King Diary

秩父、羊山の麓で今日も珈琲豆を焼いている

焼きすぎた豆に

2016年08月21日 14時56分21秒 | 珈琲
ブラジルなんてと馬鹿にした口調でブラジルを語る
コーヒー通を自称する人はたくさんいます。

ブラジルはよく知っているからとアフリカのフルンジとか
ホンジュラスや東ティモールなどどこにある国か地球儀を
まともにさせないような珍しい国の珈琲を喜びます。

そしてとんでもなく深煎りにした珈琲をとてつもなく貴重な
豆として味もなくなったスカスカの豆をありがたがったりします。

ブラジルは浅煎りから深煎りまで幅広いスィートスポットを持ちます。

ところが、豆によってはそれが極端に狭いものもあり、農園や
精製法からその違いが来るものもあったり一概に国別にこの豆は
この焼き方というのは豆を見て色々と焼き方を検討しないと
いけないのです。

それなのに、極端な深煎り信仰が自称コーヒー通にはあって
自分がその苦いコーヒーを飲むことにかっこいいとさえ思っている
節があります。

さて、ブラジルのようにどんな焼き方にもそれぞれの顔を見せる
豆についてどれだけのことを知っているのでしょうか。

この焼きすぎとも思える真黒いカラカラの豆は実に苦そうに
これ飲めるのかというような姿をしています。

でも表面に艶があり、じっくりと落とすとなんとも言えない薫りが
でます。

そして、その味はべっこう飴を思わせる甘みがあります。

これはここまで焼いて出る甘みなのです。

実際ケニアの豆やマンデリンなど
はひどく黒く焼いて売っている店が
ほとんどなのですが、この甘みに関して微塵のかけらすら見いだせず
そもそも何のためにこう黒く焼いたのかもしれない代物なのです。

豆の保存や水分量の調節で出て来る味とか最近気が付いた味の
特徴など出すべきものが解ってくるとどう焼き上げるかもおのずと
解ってきます。

時には普段は焼かない深煎りにもしてその豆の状態で出る味の比較や
幅広い検証の上で読点の豆は売られています。

なんとも贅沢なことにそれは今の季節を感じ、今の気分にこの味を
飲みたいというところを狙って焼かれるのです。

これは自分の体と精神のぎりぎりの状態なども経験し、何をもって
最上とするかという根源的なこだわりがその人にあるかということにも
関係するのです。

それは知識にしてもそうです。

多くの知識を知り人類がたどり着いた最新の知とはと考える人と
何も感じず何も知ろうとしなくても万遍と繰り返す問いをそのままに
生きることも可能なのです。

ただ、人の英知と感性を少しでも知りその価値と進化に価値を見出せる
ならば、これからも綿々とその進化は続くでしょうし、たとえ多くの
核兵器を所持し、対峙する世界でもよいよい世界を模索する人類の願いは
普遍の努力を続けるでしょう。

それでも求められれば高いブルーマウンテンも焼かないわけでもないですし、
やすいブラジルサントスNO2も売っているのです。

お客様の納得のために試飲もできるし、最近はミルの挽き方の違いで
こんなに違うという試飲もやってみました。

こんなに真っ黒なのに苦みだけでないというのもこの焼きすぎ豆の
面白さを味わうのも珈琲を知るきっかけになるでしょう。
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ただ今在庫切れ

2016年08月21日 14時47分40秒 | 珈琲
焼き豆がいまのお客様で売り切れとなりました。

今日はもう焼く気力なしなので、明日の販売に
いたします。

本日はありがとうございました。
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雨の中で、パナマを飲む

2016年08月20日 14時05分58秒 | 珈琲
二三日前から夜には秋の虫が鳴きだし、よいよ夏も
おしまいという感じが強くなってきました。

オリンピックも終盤となり、最後のマラソンでおしまいと
いう感じですが、待てよ、今回のオリンピックではバスケットの
放送が随分削られている感じです。

NHKのHPでようやく決勝戦の予定をつかみました。

意外なのはセルビアの健闘です。

今回も大型の選手はヨーロッパに多く、アメリカはスピードと
スリーポイントで対抗するという形の様です。

どんな選手が出ているのかまるで情報がありませんが、放送される
物は全て見たいと思います。

絶対女王が破れたり、リレーで銀をとったりといろいろあり
ましたが、気になるのは東京では金を取りたいというコメントを
のうのうとする選手が実に多いことです。

そんなに次の大会まで代表権が続くほど国内には選手がいないのか
それとも本人に危機感と日々競争にされされているという意識が
ないのかそんなこと言っていいのと心配してしまいます。

