心の風景

晴耕雨読を夢見る初老の雑記帳

南方熊楠生誕150年

2017-06-30 21:04:09 | Weblog

 昨夜、ずいぶん雨が降りました。雷も凄かったようですが、寝つきの良いわたしは夢の中でした(笑)。朝起きても天候がすぐれず、きょうは一日中、家の中で静かに過ごしました。梅雨ですからね、仕方ありません。ところが、お昼の2時を過ぎたあたりから、周囲が明るくなって、あっという間に青空がひろがりました。それでも、机上のラジオは、今夜から明日にかけて雨が降ると言っています。どうなんでしょうね。
 さて、先日の日曜日に、伊パレルモ・マッシモ劇場の日本公演に行ってきました。お目当ては、アンジェラ・ゲオルギュー(ソプラノ)が歌うプッチーニの歌劇「トスカ」です。前回ゲオルギューにお目にかかったのは、12年前のソロ・コンサートですから、ずいぶんご無沙汰をしていたことになります。(注:記事「ゲオルギューに感動」2005.11.20付)。そのときも大盛況でしたが、今回も素晴らしい歌唱力を存分に楽しませていただきました。アリア「歌に生き、恋に生き」、二重唱「このやさしい手」などは、年甲斐もなく感動するばかり。幕が降りたあと十数分間にわたって満場の拍手が鳴りやみませんでした。
 ゲオルギューのどこに魅力を感じるかって?力むのではなく、まさに語りかけるように自然体の豊かな歌唱力、そこに惹かれてしまいます。もちろん、カヴァラドッシ役のジョルダーニ(テノール)、男爵役のカターナ(バリトン)も素晴らしかった。オペラに馴染みのない家内も、吸い込まれるように見入っていました。帰りがけ、フェスティバルホール地階のパブでビールをいただきながら、会話が弾んだことは言うまでもありません。
 ここでやっと本題に入ります。火曜日の夜、京都河原町の丸善であったトークイベント:南方熊楠生誕150年記念『南方熊楠は「民族学者」か?』に行ってきました。ご登場になったのは、龍谷大学の松居竜五先生と京都大学の菊地暁先生。特に松居先生は、著書を何冊か目にしていましたので、興味津々で出かけました。
 研究とは縁遠いわたしにとって、学術書は、小説やエッセイと違い、言葉の定義の確認を含めて著者の考え方を理解するのにひと苦労します。だから、こういうトークイベントで、著者の生の声を聞きながら平易な言葉でお話しを伺うと、難しく考えてしまいがちな言葉の一つひとつが、すんなりと頭の中に入ってきます。言葉と言葉の繋がり、大枠の意味合いがぼんやりと見えてくるから不思議です。熊楠研究について松居先生は、南方熊楠の書庫、南方熊楠とコンピュータ、図鑑の中の宇宙、ロンドン抜書の世界、マンダラと生態系、十二支考という達成、という切り口でお話しになりました。
 南方熊楠については、このブログでも何度かとりあげてきましたが、最初の出会いは鶴見和子先生の「南方熊楠~地球志向の比較学」(講談社学術文庫)でした。どこまで熊楠のことを理解できているかは別にして、長いお付き合いをしています。リタイアが迫った昨年の7月には、わたしにとってはひとつのけじめとして、和歌山県田辺市にある熊楠邸を訪ね、お墓参りもしました。(注:「南方熊楠の墓前に報告」2016.7.16付)
 ことしはちょうど生誕150年という節目の年にあたり、いろいろな事業や行事が企画されています。年初には、オリジナル・フレーム切手「南方熊楠生誕150周年 和歌山が生んだ『知の巨人』」が発売されました。田辺市にある南方熊楠顕彰館では様々な催しが企画されていて、さる5月には田辺市名誉市民の称号が墓前に贈られています。年末から来年3月にかけては、東京上野の国立科学博物館で「現在の科学から見た南方熊楠」をテーマに「南方熊楠展」が開催される予定です。
 新聞・雑誌でも最近、特集記事を目にすることが多くなりました。NHKの「ラジオ深夜便」7月号でも特集されています。そしてなんと、近畿地方では6月28日から「南方熊楠生誕150周年記念 近畿宝くじ」が発売されています。わたしも記念に購入しました。
 ついついモノに拘ってしまいますが、熊楠は、この世の中、あらゆるものが、「心」と「モノ」のまじわりあうところに生まれる「コト」として在ることに注目します。そこに欧米の科学主義・合理主義とは異なる視点、考え方を提示します。単なる生物学者ではない。単なる博物学者でも民族学者でもない。欧米に追いつけ追い越せと四苦八苦してきたわたしたちの考え方に楔を刺すような、そんな大きなスケールで時代を見つめています。先行き不透明な時代だからこそ、そんな熊楠の知見が、いま注目を集めているのでしょうか。
 熊楠は臨終の床で「天井に紫の花が咲いている」という言葉を遺しています。それは夢うつつに現れたセンダンの花だろうと言われています。そのセンダンの木(写真)が熊楠邸の庭にあります。そのセンダンの花に、わたしは5月、京都御所で出会いました。遠目に見るとフジの花のように美しく、木全体が淡い紫色に包まれていました。
 とりとめのないお話しになってしまいましたが、熊楠のことを平易にお話しできるようになるには、まだまだ勉強が足りません。リタイア後も、手を動かし、足を動かし、全身を動かすだけでなく、時には硬直した頭脳を揺さぶるようなテーマを追う。そんな楽しさを味わいながら、これからの老後の生き方の、ひとつのスタイルを形成していきたいと思っていますよ(笑)。

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