(浅草大将)
〇 きのふ今日冬の眺めもあすか川待てば早瀬の春に会ふべし
古今和歌集(巻第十八・雑歌下)に「世の中はなにか常なる飛鳥川昨日の淵ぞ今日は瀬になる」という和歌が収録されている。
その意は、「この世の輪廻転生は果てし無いものであり、今、私たちが目前にしている、あの飛鳥川でさえも、昨日まで淵であったものが今日は瀬になったものかも知れない」というものであり、一首の中に「昨日・今日・明日」という、言わば「過去・現在・未来」の三世を詠み込んだだけが味噌の極めてつまらない内容の歌であり、世俗的教訓を含んだ道歌が流行した中世以降近世まで、更には、明治以降現在に至るまで、世俗的教訓を事とする歌人に拠って、同じような趣向の和歌が滔々と詠み続けられ歌い継がれて来たのである。
私が、「『題詠blog2012』鑑賞」の劈頭に採り上げようとしている本作も亦、その流れを汲むものとして鑑賞するべきであり、現代短歌と言うよりは、中近世好みの世俗的教訓を諭した道歌と言うのが適切な評価でありましょう。
〔返〕 昨日今日チャゲ&飛鳥は「ひとり咲き」ミリオンセラーを連発してる 鳥羽省三
四半世紀以上も前に『ひとり咲き』でデビューした「チャゲ&飛鳥」を採り上げたならば、本作の作者・浅草大将さんと一緒に私も亦、「飛鳥原人みたい!」と、讃岐国は粟島住民の“北さん”に笑われましょうか?
〔返〕 森恵が「いきものがかり」を歌うとき東天紅さえ顔を赤らむ
浅草を中心とした大道芸人として、現在、「東京大衆歌謡楽団」が世の人々から注目され、間もなくメジャーデビューするような勢いであるが、プロ歌手を目指す者の路上コンサートとして私にとって忘れられない存在は、森恵という歌唱力抜群の女性歌手である。
彼女は、一応はメジャーデビューしたような形となっており、『世界』という御大層なミニアルバムなども発売されているのであるが、彼女の実力を以ってすれば、同じように路上コンサートをしてメジャーデビューを果たした“あさみちゆき”と同様に、もう少し世間の人々から注目されるべきである。
(アンタレス)
〇 今まさに見知らぬ小鳥万両の朱実食わえて飛び立つを撮る
不自由なお身体にも関わらず、飽くなきご研鑽を重ねられた結果と思われ、昨年までの作品とは異なり、決して表現上に大きな破綻が見られる作品ではありません。
とは言え、このままでは、恐らくは本作を通じて作者のアンタレスさんが表そうとして居られる、「作中の小鳥及び作者ご自身の一瞬間の素早い動き」、即ち「万両の朱実を咥えて見知らぬ小鳥が素早く飛び立とうとした瞬間を狙って、作者ご自身もカメラのシャッターを素早く押した」といった感じが、私たち読者にあまりよく伝わらない嫌いがあります。
着眼点には頗る新味が在りますから、それを生かす為に、この際は潔く、「今まさに見知らぬ小鳥」という詠い出しの五七句を捨て、作中の「小鳥」の素早い動作と、それに負けない作者ご自身の素早い動作だけを追いましょう。
作中の一方の主人公たる「小鳥」も、ただ単に「名もない小鳥」としないで、例えば、お腹を空かせばそこいら中の木の実や赤ちゃんが口に咥えているお菓子までも素早く掠め取ってしまう鳥、具体的には「鵯」となさったらいかがでありましょうか?
〔返〕 万両の朱実咥へて飛び立てる鵯に向けシャッターを切る 鳥羽省三
(原田 町)
〇 今年また詠い走らん早蕨の萌えいづる春に心はずませ
「一難去ってまた一難」といった慣用句が在りますが、本作の作者・原田町さんの場合は、それとは真逆に「一興去ってまた一興」というところでありましょう。
万葉集の「巻第八」に「志貴皇子の懽の御歌一首」という詞書と共に収録されている「石走る垂水の上のさわらびの萌え出づる春になりにけるかも」という和歌が収録されている。
本作は、それを本歌にして「題詠blog2012」にチャレンジなさる、ご自身の気持ちを素直に述べようとした作品であると思われ、歌人・原田町さんのここ数年間の詠歌上のご精進の賜物とも言えよう佳作である。
〔返〕 今年また共に走らん葉桜の下に手を取り老いらく同士 鳥羽省三
原田町さん、何卒、宜しくお願い致します。
(蓮野 唯)
〇 愛してと告げる勇気を今一度持てないままで寝たふりをする
本作の鑑賞に先立って、過日、作者の蓮野唯様より、拙ブログのコメントスペースに宛てて、下記のような真にご丁重なるコメントを賜りましたので、先ずは、それをそのまま転載させていただき、本鑑賞文の枕詞とさせて頂きますので、発信者の蓮野様に於かれましては、曲げてお許し下さいますように、伏してお願い申し上げます。
「こっそりと。。。。w (蓮野唯)/2012-05-10 01:07:35/うちのブログへのコメントありがとうございました。お返事してありますんで。/えっと、くれぐれもお手柔らかにお願いしますw/ 鳥羽さんの切り込み方鋭角だからw/私、今年は変な縛り入ってますんで、そこらへんも考慮していたければとwwww/ではではまた。」
上掲のコメントに拠ると、本年の蓮野唯さんのご投稿作には、「今年は変な縛り入ってますんで」とのこと。
その「変な縛り」とやらは、一体全体どんな「縛り」であり、作者の蓮野さんは、どのような意味で「変な」と言っているのでありましょうか?