さて、台風は去ったものの不安定な大気の状態は続き、今後も
雨が続くようです。

今日は雨に中、もろもろの作業の後、贅沢にパナマの珈琲
をいただきました。

一口目から南国の華やかな雰囲気と豊かなフルーツ感と甘みが
こだまします。

熱い飲み物なのにさわやかで清涼感があり、季節を問わず
芳醇な味わいです。

そして、咽喉を通る清涼感とすーっとした後味が残りなんとも
言えない心地よさがずっと続きます。

これ一杯でデザートになるくらいの満足感です。

雨の中リゾート気分に浸った午後でした。
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ボーリング必勝法に思う

2016年08月17日 11時49分24秒 | 日々のこと
如何にもまともなようなことを言われると
ひねくれた性格なのかそんなことあるかと思ってしまいます。

先日聞いた話で、ボーリングの必勝法を例えに物事を考え、
物事をよく観察して最善な道をえらぶという話でした。
それ自体は正当な話なのでしょう。

にしても、そもそもたとえに出されたボーリングの必勝法に
正統性と正攻法である証明がないため話にどうも乗れないと
思いました。

そのボーリングの必勝法とは連続してストライクを取ること
ですが、そのためには所謂ポケットを狙うことであり、それには
ストレートボールよりフックボールを投げることであり、フックボール
なら数センチ狙いがずれてもポケットをとらえる確率が上がるので
ボーリングの練習にフックボールを投げる練習をするのが勝利の
近道になるというのです。

一見至極まともな話に聞こえるのですが、これでそれならフックボール
を練習しようという気になれないのです。

まずは上級者ぶってフックボールを投げるやつが嫌いだという
こととボーリング場に通い詰めるやつがダサいやつという刷り込みが
あり、納得できないのです。

私は今まで通りボーリングは極希に気晴らしに連れ出される
ところで行けば素人ぽくトップピンにまっすぐ球をぶつけて勝負する
だけでいいと思えるのです。

何も勝つ方法を知ったからそれを習得するために足を運びたいと
思わないし、そうするだけの価値も見いだせないのです。

とすると何も正しい道を見つけてもそれを行くかどうかが自分に
選ぶ自由を持っているということを自覚できる健全性が自分にあると
思いたいし、みんながそうしているからそうしなさい的なものに
嫌悪感とかすかな危険を感じることも大事なんではないかと
言いたいのです。

民主主義とか社会とかでは特に。
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夜と昼の顔

2016年08月16日 12時24分18秒 | 珈琲
オリンピックのこととか小池都知事のこととか、
色々といいたいことがあますが、まずは珈琲のことに
触れておきます。

台風が関東地方を直撃しようとしている今。

まだ何の前触れもなく曇り空が広がっていますが、気圧の
変化か色々なにおいが激しく変わり香っています。

今までは陽だまりの草むらの香りと土埃の匂いでしたが、
苔の香りや湿り気を持った風が、南国の低気圧が近くに
迫っている気配を伝えます。

さて、暑さの中に飲む珈琲はとにかくすっきり感が重要と
カロシトラジャを勧めていました。

これは一言でいえば夏の夜空のようなすっきり感があるのです。

でも夏の夜空と聞いてどんな空を思い浮かべられるか、これは
その人の歩んだ人生に直結する話題で最近のスマホばかりを
眺めている人たちに話をしても糠に釘状態なのです。

まあ哀れな人生を歩んでいるものよと嘆じるよりもまあこの珈琲を
飲んでみてと差し出すカロシトラジャのうまさは万人納得の味です。

カロシトラジャは夜空と形容するように夜のイメージの上る
珈琲です。

一方同じインドネシアのクィーンスマトラは圧倒的な明るさの
イメージがあり、昼のイメージがあります。

明るいまぶしいきらめきをまとった女性のイメージでこれは陽性
に感覚を染めていきます。

終わりを感じさせる夏の風情も、この明るい珈琲で彩ってほしいと
カロシトラジャからクイーンスマトラに切り替えました。

そしてブラジルもブルボンアマレロを用意しています。

ブラジルのすばらしさはなんといっても基本となる突出していない
という味の出しゃばらない平均性で、頼りないとか、面白くないとか
力強さと核となるものがないようなことをいう通人ぶった人も
いますが、中庸の味を知ることこそ珈琲の味を極めることにも
なるのです。

それにはサントスNO2のおいしいと思わせるものを知ることから
始まるのですが、これがなかなか手に入らないと来ているので
問題を複雑にしています。

そこらへんは詳しい話はぜひ来店の折にするとして、黄色い
ブルボンでブラジルにもこういう味があるということを知って
見てください。
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終わりを感じつつ、クイーンスマトラ

