臆病なビーズ刺繍

 臆病なビーズ刺繍にありにしも
 糸目ほつれて今朝の薔薇薔薇

今週の朝日歌壇から(12月5日掲載・其のⅠ・野沢菜を漬け込む桶は嫁に行き)

2011年12月07日 | 今週の朝日歌壇から
[佐佐木幸綱選]

〇  「惨めだね」防護服着た友が言う一時帰宅の敷居またぐ朝  (白河市) 舟部 勲

 作者と「友」との位置関係が曖昧な作品である。
 白河市在住の作者・舟部勲さんは、作中の「友」が「一時帰宅の敷居をまたぐ朝」に、彼と同行したのであろうか?
 〔返〕  見舞金白河市には出さぬという同じフクシマ同じ被災者   鳥羽省三   


〇  野沢菜を漬け込む桶は嫁に行き重石は納屋に一人で暮らす  (松本市) 丸山婦起子

 本場の信州と言えども、子供の背丈より高い「桶」に「野沢菜」をたっぷりと漬け込んだのは、本作の作者・丸山婦起子さんのお母さんや姑さんが現役主婦の頃までのことでありましょうか?
 「嫁」に行った「桶」は胴切りにされて花壇のコンテナーになり、来年の春にはチュウリップの花を沢山咲かせるに違いありませんから、「重石」もそれなりの用途を熟慮され、一日も早く、「納屋」での寂しい「一人」暮らしから解放してやって下さい。
 〔返〕  漬物の重石で出来た門柱に丸山寓居と白き表札   鳥羽省三


〇  あたたかき湖の小波に身をまかせ避寒の鳥はただただ眠し  (浜松市) 松井 恵

 小春日の浜名湖の水は、人間にとっても「鳥」にとっても、「避寒」の為の温かく柔らかいベッドのように見えるのでありましょうか?
 だとしたら、「ただただ眠し」とは、最近疲れ気味の作者ご自身の切ない願望でもありましょうか?
 〔返〕  波荒き遠つ淡海に身を投げてみさを守りし乙女もあらむ   鳥羽省三


〇  だんだんと遠州弁にそまる子に心ざわめく越後弁の母  (浜松市) 石田佳子

 それが、故郷・越後を離れて浜松市で暮らす母親の子としての成長の証しでもありましょうか?
 だとしても、少しぐらいは寂しい気がするのでありましょう。
 私の弟が大阪府の高槻市で所帯を持っておりますが、彼の三人の子供たちが、三人が三人とも大阪弁で話し、大阪的な思考に慣れているのだと思うと、私は時々呆然としてしまうことがあります。
 〔返〕  時折は大阪弁など口にして「元気でいるか」と電話をくれる   鳥羽省三


〇  前髪のカールはたぶん取れるだろうそれでも強く踏みたいペダル  (さいたま市) 五十部麻

 今や自転車時代到来!
 「前髪のカール」が「取れる」ことなど気にせずに、毎朝の通勤や通学に、自転車の「ペダル」をどんどん「踏み」なさい!
 “さいたま市”は平地ばかりですから、自転車天国でありましょう!
 週末の晴れた午後には、見沼田圃のサイクリング・ロードにも出掛けましょう!
 〔返〕  週末は髪の乱れも気にせずに見沼田圃でチャリンコ飛ばす   鳥羽省三
      元旦は描いた眉毛を逆立てて氷川女體にチャリンコ参詣


〇  チェイン・ソーでメープルを切る太き腕ゆれればタツーの紅葉もゆれる  (アメリカ) 西岡徳江

 「タツー」と言えば、我が国の入れ墨。
 我が国で“入れ墨者”と言えば、昔から相場が決まっていたような気がしますが、欧米人の「タツー」好きにも呆れる思いがします。
 彼らは人種を問わず、本質的にヴァイキングの末裔なのでありましょうか?
 〔返〕  新宿で春を売ってる細き腕バイバイするときタツーがちらり   鳥羽省三


〇  ライト側スタンド残し爆心の市民球場解体進む  (柳井市) 沖原光彦

 「解体」工事がそこまで進んだのですか。
 広島「市民球場」の「ライト側スタンド」の椅子には、たった一度きりですが、私も座ったことがありまして、それだけに、一抹の侘しさを感じながら本作を鑑賞させていただきました。
 「爆心」と言えば、我が国のプロ野球界で、三千本安打を記録している唯一の選手である張本勲氏は被爆体験を持っているということです。
 高校野球で、広島商業高校が全盛を極めていた頃にも、被爆球児とか母の胎内で被爆したという経歴を持った球児が話題となったことが、今となっては哀しくも懐かしく思い出されます。
 〔返〕  広島に長崎第五福竜丸そして福島被爆国日本   鳥羽省三


〇  駅前で尺八を吹く人がいてあらためて聴くノヴェンバー・ステップス  (神奈川県) 務台和男

 町田駅前辺りで目にした光景でありましょうか?
 「ノヴェンバー・ステップス」と言えば、作曲者は武満徹。
 彼の死はあまりにも早過ぎ惜しまれます。
 「高石ともやとザ・ナターシャー・セブン」が歌ってヒットした反戦歌『死んだ男の残したものは』は、谷川俊太郎作詞・武満徹作曲である。
 我が国は、あの歌を“国歌”とまでは言いませんが、“国民歌”とした方が良さそうです。
 〔返〕  武満が死んで残せし反戦歌『死んだ男の残したものは』   鳥羽省三
      高石が未だ歌へる国民歌『死んだ男の残したものは』  


〇  闇深き丹後の海の漁り火が少なくなって夜が更けてゆく  (生駒市) 宮田 修

 本作の作者としては、そうした意図が無かったということは重々承知しておりますが、仮に、詠い出しの「闇深き」が「丹後」に係る枕詞であるとしたら、「丹後」という地名の持つどのような要素が「闇深い」という言葉と関連するのでありましょうか?
 丹後縮緬などの伝統的な繊維産業や漁業や観光業の不況などなどと、いろいろとつまらないことを思案してみましたが?
 〔返〕  闇深き祖国日本の行く末を転換する如き辰年もがな   鳥羽省三
 

〇  山ガール紅染まる鎖場を取り付き登る肢体露わに  (川口市) 東山景一

 “登山好き”で“渓流釣り好き”な旅行作家の釣部渓三郎名探偵が大活躍する三文推理小説の作家・太田蘭三氏の作品世界を彷彿とさせる一首である。
 五句目に「肢体露わに」とあるが、その「露わ」な「肢体」が、朴訥な山男を殺人へと誘うのである。
 折しも、かつてのオリンピックで二連覇した元柔道選手が准婦女暴行容疑で逮捕された、との新聞報道が為されている。
 〔返〕  打司馬は寝技が得意か股割りか黄金に輝くメダルも空し   鳥羽省三