King Diary

秩父、羊山の麓で今日も珈琲豆を焼いている

人生とは面倒なもの

2016年09月15日 13時40分56秒 | 日々のこと
現実の世界というのは、個人の判断として
いかようにも生き方が選択可能でそれによりそれぞれ違った
人生になると皆さんはお考えだと思います。

ところが、最近の研究では自由意志とは幻想で、物理的に
人生の結果は最初から決まっているのだとか。

所ジョージのテレビ番組で最近はハーレーでなくてBMWに
はまっているという紹介を見ました。

実は当店の近所にも似た人がいていつもバイクをいじっている
のです。

ただ、いじっている姿は毎日のように見るのですが、走っている
のはほとんど見ないのです。

はてなにがたのしいのかとあやしむばかりです。

それが所ジョージがハーレーから乗り換えメカ的にこのバイクに
たどり着くために今までがあったというほど褒められるものが
あるのかと思い色々調べてみました。

まず値段です。

中古で60万からと意外とハードルは低くそうです。

それでオーナーのサイトやら個人のブログやらを見てみると
カタログのスペックである低速から高速まで自在に扱えると
いう内容も修理やメンテナンスに支えられてのもので、まず
エンジンがかかるかどうかすら祈るように何度か試みて掛かる
というもので、そのセル自体修理が必要になるものらしいです。

掛かればかかったでオイルが回りなじむまでチョークで調整して
待たなくてはならず、それはお隣から苦情が来るレベルのことで
止まってアイドリングをつづけるとオーバーヒートするという
面倒さです。

それにバイクはむき出しの体で事故に合えばその後の人生にかかわる
物になります。

オーナーは皆事故を経験していて、自身が気を付けて無謀な運転を
避けていても事故は向こうからやってきて避けられないもののようです。

とても所ジョージの様には楽しめないもののように見えて仕方ありません。

今の車はCVTでギアチェンジのショックもなくスムーズで加速もバイク
並みに加速し、エンジンブラスモーターのレスポンスを発揮します。

そして、エアコンでいつも快適でチョークなんて代物はありません。

いつでもボタン一発でエンジンがかかり、すぐに走り出せます。

エンジンオイルはカタログによれば1万キロに一回の割合でよく、
手もかかりません。

時間とガソリンがあればどこへでも簡単に出かけられます。

それを好んでなぜより自由とかっこよさのためにバイクに
乗らなくてはならないかという疑問につながります。

バイクにかかる時間が増えてちっとも自由ではないし、故障ばかりで
お金もなくなってしまいます。

つまりはお金と時間が有り余る人が自分の暇を消費してくれる
バイクはかわいくてしょうがないということなのでしょう。

物理量を増やしてエントロピーの増大と自らの選択権をなくすことで
自身の趣味世界に埋没している状態を演出して満足しているという
所なのでしょうが、そもそも残りの人生とかやり直しとかいう問題を
考えると無駄なことにかかわっている暇はないということが一番な気がして
きます。

したがって中古バイクをいじるという案は却下。

今は新シーズン前に新しいウェアを買うかということとヘルメットを
導入するかということに移っていくのでした。
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