(ふみまろ)
南北をつなぐ海道どの島にいたのだろうかあの花嫁は
あの話題の「花嫁」は、今となっては、この瀬戸内海のどの島にも住んでいませんよ。
あの華やかな<嫁入り舟道中>の途中に、元カレが故意に起こしたモーターボート衝突事件のどさくさに紛れて、花嫁衣裳のままに逃亡した彼女は、その後上京して人気抜群の演歌歌手になった。
そしてその人気の最中に、十数歳も年下の品の悪いステージダンサーと結婚したのであるが、やがてその下品なダンサーとも別れ、現在は、ある後期高齢実業家の愛人となって、都内某所のホテルに囲われているという噂である。
〔返〕 瀬戸内の海を汚した紅の花嫁衣裳の行方知れずも 鳥羽省三
(晴流奏)
大空にチョークで描く南北を分かつ飛行機雲の直線
今となっては、あの朝鮮半島を南北に分ける北緯38度線の上空に、飛行機雲の直線を描く者は誰一人として居なく、カササギだけが時折り水面を掠めて飛び交っている。
〔返〕 イムジンの水面を分けて泳げるは体長五尺の肉食雷魚 鳥羽省三
(詩月めぐ)
南北に長い国だと思うのは桜と梅雨つゆと初雪の季節とき
その季節ともなれば、私たちは「桜前線」「梅雨前線」「初雪前線」などという、我が国の気象と風物とに関した言葉を耳にします。
こうした趣き深い言葉が我が国に生まれたのは、我が国が南北に長い国だからなのでしようか、東西に細長い国だからなのでしょうか?
〔返〕 午後八時卓袱料理を食べながら東と西の時差を感じる 鳥羽省三
(れい)
スーパーが解体されて行く空を群れなす鳥が南北に渡る
私は、生来の物好きが嵩じて、散歩の途中などに、建築物の解体現場の様子に見とれることがありますが、我が国のほとんどのスーパーマーケットの建物は、プレハブ建築ですから、流通業界の不況が声高に叫ばれている今日では、本作で詠まれているような光景は、日本全国至る所で毎日のように展開されているかと思われます。
それとは別に、少し細かい表現についてですが、四、五句に「群れなす鳥が南北に渡る」とありますが、通常、渡り鳥に限らず、いや渡り鳥は特に、鳥類が群れ成して飛ぶ時は、南にしろ、北にしろ、常に一定方向に向かって飛んで行くものと思われますが、この点はいかがなものでしょうか?
読みようによっては、丁度その時、南から来た夏鳥と北に向かう冬鳥とが、このスーパーの解体現場の上空で交錯したとも思われますが、その点もいかがなものでしょうか?
〔返〕 サーカスの天幕小屋の上空を名残惜しげに飛び交う燕 鳥羽省三
(K)
南北にのびる道路のむこうがわ陽炎だけが僕を欲する
この一首の意味は、「『南北にのびる道路のむこうがわ』には、いろんなものが見えるが、その中で、『僕』の欲情を刺激するものは、あの『陽炎だけ』だ」というのでしょうか?
だとすれば、本作の作者の分身の「僕」は、その「陽炎」を見つめながら、欲情を処理するための行為に耽るのでしょうか?
〔返〕 天空に伸びるジャツクの豆の木が幼き彼の欲情そそる 鳥羽省三
(越冬こあら)
南北を合わせ赤道赤テープ地球を一つ完成させる
地球儀を造る工場の作業工程が、そんなものだとはとても信じられないが、それなりの説得力を持った一首である。
〔返〕 赤道が二つに分ける国々は赤いテープで南北分断 鳥羽省三
(伊倉ほたる)
バカンスは南北なら逃避行 語り継がれる常識として
作者・伊倉ほたるさんは、女優・岡田嘉子と杉本良吉との北樺太への逃避行事件を頭に置いて本作を詠んだと思われるが、厚い世界史をひもとけば西のヨーロッパから東のロシアへと逃避行をした人々が沢山居ります。
それはともかく、あの岡田嘉子と杉本良吉とのロシア領・北樺太への逃避行は、幾時代を隔てて「語り継がれ」て、今では、「逃避行」と言えば、<南から北へ>との常識が定着したのかと思いますと、ある種の感慨を覚えます。
因みに、私の家内の両親は、昭和十年代の半ばに、北東北の田舎町から東京に逃避行したという前歴の持ち主であるので、家内の姉は、東京の西麻布の陋屋で生まれたということです。
彼と彼女とは、共に田舎の小地主の家に生まれながら、今で言う社会主義の思想に被れていて、彼女が彼を唆して東京への逃避行に及んだそうです。
えっ、私の家内の生まれた土地ですか?
