臆病なビーズ刺繍

 臆病なビーズ刺繍にありにしも
        糸目ほつれて今は薔薇薔薇

一首を切り裂く(001:今・其の機Δのふ今日冬の眺めもあすか川)

2012年05月14日 | 題詠blog短歌
(浅草大将)
〇  きのふ今日冬の眺めもあすか川待てば早瀬の春に会ふべし

 古今和歌集(巻第十八・雑歌下)に「世の中はなにか常なる飛鳥川昨日の淵ぞ今日は瀬になる」という和歌が収録されている。
 その意は、「この世の輪廻転生は果てし無いものであり、今、私たちが目前にしている、あの飛鳥川でさえも、昨日まで淵であったものが今日は瀬になったものかも知れない」というものであり、一首の中に「昨日・今日・明日」という、言わば「過去・現在・未来」の三世を詠み込んだだけが味噌の極めてつまらない内容の歌であり、世俗的教訓を含んだ道歌が流行した中世以降近世まで、更には、明治以降現在に至るまで、世俗的教訓を事とする歌人に拠って、同じような趣向の和歌が滔々と詠み続けられ歌い継がれて来たのである。
 私が、「『題詠blog2012』鑑賞」の劈頭に採り上げようとしている本作も亦、その流れを汲むものとして鑑賞するべきであり、現代短歌と言うよりは、中近世好みの世俗的教訓を諭した道歌と言うのが適切な評価でありましょう。

 〔返〕  昨日今日チャゲ&飛鳥は「ひとり咲き」ミリオンセラーを連発してる   鳥羽省三
 四半世紀以上も前に『ひとり咲き』でデビューした「チャゲ&飛鳥」を採り上げたならば、本作の作者・浅草大将さんと一緒に私も亦、「飛鳥原人みたい!」と、讃岐国は粟島住民の“北さん”に笑われましょうか?
 〔返〕  森恵が「いきものがかり」を歌うとき東天紅さえ顔を赤らむ
 浅草を中心とした大道芸人として、現在、「東京大衆歌謡楽団」が世の人々から注目され、間もなくメジャーデビューするような勢いであるが、プロ歌手を目指す者の路上コンサートとして私にとって忘れられない存在は、森恵という歌唱力抜群の女性歌手である。
 彼女は、一応はメジャーデビューしたような形となっており、『世界』という御大層なミニアルバムなども発売されているのであるが、彼女の実力を以ってすれば、同じように路上コンサートをしてメジャーデビューを果たした“あさみちゆき”と同様に、もう少し世間の人々から注目されるべきである。


(アンタレス)
〇  今まさに見知らぬ小鳥万両の朱実食わえて飛び立つを撮る

 不自由なお身体にも関わらず、飽くなきご研鑽を重ねられた結果と思われ、昨年までの作品とは異なり、決して表現上に大きな破綻が見られる作品ではありません。
 とは言え、このままでは、恐らくは本作を通じて作者のアンタレスさんが表そうとして居られる、「作中の小鳥及び作者ご自身の一瞬間の素早い動き」、即ち「万両の朱実を咥えて見知らぬ小鳥が素早く飛び立とうとした瞬間を狙って、作者ご自身もカメラのシャッターを素早く押した」といった感じが、私たち読者にあまりよく伝わらない嫌いがあります。
 着眼点には頗る新味が在りますから、それを生かす為に、この際は潔く、「今まさに見知らぬ小鳥」という詠い出しの五七句を捨て、作中の「小鳥」の素早い動作と、それに負けない作者ご自身の素早い動作だけを追いましょう。
 作中の一方の主人公たる「小鳥」も、ただ単に「名もない小鳥」としないで、例えば、お腹を空かせばそこいら中の木の実や赤ちゃんが口に咥えているお菓子までも素早く掠め取ってしまう鳥、具体的には「鵯」となさったらいかがでありましょうか?
 〔返〕 万両の朱実咥へて飛び立てる鵯に向けシャッターを切る   鳥羽省三


(原田 町)
〇  今年また詠い走らん早蕨の萌えいづる春に心はずませ

 「一難去ってまた一難」といった慣用句が在りますが、本作の作者・原田町さんの場合は、それとは真逆に「一興去ってまた一興」というところでありましょう。
 万葉集の「巻第八」に「志貴皇子の懽の御歌一首」という詞書と共に収録されている「石走る垂水の上のさわらびの萌え出づる春になりにけるかも」という和歌が収録されている。
 本作は、それを本歌にして「題詠blog2012」にチャレンジなさる、ご自身の気持ちを素直に述べようとした作品であると思われ、歌人・原田町さんのここ数年間の詠歌上のご精進の賜物とも言えよう佳作である。

 〔返〕  今年また共に走らん葉桜の下に手を取り老いらく同士   鳥羽省三
 原田町さん、何卒、宜しくお願い致します。


(蓮野 唯)
〇  愛してと告げる勇気を今一度持てないままで寝たふりをする

 本作の鑑賞に先立って、過日、作者の蓮野唯様より、拙ブログのコメントスペースに宛てて、下記のような真にご丁重なるコメントを賜りましたので、先ずは、それをそのまま転載させていただき、本鑑賞文の枕詞とさせて頂きますので、発信者の蓮野様に於かれましては、曲げてお許し下さいますように、伏してお願い申し上げます。
 
 「こっそりと。。。。w (蓮野唯)/2012-05-10 01:07:35/うちのブログへのコメントありがとうございました。お返事してありますんで。/えっと、くれぐれもお手柔らかにお願いしますw/ 鳥羽さんの切り込み方鋭角だからw/私、今年は変な縛り入ってますんで、そこらへんも考慮していたければとwwww/ではではまた。」

