羅漢さんの托鉢日記

私の勤める、葬儀社羅漢では、お客様お一人お一人を訪問する、営業方法をとっています。これを托鉢と称します。  

戦国糸島の主役、原田家のおこり

2008-05-23 16:49:19 | 糸島の歴史
原田氏の菩提寺,曹洞宗太祖山金龍寺

高祖(たかすー福岡県前原市)にあるこのお寺に、
「大蔵朝臣原田家累歴案内」という案内板があり、
箇条書きふうに原田氏について書かれてある。

大蔵朝臣(おおくらあそん)原田家は、中国漢高祖劉邦(こうそりゅうほう)を
始祖となし八十代信種公まで続いたが、天正十五年四月十七日豊臣秀吉九州征伐の
みぎり、反抗して滅亡した。と冒頭にある。
内乱によって王位を奪われ、朝鮮半島に逃れていた漢二十九代阿知王というのが、
「東方に聖主あり」ときき、一族郎党を引き連れて日本に渡ってきた。
289年(応神天皇の頃)、天皇は大和国(奈良県)に地をあたえた。

その後、御略天皇の頃にいたり、諸国からの貢ぎ物を納めるための大蔵を建て、
管理をおおせつけた。(大蔵大臣といったところか)そして大蔵という姓をたまわった。
時代は下り藤原純友の乱がおこり、939年、大蔵春美(原田の祖)はこれを
箱崎に破る。
その功績により“征西大将軍”となり、筑紫原田(はるた)に居城をかまえ、
太宰府の守りについた。
これが、原田(はらだ)姓のもととなった。
さらに時代は下り、源平の頃源氏に敗れ西に落ちてきた安徳天皇を居城に迎えた。
平家滅亡ののち、高祖に城を築いた(たかすー原田家滅亡までここが居城となる)
とある。

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征西大将軍 藤原純友の乱
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