私の家内は、羊の手によって両親が探し出されて、無理矢理田舎に連れ戻されてから生まれたので、自慢するわけではありませんが、チャキチャキの田舎者です。
〔返〕 逃避行ならざる故に我らはも時折り軽き争ひもする 鳥羽省三
南北をつなぐ海道どの島にいたのだろうかあの花嫁は
あの話題の「花嫁」は、今となっては、この瀬戸内海のどの島にも住んでいませんよ。
あの華やかな<嫁入り舟道中>の途中に、元カレが故意に起こしたモーターボート衝突事件のどさくさに紛れて、花嫁衣裳のままに逃亡した彼女は、その後上京して人気抜群の演歌歌手になった。
そしてその人気の最中に、十数歳も年下の品の悪いステージダンサーと結婚したのであるが、やがてその下品なダンサーとも別れ、現在は、ある後期高齢実業家の愛人となって、都内某所のホテルに囲われているという噂である。
〔返〕 瀬戸内の海を汚した紅の花嫁衣裳の行方知れずも 鳥羽省三
(晴流奏)
大空にチョークで描く南北を分かつ飛行機雲の直線
今となっては、あの朝鮮半島を南北に分ける北緯38度線の上空に、飛行機雲の直線を描く者は誰一人として居なく、カササギだけが時折り水面を掠めて飛び交っている。
〔返〕 イムジンの水面を分けて泳げるは体長五尺の肉食雷魚 鳥羽省三
(詩月めぐ)
南北に長い国だと思うのは桜と梅雨つゆと初雪の季節とき
その季節ともなれば、私たちは「桜前線」「梅雨前線」「初雪前線」などという、我が国の気象と風物とに関した言葉を耳にします。
こうした趣き深い言葉が我が国に生まれたのは、我が国が南北に長い国だからなのでしようか、東西に細長い国だからなのでしょうか?
〔返〕 午後八時卓袱料理を食べながら東と西の時差を感じる 鳥羽省三
(れい)
スーパーが解体されて行く空を群れなす鳥が南北に渡る
私は、生来の物好きが嵩じて、散歩の途中などに、建築物の解体現場の様子に見とれることがありますが、我が国のほとんどのスーパーマーケットの建物は、プレハブ建築ですから、流通業界の不況が声高に叫ばれている今日では、本作で詠まれているような光景は、日本全国至る所で毎日のように展開されているかと思われます。
それとは別に、少し細かい表現についてですが、四、五句に「群れなす鳥が南北に渡る」とありますが、通常、渡り鳥に限らず、いや渡り鳥は特に、鳥類が群れ成して飛ぶ時は、南にしろ、北にしろ、常に一定方向に向かって飛んで行くものと思われますが、この点はいかがなものでしょうか?
読みようによっては、丁度その時、南から来た夏鳥と北に向かう冬鳥とが、このスーパーの解体現場の上空で交錯したとも思われますが、その点もいかがなものでしょうか?
〔返〕 サーカスの天幕小屋の上空を名残惜しげに飛び交う燕 鳥羽省三
(K)
南北にのびる道路のむこうがわ陽炎だけが僕を欲する
この一首の意味は、「『南北にのびる道路のむこうがわ』には、いろんなものが見えるが、その中で、『僕』の欲情を刺激するものは、あの『陽炎だけ』だ」というのでしょうか?
だとすれば、本作の作者の分身の「僕」は、その「陽炎」を見つめながら、欲情を処理するための行為に耽るのでしょうか?
〔返〕 天空に伸びるジャツクの豆の木が幼き彼の欲情そそる 鳥羽省三
(越冬こあら)
南北を合わせ赤道赤テープ地球を一つ完成させる
地球儀を造る工場の作業工程が、そんなものだとはとても信じられないが、それなりの説得力を持った一首である。
〔返〕 赤道が二つに分ける国々は赤いテープで南北分断 鳥羽省三
(伊倉ほたる)
バカンスは南北なら逃避行 語り継がれる常識として
作者・伊倉ほたるさんは、女優・岡田嘉子と杉本良吉との北樺太への逃避行事件を頭に置いて本作を詠んだと思われるが、厚い世界史をひもとけば西のヨーロッパから東のロシアへと逃避行をした人々が沢山居ります。
それはともかく、あの岡田嘉子と杉本良吉とのロシア領・北樺太への逃避行は、幾時代を隔てて「語り継がれ」て、今では、「逃避行」と言えば、<南から北へ>との常識が定着したのかと思いますと、ある種の感慨を覚えます。
因みに、私の家内の両親は、昭和十年代の半ばに、北東北の田舎町から東京に逃避行したという前歴の持ち主であるので、家内の姉は、東京の西麻布の陋屋で生まれたということです。
彼と彼女とは、共に田舎の小地主の家に生まれながら、今で言う社会主義の思想に被れていて、彼女が彼を唆して東京への逃避行に及んだそうです。
えっ、私の家内の生まれた土地ですか?
私の家内は、羊の手によって両親が探し出されて、無理矢理田舎に連れ戻されてから生まれたので、自慢するわけではありませんが、チャキチャキの田舎者です。
〔返〕 逃避行ならざる故に我らはも時折り軽き争ひもする 鳥羽省三