 上掲のコメントに拠ると、本年の蓮野唯さんのご投稿作には、「今年は変な縛り入ってますんで」とのこと。
 その「変な縛り」とやらは、一体全体どんな「縛り」であり、作者の蓮野さんは、どのような意味で「変な」と言っているのでありましょうか?
 「変な」評者の私としては、真に興味深々たるものがあります。
 ところで、コメント中の「縛り」という、隠逸なる単語に関連して申し上げますと、私好みの画家の一人に、「伊藤晴雨」という変な画家が居る。
 彼・伊藤晴雨は、いわゆる「縛り絵」の大家として天下に遍く知られた存在であり、彼描く画中に於いては、老若美醜に関わらず、凡そいかなる女性でも、真っ赤な絹糸の扱きで以って手足身体を雁字搦めにきつく縛られて登場するのである。
 前置きはこれくらいにして、そろそろ作品の鑑賞に掛らせていただきますが、その内容は蓮野唯さんのお申し出通りに、極めて鋭角的な切口の鑑賞文になるかも知れません。
 本作は、一首全体が「愛してと告げる勇気を今一度持てないままで寝たふりをする」と、閉経間近かの女性の独白のようなスタイルの語り口から成り立っている。 で、作中の語句「愛して」とは、ずばりそのまま“性行為への願望”そのものを指すものであり、本作の意は、「私は彼に向って、『私を赤い扱きで縛ってもいいから、ぐりぐりと遣ってね!私をきつく抱いてね!』と言いたいような気分になっているのであるが、今夜はそれを口にする勇気を持てないままに寝たふりをしている」ということでありましょう。
 だとすれば、実に大胆不敵、鳥羽省三好みのネタ短歌であり、数年ぶりにリメイク成った蓮野唯さんの今年の投稿作は、私に期待させる所が真に大であり、「変な縛り」の具体的な内容も、凡そ見当が着くような気もします。
 〔返〕  「抱いてね!」と言えないままにふて寝する今夜のわたし依怙地な私   鳥羽省三


(紗都子)
〇  今更と思うこころのゆらめきをひきずっている夜なのだろう

 本作の作者・紗都子さんも亦、直前の作品の作者・蓮野唯さんと同様に何かに縛られ、「今更と思うこころのゆらめきをひきずっ」たままに、孤閨を託って一夜を過ごして居られる女性でありましょうか?
 とまで、冗談半分に述べてしまったのであるが、本作の作者・紗都子さんが「題詠2011」にご投稿なさった慎ましやかな歌風を鑑みるに、作中の「今更と思うこころのゆらめき」とは、「メナード化粧品のセールスレディーに十万円の美肌クリームを買うように薦められたけれど、今更十万円の美肌クリームを付けたところで無駄な抵抗のようにも思われるし、買おうかしら、買わないでおこうかしらと、心が揺れ動く」といった程度のことであろうと思われる。
 〔返〕  今更と思う心が邪魔をして孤閨を託つ秋の夜長し   鳥羽省三
      今更と思う気持ちもあるけれど満更でもないという気がしないでもない


(村田馨) (私選 日本の百の名橋)
〇  気動車が静かに宙を通り過ぐ今は新しき餘部橋梁   宙=そら

 本作の作者にとっての「縛り」は、百首全体を「日本の百の名橋」シリーズにしようという「縛り」であり、本作は「其の一」として、西日本旅客鉄道(JR西日本)の山陰本線鎧駅〜餘部駅間に架かっている「餘部橋梁」に取材した作品である。
 作中の「餘部橋梁」のみならず、「橋」を渡る際には、突風とか地震とか不測の事態に見舞われることが多いので、そうした点については、何卒、十二分にご注意なさり、本年こそは百首完走なさって下さい。
 「日本の百の名橋」シリーズが途中で途絶えでもしたら、昨年同様、世間の笑い者になってしまうばかりではなく、人様に迷惑を掛けることにもなってしまいましょう。
 〔返〕  忽然と一陣の風が通り過ぎ粉雪舞い散る餘部橋梁   鳥羽省三
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007:驚(鳥羽省三)

2012年05月13日 | 題詠blog短歌
老いぬれば驚くこともなかりけり男狂ひの妻女の死さへ
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006:時代(鳥羽省三)

2012年05月13日 | 題詠blog短歌
雄ごころを熱く燃やせし時代過ぎ石川五右衛門釜茹での刑    ※時代(ときよ)
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005:点(鳥羽省三)

2012年05月12日 | 題詠blog短歌
燭点し夜陰の奥に分け入れば桜降り敷く吉野象谷     ※象谷(きさだに)
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004:果(鳥羽省三)

2012年05月12日 | 題詠blog短歌
「努力した結果が出せて嬉しい!」とアスリートらは一様に言う
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003:散(鳥羽省三)

2012年05月12日 | 題詠blog短歌
葉桜の村一軒の散髪屋 五人目の胎児を孕めると言ふ   ※胎児(こ)
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002:隣(鳥羽省三)

2012年05月12日 | 題詠blog短歌
隣人と言へど微笑交はすのみメガロポリスに暮らす羞しさ   ※羞しさ(やさしさ)
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001:今(鳥羽省三)

2012年05月12日 | 題詠blog短歌
金色にキタキツネの尾の黄昏て今日一日の道北の旅   ※金色(こんじき)
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参加します(鳥羽省三)

2012年05月12日 | 題詠blog短歌
 「題詠blog2012」に今年も参加させていただきます。
 つきましては、主催者の五十嵐きよみ様及び参加者の皆様方には宜しくお願い申し上げます。
 なお、参加者の一員として、自作を投稿させていただくと共に、拙ブログ「臆病なビーズ刺繍」中に「一首を切り裂く」というショッキングなタイトルの鑑賞サイトを開設し、皆様方の御作について遠慮会釈無く辛口批評をさせて頂く方針は、昨年までと全く同様ですので、鑑賞対象とさせて頂いた作品の作者の方々は、何卒、ご寛容なる御心もて宜しくご許容下さい。
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一首を切り裂く(100:完・文章は「了」映像は「完」の字で締めくくるのが似合うと思う)

