カブトをぬげとは、言えないけれども。

新宿西口、通称、しょんべん横丁。
礼儀正しく云うと、思い出横丁。

1999年(平成11年)11月24日には大きな火災が発生し、
70店舗中28店舗が全半焼して、
再建をした記憶をお持ちの方もあるでしょう。

あの雰囲気が、なくなってしまったのかと、
先輩に連れてかれて、『朝起』という店に、
おそるおそる、暖簾をくぐった、青い思い出。
残念に思った記憶。



伊丹由字、に背中を押されて、
背伸びをしていた時期がある。

伊丹由字と言われても、そう、僕もよく知らない。
ロック評論家だと聞いていたが、
その筋の文章は、読んだことがない。

だからと言って、信用をしていなかった訳でなく、
むしろ、伊丹さんの、文章に、誘われて、
脚を棒にした口(ロックのロでなく、くち)で、
口(くち)にした口(くち)である。
(「ロ」: くち、である。)

『東京居酒屋はしご酒 今夜の一軒が見つかる、厳選166軒』(光文社新書、2004)
『超こだわりの店 百選勝負』(文書文庫PLUS、2006)

この2冊を頼りに、生意気に、当時、冒険をしていた。

二足の草鞋から、軸足を移すことは良くあることだ。
彼であり、彼女であり、あのひと、だなんて、
指を折って、言わなくてもだ。


災難を一部で、逃れて、昔ながらの佇まい、
炭の煤でデコレートされた電灯は、有名なオブジェだ。
新宿しょんべん横丁の『カブト』。
鰻の串焼きで、飲ます店だ。

以前から、通るたび、気にはなったいたが、
一見(いちげん)さんを、寄せ付けない、
特に、飲み慣れていない若僧などには、それが、あった。

伊丹さんに、少年よ、大志を抱け、と、大人への道だ、と、
おそるおそる、暖簾をくぐった。

お店のルールを一方的に、犯されるまま、
言われたままの自分から、

そんなに、頻繁に、通っていた訳でもなかったんだが、
「最近、ご出勤がないね」と、焼き手じゃない親父に言われても、
「最近、出社拒否で」と、やっとこさ、軽口がきけた、時があった。


今日の『カブト』、
脇にいた若い人が、すでに、焼き手となり、
一時、焼き手をしていた叔母さん、
親父が暗算で、会計していたのが、電卓をたたく。

味も、かわった、焼き加減も、かわった。

当然、だろう。
いまの味が、好きのひとも、いるだろう。
雰囲気を味わって、充分だと、帰るお客もいるだろう。

なぜ、あの味を引き継がなかったんだ、と言うのは、
お店の事情も知らない、部外者の感想だろう。

引き継ぐことが出来なかった、引き継がなかった理由(わけ)はある、はず。

厨房のふたりの親父さんとは、注文と、
最初の軽い挨拶のやり取りだけで、世間話などしたことがなかった。
常連さんとのちょっと立ち入ったやり取りを小耳にするだけだった。

親父の具合が良くないことくらいしか知らない。
それも、3、4年も前になるか。
いや、もっと前か。

佇まいを、つまみに、
いまの鰻の串焼きを、食べる趣味もない。

だったら、行かなければいい。
でも、新しい満足のいく味で、再会するかもしれないだろう。

素面で、一軒目で、楽しみにして、入ったんだ。

コップからこぼれた受け皿の金宮は、
裏切りはしなかった、けれども、ね。


さぶしい、まことに、さぶしい、世のながれ、です。
まったくもって、さぶしい、じぶん、も、いるのです、が。

昼間は、暖かだったが、
帰り道、木枯らしが、冷たかった。









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