2016年08月15日 12時18分46秒 | 珈琲
真夏の夜空のようなすっきり感を感じるカロシトラジャ。

これはこれで隙のない完成度の高さと質の良さから安心感を
持って味わえる夏の定番としてお勧めしています。

さて、それでも季節は進み、朝晩はすっかりとすすしい風が吹き
もはや晩夏といった趣の今日この頃。

スーパーにはブドウや梨が並びあちこちで栗のイガが目立つように
なりました。

来月の季節のブレンドは『林檎』です。

これは酸味に特長があり、秋にはこの酸味を十分味わってもらいたい
という思いがあります。

ここでひとつの豆を紹介する時が来たかと思ったのがインドネシア
のマンデリンです。

インドネシアの最高級の豆としてカロシトラジャを勧めていますが、
マンデリンではありません。

マンデリンの最高級とマンデリンG1を飲み比べたいという欲求も
当然としてあり、それならばと気になっていたクイーンスマトラを
入れました。

マンデリンの最高峰としてはゴールドマンデリンとかゴールドトップ
という名でいくつかのブランドがありますが、元は同じです。

今回のクイーンスマトラはそれから比べると豆の大きさや色艶など
明らかに違う豆です。

これはスマトラという地域の違いなのかどんな味なのか興味のあった
豆で期待が膨らみます。

淹れてるとまず香りはマンデリンながらそれに加えて甘い香りが
強く、おやこれはという思いとともに一口目を飲むとこれは
びっくりの豊かな酸味を感じます。

トロピカルジュースのような芳醇な酸の刺激があり、甘みが後から来るという
ワクワクする展開でこれはこの晩夏の今飲むのにいいのではと
思いました。

試飲の方は三時までに来店してください。

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残暑にブルボンアマレロ

2016年08月13日 14時11分14秒 | 珈琲
毎日の猛暑も十日を過ぎた辺りからもはや
ピークは過ぎたという気配が出始めました。

なんとなく物悲しい夏の終わりの気配が出ているのです。

それは空の雲の位置だったり、なくセミの声だったり、
何より朝夕に吹く風の冷たさが増したことに確実な
終わりを感じるのです。

雪に埋もれた真っ白な景色を毎日夢想する私としては
これはとてもうれしいことのはずなのですが、夏も好きな
季節であり、毎日食べるスイカや夏の野菜の味も汗を
だらだら垂らして貪り食うという生と同様の行動その
ものであり、命のほど走りを感じるのです。

その躍動感そのままの夏の楽しみの行事が毎年行われる
バスケットの試合なのですが、これはまだ今年の日程が
届いてません。

今年は参加できるのか気を揉んでいます。

夏の気がかりはさておき、もう残り少なくなったという盛りを
過ぎた悲しみとは裏腹に世は盆休みという最大の休み期間を
迎え各地が大いににぎわっています。

秩父も朝から道が混んでいます。

そんな中先ほど吉田まで納品に行ってきました。

人出はあるものの農産物などもうたいしたものが残っていない
寂しい感じでした。

このいつも物がないかのような状況は昨年の改装以来展示台が
三段になりそんな印象を与えるです。

どこの農産物直売所でも平台の島型展示が標準ですが、二列
直列三段展示にしたことでより込み合う感じで買い物を楽しむ
空間からは外れてしまった感があります。

まあ、いろいろ問題はあります。

それにしても今日は道路の混雑に加え、暑さのせいなのか
変な運転やぼけたようなとろとろとした運転をする人が
たくさんいて危ない状況でした。

運転に不慣れな人もこの休みの期間はたくさん出ている
ようで注意が必要です。

さて、そんなもろもろの危うさを抜け午後のひと時に
味わうのが懐かしいブラジルのブルボンアマレロです。

イメージとしては安いマイルド珈琲という感じでしたが、
今ではれっきとした農園物のスペシャルティとして流通
しています。

ブラジルの不作が言われる今年は大きい豆を手に入れるのは
大変困難で、やっとモジアナ地区の大粒豆を手に入れ、その
豊かな味わいと厚い甘みの中に、ふとブルボンアマレロのことを
思い出したのです。

かつては苦くないブラジルということで、これを浅く焼いて
多めの豆を粗く挽いてあっさりと抽出して朝から晩まで何杯も
がぶがぶと飲んでいました。

それほど親しんだ豆ながら、真の良さとか味のイメージが
マイルド珈琲という苦くないというイメージしかなく当時は
安かったこともあり、バカにしていたようなイメージも刷り込まれ
真の味のイメージは持っていないという懸念もありました。