2012年05月01日 | 題詠blog短歌
(星川郁乃)
〇  完売の札は貼られて特売のキャベツの外葉微かに匂う

 春キャベツが採れるようになったからなのか、この頃はかなり安くなりましたが、この冬の一時期は、スーパーなどで「キャベツ」が一玉五百円で売られていたこともありました。
 そこで、客寄せの為に商魂逞しいスーパーの経営者が茨城県辺りの農家や仲買い業者を締め上げて、大小不揃いなキャベツまでも強制的に出荷させ、「キャベツ一玉・百九十八円の特売」「先着百名様限り・売り切れ御免」という、いつもの手を遣らかしたのでありましょう。
 目玉商品の「キャベツ」は開店後たった三分で売れてしまい、それまで大勢のお客様が押し合いへし合い奪い合いをしていたキャベツ売り場には、「完売の札」が「貼られて」、固くて食べられない「キャベツの外葉」が「微かに」匂っていたのでありましょう。
 星川郁乃さん、100首完走、真におめでとうございます。
 「題詠blog2012」での、今一層のご健闘を祈念申し上げます。
 〔返〕  特売や嵐の後の静けさよキャベツの外葉が微かに匂ふ   鳥羽省三
      特売やつはものどもが夢のあと外葉ばかりのキャベツの匂ひ


(西中眞二郎)
〇  孫たちが小学校に行きてより「完食」という言葉を知りぬ

 同じ「完」の字を伴った二字熟語でも、「完全」から始まって「完敗・完勝・完走・完歩・完売・完済・完膚・完遂・完備・完璧・完結・完了・完本」といった言葉は覚えていましたが、言われてみれば「完食」という言葉は、私も知りませんでした。
 この「完食」という言葉は、好き嫌い無しに何でも食べさせたいという思いが募って、学校給食の栄養士さんや調理師さんやお手伝いの小母さんたちが言い慣わした言葉でありましょうか?
 西中眞二郎さん、100首完走、真におめでとうございます。
 「題詠blog2012」に於いても、ご指導賜りたくお願い申し上げます。
 〔返〕  「完粧」と言うべきなのか?埼玉の小母ちゃんたちは厚化粧好き   鳥羽省三


(船坂圭之介)
〇  喜びはひとしほなりき完遂を成して眼を閉づこの百首詠

 船坂圭之介さんと言えば、「題詠blog2011」の参加者たちの中では一廉の歌人として知られ、総合誌などでも時折り作品を拝見することが出来る著名な歌人である。
 その船坂圭之介さんの100首目の御作の詠い出しに「喜びはひとしほなりき」とあったので、評者の私としては意外な感じを覚えました。
 詰まるところ、船坂圭之介さんという著名な歌人と言えども、「題詠blog2011」という場に投稿して作品を公開するに当たっては、私どもの目には見えない、ご苦労とご努力をなさったのでありましょう。
 かくの如く、「題詠glog短歌」は、有名無名の多くの歌人の方々が参集して、思い思いの作品を発表する場として認知され、定着しつつある。
 評者の私としては、歌人・船坂圭之介氏をして「喜びはひとしほなりき完遂を成して眼を閉づ」と言わしめた、「題詠glog短歌」の末永き盛況を祈らずには居られません。
 船坂圭之介さん、100首完詠、大変ご苦労様でした。
 〔返〕  感激は一入ならむ腎を病み百首完詠喜びの日に   鳥羽省三


(アンタレス)
〇  完走を目的にした歌おおく今振り返り心に悔いが

 「題詠blog2011」に参加なさった方々の全てが、「完走を目的にした歌」をお詠みになっているはずである。
 したがって、作者の意とするところはそれと無く解りますが、「完走を目的にした歌おおく今振り返り心に悔いが」という、この作品の表現は、例えば、「推敲の甘い作品ばかり詠み今振り返り心に悔いが」とか、「完走を目指して焦るばかりにて振り返りみて心に悔いが」といったような形に改定する必要があろうか、と存じます。
 冗談はこれくらいにして、アンタレスさん、100首完走、真にご苦労様でした。
 私はご承知の通りの一言居士でありますから、御作中の何首かに、失礼をも顧みずに、茶々を入れさせて頂きました。
 しかしながら、御作の中には、私などが到底及ばないような、実感が込められた佳作もお見受け致しました。
 「題詠blog2012」に於いては、益々素晴らしい作品をご投稿下さるようにご精進下さい。
 〔返〕  アンタレス 吾のカーナビみをつくし夏の夜空の南方を指せ   鳥羽省三   


(オリーブ)
〇  霧包む立夏の雨に完璧な別れ演じた藤棚の下

 「霧包む立夏の雨」に降られての「藤棚の下」の「別れ」ではありませんが、古来、南北朝争乱時の楠正成父子の「桜井の別れ」、忠臣蔵の大石内蔵助夫妻の「山科の別れ」、映画『君の名は』での佐田啓二扮する後宮春樹と岸恵子扮する氏家真知子との「数寄屋橋での別れ」などは、「別れ」の名場面として、広く人々に知られている。
 オリーブとポパイの二人は、「霧包む立夏の雨」に降られつつ「藤棚の下」で「完璧な別れ」を「演じた」のでありましょうか?
 だとしたら、この二人の「別れ」も亦、「別れ」の名場面として末永く人々の心に記憶されなければなりません。
 ところで、「立夏の雨」に降られながら「藤棚の下」で「別れ」を演じたら、藤の花房伝いに漏れて来る雨滴の為にずぶ濡れになってしまいますよ。
 昔から、「藤棚の下での雨宿りはずぶ濡れになる」という言い伝えが在ります。
 事の序でに申し上げますが、来たる5月5日(子供の日)は、二十四節気中の「立夏」に当たります。
 オリーブさん、100首完走、真におめでとうございます。
 〔返〕  霧も無き晴天であれ子供の日<5月5日は丹沢に行く>   鳥羽省三


(行方祐美)
〇  完骨のうづくやうなる明け方をわたくしに棲む鳥の羽博く

 「完骨」とは、「耳のすぐ後ろの硬い骨(側頭骨乳様突起)の付け根にあるツボであり、乳様突起の下の部分から指幅一本分だけ上に在り、乳様突起の後で髪際に一センチ入った所の髪の毛の生え際の凹みの所に在る」とのことである。
 「完骨」のマッサージは、寝不足や頭痛や首痛の解消に役立つということである。
 寝不足が原因の頭痛を「わたくしに棲む鳥の羽博く」とシンボライズに表現したのは、いかにも行方裕美さんらしい詠風と思われる。
 行方祐美さん、100首完走、真にご苦労様でした。
 〔返〕  恥骨さへ疼くやうなる宵の間は風の音にも驚かれぬる   鳥羽省三
 

