臆病なビーズ刺繍

 臆病なビーズ刺繍にありにしも
 糸目ほつれて今朝の薔薇薔薇

「三輪良子歌集『木綿の時間』」鑑賞

2017年05月09日 | 諸歌集鑑賞
○  子を三人みたり生みて育てし歳月はたとへば木綿のやうなる時間

○  白雲に〈まゐりました〉といふやうな消え方をさせ満月が出る

○  要介護5の<5>は鍵のやうな文字 春のとびらをこじ開けてくる

○  向きあひて菜豆のすぢ母とひく つういつういと日のあるうちに

○  虹のまた向かうに虹の立つ夕べ過ぎし人らの影を照らせり

○  崇福寺 正覚寺下 思案橋 サ行の音おんの響きあふ町

○  花筏あまた浮かべてたゆたひぬ海にとけ合ふ室見の川は

○  五十五歳の日に飾りたるむらさきの石冷えびえと首を温む

○  ジャンプ傘ザバッと開き帰りゆく相づちを打ちすぎたる夕べ

○  はい、恋に捨ててもいいと思ふ命すてずに今も持つてをります

○  鳴く蝉の一心不乱を「婚活」といふ友のゐてひと日かがやく

○  育児書の<余白>が大事 子育ては抱きしむること笑まふことから

○  一粒づつ梅を返せばその度に塩の濃くなる私のこころ

○  ねこじやらし揺らす三歳 全身で笑ふ一歳 椎の木かげに

○  攻撃は苦手なる子のポジションはいつもディフェンス風ばかり見て

○  息子とは楡のやうなり風すうと立たせて片手上げてゆくなり

○  ぎらぎらを過ぎてしらじらその後をしらしらと月照り渡りたり

○  「胡瓜断ち」「博多手一本」「鼻取り」や「鉄砲」山笠の言葉も奔る

○  二百歳、三百歳の樹が若者のやうな貌せりロンドンに生き

○  継ぐ者の絶えし故郷の墓を洗ふ段々無口になりゆく母と

○  緩びつつふはり惚けてゆく母を見ることもなし四十歳のままで

○  踏ん張つて夕焼け空を仰ぐ母さびしいともう言うてもええよ

○  おかあさんあなたの笑顔は世界一娘の名前忘れてゐても

○  われに倦み人に倦みたる秋ひと日カラスことばで話をしよう

○  どつさりと野菜買ひきて煮炊きする明日の鬱につまづかぬやう

○  「水瓶座」なる星なれば折々に泣きたいときを少し傾く


 家族をテーマにした一冊と言っていい。三人の子を育てた時間を「木綿のやうなる時間」と歌っている。木綿といえば、肌ざわりがよく、じょうぶ。通気性がよく涼しい、また
厚手にすれば温かい。三輪さんはきっと「木綿のやうな」母親だったのだろう。(伊藤一彦・跋より)


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