ソラから来たよ

このブログは「地球の謎解き」(http://sora.ishikami.jp/)の情報を元に構成しています。

地震雲の思い

2007年05月05日 10時28分58秒 | Weblog
高松塚古墳、解体に着手
>クレーンに取り付けた「コ」の字形の特殊器具「治具(じぐ)」(幅2・37メートル、奥行き61センチ、高さ82センチ)を下ろして天井石に慎重に装着し、締め付けによる新たな石材の亀裂など異常がないことを確認した後、天井石を挟んだ治具を、クレーンでゆっくりとつり上げた。取り外された天井石は、幅1・6メートル、長さ1・02メートル、厚さ47センチの凝灰岩。測定の結果、重さは約1・1トンだった。
解体現場の写真
(2007年4月5日付ニュース)

2007年3月6日
文化庁は石室を機械で釣り上げて解体するそうですが、これが古代に人間が造ったと考えられているのであれば、ぜひ人間の力だけで解体をしていただきたいと思います。

石室を造るために巨石を持ち上げるより、解体のほうが楽だと思いますが、機械のなかった古代に多くの巨大墳墓を人力だけで造ったと主張されている学者さんたちは、ぜひこの巨石の移動に参加していただきたいと思っています。

同じくピラミッドも人間が造ったと主張されている吉村教授は、ピラミッドの石をどのようにして造ったか実際に石を積みかけられて、事故で九死に一生を得られ中止されたそうですが、無理とわかっても人間が造ったと主張され、大学まで創られたそうですので、ぜひ解体の手作業に参加していただきたいと思います。

2003年12月13日
ギザのピラミッドは人間が作ったという番組を見ていると、私ともう一人が同時に歯の異常を感じる。聞くと

「嫌なのです。
イシカミが作ったものを、あのようにこじつけて言っているのが、、、。
小さな石を削ってあたかも人間が積み上げた、と説明しているのを見ると、
はらわたが煮えくりかえる思いです。
ピラミッドはイシカミが作ったと何度も言っているのに、、。
当時の人間は、猿を少し進化させただけの人間だったのです。
あの程度の能力しかありませんでした。
お仕事をしたシナイ山の巨人でした」

(ニューヨークのメトロポリタン博物館で見た、中学生が作ったようなお粗末な土人形が思い出される)
 
1)ギザのピラミッドは、イシカミの子供のお墓であり、イシカミの分身の巨人が作った。
エジプトには食料が多かったので、巨人は何代か続いてメムノンの巨像は遺体として自ら残した。

2)イシカミの子供の遺体の柔らかい内に、それを巨人が薄い布でオニギリを作るようにして四角にして積み上げていった。

3)ピラミッド型にしてしっかり上から形を整えたので、かみそり一枚入らないように組み立てられている。

4)内部の斜めの急な坂は、まだ柔らかい内に四角い棒を斜めに差し込んで作った。小さな人間が中を見たいと思っていたので、人間用に作ったのと、空気を入れるために作った。

5)頂上が剥がれずにつるつるで残っているのは、しっかりと三角にするために柔らかいうちに何度もていねいに上から撫でつけたためで、昔は全体がつるつるで光っていた。

6)オリオンの形(3つ)になっているのは、オリオンに、エネルギーを送って欲しいと、いて座のイシカミが応援を求めたため。

7)王の間の石の入れ物は、イシカミの指輪入れの為に作った。

8)王の間は、部屋を作ってから蓋のようにして頂上部分を乗せた。あの重い箱がどうしてあの部屋に運び込まれた説明がされていない。

9)小さな石を削ったり、積み上げたりして、説明されていたが、240kgもの石を少しの狂いも無くあのような大きさに積み上げる事は、当時の技術では到底不可能であるし、現在の技術でさえ不可能とされている。

10)ギザのピラミッドを真似して、後年人間が作ったものは全て壊れている。

11)作業日記が残っているのは、ピラミッドを作るためでは無く、イシカミの巨人によって既に作られていたピラミッドの上に、漆喰を塗りきれいにするための作業であった。

12)後年の建築物にはヒエログリフが書かれているが、ギザのピラミッドは何も書かれていなく、後年イシカミの巨人がいなくなってから、人間のクフ王が自分の名前を書かせた。