(おおみはじめ)
〇  百首詠むことを完うしたことを誇れるほどの歌を詠みたし

 その志したるや大いに宜しい。
 おおみはじめさん、とりあえず百首完走、真にご苦労様でした。
 〔返〕  百首歌を完詠したることでさへ時には心の支へにならむ   鳥羽省三


(原田 町)
〇  沈丁花の香りとともにスタートし木犀匂う朝に完走

 私たちの住む首都圏に於いて、「沈丁花」の花の香が漂い始めるのは、一月の末から二月の半ば頃であり、「木犀」の香が「匂う」のは、九月から十月頃である。
 本作の作者・原田町さんが、「題詠blog2011」のお題「001:初」を詠み込んだ御作「願うのは健康しかない初詣で痛い痛いの膝かばいつつ」をご投稿なさったのは2011年2月3日の事であり、同じく、お題「100:完」を詠み込んだ御作「沈丁花の香りとともにスタートし木犀匂う朝に完走」をご投稿なさったのは、同年10月2日の早朝の事である。
 ここの辺りの記憶の正しさや言行の一致点なども、いかにも、歌人・原田町さんらしい誠実さの表れであり、彼女の作品が多くの方々の支持を得ている美点の一つでもありましょう。

 〔返〕  梅の香の漂う朝に書き始めレンゲツツジの咲く頃に終ゆ   鳥羽省三
 私・鳥羽省三が「題詠blog2011」の鑑賞文「一首を切り裂く」を書き始めたのは、昨年の3月16日のことであり、そして、本日、どうやらこうやら、その拙い作業を終えようとしております。
 原田町さん、100首完走、真におめでとうございます。
 我が家の前の石段沿いにレンゲツツジの花が咲き初め、花水木の白い花が、今や盛りとばかりに咲き誇っております。


(北爪沙苗)
〇  進まねば完了はせず既視感をひどく恐れて秋は暮れゆく

 「既視感をひどく恐れて」いるのは、まともな歌詠みとしての良心というものでありましょう。
 北爪沙苗さん、100首完走、真にご苦労様でした。
 〔返〕  さればとて詠まねばならぬ百首詠「既視感あり」との世評を懼れ   鳥羽省三    


(桑原憂太郎)
〇  完結をすることのなき日常を生き抜く我等に賛辞賜へよ

 「完結をすることのなき日常を生き抜く我等」とは、公立学校の教師としての「我等」でありましょう。
 本作の作者・桑原憂太郎さんのそうしたご自覚には、元・教師としての私も全く同感であり、衷心より「賛辞」を捧げます。
 桑原憂太郎さん、100首完走、真にご苦労様でした。
 〔返〕  完結を目指す事なき若きらと取っ組み合いの三年間か?   鳥羽省三


(飯田和馬)
〇  夏空もホットケーキも君の歌も完ぺきでしたと神さまにいう

 「夏空」と「ホットケーキ」と「君の歌」との、連鎖反応的な、「匂ひ付け」的な取り合わせが宜しい。
 飯田和馬さん、100首完走、真にご苦労様でした。
 〔返〕  我が歌は綿菓子みたいにふにゃふにゃでべとべとでしたと言いたい気持   鳥羽省三


(今泉洋子)
〇  生きるとは未完なる死かジギタリスはつか傾ぎて風のこゑ聴く

 「はつか傾ぎて」いるのは「ジキタリス」でありましょうが、「風のこゑ」を「聴く」のは、「ジキタリス」では無くて、作者ご自身でしょうか?
 だとしたら、本作の作者・今泉洋子さんは、生きている屍として、「風のこゑ」を聴いていることになりましょう。
 とは、冗談であり、本作の作者は、「はつか傾ぎ」つつも「風のこゑ」を聴いているような感じの「ジキタリス」の花に哀れみを覚え、「生きるとは未完なる死か」と感得するところがあったのでありましょう。
 今泉洋子さん、100首完走、真にご苦労様でした。
 「題詠blog2012」での尚一層のご健闘をご祈念申し上げると共に、宜しくご指導賜りたく、お願い申し上げます。
 〔返〕 禅僧の入寂するや将に華 はな開きてこそ彼の世にぞ往く   鳥羽省三


(五十嵐きよみ)
〇  文章は「了」映像は「完」の字で締めくくるのが似合うと思う

 仰る通りです。
 五十嵐きよみさん、100首完走、真にご苦労様でした。
 「題詠blog2012」での尚一層のご健闘をご祈念申し上げると共に、宜しくご指導賜りたく、お願い申し上げます。
 〔返〕  一茶の死は「逝去」とし芭蕉の死は「入寂」とするのが妥当と思ふ   鳥羽省三



(鳥羽省三)
〇  風間完絵筆を執りし生涯の挿絵の数は二万数千

 作中の「二万数千」は概数であり、一枚一枚数えたわけではありません。
 〔返〕 大鵬の幕内優勝回数は三十二回不滅の記録   鳥羽省三
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一首を切り裂く(099:惑・吾の闇にやさしきリルケの手紙)