「変な」評者の私としては、真に興味深々たるものがあります。
ところで、コメント中の「縛り」という、隠逸なる単語に関連して申し上げますと、私好みの画家の一人に、「伊藤晴雨」という変な画家が居る。
彼・伊藤晴雨は、いわゆる「縛り絵」の大家として天下に遍く知られた存在であり、彼描く画中に於いては、老若美醜に関わらず、凡そいかなる女性でも、真っ赤な絹糸の扱きで以って手足身体を雁字搦めにきつく縛られて登場するのである。
前置きはこれくらいにして、そろそろ作品の鑑賞に掛らせていただきますが、その内容は蓮野唯さんのお申し出通りに、極めて鋭角的な切口の鑑賞文になるかも知れません。
本作は、一首全体が「愛してと告げる勇気を今一度持てないままで寝たふりをする」と、閉経間近かの女性の独白のようなスタイルの語り口から成り立っている。 で、作中の語句「愛して」とは、ずばりそのまま“性行為への願望”そのものを指すものであり、本作の意は、「私は彼に向って、『私を赤い扱きで縛ってもいいから、ぐりぐりと遣ってね!私をきつく抱いてね!』と言いたいような気分になっているのであるが、今夜はそれを口にする勇気を持てないままに寝たふりをしている」ということでありましょう。
だとすれば、実に大胆不敵、鳥羽省三好みのネタ短歌であり、数年ぶりにリメイク成った蓮野唯さんの今年の投稿作は、私に期待させる所が真に大であり、「変な縛り」の具体的な内容も、凡そ見当が着くような気もします。
〔返〕 「抱いてね!」と言えないままにふて寝する今夜のわたし依怙地な私 鳥羽省三
(紗都子)
〇 今更と思うこころのゆらめきをひきずっている夜なのだろう
本作の作者・紗都子さんも亦、直前の作品の作者・蓮野唯さんと同様に何かに縛られ、「今更と思うこころのゆらめきをひきずっ」たままに、孤閨を託って一夜を過ごして居られる女性でありましょうか?
とまで、冗談半分に述べてしまったのであるが、本作の作者・紗都子さんが「題詠2011」にご投稿なさった慎ましやかな歌風を鑑みるに、作中の「今更と思うこころのゆらめき」とは、「メナード化粧品のセールスレディーに十万円の美肌クリームを買うように薦められたけれど、今更十万円の美肌クリームを付けたところで無駄な抵抗のようにも思われるし、買おうかしら、買わないでおこうかしらと、心が揺れ動く」といった程度のことであろうと思われる。
〔返〕 今更と思う心が邪魔をして孤閨を託つ秋の夜長し 鳥羽省三
今更と思う気持ちもあるけれど満更でもないという気がしないでもない
(村田馨) (私選 日本の百の名橋)
〇 気動車が静かに宙を通り過ぐ今は新しき餘部橋梁 宙=そら
本作の作者にとっての「縛り」は、百首全体を「日本の百の名橋」シリーズにしようという「縛り」であり、本作は「其の一」として、西日本旅客鉄道(JR西日本)の山陰本線鎧駅〜餘部駅間に架かっている「餘部橋梁」に取材した作品である。
作中の「餘部橋梁」のみならず、「橋」を渡る際には、突風とか地震とか不測の事態に見舞われることが多いので、そうした点については、何卒、十二分にご注意なさり、本年こそは百首完走なさって下さい。
「日本の百の名橋」シリーズが途中で途絶えでもしたら、昨年同様、世間の笑い者になってしまうばかりではなく、人様に迷惑を掛けることにもなってしまいましょう。
〔返〕 忽然と一陣の風が通り過ぎ粉雪舞い散る餘部橋梁 鳥羽省三
〇 きのふ今日冬の眺めもあすか川待てば早瀬の春に会ふべし
古今和歌集(巻第十八・雑歌下)に「世の中はなにか常なる飛鳥川昨日の淵ぞ今日は瀬になる」という和歌が収録されている。
その意は、「この世の輪廻転生は果てし無いものであり、今、私たちが目前にしている、あの飛鳥川でさえも、昨日まで淵であったものが今日は瀬になったものかも知れない」というものであり、一首の中に「昨日・今日・明日」という、言わば「過去・現在・未来」の三世を詠み込んだだけが味噌の極めてつまらない内容の歌であり、世俗的教訓を含んだ道歌が流行した中世以降近世まで、更には、明治以降現在に至るまで、世俗的教訓を事とする歌人に拠って、同じような趣向の和歌が滔々と詠み続けられ歌い継がれて来たのである。
私が、「『題詠blog2012』鑑賞」の劈頭に採り上げようとしている本作も亦、その流れを汲むものとして鑑賞するべきであり、現代短歌と言うよりは、中近世好みの世俗的教訓を諭した道歌と言うのが適切な評価でありましょう。
