玩具の駱駝(おもちゃのらくだ)

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清水次郎長

駿府城をあとにして、やって来たのは清水です。
清水といえば東海道一の大親分と言われた清水次郎長って事で、散策してきました

           

こちらは清水次郎長の船宿「末廣」です。明治19年に次郎長が清水波止場に開業した
船宿を復元したもので、次郎長関係の資料を展示・紹介しています。入場は無料。

         

中に入ってみると次郎長人形が展示されてました。コスプレグッズも置いてあって
一緒に撮影出来ます

右は徳川家最後の将軍・徳川慶喜から頂いた熨斗目紋服。葵の紋が入っています。

清水次郎長は、1820年1月1日生まれ。本名を山本長五郎といいます。
若い頃は手が負えない程悪さをしたため、15の時に勘当され19歳の時に見てもらった
占い師から「25歳までしか生きられない」と言われた事から、短く太く生きよう、
ということでこの世界に。

講談でも有名な森の石松は次郎長の子分です。
1860年、森の石松は次郎長の名代で讃岐の金比羅様にお詣りしますが、その帰り道、
策略にあって都田一家に殺され、金を奪われます。
知らせを聞いた次郎長は子分の大政・小政らを連れて仇討ちに行き、
無事無念を晴らします。
講談では石松の「江戸っ子だってねぇ。寿司食いねぇ」の台詞も有名ですね。

次郎長はその後、地元清水の発展に貢献をし、三保の新田開発、巴川の架橋、
相良町の油田開発、英語学校の設立、蒸気船による海運会社の設立などしています。

ここ末廣には、直筆の書や写真などが多数展示されてました。
今回は特別展示とかで、このようなものもあったよ

           

           

           

10分も居なかったんだけど、次々団体客がやってきました大人気です。

           

巴川沿いにあった甲州廻米置場跡の碑。
甲州や信州からの年貢米がここに集められ、江戸に運ばれていったそうです。

  
    
巴川を越えて、次郎長通りを南下してやってきたのがここ次郎長生家です。
商店街のど真ん中にあったのはちょっとビックリでした。
お昼にも関わらず、人影も少なく閑散とした商店街はちょっと寂しかったよ

ここは次郎長が使った道具や井戸などが当時のまま保存されており
写真や資料も展示されています。入館は無料ってのも嬉しいね


ジャンル:
国内旅行
キーワード:
清水次郎長1860年1820年山本長五郎

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