2012年04月30日 | 題詠blog短歌
(紫苑)
〇  未だ視えぬ「詠ふこころ」に惑う吾の闇にやさしきリルケの手紙

 何方にだって「詠ふこころ」が「視え」て来ることはありません。
 ごくたまに「近頃の私には、詠ふこころが視えて来た!」などと嘯いている歌人が居たりしますが、彼こそは稀代の詐欺師と言うべき存在でありましょう。
 作中の「リルケ」、即ちライナー・マリア・リルケ(1875年〜1926年)は、オーストリアの詩人及び作家であり、シュテファン・ゲオルゲやフーゴ・フォン・ホーフマンスタールなどと共に二十世紀前半を代表するドイツ語詩人として知られる。
 また、彼はよく手紙を書いたことでも知られ、知人や文学者仲間や出版業者や資金援助者などに宛てた膨大な数の手紙が刊行されている。
 リルケが書いた手紙の中でも、セザンヌの絵画への感銘を綴った妻クララへの一連の手紙、即ち『セザンヌ書簡』や、詩人志望の青年フランツ・カプスからの手紙に答えての文通書簡『若き詩人への手紙』、我が子との貧しい生活を支える為に働きながらリルケの詩を読んでいた女性リーザ・ハイゼとの文通書簡『若き女性への手紙』は、リルケの誠実な人柄や芸術についての鋭い考察などを知る資料としてよく読まれ、多くの人々に深い感銘と影響を与えた。
 本作の作者・紫苑さんも亦、「リルケの手紙」に支えられながら、短歌道に勤しむ若き女性でありましょうか?
 〔返〕  未だ視えぬゴール地点を目指しつつ紫苑さんは今年も歌詠む   鳥羽省三
      若き女性とはけして言えませんけど紫苑さんは佳き歌を詠む


(船坂圭之介)
〇  春昏るる茜あざやか浮かび来る詩片ひとひら惑ひつつ詠む

 此処にも一人の迷える人間が居て、「春」の暮れ方を象徴するような「茜」色をした「あざやか」な夕焼け雲の彼方に「浮かび来る」「ひとひら」の「詩片」を夢想しながら、一心に短歌を詠んでいるのである。
 しかしながら、彼の詠む短歌は、やや技巧に走る嫌いがあり、私・鳥羽省三を初めとした(必ずしも、鳥羽省三を初めにしなければならない、というものではありませんが)多くの方々の支持を得る所とはなっておりません。
 〔返〕  春真昼降り来る黄砂に悩みつつ短歌一首をどうにか詠んだ   鳥羽省三


(南葦太)
〇  われという惑星があり鉄塔を中心として回る ぐるぐる

 本作の作者・南葦太さんは、今でも大阪にお住まいなのかしら?
 だとしたら、本作中の「鉄塔」とは、あの浪花のシンボルの「通天閣」であり、彼・南葦太さんは、ナナハンのヤマハ「YZF750SP」に乗って、まるで、太陽の周りを回る「惑星」にでもなったような気分で、通天閣の周りを「ぐるぐる」回っているのでありましょう。
 〔返〕  彼の塔の高さはわずか百メートル通天閣と聞いて呆れる   鳥羽省三


(飯田和馬)
〇  ブルーベリージャムの色した困惑がうすくひろがる夜間飛行は

 「ブルーベリージャムの色した困惑」などと言うと、何かよほど高級な「困惑」感情のように思われますが、要するに伊丹空港を離陸したばかりの全日空機「YS-11A-CARGO」の前方に揺曳し、その航行を妨げる雨雲を指して言うのである。
 また、「YS-11A-CARGO」は、文字通りの貨物専用機なので、仮に墜落しても乗組員以外の死者はありませんから、一般の方々が心配するほどのことはありません。
 このような作風の短歌を「虚仮脅かし的な短歌」と謂うのであり、本作の作者・飯田和馬さんはその方面の短歌の熟練者として“知る人ぞ知る”存在である。
 また、作者の方に好意的な視点に立って本作を評すると、「ブルーベリージャムの色」から「困惑」という言葉に発展させる詠み方も、蕉風俳諧で謂う「匂ひ付け」の一種でありましょうか?
 〔返〕  無花果ジャム色した疑惑に囲まれて身動き出来ぬ飯田和馬氏   鳥羽省三


(奈良絵里子)
〇  誘惑に勝つのではなく欲望がもともと無いなら淋しいことね

 それは全く「淋しいこと」ですね。
 それでは、治療不可能なインポではありませんか?
 〔返〕  奈良絵本『寝覚物語』の姫御寮の陰穂男に悩める時節   鳥羽省三


(藤田美香)
〇  戸惑いが落ちているのはいつだってはじめて渡る橋の前だね

 さりげない語り口ながら人生の真実を言い当てている傑作である。
 「戸惑い」こそはまさしく、「はじめて渡る橋の前」に「落ちている」ものである。
 〔返〕  ためらいが揺れているのはいつだって祖谷の葛橋を渡る前だね   鳥羽省三


(鮎美)
〇  甘やかな困惑を思慕に変へながら淡きすみれの花ひらきゆく

 本作に於いて、作者の鮎美さんは、ご自身自らを「淡きすみれの花」に擬えているのでありましょうか?
 そうです。
 仰る通りです。
 異性に対する「思慕」の情というものは、いつだって「甘やかな困惑」を土壌として芽を出すものです。
 〔返〕  暴力への恐怖の情を種として花を咲かする女もあらむ   鳥羽省三
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一首を切り裂く(098:味・いつまでも薄荷の味が消えなくて)

2012年04月30日 | 題詠blog短歌
(五十嵐きよみ)
〇  いつまでも薄荷の味が消えなくて言いたいことが口に出せない

 連句の付合手法の一つとして「匂ひ付け」というものがある。
 主として蕉風俳諧で用いられたもので、前句と付句との間に気分・情趣の照応や調和をはかる付け方。
 「いつまでも薄荷の味が消えなくて」という語句と「言いたいことが口に出せない」という語句とを結び付ける遣り方こそは、まさしく蕉風俳諧で謂うところの「匂ひ付け」でありましょう。
 本作の作者・五十嵐きよみさんの作品の中には、このような俳諧の「匂ひ付け」をご意識なさった作品が多く見られるが、「題詠blog2011」の参加者の中には、五十嵐きよみさん以外にも、伊倉ほたるさんや西中眞二郎さんなど、「匂ひ付け」をご意識なさった作品をお詠みになられる方が居られる。
 〔返〕  うまい棒百本付きの弾帯を腰に巻いてベトナムに往く   鳥羽省三

