臆病なビーズ刺繍

 臆病なビーズ刺繍にありにしも
 糸目ほつれて今朝の薔薇薔薇

「現代詩手帖・2017年1月号」より

2017年06月17日 | 古雑誌を読む
      玄冬沈思    中村稔

 
  透明な空にすっくと茎を立て、その先端に
  光をうけとるかのように黄の花弁をひろげるツワブキ、
  深い緋色の花々をつけていたホトトギスも
  いま色褪せて、すでに冬はふかい。

  私は憤ることに倦きている。
  憤ってどうなることでもないと知っているから。
  私は諦めることに倦きている。
  諦めるより他ないと知りすぎたから。

  私は残された歳月を思うことに倦きている。
  いつ不意に私に残された歳月が終るか分らないから。
  私はボロ布のように生きている。
  私は空虚で、ひどく傷ついてきたから。

  私は地鳴りのような地底の声に耳をすます。
  来る日も来る日も死者の列が続いている。
  首うなだれた死者たちは夕陽を浴びながら
  口々に私たちは無辜にして死んだのだと呟いている。

  私は透明な空にすっくとして立つツワブキに見やり、
  色褪せてなお可憐なホトトギスを見やり
  いま私が生きている貴重な時間が過ぎ去り、
  過ぎ去っていく時間を無心に見やっている。



 中村 稔(なかむら みのる、1927年1月17日 - )は、詩人、弁護士・弁理士、評論家。日本芸術院会員、日本近代文学館名誉館長。千葉県木更津市生まれ。父・光三は、尾崎秀実、リヒャルト・ゾルゲの予審担当の主任判事[1]。東京府立第五中学校から第一高等学校を経て、1950年、東京大学法学部卒。大学在学中に司法試験に合格し、1952年弁護士・弁理士登録。1946年『世代』に参加、1950年第一詩集『無言歌』を刊行。1967年詩集『鵜原抄』で高村光太郎賞、1977年詩集『羽虫の飛ぶ風景』で読売文学賞(詩歌俳句部門)、1988年『中村稔詩集 1944-1986』で芸術選奨文部大臣賞、1992年『束の間の幻影』で読売文学賞(評論・伝記)、1996年『浮泛漂蕩』で藤村記念歴程賞、98年日本芸術院会員、『私の昭和史』に至る業績で2004年度朝日賞、2005年『私の昭和史』で毎日芸術賞、井上靖記念文化賞受賞。2006年から10年まで芸術院第二部長。2010年、文化功労者。2017年、『言葉について』で現代詩人賞受賞。宮沢賢治、中原中也の評論・伝記は複数著した。日本近代文学館理事長を経て名誉館長。弁護士・弁理士としては、知的財産法一般を専門とする。1952年に中松澗之助が代表者であった中松特許法律事務所(現中村合同特許法律事務所)に入所。中松の急逝後の1974年から1993年まで、中村合同特許法律事務所代表パートナーを務め、現在は同事務所パートナー。日本弁護士連合会無体財産権制度委員会委員長(1979年 - 1981年)、国際知的財産保護協会本部執行委員(1966年 - 1991年)、日本商標協会会長(1988年 - 1995年)などを歴任し、「知財の中村」と称されている。
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