朝と、夜の、あいだ。

「あ〜ァッ、畜生、ねッみィ〜なぁ〜っ」て、毒づき、叫びながら、
布団を、引っぺ返し、

けたたましく鳴る、目覚ましを、三度止め、
四度目が鳴る前に、跳び起きた。

この朝の儀式を、あと、何回、あと、何年、
繰り返さなければならないのか。

明日もだよ。

日曜日、明後日は、惰眠に耽る、ことができるだろう。


組織の仕業で、特等席で、口を開けて、眠るもの、
スマホで、ゲームと、画面を世話しなく、滑らすもの、
ラインで、ちょんちょん、画面を叩くもの。

毎日を、どう、捉えているのだろうか。

坐禅は、こたえを、くれるだろうか。

晩酌が、支えてくれるのだろうか。

ネットの、薄っぺらな、つながりだろうか。

この国のひとたちは、おとなしく、躾けられているのだろうか。

表面は、おとなしくしているが、内面は、どろっと、しているのだろうか。

内面の、どろっと、が、でると、
猟奇的とか、騒ぎ立てるが、商売っ気や、野次馬、以外で、
本当に、状況を心配しているのだろうか。

もちろん、被害者の方たちへは、
ご冥福を祈るばかりである。

問題は、未解決のまま、噂は、さびれて、
また、新しい話題が、問題と、騒ぎ立てる。

こうして、
眠い朝と、騒々しい話題が、続いて来たんだし、続いていくんだろう。

いまも、通勤の車内で、
新聞を、ガサガサ、音をたてて、読む、
50代の濃い茶色の丸みのあるサングラスをして黒い毛糸の手袋をした女性が、背中合わせにいる。

ちょっと、電車が揺れた瞬間に、身体が触れると、
穢(けが)れたものに、触れたように、
触れた箇所を、何度も、何度も、払い落とそうと自分の身体を叩く。

自分のだす新聞の音には、関心がなく、
自分に、触れると、他者に対しての、怖いくらいの過敏さ。

このアンバランスを、
よくいる他人(ひと)として、許容するのか、
可笑しなひととして、距離を置くのか。
怖さを感じるのか、
可哀想にと、哀れむのか。

犯罪レベルではないけど、
ちょっと触れて、大袈裟に、穢れたものとして、扱われた方としては、
愉快ではない。

この辺りの、お互いの捉え方、受け入れ方が、
まずは、境界線のいっせん、と、なってくるのだろう、か。

どちらにしても、所詮は、
健常者を気取った目線となっているのだろうか。

健常者、という、コトバも、
愉快では、ないけれど、も。








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