(伊倉ほたる)
〇  銀紙をうっかり噛んだ後味の悪さのように叱ってしまう

 「銀紙をうっかり噛んだ」時のあの舌触りや歯触りの悪さは、さしたる理由も無く、我が子を「叱って」しまった時の「後味の悪さ」と通い合うものが在る、という感覚的なものに基づいて詠んだ作品、言わば「匂ひ付け」の作品でありましょうが、「銀紙をうっかり噛んだ後味の悪さのように叱ってしまう」と、一文に纏めてしまったのは、宜しくなかったのかも知れません。
 〔返〕  銀紙をうっかり噛んだ腹いせに隣りの旦那を殴ってしまう   鳥羽省三


(浅草大将)
〇  味酒をみわの山よりかぐ山に飲むなと言へど耳なしの山 ※味酒=うまさけ

 畝傍山を詠み込めなかったことが惜しまれる。
 〔返〕  畝傍山天香久山三輪素麺を召せと言っても耳なしの山   鳥羽省三


(西中眞二郎)
〇  意味もなく我を張る友の一人あり古希過ぎてよりの同期の集い

 参加者の方、一人一人が、それぞれ、ご自身が従事してきたお仕事に満足感を覚え、それなりに名を成し遂げたという思いがあっての「古希過ぎてよりの同期の集い」ではありましょうが、数多い参加者の中には、「意味もなく我を張る友」も在り得ましょうか?
 〔返〕  仮面舞踏会にもよく似たり<古希過ぎてよりの同期の集い>   鳥羽省三


(東 徹也)
〇  アルデンテもちろん意味を知ってるさ人と心の距離のことだろ?

 アルデンテ、俺だって食べたことがアルデンテ、入れ歯が少しガタガタしてた。
 〔返〕  アルデンテ「スパゲッティやパスタなどの歯ごたえのある状態だろう」   鳥羽省三


(只野ハル)
〇  味覚など無かった如く生存のための食物摂取をしている

 長く人間稼業をしていれば、ごくたまには、「生存のための食物摂取をしている」場面も在り得ましょう。
 生田緑地への散歩の帰りに「今日は五キロも歩いたから!」という理由で、ついうっかり入ってしまったのが失敗の基でした。
 〔返〕  ネタが悪くしゃりの味もイマイチで昨夜の寿司は美味しくなかった   鳥羽省三


(ひじり純子)
〇  清見柚子檸檬金柑夏蜜柑果汁飛び散る柑橘の味

 柑橘類の名称を五個並べ立てているのである。
 昨年、「清見」も食べてみましたが、なかなかさっぱりした味わいでした。
 〔返〕  慶長八年、藩主・忠恒公が将軍様に献上した桜島小蜜柑   鳥羽省三


(月原真幸)
〇  何にでもしょうゆではなく味ぽんをかける習慣だけが残った

 原因は、愛知県での独身生活が長かったからでありましょうか?
 作中の「味ぽん」とは、 愛知県半田市中村町2−6に本社を置く「ミツカングループ」の主力商品である。
 特定企業の商品ばかりを消費すること無く、国内企業各社の商品をまんべんなく消費することに拠って、内需拡大に協力しましょう。
 〔返〕  納豆に砂糖を掛ける習慣は子供の頃から軽蔑してた   鳥羽省三

 
(今泉洋子)
〇  鯖・秋刀魚・片口鰯に美酒(うまざけ)で味覚から秋を浪費してゆく

 「味覚」と称して、「鯖・秋刀魚・片口鰯」と三種類の魚類を挙げて居られますが、いずれも安価な青魚である。
 本作に接して、私は、作者・今泉洋子さんのお宅の台所事情及び、作者ご本人の健康状態などを垣間見させていただきました。
 かくなる上は「美酒」も程々にしましょう。
 〔返〕  梅・桜・藤に躑躅に花水木、団子などより花が大好き   鳥羽省三


(鳥羽省三)
〇  うまい棒の味に厭きたということも理由の一つに上げときました

 私の従弟の次男が、結婚話に乗り気になった理由を父親から問われた時に上げた理由をそのまま一首の歌に纏めてみました。
 〔返〕  3DKを広く感じた事なども理由の一つに上げときました   鳥羽省三
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一首を切り裂く(097:毎・毎月抄を開いてみたき)

2012年04月29日 | 題詠blog短歌
(行方祐美)
〇  毎月抄を開いてみたきおそ春のうすばかげろふほんに細らか

 作中の「毎月抄」とは、承久元年(1219))に、歌人・藤原定家が著した歌論書である。
 その内容について説明すると、「毎月一度、定家の弟子筋に当たる歌人が、師の定家に和歌の添削を請い求めるのであるが、それに対して定家が、和歌の作法についての十種類の有り様、即ち「有心体・幽玄な様・事の然るべき様・麗しい様・長高な様・見様・面白い様・一節ある様・濃い様・鬼拉体」について説きながら、ある人の要請に応え、指導する」という内容で、父・俊成の和歌道の後継者としての定家が、和歌の十種類の有り様の中から、特に「有心体」を重要視して表した著として知られている。
 和歌の作法上、定家が最も重要視した「有心体」について説明すると、「深い情趣の中に風雅な余情をたたえ、妖艶な美しさを追求する優美な歌体」と言うことでありましょうか。
 この「有心体」は、父・俊成が提唱して、後継者としての定家が発展させ完成したとされる「幽玄体」と並び、中世和歌の中核を為す理念と言われているが、両者共に「言葉として表さないが余情を漂わせ、微かで奥深い情趣美を追及する歌体」を指して言う言葉として理解するのが適当かと思われる。
 「幽玄体」と「有心体」との微妙な違いは、「妖艶さ」を追及する立場と、「かすかさ」を追及する立場との違いである、との説明が為されることが多いのであるが、ならば、本作に於いて作者の行方祐美さんが、「おそ春のうすばかげろふほんに細らか」とお詠みになって居られるのは、藤原定家の重視した「有心体」に通うものでありましょうか?
 嫉妬心半分で、本作の表現について一言申し上げますと、末尾の七音「ほんに細らか」にやや粗さを感じます。
 〔返〕  堕落論を開いてみたきこの春の人はさながらうすばかげろふ   鳥羽省三