この不作のブラジルだからこそ、また、スペシャルティの希少性と
高値が極まった今だからこそ同じブルボンのブラジルを評価する
必要があると感じました。

そう思ってどの豆にするか色々調べてみると前にはなかった
色々な農園物が今はあり、小規模で手摘みで完熟で農薬も使わない
ブラジルながらのパルプドナチュラルで仕上げたものにしました。

味わってみるとよく熟した野菜の味わいがあり、ステーキに
付け合わせた味の良いポテトのようなほくほくして肉に合う
穏やかでありながらじっくりとにじむ甘みとじんわりと温まる
ようなイメージがありました。

真夏の午後に飲むには少し早すぎるようなイメージでもあり
ますが、これは今月お勧めしてきたインドネシアやアフリカの
豆と違うものであり、また、モカ系ともちがうし、多くある中米の
ブルボン系とも明らかに一線を画す味です。

ブラジルをモジアナのアララと普通のサントスとこのアマレロと
ダテーラ農園ヴィラと順繰り飲んでいくと面白いなあと思いました。
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『インデペンデンスディリサージェンス』みた

2016年08月12日 14時41分10秒 | 映画
いつものシネコンで深夜の最終回を見るといういつもの行動です。

ところで、この上里のシネコンへのドライブですが、
スキーの時と同じで藤岡のインター向かう太駄中交差点
を左折せずまっすぐというのは定番ですが、それから先の
児玉から上里はいくつもの行き方があります。

ナビでは国道254号から462号を通る道を案内し462ます。

しかし、それでは信号が多く、渋滞も激しい道なので
254へは入らず、セブンイレブンとガソリンスタンドの交差点を
左折して、次に254号を横断し県道131に入ります。

この信号には左側に牛小屋がありそれ以外に目印がありません。

この県道を北上し三町の信号を左折するとすぐウニクスです。

つまり曲がるところはこの三か所の信号だけで街中の渋滞と
信号が避けられるベストで簡便な道だと思います。

ただ、気になるのは462も131も元原の工業団地を迂回する形で
この団地を突っ切ってかつ信号もない道がありそうなのですが、
あまりグネグネと曲がっていくのでは却って遅くなりそうで
三町の交差点を目指す道になります。

それでも最近、ナビが時間帯によっては決まった幹線道しか
案内しなかったのが、今のナビは渋滞やら到達時間を考慮して
かなり細かいルートを案内します。

昨日は帰りに関越の脇をずっと通るルートを通りましたが、
これだとその後信号に結構つかまり、距離的には最短なものの
近くなった感じはしません。

夜なら国道を走った方が信号も連動しているのでそんなに
気にならないかもしれません。

さて、映画ですが夏休みでろくなものがく仕方なく最後に
残ったのがこの映画ですが、いつも思うのですが、こういう
映画を作る人は重力とか物理法則のことを理解しているのか
ということです。

そもそも科学考課を経たものなら宇宙人が攻めてくるという
発想が間違っているとなるはずです。

巨大な宇宙船でコアを掘りに来るというのも荒唐無稽です。

前回の戦いのときにはウィルスで宇宙船のコンピューター
を破壊するということでしたが、今回は敵の宇宙船をぶんどり
タコのような宇宙人を攻撃するという前時代的な活劇となり
スターウォーズ的戦いなのですが、SF的には幼稚極まりない
ものです。

もっと納得できるストーリーと科学的落ちがほしいところ
でした。
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哀れ彼女は娼婦を鑑賞しながら

2016年08月11日 14時10分01秒 | 珈琲
こんな真夏の灼熱の日でもお客様に来ていただき、
新豆を焼いたりする間もなくあっという間に時間が過ぎます。

今日はブラジルの今手に入る唯一といっていい大粒豆を試飲して
その魅力を遺憾なく知っていただきました。

午後は採り貯めたビデオを見ながら少しぼーっとしていました。

今古いドラマでERをやっていますが、これは熱心に見たシリーズで
当時のことや色々と考えたことなどが思い出されます。

カーター先生の小僧ぶりが結構長く続くことや彼の正体が実は
なかなか明かされず、シーズン1の最後の方で大富豪の御曹司だと
知れるのも意外な発見でした。

この第1シーズンの最大の見どころは大人気シリーズの原初を見れることで
、プレーボーイの小児科医ダグラス・ロス先生とマーク・グリーン先生は
親友でこのERの中核をなし、それに別格の医師という感じで外科担当の
ピーター・ベントンがレジデントでいて、そこに医大生のカーター役
ノア・ワイリーが研修で実務に就くという形でスタートするのです。

この第一話でエリックラサルがレジレデントながら凄腕で強烈な上昇
志向と周りとの軋轢を繰り返しつつ冷徹に自己実現をして行く姿と
チーフレジデントであり、ERのエースであるグリーン先生の自分のキャリアと
行先と医師としての実力から民間病院に面接に行き、そのけた違いな
報酬と環境の違いを一般の人々に知らしめあまりに長い一人前のドクター
になる困難な道を見せていくのです。

