臆病なビーズ刺繍

 臆病なビーズ刺繍にありにしも
 糸目ほつれて今朝の薔薇薔薇

アンギラスの餌に供せられたる野上卓氏の短歌

2013年12月12日 | ブログ逍遥
 退屈任せに黒田英雄氏の御ブログ『黒田英雄の安輝素日記』をペラペラと捲っていたところ、「『短歌人』12月号会員欄秀歌選」に朝日歌壇でお馴染みの野上卓氏の御作が掲載されているのを発見した。
 事の重大性と意外性とに驚いて、私は、急遽、蒸しタオルで顔を拭った後、件のブログの昨年の五月分から本日分までを、目を皿のようにして閲覧させていただいたのである。
 何分、老耄極まりない私のことでありますから、当然の事乍ら見落としなどの不備もあり得ましょうが、野上卓氏が、所属短歌誌『短歌人』にご投稿なさった作品の中の次の九首が、「歌壇のアンギラス」こと黒田英雄氏の厳しき御眼力に適ったと見受けられ、それぞれの月の「秀歌選」に晴れの入集を果たしていたので、先ずは、それをそのまま当ブログに無断転載させていただた上、大変失礼ながら、後日、老耄若輩なりの寸評を加えさせていただきますので、作者の野上卓氏並びに選者の黒田英雄氏に於かれましては、何卒、ご許容下さいますよう、宜しくお願い申し上げます。
 事の序でに申し上げますが、『古今和歌集』以来の勅撰集時代の歌人諸賢は、勅撰集に自作品が入集すると、親戚縁者一族郎党を招待して、盛大なる饗宴を挙行された、とのこと。
 野上卓氏は、人も知る「歌会始の儀」の入選歌人であり、畏れ多くも今上陛下並びに皇后陛下の御前で、詠進歌のご披講に及んだ、栄えある歌詠みではありますが、この度の御慶事に際しては、如何なる饗宴を挙行なさったのでありましょうか?

  売れぬ絵を引き上げて去る老人にお疲れさまと画廊の主は(2013/12)

  この国の悲哀のひとつ大陸の朱鷺を放ちて孵化を喜ぶ(2013/8)

  メーデーのデモの終われば参加者はパートばかりの居酒屋で飲む(2013/5)

  屠畜場の壁あつくして塀高く死にゆくものの声は届かず(同上)

  上目遣う部下の視線も落ち着けりわが退任の日を伝えれば(2012/12)

  王冠を二度叩いてから栓を抜く儀式もありぬ壜のキリンに(2012/11)

  「わかった」といえばションベンして寝ろで常に終わりし父の小言は(同上)

  自由とは若き女のことならん股下おおよそ風にさらして(2012/10)

  復興会議に老人たちが集いきて生きてはおらぬ未来論じる(2012/7)

 それにしても、皮肉たっぷりの作品であり、「『如何に詠むか?』という事よりも『何を詠むか?』という事が大切である」と主張して憚らない、「黒田英雄氏好み」の作品ではある。


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