〔返〕 昨日今日チャゲ&飛鳥は「ひとり咲き」ミリオンセラーを連発してる 鳥羽省三
四半世紀以上も前に『ひとり咲き』でデビューした「チャゲ&飛鳥」を採り上げたならば、本作の作者・浅草大将さんと一緒に私も亦、「飛鳥原人みたい!」と、讃岐国は粟島住民の“北さん”に笑われましょうか?
〔返〕 森恵が「いきものがかり」を歌うとき東天紅さえ顔を赤らむ
浅草を中心とした大道芸人として、現在、「東京大衆歌謡楽団」が世の人々から注目され、間もなくメジャーデビューするような勢いであるが、プロ歌手を目指す者の路上コンサートとして私にとって忘れられない存在は、森恵という歌唱力抜群の女性歌手である。
彼女は、一応はメジャーデビューしたような形となっており、『世界』という御大層なミニアルバムなども発売されているのであるが、彼女の実力を以ってすれば、同じように路上コンサートをしてメジャーデビューを果たした“あさみちゆき”と同様に、もう少し世間の人々から注目されるべきである。
(アンタレス)
〇 今まさに見知らぬ小鳥万両の朱実食わえて飛び立つを撮る
不自由なお身体にも関わらず、飽くなきご研鑽を重ねられた結果と思われ、昨年までの作品とは異なり、決して表現上に大きな破綻が見られる作品ではありません。
とは言え、このままでは、恐らくは本作を通じて作者のアンタレスさんが表そうとして居られる、「作中の小鳥及び作者ご自身の一瞬間の素早い動き」、即ち「万両の朱実を咥えて見知らぬ小鳥が素早く飛び立とうとした瞬間を狙って、作者ご自身もカメラのシャッターを素早く押した」といった感じが、私たち読者にあまりよく伝わらない嫌いがあります。
着眼点には頗る新味が在りますから、それを生かす為に、この際は潔く、「今まさに見知らぬ小鳥」という詠い出しの五七句を捨て、作中の「小鳥」の素早い動作と、それに負けない作者ご自身の素早い動作だけを追いましょう。
作中の一方の主人公たる「小鳥」も、ただ単に「名もない小鳥」としないで、例えば、お腹を空かせばそこいら中の木の実や赤ちゃんが口に咥えているお菓子までも素早く掠め取ってしまう鳥、具体的には「鵯」となさったらいかがでありましょうか?
〔返〕 万両の朱実咥へて飛び立てる鵯に向けシャッターを切る 鳥羽省三
(原田 町)
〇 今年また詠い走らん早蕨の萌えいづる春に心はずませ
「一難去ってまた一難」といった慣用句が在りますが、本作の作者・原田町さんの場合は、それとは真逆に「一興去ってまた一興」というところでありましょう。
万葉集の「巻第八」に「志貴皇子の懽の御歌一首」という詞書と共に収録されている「石走る垂水の上のさわらびの萌え出づる春になりにけるかも」という和歌が収録されている。
本作は、それを本歌にして「題詠blog2012」にチャレンジなさる、ご自身の気持ちを素直に述べようとした作品であると思われ、歌人・原田町さんのここ数年間の詠歌上のご精進の賜物とも言えよう佳作である。
〔返〕 今年また共に走らん葉桜の下に手を取り老いらく同士 鳥羽省三
原田町さん、何卒、宜しくお願い致します。
(蓮野 唯)
〇 愛してと告げる勇気を今一度持てないままで寝たふりをする
本作の鑑賞に先立って、過日、作者の蓮野唯様より、拙ブログのコメントスペースに宛てて、下記のような真にご丁重なるコメントを賜りましたので、先ずは、それをそのまま転載させていただき、本鑑賞文の枕詞とさせて頂きますので、発信者の蓮野様に於かれましては、曲げてお許し下さいますように、伏してお願い申し上げます。
「こっそりと。。。。w (蓮野唯)/2012-05-10 01:07:35/うちのブログへのコメントありがとうございました。お返事してありますんで。/えっと、くれぐれもお手柔らかにお願いしますw/ 鳥羽さんの切り込み方鋭角だからw/私、今年は変な縛り入ってますんで、そこらへんも考慮していたければとwwww/ではではまた。」
上掲のコメントに拠ると、本年の蓮野唯さんのご投稿作には、「今年は変な縛り入ってますんで」とのこと。
その「変な縛り」とやらは、一体全体どんな「縛り」であり、作者の蓮野さんは、どのような意味で「変な」と言っているのでありましょうか?