それには救急病院に運び込まれる人々を通してアメリカが抱える社会問題
や医療問題ももちろん強烈に見せられるわけで、それに人々の人生とか
医師としての人生と家族との人間模様などが重なり、その一見豊かな
医者の社会がそんな恵まれたものでも社会的に高いものでもないという
現実を知ることになります。

ただ、このドラマの主要な人々は皆映画やテレビで活躍していくので
ひとえにこのドラマのヒットによるものといえます。

その発端となるドラマ発案者で製作者のマイクル・クライトンは
アンドロメダ病原体の作者で私の好きな作家の一人でもあります。

彼もシカゴ生まれで二メートルの長身でバスケシーンがこのドラマに
登場します。

そんなこともあり、世の中に多大な影響と痕跡を残したシリーズは
私の人生にも影響と痕跡と思い出とをなしており、そのファースト
シーズンを毎日見れるというのは実に懐かしいという以外の色々な
影響を残しました。

当然当時と違う感慨もあり、感想としても当時と違う見方も受け取り
方もできるというのが自身の成長であり、歴史の変遷と現実のものすごい
変化も影響しているのです。

こんなところを考えられるというのがただ昔を懐かしむということに
とどまらないところが実に有用というか醍醐味というか味わいが
あります。

上昇志向と積み上げるキャリアといわいる出世というか成功を
ただ見せるだけなら名のない偉人伝でつまらないのですが、
過酷な現実が週90時間働いて年収300万以下のワーキングプア
であり、しかも多額の奨学金返済も抱えるという厳しい現実を
みせ、しかも親の介護やら恋愛模様や障害児を抱えて持っていた
上昇志向を変更して家族と接する時間を大事にする仕事への変更など
まさにドラマを描いて成功したものと思われます。

そして深夜にやっていた演劇の録画もやっと見る気になったのですが、
見始めると電話やら来店者やらぶつぶつと途切れ途切れにどうしても
なって、なんかよく全体が解らずかと言って最初から見直す気にも
なれず、舞台美術とか演出は確かに進んだ感じがするものの本当の
舞台脚本としてのストーリーがこなせていないようなイメージも
受けました。

昔の舞台劇では死者の心臓をもって現れるとか首をもって現れるとか
霊が現れて台詞を言うとか重要なシーンがあるのですが、今の上品な
舞台芸術とか美術とかでは血潮とか鮮血などは出せるはずもなく、やたら
蒼井優のキスシーンばかり見せられた感じです。

そして彼女の美とは白痴美なのかとか暑い中人の欲望などという
暑苦しい劇をみてうんざりするのでした。
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ブランドの限界珈琲の場合

2016年08月10日 13時08分56秒 | 珈琲
世にブランド好きというと軽薄、自己顕示欲と
いう代名詞のようにとらえられていますが、やむにやまれず
ブランドに頼るケースも時にはあるようです。

