King Diary

秩父、羊山の麓で今日も珈琲豆を焼いている

磁北線を引く

2017年07月14日 10時40分57秒 | 珈琲
今頃の記憶として、友達の家に集まり二万五千分の一の
地図に磁北線を引くという作業をしたというものがあります。

大体今頃は夏休みを前に色々と夏の計画を立てるのが決まりで
中学生だった私は、とにかく旅に出たいという思いがあり、
まず可能な方法として自転車ででかけるという実際的な方法で
まず地図を買いコンパスを買いました。

そして、地図にはなぜかコンパスを使うために磁北線というものを
記入せねばならないということを知り実際にそれを行うことに
なりました。

これらはコンパスの説明書を読み、それに従ったのですが今大人に
なり思い起こすとまず旅に出たいという思いの記憶とともに、実際に
どこにどのように行こうとして地図を買いコンパスを買うことになったか
疑問が残ります。

高校になると計画はより実際的なものに変わり、バイトをして資金を
貯めて、目的地を決めたら後は出かけるだけです。

高校生になり最初の年はバイトをして金をためたものの友達が
突如行くことを拒否して断念しました。

もうこの時には地図は必要ないと思いそれより金が必要という
考えはよかったのでしょう。

次の年にはより具体的に海に行くという計画は仲間を加え実現
します。

実際的計画と仲間を得て、楽しい旅行は実現しますが、私の思い
としては東海道中膝栗毛のような旅だったので、当時の旅行は
家族旅行でする海水浴の旅行のようなもので到底満足はせず、二回目
の旅はメンバーそれぞれが勝手なことを言い出し計画の中心の
宿を手配する人間が怒り出し計画は中止になりました。

全ては地図に磁北線を引いた時からはじまり、今に至っている
感じがします。

なぜ地図を買いコンパスで磁北線を引いたのかという疑問も
さることながら、今売られている地図でさえいまだに磁北線は
必要であり、なぜそんな地図が売られているのでしょう。

このように地図と磁北線は旅には必要なもののように感じていた
幼い考えがやがて道路を知れば目的地に着けるという現実的な
物に変わるのです。

最初に苗場にスキー行った時には苗場が新潟にあることは知って
いたもののどこら辺という感覚もなくただ芸能人スキー大会の地
に行きたいという思いだけで、場所はどうやら前橋の国道17号の
延長線沿いにあるという情報だけで距離や日帰りできるという
情報など確かめるでもなく、行けるだけ行こうという若さゆえの
無謀なものでした。

しかし、日帰りで苗場に行き、芸能人スキー大会の地に着き
同じゲレンデを堪能し得たというのは伊能忠敬が地球を測り
ラランデ暦書と同じ結果を得たという確信を持ったのと同じ位
の出来事だったのです。

現在ではネットで調べ、より良い旅ができ、その結果を世界に
発表し得るわけで何と確度が上がったことかと思います。

それでもあの中学校の頃、みんなで集まって磁北線をいれたと
いうあの思いが人は皆伊能忠敬やガリレオのような地球や宇宙に
思いを馳せ自分で確かめてみたいという同じものを持っている
のです。

そんなことを思いつつ、この夏の時期はいつも焼く豆があります。

インドネシアのカロシトラジャです。

この豆のイメージは真夏の夜の星空です。

伊能忠敬が地図を作ったのは今から200年前です。

学校で習った伊能忠敬は日本中の地図を作った人という
ことと自分より年下の人に弟子入りしたという偉人伝としての
物語です。

ですが、彼が北海道に出向き測ったのは地球の大きさを正確に
自分で測るという目的があったのです。

彼が隠居道楽として始めたのは天文学であり、老後の慰みで
年下の人に弟子入りしたのではなく確たる目的があり、その
副産物が世界に伍する正確な地図を生み出しそれはまたその後の
歴史に多大な影響を与えたのです。

そういった正確な歴史観というのは今でも正しく伝わってなくて
確かに日本中を歩いて測量はしたもののその思いは正確な地球の
大きさを測るという宇宙と自身の接点を得る行為で、結果当時の
世界標準にかなう地図を得たのです。

現代人としてこれは理解して
おかなくてはならないことだと思います。

まさに使えるように地図に磁北線を引くのと同じことです。



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