運命がふさわしいのです。
故に私は海賊と戦います。
まだら模様の修羅が船内を覆う前に強い意志を持って銃を捜索し、海賊と戦います。

六千百四十六青字


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