(紫苑)
〇  生と死の合はせ鏡か姥捨(おばすて)の夜に照り映ゆる田毎(たごと)の月は

 既視感は感じられますが、なかなかの傑作だけに、無用な振り仮名を施した点が極めて惜しまれます。
 横書きを宿命づけられているネット媒介の短歌に於いての振り仮名は、一首の見た目を極端に悪くする懼れがある。
 「姨捨」にしろ、「田毎の月」にしろ、ごく一般的な言葉といっても過言ではありませんから、見た目を犠牲にして振り仮名を施す理由はありません。
 〔返〕  彼岸より観ればなおさら明からむ姨捨照らす田毎の月よ   鳥羽省三
      彼岸より覗けば千個の鏡ならん今夜を照らす田毎の月は

 上記の返歌は二首とも、ある著名な女流歌人の方がお詠みになられた名歌を私が記憶していて、その名歌を真似て詠ませていただいた亜流である。
 この度、返歌の典拠となった名歌を示して、その事を証したいと思ったのですが、残念ながら、その名歌もその作者の方のお名前も失念してしまいました。
 心ある方がいらっしゃいましたら、それらの事柄について、本ブログのコメント欄にご教示賜りたくお願い申し上げます。


(砂乃)
〇  そういえばあれはどこだという父に母は毎回眼鏡を渡す

 本作の作者・砂乃さんのお宅に於ける「あれ」とは「眼鏡」であったのであるが、砂乃さんご自身にとっての「あれ」とは、何を指しての「あれ」でありましょうか?
 〔返〕  「今月もあれが無いの?」と妻が言う私は妻の腹に目を遣る   鳥羽省三


(佐藤紀子)
〇  題詠の100首毎年詠みあげてよくも悪くも九年目を終ふ

 百首完詠、真におめでとうございます。
 わずか百首の歌とは言え、「九年目」ともなれば、それなりの苦労もあったこととお察し致します。
 十年目の今年も、素晴らしい歌を百首お詠み下さい。
 それにしても「よくも悪くも九年目を終ふ」とは、佐藤紀子さんらしからぬご謙遜をなさったものである。
 〔返〕  題詠の百首歌から秀作を選ばんとして四年目になる   鳥羽省三


(伊倉ほたる)
〇  習慣はひとつのカタチ気が付けば毎朝卵の数をかぞえる

 本作の作者・伊倉ほたるさんの得意料理は卵料理でありましょうか?
 近頃の伊倉ほたるさんは、短歌作者であることを止めて、一家の主婦業及びグルメ探訪者の位置に居座ってしまったような感じであるが、この事は、題詠短歌のみならず、我が国の短歌界全体の損失である。
 主婦としての伊倉ほたるさんの存在はともかくとして、グルメ探訪者として伊倉ほたるさんに代わるような人物は腐るほど存在すると思われます。
 つきましては、何卒、「題詠blog2012」に優れた短歌をお寄せになられるようにお願い申し上げます。
 〔返〕  冷蔵庫の卵入れには十個しか入らないので困っちゃうな   鳥羽省三


(詩月めぐ)
〇  君がいるただそれだけで毎日が花まるだった頃もあったね

 今の詩月めぐさんにとっては、お財布に一万円札が五枚も入っていれば、「毎日が花まる」の日になるのでありましょうか?
 〔返〕  妻と息子が健やかである日々こそは私にとっての花まるの日々   鳥羽省三


(西中眞二郎)
〇  毎日が日曜日なる身にあれど正月終わるは少し淋しき

 「正月」が「終わる」のは、何方にとっても、何歳になっても「少し淋しき」ものである。
 「少し淋しき」の「少し」が、作者の昨今のご心境を表し、併せて一首全体の雰囲気を醸し出している。
 〔返〕  「毎日が日曜日」というタイトルの小説の著者は城山三郎   鳥羽省三
      毎日が日曜日だと嘯いて選歌に余念無き西中眞二郎氏
      毎日が日曜日みたいに暇なので欠伸している毎日新聞


(鳥羽省三)
〇  毎日が夕刊発行やめてから折り込みチラシがめっきり減った(北海道支社)

 毎日新聞が三大新聞の位置から脱落したのは遠い昔のことである。
 その「毎日新聞」の北海道支局が「夕刊」の「発行」を「やめて」からでも数年経ち、それ以来、毎日新聞に入る「折り込みチラシ」の枚数は激減した、ということである。
 私の甥は、北東北の某市で新聞販売店を経営しておりますが、その甥の話に拠ると、「ある地域の新聞購読者のパーセンテージが六十パーセントを越えると、その新聞がその地域の折り込みチラシを独占的に支配することが出来るのであり、それ以外の新聞に入る折り込みチラシは、言わば、残り物のようなものである」とのことであった。
 私の甥が新聞販売店を経営している県に於いては、甥の店が配っている新聞が、新聞購読者数の六十パーセントを遙かに越えているということである。
 したがって、その地域の住民は、スーパーなどの特売を知らせる折り込みチラシを読みたいということを唯一の理由として、その新聞を定期購読せざるを得ないことにもなるのである。
 ところで、甥の住む県の折り込みチラシを支配していた某地方紙が、昨年辺りから夕刊の発行を断念したということである。
 いわゆる「地方紙」の中で、未だに夕刊を発行している新聞は、何社ぐらい在るのでしょうか?
 〔返〕  新聞の購読者数を水増しし去勢を張ってる毎日新聞    鳥羽省三
      いい記事を書いたという実感が私の今日を花まるの日にする
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一首を切り裂く(096:取・関取が「ごっつあんです」と言うところ)

2012年04月28日 | 題詠blog短歌
(松木秀)
〇  関取が「ごっつあんです」と言うところわたし一度も見たことがなし

 世間様から「関取」と呼ばれている以上、「ごっつあんです」と言ってみたいはずである。
 しかし、近頃の相撲界では“タニマチ”が居なくなってしまったから、なかなか言う機会が無いのでありましょう。
 それに、“北海道場所”というのもありませんし。
 〔返〕  吉野家で大盛り牛丼平らげて「ごっつあんです」と言ったらどうだ!   鳥羽省三