珈琲の場合はどうでしょうか。

味という大前提があるのですが、珈琲の場合プランドが
優先されているという印象はたびたび感じます。

業界でもそのブランドをいかに築くかに汲々とする姿が
たびたび見受けられます。

ラーメンのように行列ができるカフェというのが最近では
珍しくなくそれに見合うブランドの珈琲もカリスマ焙煎士まで
登場しています。

その底の浅さが露呈しているケースも結構見かけたり感じたりするわけですが、
それでももう付き合えないなと感じたのがブルーマウンテンの高値です。

もう飲めなくなるとか環境の変化や災害での供給減と危機感を煽り着いた現値に
もはや適性の範囲はとうに逸脱しているといわずにはいられません。

高値でないと満足しない人たちというのは存在し、それに見合うドラマが
あればよいという風潮につながっています。

時には珈琲の根源的なものを感じさせる豆に出会うなど違う醍醐味に
築いたときに果たして珈琲の高値はどこまで追随するのか興味があります。

喫茶店での一杯1万円の珈琲が話題になったことがあります。

それには豆より供し方にも独特のテイストがあり、器にこだわり記念に持ち帰る
ことも可能だったり、なんとなく納得させられるスタイルだったのです。

一方提供する人の独特の世界観がとことん押し付けられるケースもあり
同じ土俵から逸脱することの必要性も感じたりします。

当たり前の味で当たり前の供し方で当たり前の値段でいつもの味に
であえる幸せも十分に必要なことながらこれが実はなかなか手に入らない
幸運でもあると思います。

限界と限界の少し向こう側を志向することは実に重要で大事なプロセスです。

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ブランドの限界

2016年08月10日 11時34分42秒 | 日々のこと
連日届くオリンピックの激闘の様子を見つつ
連日さらに寝不足が重なっている状況です。

まさかというような結果に驚かされたり、期待した
のにあれっと思うような結果にとどまったりと様々な
ドラマがあり、これはついついテレビに目が行って
しまいます。

この季節、朝から洗車するにも強い日差しに目を
保護するアイウェアが必要になります。

私の場合、このジャンルには譲れない絶対の信頼を寄せる
ブランドがあります。

そもそもの始まりは釣りやランニングやスキー、ドライブといった
お出かけ時にまぶしさよけに必要だなと感じていたものが、ランニング
には必須のものとなりその始まりは長い苦しみの時間をいかに快適に
するかという検討にまぶしさの中の視界の確保と逆光でもくっきりと
見えるという実用性に鑑み良いサングラスをと探し出したのがZERO rh+です。

走っているときにはいろいろな考えが浮かんだりと重要な思考タイムであり、
それを邪魔しない着け心地は必須であり、UV機能とともによく見えることも
必須なのです。つまり、釣りの時に実感したギラギラ感をとる機能で、これは
体験すると夜のドライブなどでも非常に有用と感じ必須の機能と感じます。

この機能名をずっと思い出そうとしていたのですが、結局はじめ思いついた
ポラロイド機能であっていたのですが、サングラスでこの軽量であり、UVカット
、ポラロイドさらに長い時間外に出かけていると天候の変化でレンズの色も
変わればよいと欲求する機能は多岐にわたりましたが、まさかそれにぴったりの
ものがあるというのがこのZELO rh+
です。


防弾カラスと同素材という対衝撃性やまるでつけていないような自然な
掛け心地と軽さがあり、普段は人に威嚇や違和感を持たれないような
クリアレンズでありながら強烈な日差しの時には可視光線をカットし、
ギラギラなど抑える偏向性能で様々に変わる自然環境にフィットする
という優れものです。

このポラロイド機能と調光機能は常に必要と夜のドライブからスキーの
時にのゴーグルにもボラロイド機能のAXEものを買ったのですが、これは
このZERO rh+ほどの実力はありません。

調光レンズのせいで特に晴れの日にコブが二重に見えるのです。

rh+は夜でもぎらぎらの真夏の日差しでも物がくっきりと見えるのに
これはがっかりです。

そもそも偏光と調光とはレンズ機能が違うようです。

私が求めているのは偏光性能ですが、実用ということでは
いくつも用意してその時に一番適したものを使うというのが
望ましく、そんな中rh+は一本でいつでもどこでもどんなシーンでも
使えるという重宝さと着けていないかのような軽さとフィット感が
あったのです。

ただ残念なのは汗に濡れるせいかレンズが数年もすると劣化して
くるのです。

少しレンズに曇りが出てきたからそろそろ買い替えようかと検索すると
前回もこの検索作業をしたことを思い出したのです。

レンズを付け替えて使うUVカットのスポーツグラスだとなんと十分の
一の値段で買えるのです。

つまりは所詮使い捨てのスポーツグラスならその日の天候に合わせて
レンズを付け替えて使うこのタイプで十分なのではと思えてきてそれでも
こういう安物を買うと究極の気持ちよさ良いものを使っているという満足感
と安心感が廉価という経済性の前では霞んでしまう現実を目の当たりにして
買い替えをためらったのです。

その時は安物を買う失望感と残念な着け心地がもう買う前から解って
しまい、それなら今のをそのままもう少し使おうと思ったことまで
思い出されて改めて今日ブランドの限界と経済性の狭間に揺れる心を感じた
のでした。

そしてその物欲と消費することの楽しさなどにも思いが及び夏の暑い日に
究極の贅沢とはなどと余計な思いなども挟み込み自己満足もどの程度が
丁度いいのか考えるのでした。
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グアテマラとマンデリン

2016年08月09日 11時34分27秒 | 珈琲
スペシャルティのここのところの小粒でさわやかな豆
について、さして出来の良くない小粒豆を買うより
バカマラやマラゴジッベなどの大粒で複雑な酸を推奨し、
揃えていました。

ところがその中米唯一の大粒豆といえるバカマラでさえ
非常に手に入れづらい状態になり、ありふれた豆でさえ
出来のいい豆とか深煎りにしても味が消えないような豆も
なかなかない状況になっています。