「変な」評者の私としては、真に興味深々たるものがあります。
ところで、コメント中の「縛り」という、隠逸なる単語に関連して申し上げますと、私好みの画家の一人に、「伊藤晴雨」という変な画家が居る。
彼・伊藤晴雨は、いわゆる「縛り絵」の大家として天下に遍く知られた存在であり、彼描く画中に於いては、老若美醜に関わらず、凡そいかなる女性でも、真っ赤な絹糸の扱きで以って手足身体を雁字搦めにきつく縛られて登場するのである。
前置きはこれくらいにして、そろそろ作品の鑑賞に掛らせていただきますが、その内容は蓮野唯さんのお申し出通りに、極めて鋭角的な切口の鑑賞文になるかも知れません。
本作は、一首全体が「愛してと告げる勇気を今一度持てないままで寝たふりをする」と、閉経間近かの女性の独白のようなスタイルの語り口から成り立っている。 で、作中の語句「愛して」とは、ずばりそのまま“性行為への願望”そのものを指すものであり、本作の意は、「私は彼に向って、『私を赤い扱きで縛ってもいいから、ぐりぐりと遣ってね!私をきつく抱いてね!』と言いたいような気分になっているのであるが、今夜はそれを口にする勇気を持てないままに寝たふりをしている」ということでありましょう。
だとすれば、実に大胆不敵、鳥羽省三好みのネタ短歌であり、数年ぶりにリメイク成った蓮野唯さんの今年の投稿作は、私に期待させる所が真に大であり、「変な縛り」の具体的な内容も、凡そ見当が着くような気もします。
〔返〕 「抱いてね!」と言えないままにふて寝する今夜のわたし依怙地な私 鳥羽省三
(紗都子)
〇 今更と思うこころのゆらめきをひきずっている夜なのだろう
本作の作者・紗都子さんも亦、直前の作品の作者・蓮野唯さんと同様に何かに縛られ、「今更と思うこころのゆらめきをひきずっ」たままに、孤閨を託って一夜を過ごして居られる女性でありましょうか?
とまで、冗談半分に述べてしまったのであるが、本作の作者・紗都子さんが「題詠2011」にご投稿なさった慎ましやかな歌風を鑑みるに、作中の「今更と思うこころのゆらめき」とは、「メナード化粧品のセールスレディーに十万円の美肌クリームを買うように薦められたけれど、今更十万円の美肌クリームを付けたところで無駄な抵抗のようにも思われるし、買おうかしら、買わないでおこうかしらと、心が揺れ動く」といった程度のことであろうと思われる。
〔返〕 今更と思う心が邪魔をして孤閨を託つ秋の夜長し 鳥羽省三
今更と思う気持ちもあるけれど満更でもないという気がしないでもない
(村田馨) (私選 日本の百の名橋)
〇 気動車が静かに宙を通り過ぐ今は新しき餘部橋梁 宙=そら
本作の作者にとっての「縛り」は、百首全体を「日本の百の名橋」シリーズにしようという「縛り」であり、本作は「其の一」として、西日本旅客鉄道(JR西日本)の山陰本線鎧駅〜餘部駅間に架かっている「餘部橋梁」に取材した作品である。
作中の「餘部橋梁」のみならず、「橋」を渡る際には、突風とか地震とか不測の事態に見舞われることが多いので、そうした点については、何卒、十二分にご注意なさり、本年こそは百首完走なさって下さい。
「日本の百の名橋」シリーズが途中で途絶えでもしたら、昨年同様、世間の笑い者になってしまうばかりではなく、人様に迷惑を掛けることにもなってしまいましょう。
〔返〕 忽然と一陣の風が通り過ぎ粉雪舞い散る餘部橋梁 鳥羽省三
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