振り出しに戻る「落陽日記」

旅や日々の生活の一コマ。60代半ば、落陽期を迎えながら気持ちは再び振り出しに戻りたいと焦る日々です。

プーシーの丘で見たラオス内戦の跡

2017-07-11 11:13:23 | 日記
プーシーの丘はルアンプラバーンの街の中心にある標高差150mほどの小高い丘で、頂上には金色の仏塔がある。

丘を登るには正面側の国立博物館の前から300段あまりの階段を直登するか、もう一つ丘の裏手に回ってナムカーン川のそばから比較的ゆるやかに続く山道を登る方法がある。

目当ては仏塔ではなく、頂上から眺める街やメコン川の景色で夕焼けに遭遇するととても良いそうだ。我々は裏道から汗をかきかき登り、正面階段を下ったが1時間もあれば街に戻れる。


画像はメコン川側と裏のナムコーン川側を撮影したもの。ナムコーン川画像の左端にルアンプラバーン空港が見える。

私が高校生の頃はベトナム戦争の時代で同時に隣国ラオスも混乱、内戦の時代だった。パテトラオ、ジャール平原、ルアンプラバーンなどニュースで呼ばれた名前は当時から覚えている。ラオスには当時の米軍が落としたクラスター爆弾やその他の不発弾が未だに数百万発と言うレベルで残っていると言う。現在でも不発弾によって亡くなる人もいるらしい。

山道を歩きながらそんなことを考えていると目の前に突然現れたのが対空機関砲の砲座と砲架らしき鉄のかたまり。

パテトラオ軍がルアンプラバーンの防空に設置したのだろうと想像したが実際に使われたのだろうか?



上の画像はルアンプラバーン空港を離陸直後に撮った街の中心部。メコン川とその支流のナムコーン川に挟まれている。街の真ん中の緑の部分がプーシーの丘で、頂上にある金色の仏塔がわかる。
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