その狭間にかつて猛烈な高値と人気のグアテマラが今は
忘れ去られたように安値にとどまっています。

かつてCOEに輝いた農園物でもちょっと前までは手が出なかった有名農園物でも
より取り見取りです。

とはいえ、この有名な豆がすべて味も品質も良いかというと
そうでもなく名もない農園の方が機械化もされず手摘みで無農薬で
品質も良かったりします。

ウエウエティナンゴとアンティグアと両方の有名産地で飲み比べ
られるよう二つの農園を選びました。

それと同様、大粒で高品質な豆のインドネシアマンデリンも
ゴールドトップというのが最高品質でしたが、これは流通経路で
名を変えるようです。

今回はクイーンスマトラというマンデリンを選んでみました。

木曜あたりからの販売になります。

この暑さで飲むならマンデリン系とアフリカの豆がお勧めです。

東ティモール、マンデリン、カロシトラジャを中心に焼いて
行きます。

お楽しみに。
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モカものすごいところ

2016年08月07日 12時50分50秒 | 珈琲
自分がスバルにしたからか町ですれ違う車が
意外にスバル車の増加を感じます。

その性能の高さと安全性などアピールする点が
多いのにもかかわらずあまりに知名度と販売力が
弱いため世に出ない車と思っていましたが、意外と
よくすれ違います。

やはりわかっている人は解っているのだと勝手に
思うのでした。

一方威嚇的なデザインと派手な電飾の車ばかりが増えて
やたらまぶしく夜などそんな光が必要かと思ってしまいます。

車好きは色々なタイプがいて、古い車を愛する人や、
新車を常に乗りたがる人や、とにかく車を大事にして
床の間に飾るばかりに磨き上げる人などその愛し方も
それぞれです。

でもほとんどの人が誰かに誇示する為にそういった行為が
終始しているのが大方ではないでしょうか。

誰かに自慢したかったり、乗せて自慢したかったり、
人とは違うというのを誇ったりするのです。

一方実用主義の人もいていらない装飾やらオプションを拒否して
洗車なども滅多にしないという人もいます。

そのくせ、足回りにタイヤやらを交換してマフラーを付け替えたりと
いじっていたりします。

珈琲も人それぞれで自分はブルーマウンテンしか飲まないという
人がいたり、モカが一番だという人がいたりします。

そもそもモカの何を知っているのか、ブルマンの何を重んじているのか
聞いてみると明確に答える人もいますが、ほとんどはそんなこと聞かれること
すら思ってもいないのです。

そんな脳内マニアは結構います。

最近当店でも味の話をすると妙な切り返しを受けるからと味の
話をする人はめっきりと少なく、独自の珈琲論など滅多に聞きません。

こういう珈琲が飲みたいのだという切実な訴えも相談もないのです。

わざわざ当店のようにわかりずらい辺鄙な店に足を運ぶくらいだから
当然珈琲についてのこだわりがおわりかと思いますが、なにをどうしたい
というものも具現しずらいらしいのです。

そんな悩みの人に珈琲の根源的なメッセージを受けてみませんかと
よく出すのがエチオピアのモカです。

こんな暑い日でもこの一杯で生き返るようです。
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作らないことでの保存と復興

2016年08月07日 12時29分44秒 | 日々のこと
先の100分で名著は坂口安吾の堕落論でした。

戦後の復興に対して奈良や京都の文化財に金を投じるより
停車場をつくれという精神の健全性を説いたところは現代に
通じるところがあります。

いま日本は多額の景気浮揚のための財政出動を重ね、膨大な
負債を抱えています。

さらにオリンピックまでやってその財政支出もどれだけ膨らむのか
という感じです。

そもそもこれだけ公共事業やらエコポイントやら地方創生事業など
やってもちっとも景気浮揚せず失われた20年といわれる状態なのか
今までやってきたことを見直して増税と福祉切り捨てをどうするのか
考える時期に来ているのではないでしょうか。

東日本大震災や熊本大震災で復興が言われていますが、金が余っている
なら熊本城などすぐにでも国の財政で立て直すべきですが、しかし、これは
このままこれ以上崩れない程度で済ませてもいいような気がします。

というのは今ドイツなどは城を売りに出す人が増えているといいます。

中では1ユーロなどという破格値もあります。

なぜかというと建て直す金がないために所有権を譲り金のある人に
修繕を託すというのです。

日本の城は観光用に建て直した鉄筋のものが多いのですが、ドイツでは
城は当時の建て方でしか修復は許されず手間も金もかかるといいます。

神戸淡路大震災の時には崩れた建物や新たなショッピングモールを
建造したものの人々が戻らなかったりスラム化したりと課題が明らかに
なったという報道がありました。

それを受けて建物や施設を元通りにしても産業は戻らないという
人重視の復興が求められています。

しかし、予算を付ける人はやはり箱物重視で執行しても効果の検証や
復興の工夫にはまだまだという印象が拭えません。

ここで人々はもう一度堕落論を読んで復興とは考えて有効な施策を考えるの
もいいのではと思いました。
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夏休み希望

