rakitarouのきままな日常

人間様の虐待で小猫の時に隻眼になったrakitarouの名を借りて政治・医療・歴史その他人間界のもやもやを語ります。

抗がん剤治療は無意味か?

2016-09-26 23:11:40 | 医療

最近複数の雑誌などで手術や薬物治療を否定するような特集が組まれて、「医者も自分なら受けない治療」などというキャッチコピーで人気記事になっています。西洋医学が進歩して「急性疾患であれば治るのが当たり前」になる一方慢性疾患は未だに症状をごまかすことしか出来ない現状から、そのような西洋医学の弱点に対して伝統医学やまやかしとしか思えない施術がいかにも「一歩進んだ医療」といわんばかりの紹介をされることがあります。

 

「がん」医療については、早期癌については手術や放射線治療の技術が進み、「根治」できる場合が多くなってきました。しかし原発巣から遠隔転移や浸潤を伴う進行癌になってしまうと、種々の抗がん剤治療が発達してきた現在でもなかなか根治に至らず、「がん死」の転帰を取る場合が多いのが現実です。そこで「根治できない抗がん剤治療は無意味だ」「抗がん剤治療は製薬会社と医者の儲け手段だ」という主張がなされるようになります。確かに新しい抗がん剤は非常に高価な物も多く、1瓶60万円とか一日内服2万5千円といった物もあり、今話題の肺がん(腎癌にも適応追加)治療剤オブジーボは一回150万円、年間3600万円という途方も無い値段になります。それで癌が根治するのかというと、しません。

 

しかし古くからある比較的安価な抗がん剤や後発品であっても効果がある薬剤は沢山あるので、経済的な問題は一時置いておいて、ここでは「抗がん剤治療は無意味か?」という問題について考えたいと思います。

 

多くの識者が指摘するように、抗がん剤の多くはがんを「根治」することはできません。白血病やリンパ腫、一部の癌においては全身播種や転移を伴う癌も根治可能なものがあります。私も睾丸腫瘍で複数のリンパ節転移がある例を化学療法で根治に持って行った事が何人もあります。私の母も抗がん剤+放射線治療で食道がんを治療し、すでに5年再発がありません。しかし根治できない癌の場合はどんなに頑張っても駄目です。

 

では根治できない癌を抗がん剤で治療するのは「無駄」なことでしょうか。確かに抗がん剤が全く効かず、治療しても一方的に癌が進行して死に至る例もあります。また抗がん剤の副作用で患者が亡くなってしまう所謂「化学療法死」というのもあります。このような場合は「無駄」或は「やらない方が良かった」という結論になるでしょう。

 

しかし最近の化学療法は吐き気や骨髄抑制などの副作用対策も進んで、また治療効果も高いものが多く、10年前であれば半年程度しか生きながらえなかった進行癌が、治療をすることで2年3年と日常生活を送ることができるようになってきました。最終的には「がん死」に至るのですが、治療をしながら2年3年と自宅で普通に生活することを「無駄」「意味の無い人生」と決めつけることはできないと私は思います。根治を目指さず、日常生活が苦痛なく送れるような治療を行うtumor dormancy therapy(癌と共生する)という概念は特に高齢者の癌治療においては重要な考え方と言えます。以前「癌医療におけるこころの問題」とうブログテーマの際に触れましたが、人生において二つ三つの癌を経験することも珍しくない現代の長寿社会においては、「程々に癌を治療する」ということも医療の目標として良いと思いますし、超高齢者の癌は天寿癌として緩和的な医療のみ行う方向で良いと思います。実際現実の医療において、私はこのような考え方を実践しています。

 

「根治を目指さない癌治療は無意味」「癌と共に生きる人生は敗北」という考え方も人生観の一つとして「あり」「一つの見識」だとは思いますが、日本人の死生観は「肉体は死んでも魂はあの世で生き続ける」「死生一体」というものであり、死んだら神の審判が降りるまで復活はないといった一神教的な西洋思想とは別であると思います。だから肉体が完全でなくても「それなりに自分らしく生きる」ことができればその間を「無意味」と定義付ける必要はないと思います。できるだけ日常生活を続けることができる「抗がん剤治療」であれば、無意味だと決めつけるのは誤りだと私は考えます。

 

「がんとは何か」

少しテーマから外れますが、医師や専門家は常識としているところの「がん」の概念を正しく理解していない一般の人があまりにも多いことを普段患者さんと接していて痛感しますので、ここで「がん」とは何かについて触れておきます。

 

「がん」とは「身体の細胞が決まった機能を逸脱してしかも無限に増殖してしまう状態」を言います。だから身体の細胞の種類だけ癌にも種類があり、機能逸脱の状態も増殖の状態も様々あることになります。「がん」という決まった病気があるのではなく、機能を逸脱して無限増殖する細胞があればその「状態」を「がん」と表現しているにすぎないのです。「血液検査すればがんがわかるのでしょう?」「癌化する遺伝子は決まっているのでしょう?」いずれも間違いです(一部正解ですが)。ちなみに上皮由来のがんを「癌」非上皮由来のがんを「肉腫」といい両方あわせてひらがなの「がん」と言います。

 

従って、抗がん剤とは「機能の逸脱を戻す」「無限の増殖を抑える」「本来の自分の細胞でなくなった非自己である細胞を認識して殺す」といった作用機序が考えられます。機能の逸脱を戻すものには血液癌の治療に使うものがあり、増殖抑制はチロシンキナーゼ阻害剤やDNA合成阻害剤など最も種類が多い抗がん剤です。非自己を認識して殺すものは免疫療法剤や各種の抗体治療剤があります。「・・・でがんが治る」などという広告を良く見かけますが、「・・・」の部分が機能の逸脱を是正するのか、癌細胞の増殖を抑えることが立証されているのか、非自己であることを認識して殺すのかきちんと説明してあるのは希です。それが書いてないものは「インチキ」と断定して良いです。がんとは西洋医学でサイエンスに基づいて病理学的に定義付けられた「細胞の状態」であって「がん」という「ひとつの物」が漠然と存在する訳ではないからです。

コメント (2)
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