(飯田和馬)
〇  手に取れば香り重みが嬉しくて林檎をみがく眠れない夜

 甘さと瑞々しさがどっさりと詰まっているような、あの捥ぎたての「林檎」の「重み」と「香り」には、一種独特な情趣が感じられ、一個一個手に取って磨きたくなるような気がするものである。
 〔返〕  噛んでみれば果汁が前歯に滲み込んでとても美味しい捥ぎたての林檎   鳥羽省三


(今泉洋子)
〇  幼な日の虫取撫子咲く畦を記憶の中に祖母と歩めり

 作中に「虫取撫子」とあるので、“食虫植物”と思ったのですが、件の植物は、葉っぱが出ている節の下辺りから粘着性の分泌物を分泌する性質を備えている。
 そこで、蜜を求めて飛んで来て止まった虻などの虫がくっ付いて離れられなくなる。
 これが、あの美しくて可愛らしい植物が「虫取撫子」と呼ばれている所以である。
よくよく考えてみると、「祖母」という、孫が虫歯になることも知らないで、甘いお菓子なんか呉れたりして、べたべたくっ付かせることが大好きな人間は、「虫取撫子」のような存在なのかも知れません。
 彼女らに魅せられてしまったら、独特の分泌物で以ってべったりと縛り付けられ、一生涯、その記憶から離れられなくなってしまうのである。
 本作の作者も、その口ではありませんか?
 「お婆ちゃん子は三文安い」とは、よく言ったものである。
 〔返〕  婆ちゃんの記憶に縛られ母親を冷たい女と恨む子も居る   鳥羽省三
      往昔の虫取撫子が咲く頃は海にも山にも海豚が飛んでた


(酒井景二朗)
〇  用水の取水口よりやや離れ落つる水見つ立ち去りがてに

 「〜〜がてに」とは、「〜〜することが出来ないで」という意味である。
 したがって、本作の意は、「私は、『用水の取水口』から少し『離れ』た所に立って、田圃の用水溝に落ちて行く『水』を見ている。その場から立ち去ることが出来なくて」、或いは、「私は、『用水の取水口』から少し『離れ』た所から落ちて行く『水』を見ている。その場から立ち去ることが出来なくて」ということである。
 私・鳥羽省三が、こんな事細かな解説をすると、“通りすがりの者”と称して、「知ったかぶりをする奴だ!そんな事ぐらいは誰だって知っているだろう!馬鹿野郎め!」などという文面のコメントを寄せる者がいる。
 しかしながら、昨今の歌壇で最も必要とされているのは、こうした細かい点に目の行き届く評者であろうと思われる。
 「歌人・某の変節は、結社誌『アララギ』の消長と軌を一にしている」などという、どうでもよくて訳の解らないような文章は、何方にでも書けましょう。
 昨今の歌人ちゃんたち(=題詠2011の参加者の大半)に対して発揮して遣るべき親切心は、「文法的な誤りを訂正し、言葉の働きや死語と化してしまった語句などを丁寧に解説してやるような親切心である」と思われる。
 〔返〕  唐茄子の腐れたところに虻が付く立ち去りがてに我は見つむる


(鳥羽省三)
〇  往昔の取水堰の一つにて円筒分水久地に遺れり

 「久地」の「円筒分水」と言えば、知る人ぞ知る、江戸時代からの利水施設である。
 農業用水などを一定の割合で正確に分配するために、円筒状の設備の中心部に用水を湧き出させ、円筒外周部から越流させる。
 水が円筒状の施設から落下する際に一定の割合に分割される仕組みとなっている。
 私はドン百姓の末裔の分際で、不勉強にも「円筒分水」というものを知らなかったのであるが、今から七年前、私たちの長男が、東急田園都市線・溝の口駅の近くにマンションを買い求めたので、新居訪問をしたところ、その近くで「久地円筒分水」の案内板を目にして、その存在や役割りを知るに至ったのである。
 〔返〕  往昔の水争ひの凄まじさ毎年数人の死者が出たとふ   鳥羽省三
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一首を切り裂く(095:遠慮・案外うまくいくものなのさ)

2012年04月28日 | 題詠blog短歌
(夏実麦太朗)
〇  遠慮なくいただきますって言っちゃえば案外うまくいくものなのさ

 なんちゃっていますが、それはいただく物(或いは、者)次第でございませんか?
 〔返〕 「遠慮なくいただきます」なんちゃったりして頂いてしまったのかしら?   鳥羽省三


(西中眞二郎)
〇  遠慮がちにマイクを取りし若き娘(こ)がスターのごとき一礼をせり

 その「若き娘」は、「マイク」が回って来るのを手薬煉引いて待っていたのでありましょう。
 〔返〕  遠慮がちに取ったわりには歌が上手く顔もスタイルもなかなか宜しい  鳥羽省三


(原田 町)
〇  遠慮なく皇帝ダリア薙ぎ倒し迷走台風やっと去りたり

 「『迷走台風』の分際で『遠慮なく皇帝ダリアを薙ぎ倒』すとは不届き千万、無礼討ちにするぞー」とばかり応戦しようとしたのであるが、さしもの「迷走台風」も吹き去ってしまいました。
 〔返〕  姫百合と姫沙羅の樹を吹き飛ばしMASAKO台風荒れに荒れたる   鳥羽省三  


(穂ノ木芽央)
〇  無遠慮が占領してゐる路地裏で子猫一匹 鳴けもせず居り

 「無遠慮が占領してゐる路地裏」というフレーズが宜しい。
 〔返〕  不作法に占拠されたる教室で時間潰しの講義を受ける   鳥羽省三


(今泉洋子)
〇  遠慮なく酷評をする友のブログの更新止まり秋深みゆく

 「秋深みゆく」いう月並みな七音を置いて治まりを付けようとするような魂胆では、「遠慮なく酷評をする友のブログ」が天罰を下しますよ。
 〔返〕  遠慮なく酷評したいと思います毎度毎度で申し訳ない   鳥羽省三
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