2016年08月07日 10時44分25秒 | 日々のこと
熱波にあぶられるここ数日。

テレビではリオデジャネイロオリンピックが開幕し、
毎年繰り返す原爆の日の話題があふれます。

わが町内ではこの炎天下の中、毎年恒例の床下消毒と
いう行事があります。

私が理事の時に参加してそのものすごい業務実態を
経験しましたが、なぜこんな暑い最中にやらなくてはならないのか
謎です。

消毒の機械を道がないような山の斜面の家に運び上げたり
回る家々でああだこうだの話があったり、やってみなければわからない
ことの連続です。

やってもらう方も朝からいつ来るかと準備をして落ち着きなく
朝飯を食べてゆっくりと珈琲も飲めません。

この床下消毒をやっている町内というのはもはや秩父でも
少数派らしく現代の建築様式ではベタ基礎の家が多くそもそも
消毒の必要がないというのです。

私が子供のころ、この消毒というのは家全体を薬剤散布して
いましたが、それがいつの間にか床下だけとなったのです。

そうそうこういう昔はとか私が子供のころはとかというフレーズが増えたのは
危険水域を感じさせます。

自分はそういう昔語りはしないと思ってきただけにそれでもそれが出てくる背景が
経験とか歴史とか必要になっているのだなと感じるのです。

そもそも毎年繰り返す原爆の日と終戦記念日に戦争を繰り返さないという誓いとか
平和の願いとかいわれますが、この終局の時代背景とか日本の動きとかについてもっと
日本人は見直してさらに自戒し平和への思いも考えていった方がいいのではと
毎年思います。

つまり、この終局の仕方がまずかったからいまだに解決しない北方領土問題や
原爆投下につながったのではないかと考える方が先だと思うのです。

当時の鈴木貫太郎内閣の発足当時すでに硫黄島陥落、四月には旗艦戦艦大和も沖縄に向かう途中に沈没という状況でこれからは如何に終局をするかというのが
焦点であり、戦後処理が1945年4月には各首脳が話し合い、ヤルタではソ連と米、英に
よる密約があり、終戦処理が話し合われていました。

それを知らずヒットラー自決とドイツ降伏を五月に知り、内閣は陸軍の本土決戦と
徹底抗戦を退け敗戦を受け入れるわけですが、頼みにしたのはヤルタ密約で参戦して
くるソ連に中立的な立場である国として仲介を頼むのです。

この時の情報として国際的な力関係から大国の次の目線を全く顧みずにとにかく
強硬な国内勢力から国体の護持という真に守るべきものの意義とかこの辺の権力中枢と
国家意思の動きを顧みてこそ平和への付託も露になるのではないかと思います。

よく、小説や映画などで終戦を描く場合日本の一番長い日として玉音放送を
必死に守り終戦に至ったという描き方で当時の終わり方も多くの無垢の国を守る
心で貫徹された感動秘話に仕上げています。

そして、終戦記念日として15日を特別な日としているわけですが、これは日本だけ
のことで、これについて疑問を持つ人はいません。

問題は四月に軍人のかつての英雄であり、レジェンドを総理大臣にして終局を
模索しなければならなかったという点であり、最低でもソ連の参戦を許さず
原爆投下のない歴史が可能ではなかったかを考えるのは今の平和を考える上で
重要ではないでしょうか。

まずは日本だけが終戦というと八月十五日をあげて全く疑わないし、その後も
ソ連は連合軍総指揮官の攻撃中止も無視して各地で攻撃を継続し、戦艦ミズーリ
上での終戦文書調印も無視して戦闘を続け、樺太、対馬、歯舞、積丹、択捉、国後を
占領しやっと攻撃を中止ます。

もし、八月十八日に出された北海道上陸命令が実行されていれば北海道さえ侵略されたままになっていたでしょう。

多くの日本人はこういった歴史的事実は知らず、八月十五日に全てが終わったという
歴史認識を受け入れ、毎年黙祷しそのまま思考停止しているように見えます。

八月十五日は終戦記念日は記念日でよいとして、それは平和が実現した日ではないという
歴史認識と国際標準的認識として第二次世界大戦の終戦は九月二日であるという現実を
知り、それがなぜかというところまで考えないといけないでしょう。

これが毎年この時期考えることです。

今年の夏はさらに暑く、昨年のように伊香保ハワイデイにも行ってなくてそろそろ
本格的な夏のリゾートがほしいところです。

ところがいま出かけるとどこに行くにしてもものすごい渋滞と人の波というのが
毎年の定番です。

近場の伊香保辺りがお手軽でやはりベストなのかも。

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