13)クフとは空、クウ、すなわちイシカミがソラから来た事を知らせる為に、イシカミに教えられて名前を名乗った。
クフ王は始めての人間の王でもあり、イシカミの子孫の最後の王もクフ(クウ=空の者)と言った。

14)スフインクスは、(支配星プレアデナイが降ろした)ネコの顔を、人間の顔に作り替えたもの。

15)作業者の村は、ピラミットを装飾したり、スフィンクス(ネコ)の顔を、人間の顔に作り替える為の村と言われた。
それらは、イシカミの子孫の最後の王(クフ)にその名前を貰った小さな人間のクフ王が頼まれたから。

(エジプト、メソポタミア等、古代の像でとても小さいのがあるのは、イシカミの子孫が大きかったのを比較しているからと)

以上のようにピラミッドは作られた、とイシカミから伝えられている。
世界中の巨石遺跡は人工で作られているが、かみそり1枚入らないくらいに作られ、現代の技術でも不可能とされている石組みがあるが、謎とされそのまま解明されていない。

先日関西の方から知らされた 写真↓(12月9日の地震雲らしきもの)は、ピラミッドのTVが放映される事を知ったロボットがイシカミに伝えた為に、怒りをあらわした雲だと伝えられました。
縦向きな途切れた雲はソラのものが、巨大地震を起こす事を反対した事(あまり大きくなかった)をあらわした雲だという事を先ほどのビジョンで知らされました。

2003年の地震雲画像

【ビジョン】
1)“横向きに5mmくらいの細い線が何本も左から右に流れていく”
2)“極細かい縦向きの点が、斜め上から雨のように降り注ぐ”
3)“太くてグレーっぽい光の柱が下から上に向かって突き上げてくる”
横向きがイシカミの意識、斜め上から降りてくるのがソラのものの意識で、両方の意識が地震としてのエネルギーとなって、播磨灘の地震として(イシカミが作ったピラミッドを認めない事に)抗議したと知らされました。

2007年4月18日
人間が石室を造ったというのであれば、ぜひ人間の力だけで石板を取り外したり、運んだりしてほしいです。
巨大な特殊装置でしか運べないのであれば、どうして人間がお墓のために創ったという説を取り下げないのでしょう。
少なくとも人間が古代に造れたか不思議だというコメントがあっても良いと思うのですが、決してありません。

2007年3月26日
「イシカミの原子たちはいつも次のことを連絡しあっています。
それは原子たちが地球にいて、地球を形成していることを忘れないようにするためです。
イシカミの原子たちが、地球にいることを忘れて手をつなぐことをやめたら地球は崩壊してしまうからです。
そのことをしっかりと伝えてください」

このことでも地球を創ってくれている原子たちに、私たちは感謝をしなければならないかよくわかります。
けれども現実に地球はただの岩、土、山と思い、人間が一番賢い、何でもわかっていると思う傲慢な思いが抜けないため、さらなる知らせ=警告をしてくるのだと思います。

2007年3月17日
《ビジョン》
“白い丸に白くていろいろな形の模様があらわれ覆われていたが、少しずつ消えていき、最後に白い丸と白馬に乗った白い騎士を思わせる模様が右端にあらわれる”

意味は
「白い丸は地球をあらわします。
地球がシリウスB、Cなどのエネルギー体(=白いいろいろな模様)に支配されていたが、それが少しずつ消えていきエネルギー体がいなくなったことをあらわしています。
白地の地球になったのは、(イシキの世界では)スタートに戻ったことをあらわすのです」

(白馬の騎士は宇宙の存在たちをあらわすようで、あまりに悪くなった地球を白馬の騎士が攻めて滅ぼすのか、地球を見守るのかどちらにしようか見ていることをあらわしているようで、聞いてもどちらの意味か返事はない。
人間の思いで地球はどのようにでもなるということを知らせているようです)

2005年12月27日鹿児島へ向かう途中の雲の画像
送ってくださった画像です。
仲良し同士が固まって、行進しているようです。
実際、同じ思いが固まり、同じ思いに進んで行っているようです。
これがピシッと固まるとそれだけ、実際起こることも大きな結果であらわれるので、地震雲の意味がわかります。

・発生時刻 2005年12月28日 18時46分ごろ
・震源地 茨城県南部 深さ 50km M 4.8 震度4 福島県 茨城県 栃木県

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以上、ソラからの伝言より。
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