後ろ歩きの不思議おじさん

あっちこっちにポケットを一杯もった不思議なおじさんの特技は後ろ向き歩き。その右往左往振りは滑稽で、ちょっぴりもの悲しい。

息子が青瓦台(韓国大統領府)に採用された!!!

2017年06月14日 | Weblog

百姓仕事ではどうしても事故がつきものである
耕運機を扱うこともあるが、水運び中のバイク事故が一番心配だ
土曜日にねんざ・または骨にひびが入ったことによる痛みと腫れ
月曜日に整形外科でレントゲンを撮ったが、骨折は無し

『木口小平はシンデモ ラッパ ヲ クチカラ ハナシマセンデシタ』
という譬えをいってもタトエにならないほど時間が経った
日清戦争で出兵した歩兵の木口小平は、韓国仁川で清国と闘い被弾
進軍ラッパを吹きながら倒れ、それでもラッパを放さなかったという

この話は第二次世界大戦まで、戦争に刈り出された兵隊を
その精神性において支配する寓話として利用された

それでだ なぜケガをしたのかと言うと…
畑に水を引き入れる道具(堰止め)を決して手放さず
そのまま左足を溝の中に落とし、身体全体を道路に投げ出したのだ
身を挺して堰止めを守ったというか
堰止めのお蔭で何とか軽傷で済んだというか…
情けない話である

医師の診断は、どうやら ねん挫のようである
鎮痛剤と貼り薬を処方され「様子を見る」ことになった

さて昨夜は韓国、江原道、原州の協同組合の方々との交流会
出席するため早めに野菜たちに水を遣っているところに出席確認の電話
その場で胡瓜を収穫して、それを手土産に参加した


顔馴染の方々が3分の一はいらっしゃる
一番右が、原州の協同組合陣営をリードしてきた崔さん


ホテルの一室での2次会も大変な盛り上がりであった
なんとか終電車で帰宅したありさまだった

不思議おじさんには韓国に二人の「息子」がいる
肝胆相照らす交流の中で、互いに「韓国の息子」「日本のお父さん」と認めることになった
そのことは折に触れてこのブログでも書いてきた
一人は我が家に寄宿しながら生協運動を学んだ河(ハ)さん
彼はその後も徳島で無添加ハムソーセージ作りを実践的に学んだ

もう一人の「息子」のことは
韓国の生協とのお付き合いが始まった1997年にさかのぼる
様々な経緯はすでにこのブログでも紹介したので省略する

簡単に言えば…
軍事政権によって不当な扱いで在日韓国人の優秀な学者の卵がいた
彼は韓国の大学院で勉強中、スパイの疑いを受け拷問にあった
極めて優秀な語学力があったことから、警察から拷問時の通訳をさせられた
彼はすきを見て、妻子を連れて日本に逃げ帰った
軍事政権は、パスポート発給停止処分を下した
つまり日本に閉じ込めておくという罰を与えたのだった

学者の卵は失意の日々を14年も送った
縁があって不思議おじさんが始めた「ふれあい共生塾」の
ハングル講師を引き受けていただいた
そんなことからある日、以上の事情を聴く機会があった
塾生である市民が署名運動を始めた
不思議おじさんが金大中大統領に手紙を書いた
結果、その処分は取り消され、彼の自由は回復された
そのことは韓国はもちろん、日本のマスコミでも大きく取り上げられた

韓国でも大きく報道された
報道に接した韓国の協同組合から、
不思議おじさんの属する生協に交流申し込みが殺到した
沢山の生協が来られたが、20年を経過して、
今でもお付き合いしている生協は多くは無い
その中で、江原道原州の協同組合運動は 
不思議おじさんを惹きつける魅力を多く有していた
原州と言う人口30万人の町に、様々な協同組合があり
それらが連携して街作りを行っていた

そのリーダーがさきほどの崔さんであり、
その息子さんが不思議おじさんの「息子」だ

左が本当のお父さん(崔さん)
日本でも、韓国でも、もう20回ほどお会いしている仲である
東京でも、北海道でも協同組合の集まりで会っては酒を飲んだ

不思議おじさんが持参した胡瓜を旨そうに食べてくれている

「息子」はなにせ誠実である
理想を有している
現実的に物事を把握して判断できる
優しい
彼の写真は、過去のブログに多分アップしているとは思うが
そのお付き合いは20年近くになるので忘れてしまった

写真をそのままアップできない時代
ましてや共謀罪が可決されようとしている日本である
悲しい時代、怖い時代、息苦しい時代になったものだ

20年前、「息子」は身分的にも経済的にも遇されていない若者であった
いつ潰れるかわからない小さな町の医療協同組合のリーダーだった

結婚しようとする娘さんとも会ったことがある
ソウルにある高名なミュージカル劇団の女優だった
才気があり魅力的だった
崔さんの実家(食堂)でであったことがある
韓国民なら知らない人がいない歌手、作曲家のミンギさんの紹介だった
しかしその結婚は実らず、その後、別の女性と結ばれ今は2人の娘がいる

一昨年の不思議おじさんの訪韓時も、娘を連れわざわざ会いに来てくれた
その時、彼は様々な経緯を経て江原道の協同組合担当の役人になっていた

さて昨日は遅くまで懇親会だった
今日は、繁茂しすぎたナニワノイバラの剪定をするため
梯子に登ってチョキチョキしていた
鋭い棘を避けるために重装備して脚立に登っての作業
そこに携帯電話が鳴った

なんと 韓国の「息子」が
青瓦台(韓国大統領府)に呼ばれて、協同組合担当の役人に採用されたとの報せ
何ということだろうか!!!
脚立から落ちて、また手首をねん挫しそうになったものである

わかんないねぇ 人生は


そういえば、昨夜の交流会で崔さんは
「どうだい、息子はちゃんと仕事してるかい」
「孫はできたかい」
「外孫はダメだよ、内孫のことだよ」
などと言いながら、不思議おじさんの作った胡瓜をぼりぼりと齧っていた

彼の息子、すなわち不思議おじさんの「息子」が
青瓦台に採用されることはほぼ分かっていたらしいが
正式決定ではなかったので、昨夜は言うのを控えていたらしい

不思議おじさんが「ところで「息子」はどうしてますかねぇ」と問っていれば
恐らくこの話が出たのだろうが
不思議おじさんの気が回らなかったのである

今度韓国に行くときは、
不思議おじさんは、青瓦台を訪ねることになるのだろうか??!!

さて 何をお祝いに贈るのが良いのかなぁ

そういえば、もう一人の息子「河」さんは
原州のある生協の専務理事で2人のお子さんがいる
その生協の理事長が今回お越しになっていた
教養のある知性豊かに女性だった
河さんの依頼で、不思議おじさんの写真を撮って送れ、と言われていたとのこと
こんなジジイの写真を欲しいなんて若者が韓国に居る

それだけでも嬉しいなぁ
ありがとう








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